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私しかできない、誰もしていない仕事をつくる。那須映里さんが見つけた「手話エンターテイナー」という生き方

自分の特長を見極め、それが輝く場所を見つけ、自分の仕事にしていく。それを積極的に実践しているのが那須映里さんです。

那須さん自身、生まれつき耳の聞こえないろう者。現在は「手話エンターテイナー」という肩書きで、ろう者と聴者(聴覚に障害がない人)の交流イベントを企画したり、手話を通じて人々を楽しませるパフォーマンスを行ったりしています。

最近では、テレビドラマ『silent』(フジテレビ)に出演したり、NHK・Eテレの番組やアート業界のイベントにも登場。

自分にできることと社会に求められていることを擦り合わせながら、まだ見ぬ仕事を見つけていくには? 那須さんに伺いました。

那須映里(なす・えり)
1995年、東京都出身。家族全員がろう者のデフファミリーに生まれ、日本手話を母語として育つ。日本大学法学部新聞学科卒業。2019年から2020年まで、デンマークのFrontrunnersに留学し、ろう者のリーダーシップについて学ぶ。帰国後、手話エンターテイナーとして活動。ドラマ出演、NHK・Eテレ『みんなの手話』出演、ろうの子どものための活動をするしゅわえもんスタッフ、ろう者と聴者が交流する「ろうちょ~会」、東京都聴覚障害者連盟青年部役員活動、「ビジュアルバーナーキュラー」パフォーマンスなど、幅広く活躍している。

ろう者から見た、聴者文化の不思議さ

「新しい仕事の作り方」について伺う前に、那須さんのご経歴やろう者の文化について教えてください。幼少期はどんなお子さんでしたか?

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那須

いつも「これは何?」「あれは何?」と聞いている子どもだったそうです。「月はどうして東から登って西に沈むの?」とか(笑)。いろんなことに興味を持っていました。

那須

それから、歴史まんがが好きでした。4歳の頃に、小学生向けの歴史まんがを欲しいと言っていて、母は驚いたらしいです。「まだ無理なんじゃないか」と言われても、「どうしても読みたい」と頑固に伝えて、買ってもらいました。

日本の歴史と世界の歴史が20巻ずつあって、全部買ってもらったのですが、どれも夢中で読んでいました。

日本語はまだわからない単語も多かったのですが、それを全部、ろう者の母に「これは何?」「どういう意味?」と聞きながら、絵と文章を合わせてなんとか理解して楽しんでいました。

「これは何?」といった内容も全て、手話で会話されていたと思います。手話はどのように習得していったのでしょうか?

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那須

みなさんは、日本語をどのように習得しましたか?

覚えていませんね……。

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那須

私は両親もろう者で、母語が手話なので、どうやって習得したかは覚えていません。みなさんと同じです。

親が手話で話しかけてくるので、0歳のときから手話を使っていました。手話にも、日本語と同様に喃語(※)があります。赤ちゃんらしい手話の喃語を使っていて、それがだんだんと大人の手話に変わっていきました。

※喃語(なんご):赤ちゃんが言語習得前に発する言葉のこと

ろう者であることは、仕事を選ぶ上でも重要なファクターだったと思います。聴者との違いを実感した経験はありますか?

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那須

私は高校までろう学校に通っていたのですが、大学に入って初めて聴者と一緒に過ごすようになりました。

そこで、不思議な光景を目にして。経験がある方も多いと思うのですが、友達同士で一緒にトイレに行くことってありますよね。私、その意味がわからなかったんです。

友人に「トイレ行くけど、一緒に行く?」と言われて、「いや、行かない」と伝えると、なんか微妙な反応をされるんです。「え? そこは一緒に行くのが当たり前なの!?」と驚きました。そのとき「ろう者の文化と聴者の文化は本当に異なっているんだ」と気づきました。

どういうことでしょうか?

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那須

つまり、それまでは聴者と言えば「音を使っている人たち」としか思っていなかったということです。それぞれの文化が違うという話は聞いたことがあるのですが、聴者とろう者それぞれに独特の文化があること、さらにいうと言語や音から生まれるいろいろな習慣があることを、大学に入って初めて体感しました。

例えば、聴者の文化では空気を読んだり、遠回しな言い方をしたりしますよね。逆に、私は「つまり、どういうこと?」と聞きたくなってしまいます。

ろう者は、空気を読むよりも、はっきりとしたコミュニケーションが多いです。聴者の文化を知ることは大事ですが、ろう者ばかりが合わせすぎるのも良くないと思います。私はろう者であることをアドバンテージとして、仕事選びをしてきました。

新しい仕事「手話エンターテイナー」を作る

いまの那須さんは「手話エンターテイナー」の肩書きで、さまざまなジャンルをまたがって活躍されています。どのようにしていまのお仕事を作ってきたんですか?

