日々を良くするために、やる。1日1冊読み切るブックデザイナーの井上新八さんが語る、習慣化の先にある景色
「習慣化はいいこと」。巷に溢れるそんな言葉にひかれ、「自分も何かを習慣化してみたい」と思っている人もいるのではないでしょうか。
でも、実際に物事を習慣にするのは簡単ではなく、途中で頓挫してしまうことも……。それに、習慣化はいいことだとわかっているものの、結局どうしていいのか見失ってきている……。
今回は、1日1冊本を読んだり、ブログを書いたりするなど、あらゆるタスクを習慣化し、その方法やコツについて発信しているブックデザイナーの井上新八さんにインタビュー。
習慣化することで、その先にどんな景色が見えてくるのでしょうか。習慣化を極めた井上さんに、伺いました。
―井上新八(いのうえ・しんぱち)
年間200冊以上の装丁を手掛けるブックデザイナー。noteで自身の習慣化について積極的に発信している。
Twitter:https://twitter.com/shimpachi
note:https://note.com/shimpachi88/
HP:http://www2u.biglobe.ne.jp/~shipanon/
選択する時間を割くために、習慣づける
井上さんはフリーランスで、年間200冊もの本の装丁を手掛けるブックデザインのお仕事をされているとのこと。その一方で、お仕事以外にさまざまな「習慣」をお持ちですよね。
例えば1日1冊、本を読む生活を2年間毎日続けてきたそうですが、どうやって読み切っているんですか?
WORK MILL
井上
まずは毎日1冊、必ず読むと決めることですね。
ただ1日1冊読むのは慣れるまで相当ハードルが高いので、「コーヒーを淹れたら必ず本を読みはじめる」というように自動的に読むスイッチが入るような工夫はしました。
あとは、「読みはじめたら最後まで読み切る」。メモを取りながら読んでアウトプットを毎日Twitterに必ずアップするというのも工夫のひとつです。
そもそも、井上さんが習慣化に取り組みはじめたきっかけは何だったのでしょうか?
WORK MILL
井上
2010年ごろ、仕事が忙しくなって、立ちゆかなくなってしまったんです。完了しなければいけないタスクが多い時は、一つひとつの物事についてじっくり考えて処理するのは大変。そのため、考えずにやれるようにするために習慣化を徹底し始めました。
「考えてやる」ということが、忙しい中では大きな負担になると感じられたわけですね。
WORK MILL
井上
そうです。私が考える習慣化とは「やるか」「やらないか」という選択肢を減らすこと。さらに言うと、やらないという選択肢を減らして、全部やる方向へ持っていくことなんです。
重要視したのは、とにかく「毎日やる」ということ。例えば、「ジョギングを週に2回だけやる」とすると、明日はやらないけど明後日はやると考えなければならない。すると、そのうちに、やめてしまうんです。
でも、毎日やることにすれば「やる」「やらない」を考えず、すぐに取り組むことができる。「毎日やる」と決めるだけで、習慣化は格段にしやすくなります。
どの習慣も毎日のタスクにしてしまうということなのですね。
では、井上さんは今、朝にどんなルーティーンを組んでいるのでしょうか。
WORK MILL
井上
まずは朝4時すぎに起きて、水を1杯飲みます。次に外へ出て、写真を撮ってSNSにアップ。そして昨日の1日に感謝し、瞑想と深呼吸、ストレッチして。
そして体温を測り、SNSで情報収集をして、企画につながりそうなことをメモして、また瞑想をして……。ここまでで、起きてから15〜20分です。
去年からは「気温を当てる」という習慣も始めました。
気温を当てる……?
WORK MILL
井上
その日の天気の気温が何度かというのを当てるんです。その後、いくつかゲームをやってから、5時前には仕事を開始。その日の朝にやるべきことをリストアップして、そのうち1つは5時までに終わらせるようにします。残りは朝のうちに大体すべて終わらせます。
ゲームもあるんですね! 決められた時間で切り上げるのは難しくないのでしょうか?
WORK MILL
井上
いいえ、朝の習慣はきちんと切り上げられるようにします。その後にやらなければいけない量の仕事があるので、絶対に終わらせます。
仕事でも「この作業はこの時間まで」と終わりの時間を決めてやっていきます。時間通りに終われるように、映画のチケットを先に買ったり、何か予定を入れておいたり。
なるほど。でも、毎日やると決めても「今日は乗り気がしないなあ」という日もあるのでは? 寝坊したりしてルーティーンが崩れるときもあるのではないかと思うんです。
WORK MILL
井上
寝坊しても、やります。時短で全部こなしますね。例えば、2秒だけ瞑想するとか……。
おお、それは執念を感じます……!
