サードプレイスが新しいイノベーションを生む。「集まる力」を研究する会レポートvol.2(ゲスト・梅本龍夫さん)
今後の働き方、組織のあり方を探求するため、WORK MILLの山田雄介編集長と&Co.代表の横石崇さんで発足した連続研究会。
コロナ禍の影響で、生活する場と仕事する場の境目が曖昧になり、遠隔で人とコミュニケーションを取るテクノロジーが浸透しました。
これから、リアルな集まり方はどう変化していくのでしょうか? 今回もシェア型書店「渋谷◯◯書店」に集まった有志メンバーとともに「サードプレイス」をキーワードに探求していきます。
2022年10月11日開催回のゲストは、スターバックスジャパンの立上げ総責任者を務めた梅本龍夫さんです。
サードプレイスは、人々が仮面を外せる場所?
今回の研究会は、『WORK MILL with Forbes JAPAN7号』で、江戸時代の働き方に注目したことからスタートしたんです。
江戸時代にはビジネスというより、その人たちの興味関心、面白いからやってみようという理由で集まる「連」というコミュニティがありました。現代社会でも、「連」に近いコミュニティがどんどん生まれている感覚があります。
山田
横石
僕は、面白いコミュニティメンバーは、インフォーマルな場所から集まると思っていて。そうすると、やっぱり「サードプレイス」というキーワードは浮かんできます。
皆さんもご存知のスターバックスは、まさにサードプレイスを打ち出して今に至っています。本日は、そんなスターバックスコーヒージャパンの立上げ総責任者を務められた梅本龍夫さんをゲストにお呼びしています。よろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
さっそくですが、皆さん、「サードプレイス」って何だと思いますか?
梅本
居場所という概念に対して、イノベーション的な存在になったのがサードプレイスかな、と思っています。それまでは家か職場が当たり前の存在で、3つ目の選択肢が出てきたことによって新たな領域を広げた言葉といいますか。
山田
横石
コワーキングスペースのように、職場や家とは違う集まれる場所ですかね? そこに、心理的安全性や居心地といった要素が関わっている。友達でもないし、家族でもないし、同僚でもない人たちがいる空間なのかな。
なるほど。こうやって言葉にするのは大事ですよね。
最初にサードプレイスという概念を打ち出したのは、アメリカの社会学者レイ・オルデンバーグです。彼いわく、「サードプレイスとは、気の合う人たちと一緒に自由を発揮できる場所」のことを指します。
梅本
とはいえ、以前からそういった場所は存在しました。なぜ、言葉として定義しなおしたのか。その背景にあったのは、家というファーストプレイスが窮屈だったからです。
梅本
家はプライベートな場所ですが、夫や妻、父、母などの固定的役割から解放されない。そういう意味で、実はプライベートではあるけどフォーマルな空間でもあるんですよ。
もちろんセカンドプレイスである職場も、フォーマルな固定的役割がある。だから欧米でも日本でも、「家の中の固定的役割から解放されるインフォーマルな交流ができる場」に行きたいと考えるのです。
僕の感覚ですが、アメリカにはなくて、日本にはある「サードプレイス」があるんです。どこだかわかりますか?
梅本
横石
何だろう……? 車の中でもないですしね。
実は、日本のスナックがそういう位置づけなんです。スナックでは 、「みんなが平等」ですよね。お互い何者でもないけれど、一定のルールを出しながらも楽しく交流できる。そうやって社会的な地位や年齢に関係なく平等に扱われるのは、サードプレイスの基本なのです。
スナックような「疑似的なプライベート空間」は、日本だけにあるユニークなサードプレイスなのではないでしょうか。
梅本
背負っているものをおろせる場所なんですね。
山田
横石
確かにお酒の場って、自分の仮面を外して、素になれる。
社会的な役割を外せる瞬間がほしいんですよね。パブリックな空間でありながら、日本の場合はお酒が入るとモード転換をする合意がとれる。お酒の場は、日本のサードプレイスにとって結構大事ですね。
梅本
相対的な関係性を大事にする日本はサードプレイスと相性がいい
横石
そもそも、スターバックスが「サードプレイス」を提唱するきっかけは何だったのですか?
社会学者のレイ・オルデンバーグが提唱したサードプレイスの概念を、当時のCEOハワード・シュルツが知り、「目指すのはこれだ」となったそうです。
梅本
実際に、シュルツはミラノ出張のとき、エスプレッソバーに対して「コミュニティが最高にかっこいい。スターバックスにはあれがないんだ」と言っていました。それが原体験でもあるんです。
梅本
なので、僕はずっとスターバックスをサードプレイスだと思い込んでいました。しかし、今は学者の間でサードプレイスの定義が何種類もあって、実はスターバックスは「マイプレイス型」と呼ばれる空間なんですよ。
梅本
横石
それは、どういう意味ですか?