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手話エンターテイナーとしての活動の一つ。東京大学の学生や卒業生で運営されているクイズを題材としたコンテンツを配信している「QuizKnock」のYouTubeに出演し、手話に関するクイズを出題した。

那須

元々はジャーナリストを目指していて、新聞学科のある大学を選びました。ろう者などのように差別を受けやすいマイノリティの人々の声を届ける役割を担いたい、と思っていたからです。

ジャーナリズムの世界では中立の立場でいる必要があります。まずは、不偏不党の立場で取材対象や事実に忠実であれ、伝えることのみに徹する必要がある、と大学の先生が言っていたのです。つまり、「社会を変える直接的な行動」と「報道をする行動」を混ぜるのは良くないということだったのです。

しかし、私は「社会を変えたい」という気持ちがありました。その間で悩んでいるときに、「それならば自ら会社などを立ち上げる方が向いているのでは」と先生にアドバイスをもらったんです。

ジャーナリズムの観点ではなく、自らの手で社会を変える道を選ばれたのですね。

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那須

大学卒業後、起業を目指して、多くの起業家を輩出している会社に入社しました。大変でしたが、社会課題をビジネスでどのように乗り越えていくのかを学びました。

人との出会いにも恵まれ、同期には、最近では内閣府で有識者会議のメンバーを務めるなど、政治の分野でがんばっている櫻井彩乃さんがいました。櫻井さんは同じ事業を行っていて、よく喧嘩をしていました。

「喧嘩」というのはろう文化ならではの表現かもしれません……。これは悪い意味ではなく、「喧嘩するほど腹を割って話せて、仲がいい」という意味です。

どんな「喧嘩」をしていたのでしょうか?

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那須

私は当時、ベトナムにろう者の就労機会を提供する会社を作りたいと考えていました。旅行をしたとき、ろう者への風当たりが良くない状況を目の当たりにして、事業を通して社会を変えたいと思ったからです。

でも彼女は、私に本当にやりたいことは何なのか、問いかけてくれました。

「ことばにはその人の本心が出る。あなたは手話のことばかり話している。本当はろう者や手話そのものに関する活動や、日本のろう者を取り巻く社会を変えることがしたいんじゃないか。改めて、ベトナムでの起業にとらわれず、自分のやりたいことについて考えてみたらどうか」と。

そこで、「私が本当にやりたいことはろう者や手話に関することだ」と気づいたんですね。そうなると、手段は起業だけではなくなります。

ちょうどその頃、私は留学のチャンスに恵まれました。

どこへ留学に行ったんですか?

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那須

デンマークです。世界中の20〜30代のろう者が集まり、リーダーシップや組織活動を学べる機関「Frontrunners」に、1年間通いました。これも、私にとって大きな体験でした。

ろう者が差別されてきた歴史、ろう者の社会問題、組織におけるコミュニケーションの方法、衝突を解決する方法……さまざまなことを勉強します。

社会に対して何か交渉していくときには、一方的に伝えるだけではなく、きちんとエビデンスを見せる必要があることや、対話の方法を学びました。

まさに今のお仕事へと直結していそうですね。

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那須

その中には、メディアの使い方の授業もあって。

手話の場合、まずは画面のなかにきちんと手を収める必要がありますよね。そういった基礎的なことから、カメラに近寄ったり離れたりと前後の移動を使って表現する手法も学びました。

手話を魅力的に表現する方法を学べたことは、私にとって大きな財産となりました。

写真や映像の使い方も、自分たちで実際に映像関係の仕事を請け負って、手話がどのように映像に表象されるべきかを考える授業もありましたね。

留学先では、充実した学びを得た(提供写真)

自分の特長とブルーオーシャンを結びつける

起業、政治などいろいろな選択肢があったなかで、いまの那須さんはなぜ「手話エンターテイナー」という新しい仕事を選んだのでしょうか?