WORK MILL
井上
旅行中など、イレギュラーなときは、少し方法を変えます。日記だったら日記帳ではなく適当な紙に書いておいたり、ジョギングの代わりに散歩をしたり。やらないと、生活が成り立たないんですよね。
まるで歯磨きや入浴のように欠かせないのだということが伝わってきます。
とはいえ、日常に不可欠なルーティーンとして定着させることこそが大変なのではないでしょうか……?
WORK MILL
井上
だいたい500日続けると、「やる」「やらない」を考えなくなりますよ。
1年以上ですよね……!? それはなかなかハードルが高い……。
WORK MILL
井上
そうですよね。そのため、まずは1日ごとにそのタスクへのハードルを下げることが大事です。
毎日ランニングするなら、ウェアを着るだけでもOK。「玄関に出たらOK」くらいまで習慣のハードルを下げてみるのはどうでしょうか。気が向いたら走る、くらいならできそうじゃないですか。
確かに、それくらいならチャレンジできそうな気がします。
WORK MILL
習慣を持つことが自分だけのコンテンツ=武器になる
井上さんは、他にも1日1冊本を読んだり、映画を観たり、noteを書いたりと、さまざまなルーティーンがあるかと思います。それらを習慣化して良かったことを聞かせてください。
WORK MILL
井上
そうですね……。人との話題の種類が増えたと思います。
例えば、ゲーム「どうぶつの森」シリーズで、ララミーというキャラクターに毎日プレゼントを渡し続けるという習慣があります。どんなことでも、やり続ければ1つのネタになるんです。
想像以上に細かい習慣でした(笑)。そういったささやかなことでもいいのですね。
WORK MILL
井上
他にも、この2年間は食べた納豆のパッケージやどんな商品だったかを記録し続けています。
こちらも意外な小ネタ! 運動や勉強などだけが、習慣化の対象だと思い込んでいました。
WORK MILL
井上
結果的に、くだらない内容ほど飲み屋で話せるネタ、1つのコンテンツになっていると思います。
ただやるだけじゃなくて記録を取ることで、話せるコンテンツに成長するんです。記録するためには観察が必要。観察することで、コンテンツに深みを持たせることができるし、考えることにも繋がるんです。
確かに記録を継続すれば、データが蓄積されるし、観察眼も磨かれて仕事にも役立ちそうです。
WORK MILL
井上
普段から細部を見ているからこそ、仕事でも日常でも細部に気づくことができます。納豆は豆の種類によってどう味が違うのか、メーカーによってどんな違いがあるのか。
それに、普段は「なんとなく感じている」程度の認識のことも、記録することで言語化できるようになっているんです。
ダイレクトでなくとも、まわりまわって仕事に役立っているのですね。
WORK MILL
一度挫折した習慣が復活。その鍵は「具体性」
逆に、井上さんが続かなかった習慣はありませんか。
WORK MILL
井上
ありますよ。1月から毎日短歌を詠もうと思ったのですが、これは10日も経たずに挫折してしまいました。
挫折した習慣もあって安心しました。でも、これはなぜ続かなかったのでしょうか?
WORK MILL
井上
やり方をあまり考えずに、漠然とやっていたことが原因です。それまではただ「毎日短歌を書いてみよう」とだけ思っていたのですが、それではダメでした。何を書いたらいいのか、発想自体が湧いてこず、結局やめてしまいました。
3カ月に1度、習慣の振り返りをしているのですが、4月からやり方を変えたら続くようになりました。
それは、どのようなやり方なのでしょうか。
WORK MILL
井上
気になる歌集を毎日少しずつ読むようにしました。気になった歌をいくつか書き写してみて、それを眺めて浮かんできた情景を自分なりに咀嚼して、自分の短歌を詠んでみる。そんなやり方に変えてみました。
単体で続けることが難しい習慣は、何かとセットにして2つやったほうが続くのだなと改めて思いました。
今回の短歌の例で言うと、「読書」と「詠む」をセットにしているということですよね。
WORK MILL
井上
そうですね。ジョギングなら同時に耳を使ってラジオを聴いたり、読書しながら音楽を聴いたり。何でも2つ以上セットにするといいと思います。
何かを習慣にする時、漠然と行うと失敗することが多いので、具体性を持たせることが大切です。
具体性とは、「漠然と英語を勉強しようと思っても続けるのは難しいけれど、資格取得などの目標があれば勉強する」といったようなことでしょうか?
