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心の声を無視しない。1カ月後の自分に手紙を書くサービス「LetterMe」を運営する西村静香さんに聞く、自分の心と向き合う意義

自分が何を考えているのか分からない、自分が何をしたいのか分からない……。

周りとの調和を優先するあまり、心の声に蓋をした結果、どんどん本来の自分とかけ離れていく感覚に陥ったことがある方も実は多いのではないでしょうか。

自分の本当の思いは自分にしか分からないはず。自分の心の声を聞いてあげられるのは自分だけだと思うと、忙しい日々の中でもしっかりと自分と向き合ってあげたいと思いますよね?

その中の一つの方法として、心の声に意識を向けて、未来の自分へ手紙を書いてみるというのはいかがでしょうか。

今回は、1カ月後の自分に手紙を書くサブスクサービス「LetterMe」を運営する西村静香さんに、自分に手紙を書くことの効果、自分の心の声と意識的に向き合う意義、方法やヒントなどを伺いました。

―西村静香(にしむら・しずか)
株式会社LetterMe 代表取締役。パーソルキャリア株式会社に新卒入社。在籍中にキャリアコンサルタント国家資格を取得。30歳を節目に退職し、女性の起業家輩出に特化したインキュベーション事業『Your』より、2020年12月「LetterMe」をリリース。東京都女性ベンチャー成長促進事業 APT Women6期、経済産業省×JETRO主催「始動Next Innovator」第7期SV選抜メンバー。

モヤモヤしていた誕生日、5年前の自分から手紙が届いた

西村さんは、過去の自分からの手紙を受け取ったことで人生が変わった経験があると聞きました。

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西村

そうなんです。当時は、人材会社に入ってバリバリと働いていました。中間管理職にもなって、周りからは「若いのに出世してすごいね」と言われていたのですが、なぜか満たされない感覚があったんです。

そんなモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、30歳の誕生日を迎えた日、ポストを開けたら25歳の自分から手紙が届いていました。

実際に25歳の西村さんから届いた手紙の一部。「まいこまさんせ」は、西村さんの地元の方言で「思いっきり行け」の意。西村さんにとって気合いの入る応援のフレーズだという。(提供写真)

それは何かサービスを利用していたのですか?

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西村

そうです。手紙を一定期間保管してから、送ってくれるサービスがあって。年齢的にも節目となる30歳の誕生日に届くようにしていたのですが、受け取った時には手紙を書いたことすら忘れていました。

読んでみると、25歳の私からの思いがダイレクトに刺さって、思わず泣いてしまって。知らないうちに「いろんな折り合いをつけた大人」になっていた自分に気がつきました

折り合いをつけた大人?

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西村

もともと私は「いつか自分で事業を立ち上げたい」という夢があって、経験を積むために人材会社に入ったんです。

でも、チームのマネージャーとして働くうちに、「マネージャーなら、こうするべき」という行動パターンを自然と取るようになっていて、「上から注意されないように、失敗しないように」ということで頭がいっぱいになっていました。

それは、本来の私がやっていきたかった方向とは違ったんです。

それがモヤモヤにつながっていたんですね。

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西村

手紙を書いた25歳は、東京での起業を夢見ていた時期。だからこそ、「こういうことをしてるのかな?」とか、「夢に向かって頑張っているよね?」とか、未来の自分への問いかけがあまりにもピュアで。

手紙を読んでから「やっぱり自分の夢を叶えたい!」と思い、勤務していた会社を辞めて、スタートアップの環境に飛び込もうと大阪を出て、東京へきました。

その原体験が、「LetterMe」の事業立ち上げにつながったんですか?

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西村

昔から、広義な意味でのキャリア、つまり「人生」をどう自分らしく生きるかについてサポートしたいという思いがありました。いろんな起業アイデアを試す中で、私自身が手紙に救われていたことを思い出しました。

私が利用したように、ある一定期間手紙を保管して送り返してくれる手紙のサービスは以前からあります。それは、サプライズ感が一つの要素でした。

でも、自分らしい人生を歩むために大事なのは、自分の声を習慣的に聞き続けていくこと。そこから、現在の「LetterMe」が生まれました。

手紙では無意識に自分を認め、優しくなれる

提供写真

自分に手紙を書くことの効果について、教えていただけますか?