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那須

最初から「手話エンターテイナーになりたい」と思っていたわけではありません。いろいろな企画・運営をしたり、表現したりするのが好きで、仕事を続けていくうちに「私は手話エンターテイナーなんだ」と気づいて。

その根底には「みんなが楽しめる場所を作りたい」という思いがありました。

聴者の中にも「ろう者と話してみたい」と考えている人はいると思うんです。そういった人たちが気軽に訪れられる場が作りたい。今、まだそういった機会は決して多くありません。

ろう者と難聴者と聴者が交流できる「ろうちょ〜会」を主催。声での会話は禁止されていて、手話もしくは筆談でコミュニケーションをとるルールになっている。(提供写真)

那須

メディアに出始めたのは、落合陽一さんが総合演出を務めた「True Colors FASHION」というダイバーシティ・ファッションショーでの手話翻訳の仕事からでした。

「True Colors FASHION」の様子。那須さんは手話翻訳を務めた。

動きながら考えていかれたんですね。新しい仕事を作っていくためには、いろんなことに興味を持って行動することが大切なのだと痛感します。

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那須

まだ誰にも手をつけられていないところを探して、見つけたら「とにかくやる」ことですね。

レッドオーシャンなど、すでに多くの人が目をつけているところで何かをする覚悟ももちろん大切ですが、社会の中で生きていくためには、わざわざ荒波に揉まれに行かない方法もあるのではないかと思います。

私は、まだ誰も手をつけていないところに行って、そこで開拓者になっていこうと考えました。ブルーオーシャン(競合が少ない場所)を探して飛び込むということです。

なるほど。

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那須

「まだここに誰も手をつけてないんじゃないか」と感じるところを思いついたら、そこをよく調べてみるのがいいと思います。

私の場合、デンマーク留学中に徹底的に調べました。当時、まだ進路を決めていなかったなかでコロナ禍になり、不安を感じながら、何をしていくべきかを探りました。

世界中にたくさんある手話関係の仕事を一つひとつ見て、メモを取ってみたんですね。すると、倒産してしまった会社などもわかってきて、「ここはレッドオーシャン(競合が多い場所)かも」とわかってくるんです。

そういった分野は避けていったんですね。

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那須

はい。さらにわかってきたのは、ろう者対象だけではなく、聴者も対象にした方が、副産物として仕事・ビジネスが続きやすいことです。

Frontrunnersの同期たちにもいろいろ聞いてみたり、自分なりに図解を作ったりして、自分がすべきことは何かを考えていきました。

「社会にこれが必要とされているんだ。これができるのは誰だろう」と一つひとつのお仕事を見つけて取り組む中で、自然と手話エンターテイナーに行き着いていました。

自分の個性や特長、得意なことを見つける作業、そしてそれをブルーオーシャンと結びつけるのは難しいですよね。ポイントはありますか?

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那須

まずは、自分の得意なことは何かをはっきり言語化できるといいと思います。私の場合は、日本語を読んで手話に翻訳することが得意。でも、これができる人材はろう者の中で不足していて、まさにブルーオーシャンでした。

この仕事が、社会にとってどのようなインパクトを持つのか。これもきちんと言語化して、説明できる力が必要だと思います。その点を伝えていくと、関係者の方たちも一緒に次のアクションを考えてくださるんですよね。

個性の強さや他人と異なることについて、ネガティブに捉える向きもあると思いますが、那須さんはどう感じられますか。

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那須

デンマークで学んだことになりますが、違うことを恐れないことが大事だと思います。人の目を気にする自分がいることに気づく必要があります。「あ、私はいま、人の目を気にしているな」と。

人の目を気にする自分の気持ちを、自分と切り離してみる。客観的に見て分析をすると、「意外と大丈夫かもしれない」とわかってきて、取り組めると思うんですね。

人の目を気にしている人生では、つまらないですから。

最後に、これからの目標を教えてください。

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那須

私は、歴史上の人物ならアレクサンドロス大王が好きで。彼は、ギリシアからインドまでを征服していきましたが、そのとき、文化や言語を侵略するのではなく、尊重することを大切にしていたそうです。

本来ならば、侵略した地域の言語や文化を破壊して、侵略した側の言語を覚えさせますよね。でも、アレクサンドロス大王はそうはしなかった。

そして、双方の人間が一緒に暮らすことで、言語と文化が混じり合い融合していった。私もそういったことをやりたいという意味で、憧れの存在ですね。

文化や言語の交換をして、いろいろな人類が混ざり合うなかで、新しい世界が見えたり、人類がアップデートされたりする。私も、これからの活動を通して、そういう世界を見たいなと思っています。

2023年3月取材

取材・執筆:遠藤光太
写真:栃久保誠
手話通訳:川口千佳
編集:桒田萌(ノオト)