WORK MILL
井上
そういった目的や目標とは、また違いますね。
やり方を具体的にすることです。「何をいつ、どのくらいの時間やるのか」という具体性です。「毎日読書する」ではなく、「1日10ページ、朝食の前に必ず読む」というふうに、具体的にタスクを決めることです。
僕の場合、目標や目的は一切ありません。なんとなくやりたいなと思って取り組んで、後々意味を見出しています。
「目標に向かわないと」と思うことって、実はノイズなんですよね。
目標がノイズとは、意外な発想です。
WORK MILL
井上
「達成しようと思って達成できなかったこと」が周りにある状態って、ノイズになるんです。
「達成できない」って、ストレスじゃないですか。目標や目的が大事なのは分かっています。でも、意味のなさそうなことを真剣にやった先で何かを見つけるのも、同じくらい意味があると思っています。
日々を楽しくするために習慣化したら、生活が整った
もともとはお仕事をたくさんこなすために習慣化をはじめたとのことでしたが、今はお仕事以外でもさまざまな習慣を取り入れていると聞きました。
そこまでして、たくさんのことを習慣化されているのは、どうしてでしょうか?
WORK MILL
井上
そもそも読書や写真、執筆など仕事に関係しないことも習慣化したのは、仕事に関することだけで1日のルーティーンを決めて生活が仕事一色になってしまうのが嫌だったからです。
だから、「好きなこと」と「やるべきこと」、どちらもルーティーンとして組み込み、時間を確保するようにしました。
井上さんにとって、習慣化の動機が「目標達成のために頑張ること」ではないんですね。生活を楽しくするためなら、続けられるのにも納得です。
WORK MILL
井上
言葉にすると「習慣化」ですが、私自身「習慣化しよう」と思っているわけじゃないんです。やりたいこととやるべきことを小さくやっておく、という気持ちなんですよ。
だから習慣の中でも、合わなかったり、不要だと思ったりしたものは消えていくんです。
朝のルーティーンにゲームが入っているのも、やりたいことだから欠かせないんですね。
WORK MILL
井上
遊びの時間もすべてルーティーンに組み込まれています。仕事一色にならないように、あえてどうでもいいことをやるために枠をつくっているんです。
生活を良くするために、日々のルーティーンをアップデートしてきた結果、仕事と両立させながらゲームもできるようになったし、マンガも読めるようになりました。
習慣化のメリットが飲み屋での小ネタになる、ということだけではないのがよくわかります。
WORK MILL
井上
そうですね。習慣化によって仕事がしやすくなったし、体力も落ちずにいる。ヘルシーな状態でやるべきこととやりたいことが両立できるので、生活が整います。
続かなくてもいい。でも続いたモノは自分の人生のパーツになる
会社員の方だと9時〜17時は仕事のように、時間が拘束されているパターンも多いですよね。そういった場合でも、井上さんのように習慣化のメリットがあると思いますか?
WORK MILL
井上
拘束時間がある方にこそ、習慣化は大事だと思いますよ。資格勉強や家族とのコミュニケーションなど、時間が限られているからこそ、あえて取りたい時間を習慣化で固定させることで、自分で時間を操れるようになると思います。
忙しい日々の中で、やりたいことのための時間を生み出す方法こそ、井上さんの習慣化なのですね。
WORK MILL
井上
そうです。やりたいことを実現する方法の一つですね。時間を作る方法としては、一番効率がいいと思っています。 ダンスの練習も習慣の中にあるのですが、1日5分でも取り組めば、365日で1曲くらいは振り付けを覚えられるんです。だから、1日5分だけ好きなことをやるというところからはじめれば、365日後には何か変わっているかも知れません。
1日、まずは何か好きなことを5分だけ。それなら取り組めそうですね。
WORK MILL
井上
何かに取り組んで続かなかったら、それはそれでいいんです。いくつも取り組んだ中で、最後に残ったものが自分のものになります。
興味の赴くままに手を出して、続くものだけ続ければいいのではないでしょうか。それが最終的に自分の人生のパーツになっているはずです。
続かなくてもいい。とても心強い言葉ですね。今日はありがとうございました!
WORK MILL
2023年4月取材
取材・執筆:ミノシマタカコ
編集:桒田萌(ノオト)