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西村

日記やノートを書く、誰かと話す、カウンセリングやコーチングを受けるなど、「自分を知る」手段はさまざまです。

その中でも手紙ならではの良さは、自分を認めて、自分に優しくできることです。

自分を認めて、自分に優しくする……。本当にできているのか、実感しにくいことも多い気がします。

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西村

そうですよね。正直「どうやって?」と思う人も多いはず。

ですが、手紙というツールを通して思いを書き出していくと、無意識に自分へ思いやりのあるメッセージが溢れてくるんですよ。

確かに、手紙は感謝や温かい言葉を伝えるものという認識がありますよね。

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西村

実際に、未来の自分へ手紙を書く効果についての研究では、手紙を書くことで「現在の状態はずっとは続かない」という認識が高まり、ネガティブ感情が軽減されると言われています。(※)

たとえば、そのときは愚痴だったものが、手紙を書いているうちにそうではない感情として整理して扱えることもあるそうです。

※ 未来への手紙がネガティブ感情を軽減させることの効果を検証 -パンデミック下における実験データから-
https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-03-02-0

西村

だから、優しい言葉が出るし、冷静になる。一歩引いて全体を見られるので「まあ、なんとかなるはず」と楽観性も上がって、結果前向きな気持ちになれるのだと思います。

「LetterMe」では、そんなふうに自分への手紙を通して、自分を知り、自分を認め、自分に優しくする、その上で自分を軸に物事を決めている状態のことを「自分フルネス」と呼んでいます。

「自分フルネス」とは?(提供画像)

自分に手紙を書くときのコツ、意識するポイントを教えてください。

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西村

まずは毎月1日に書く、3カ月に1回書くなど、ルールを決めることが大事です。「LetterMe」では毎月1回のペースをおすすめしていますが、難しい方は毎年誕生日に自分と向き合う時間を作ってみるのもいいでしょう。

あとは、お気に入りのレターセットや良い万年筆を使うと気分が上がるので、書くためのグッズから揃えてみるのもいいですね。手紙を大事なものとして扱えるようになりますから。

西村さんはプライベートで誕生日にも手紙を書いているそう。(提供写真)

書く内容はどんなことを意識したらいいのでしょうか?

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西村

思ったことをただ書き連ねるのが、シンプルで一番良いと思っています。良い言葉を書こうとするのではなく、そのときの思いをありのまま表現すること。受け取ったときには、素敵な言葉になっていたりしますよ。

自分だけしか読まないから、思ったことを書ける。そういう意識も重要そうですね。

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西村

かっこつけない自分をさらけ出す場所にできるといいと思います。

私もつい「大丈夫だよ、問題ない」と書いてしまいがちなのですが、「本当に?」と自分でツッコミを入れてみる。そういうふうに、手紙の中で自分に本音をさらけ出すようにしています。

先ほどの「手紙だから優しい言葉を自分にかけられる」というのは結果論であって、書いている最中はそこまで意識しなくてもいいんですね。

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西村

はい。むしろ優しい言葉をかけようとか、自分を褒めてあげようなんて意識しなくていいです。でも、書いていたら自然とそういう言葉になってくるものだと思います。

比較するのは過去との自分、みんなそれぞれ日々いろんなタスクを乗り越えている

実際に西村さん自身も毎月、自分に手紙を書いていますよね。その中で、気づいたことはありますか?

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西村さんが今まで書いてきた実際の手紙。(提供写真)

西村

手紙を書く習慣を2年以上続けて感じるのは、自分との対話が上手になっていることです。以前は、一人でいるとマイナス思考に引っ張られることが往々にしてあったのですが、上機嫌な時間が増えました。

実は、この1カ月という時間軸も絶妙で。「たった1カ月じゃ、何も変わらないでしょ?」と思われるかもしれませんが、実際には、みんな日々さまざまなタスクを乗り越えて前に進んでいるんですよ。

手紙を通して1カ月前の感情や景色を受け取ると、少し青臭く感じる要素も含めて、「先月の私より成長している」と気づき、他人とではなく過去の自分との比較ができるようになります。

それは、他人と比較をしなくなるということでもあるのですか?