スターバックスは公共空間ですが、自分のコクーンに入れるんです。隣の人に話しかけることはないけれど「ここに来たら、こういう振る舞いをするのがいいよね」という暗黙のコンセンサスがある。
梅本
まさに今の日本は、コクーン型のおひとり様タイプが適していますよね。
ちなみに、スターバックスが日本に進出するとき、最初からコクーン化を目指していたのでしょうか、それともコミュニティ型を目指しているなかで今の形に変わっていったのでしょうか?
山田
変化していったのだと思います。忙しいコーヒーチェーン店と差別化して、スターバックスはゆったりとした雰囲気を作りたかった。だから、ジャズを流して、良い雰囲気で会話も楽しんでもらいたい。そして、集える場所としてあえてソファが置きました。
ですが、それはやっぱり高回転できず、収益効率は悪かったのです。いろんな意味で調整していって、今の形になりました。
梅本
なるほど。では今、コミュニティ型のサードプレイスはどこにあるのでしょうか?
山田
まさに「この場所!」というサードプレイスは意外と少ないと思っています。このあたりは、日本の企業文化にも関係があるんです。
バブル崩壊以前、高度成長期時代の日本は、セカンドプレイスである会社の存在が異様に大きかったのです。
梅本
こんな話を聞いたことはありませんか? 昔は課長が部下を飲みに連れて行ったあと、「俺の家来い」と自宅に招いて、課長の妻が部下たちには夜食を作ってお酒を振る舞っていた……とか。
そうやって部下たちに家も開放するのは、セカンドプレイスの延長です。会社の中にコミュニティがあって、仕事をするだけのシステマティックな組織ではなく、みんなが雑談できる環境が会社の中にありました。
そういった様子を見て、アメリカの人類学者が「だから日本は自動車会社が強かった」と分析をしたほどです。
梅本
横石
今のお話を伺って、日本人の強みがサードプレイスにある気がしました。
あると思います。江戸文化研究者の田中優子さんが定義された江戸時代の「連」の特質を見てみてください。
梅本
5番「人や他のグループに開かれている」、6番の「多様で豊かな情報を受け取っている」、7番の「存続を目的にしない」がありますよね? このあたりは、「サードプレイス」らしい考え方です。
日本は相対的な関係性を大事にするからこそ、「連」やサードプレイスに対して編集力がとても高いのだと思います。
梅本
参加者
僕は自宅の書斎が、ある意味サードプレイスだと思っていますが、ファーストプレイスである自宅の中にサードプレイスがあるという考え方もありますか?
おっしゃる通り、あります。英語でいう「DEN」ですね。書斎や台所の隅など、そこに好きな本や趣味のものを置いて自分の時間を過ごす……それも間違いなくサードプレイスです。
梅本
スターバックスの成功は、日本のアニミズムが関係している?
このスライドは、企業内のサードプレイス「実践共同体」の定義ですね?
山田
はい。企業内のサードプレイスでは、特に3番の「さまざまなレベルの参加を奨励する」が重要です。閉鎖的だとサードプレイスになりません。
さらに、「周辺グループ」と呼ばれる少し遠くから関心を持っている人たちをいかに呼び込めるかどうか。この2点が、活動の継続や発展の肝です。
梅本
横石
インターネットの台頭で、この「周辺グループ」の呼び込みは以前よりやりやすくなっていますよね?
そうですね。7番の「場のリズムを生み出す」にあるように、定期ミーティング、リモート会議、非公式ランチなど、デジタルもリアルも活用して、生命的なリズムで揺らぎがある活動をするともっと豊かになります。
梅本
横石
梅本さんは、日本人とサードプレイスに親和性があるとおっしゃいますよね。それはどういうことなのでしょうか?