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西村

はい、他人と比較することは少なくなりました。でも全くなくなったというわけではありません。どちらかというと、比較してしまったときもそこから一歩離れて冷静に見られるようになった感覚です。

事業や仕事に関する比較は、自分にない視点やヒントを得られることも多いので、大事な情報として受け止めるようにしています。

提供写真

西村

ですが、結婚や出産、育児など、人それぞれの人生の状態を今の自分と比較するのはあまり意味がない。それを分かっていても、つい自分と他者を比較して落ち込んでしまうことは私にもあります。

それでなんとなく比べてしんどくなってしまうなら、たとえ友だちのSNSだとしてもその情報を一旦遮断すると決める。そして、そんな自分も許すという感覚でしょうか。

「自分フルネス」は、自分の気持ちが真ん中にある状態。だからこそ、自分にとって良い選択ができるようになる感覚があります。

なるほど。自分の内側に気づきやすくなることで、マイナス思考に陥る前に自分で別の選択を取れるのですね。

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西村

「LetterMe」では、定期的に一緒に手紙を書く時間を設けています。日頃、自分の内側と向き合う時間が少ないと感じている方、自分ではその時間をなかなか作れないという方にもご参加いただいています。

ご利用者さんからは、手紙を書く時間は自分の素の状態に戻ってこられる、日々の癒やしになったという感想をいただきました。

あと、「挑戦していることに対して、1カ月ごとの自分の前進を感じて自信がつく」「自分のことだけをぐっと考える時間が最近取れていなかったと気づかされる」という声もありましたね。

スタートアップ関連のイベントへ登壇する西村さん。LetterMeは企業研修で取り入れられることも。(提供写真)

自分の心と向き合う選択肢の一つとしての手紙

手紙を通じて自分の心の声と向き合うのは、特にどんな人におすすめでしょうか?

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西村

先ほどの「自分フルネス」とは逆の概念、「自分レスネス」な状態に陥ってしまっている人です。

「自分レスネス」とはどういう状態のことなのでしょうか?

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「自分レスネス」に陥ってしまう主な3つのパターン。(提供画像)

西村

「自分レスネス」は、自分の声よりも他者や世間の声が大きくなって、自分がどんどん小さくなっている状態。特に「周りの声に敏感で、争いごとも避けたくて、無意識に調和を優先してしまうタイプの人」が陥りがちです。

そういう人は、職場でも家庭でも周りを優先し、大変なことは自分で抱え込んで頑張りすぎる。それで、知らずしらずのうちに自分の声を無視するのが習慣になってしまうのです。

確かに、周りに気を使いすぎてしまう場面ありますよね……。

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西村

また、「自分に厳しい人」も「ちょっと休もうね」という意味で、自分と向き合う時間が持てるといいと思います。

提供写真

今後、西村さんはどういったことを実現していきたいと考えていらっしゃいますか。

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西村

「LetterMe」の価値を必要な人にしっかりと届けていけるよう、じっくりと育てていきたいと考えています。

企業向けにアレンジした研修プログラムも作っているので、その活動の幅も広げていきたいです。

でも、そもそも私は手紙を書くのが苦手という方は無理してやる必要はないと思っていて。自分の声を聞く習慣があることが重要で、その方法は自分に合ったものでいいと思っています。「LetterMe」もその中の一つの手段として存在できれば嬉しいな、と。

まずは苦手意識を持たずに、いろんな方法を試していくのもよさそうですね。

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西村

そうですね。正直、何事もやってみないと分かりませんよね。

ちなみに体験会は、男性の反応がとても良いんですよ。実際にやってみると衝撃が走るみたいで。女性に比べて、人生の中で手紙を書く機会が少ない傾向にあるからかもしれません。

手紙は難しくなくて、誰でもできる。そして、効果もきちんと感じられる。これが私が「LetterMe」を気に入っているポイントです。「こんなの絶対無理!」と思っても、案外刺さるかもしれませんよ。

ライターが実際に自分へ手紙に書いてみた

好きなお茶と音楽とともに30分間自分と向き合いました(筆者撮影)

取材後、ライターが実際に1カ月後の自分に手紙を書きました。この日は、仕事が少し詰まっていて、あまり気持ちに余裕がなかったとき。

そんな状況と素直な感情をありのまま書いてみると、「でもこれを読んでいる1カ月後には、今抱えているタスクは終わっているはずだよね」と、少し楽な気持ちになっていきました。西村さんがおっしゃるように、自然と自分を労ったり、励ましたりしている言葉が出ているのがびっくり。

私は仕事やプライベートのことに関して、「今の自分はこう思っている」「これを読んでいるとき、自分がこうなっていたら嬉しい」ということを書いていきましたが、確かに1カ月後の自分は想像するのに遠すぎず、近すぎず、ちょうど良い距離感です。

書き終わってみると、なんだか心がすっきり。来月に読むのが楽しみなような、少し恥ずかしいような、不思議な感覚を味わえました。

2023年2月取材

取材・執筆=矢内あや
編集=鬼頭佳代(ノオト)