はい。まず、日本人はついこの前まで、サーキュラーエコノミーを実践していたことからお話しします。
梅本
この円の上半分はこの世(顕界)、下半分はあの世(幽界)です。左側から順に、私たちはこの世に誕生して、最初に七五三をお祝いします。これはまだ魂が安定していないので、「こっちの世界に馴染んできたね」というお祝いだったのです。さらに成人式、結婚式を経て、精神的、物理的、社会的に安定期に入ります。
そして後半に差し掛かると、厄年、還暦が過ぎ、最後にお葬式をする。実は死ぬのも「もうすぐお迎えがきますね」というお祝いで、決して悲しいことではないという捉え方だったのです。
梅本
あの世に行くと、死んで肉体はなくなるけれど、精神は残り、この世と同じように通過儀礼がある。それが終わると、また個別の魂が肉体を持ってこの世にまた生まれてくる。
だから、「未来とか関係ないよね」というわけにはいかないのです。循環的な経済社会のあり方こそが、日本のサステナビリティ。物理面と心理面のセットで考えない限り、本当の意味での変容は起きないでしょう。
梅本
日本の死生観は、なぜそうなったのですか?
山田
定説があるわけではないですが、あらゆる物質の中にスピリットがあるという「アニミズム」を持っているからだと思います。
それを大切にしてきた自分たちの感覚をアップデートして、この21世紀の終盤をどう迎えていくのか。西洋からSDGsの考え方が来たからといって、「はい、わかりました」と日本人がそのまま受け入れるのは少し違和感があります。
梅本
横石
スターバックスはブランドのストーリー、つまりスターバックスに行く行為自体が顧客のナラティブになっていると見ていて感じます。
やはり、この感覚が日本でスターバックスが支持されている理由につながっていくのでしょうか。
そうですね。例えば、キリスト教は週1回熱心に教会へ行く人がいて、教会にいない時も十字架というキリスト教のシンボルを身につける。
それはスターバックスも同じで、ミッション・ストーリーが共有されていて、それをお店が実践している。熱心な顧客はお店に週に何回か来るだけでなく、スターバックスのロゴマークというシンボルがついたタンブラーなどのグッズを持ち歩いている。
そのときに大事なのは、そのお店で働く人たちが本当にそう思っているかどうかです。これは日本人がベストでお墨付きです。コンセプトとオペレーションを組み合わせたときに素晴らしい強みを発揮します。
梅本
リアルなコミュニケーションこそ、イノベーションの種になる
次に、コミュニケーション・マトリクスを表現した図を見てください。これによると、サードプレイスは右上の対話を生む場所です。雑談から出てきたテーマを探求して、みんなでフラットに問いに答える。
この繰り返しが対話、要は問答です。それがイノベーションの種になります。もちろん種にしか過ぎないので、意思決定するために議論をして、最終結論を出していく。
梅本
このサイクルが回っていけば、学習能力がある組織になるのですが、今の会社は「雑談はするけれど、対話を飛ばして、すぐKPIを達成しなきゃ」となっている。だから非常によくないのです。
梅本
対話はもちろん、コロナ禍で雑談も少なくなりましたよね。最近は雑談をどう増やすかが話題になっていますが、本質はプロセスなので、雑談も対話もあることが大事。
この4つをリアルなワークプレイスでどう構築していくか。かつ、デジタルでどうサポートしていくかを考えなくてはいけないですね。
山田
横石
デジタルの話もありましたが、メタバースなど非物理的空間のコミュニティも増えてきています。
梅本さんは、今後リアルなサードプレイスの必要性はどうなっていくと思われますか?
必要性はなくならないですし、どんどん増えていくと思います。もちろん対話、雑談もメタバース上でできますが、限界があります。
技術的な問題というよりは、五感で捉えられる情報量がオンラインだとやっぱり少ない。コミュニケーションは五感で感じる豊かさがあってこそ、価値が一層高まります。
梅本
サードプレイス、これからどう作る?
横石
今日は梅本さんの溢れ出る知識と感情をバシバシと感じられました。
僕は経営にこそ、サードプレイスシンキングを持ち込んだ方がいいと思っています。企業が抱えている課題解決のヒントになるような気がするんですよね。
日本人は暗黙知が得意なので、それを海外の人から「こういうことなんじゃない?」と形式知にしてもらうことで、日本が自信を持って進化していけると思いました。
外側の力もうまく活用できると、強みが伸びてくるといいますか。今日お話を聞きながら、働き方や働く場を再構築していくと次の新しい場になっていくと感じましたね。
山田
今後も日本中にサードプレイスを広めていきたいですね。現在、静岡市の仕事をやっていますが、やっぱりそこにふらっと立ち寄れる場所がないんですよ。それを作るためにはお金などいろいろ問題があるので、すぐには作れない。
だから、それぞれが「ここの場所をみんなに提供したい」と草の根的に小さい規模感でもそういう場作りをしていけるといいな、と。本日はありがとうございました。
梅本
2022年10月取材
取材・執筆=矢内あや
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代(ノオト)