昼休みに大車輪! 日比谷鉄棒倶楽部が公園でつくる「しがらみのないコミュニティ」とは?
出社の頻度が高まり、昼休みを再び会社で過ごすようになった人も多いのではないでしょうか。
昼休みはランチを食べるだけでなく、午後に向けたリフレッシュの時間。そこで、少し変わった休み方をしているのが、日比谷鉄棒倶楽部の皆さんです。
官公庁が集まる霞ヶ関からほど近い、東京都千代田区の日比谷公園。その「高鉄棒」で、昼休み中の大人たちが、懸垂をしたり、大車輪などの大技を披露したり、思い思いに過ごしているのだとか。
どういうきっかけで鉄棒を始めたのか。鉄棒で体を動かして午後の仕事に響かないのか。そして、家とも会社とも違う「コミュニティ」がもたらす効用とは。実際に、昼休みの日比谷公園をたずねました。
―日比谷鉄棒倶楽部(ひびやてつぼうくらぶ)
日比谷公園の「高鉄棒」で鉄棒をする仲間たちで発足。メンバーたちは所属企業も年齢も鉄棒経験もバラバラで、それぞれが自由に活動している。Amazonプライム『風雲!たけし城』(2023年)や『出没!アド街ック天国』(2018年)などメディア出演も多数。
年齢に関係なく、新しいことにチャレンジできる場所
お昼休みの時間帯に、日比谷公園で活動していると聞いてやってきたんですが……。あ!あの青いTシャツはもしかして……!
WORK MILL
鉄棒だけではなく、隣にある吊り輪まで……!? 皆さん、すごいですね……! とてもお昼の公園とは思えません。
WORK MILL
細井
ありがとうございます。今日は取材だから、みんな張り切っていますね(笑)。
改めて、「日比谷鉄棒倶楽部」とは、どんな団体なのでしょうか?
WORK MILL
細井
出勤前やお昼休みに、日比谷公園にある大人用の鉄棒で、体を動かしている人たちの集まりです。
「倶楽部」といっても、特に決まりとか入会手続きがあるとかじゃないんですよ。毎日、鉄棒の周りで顔を合わせているうちに、なんとなく仲良くなった人たちですね。よく集まって話しているのが10人くらいで、会社も年齢層もバラバラです。
みなさん、この辺りにお勤めなんですか?
WORK MILL
細井
そうですね。昼休みは現役会社員が中心なんですけど、朝は銀座にお住まいの80代の方とか、豊洲で朝まで働いて仕事終わりに来られる方とかもいますよ。
幅広いですね。「日比谷鉄棒倶楽部」は、どんなふうに始まったんですか?
WORK MILL
細井
実は日比谷鉄棒倶楽部の歴史は結構長くて、私たちが始めたわけではないんですよ。
正確にはわかりませんが、少なくとも60年以上前からこの公園の鉄棒で活動をしている方々がいるんです。
そんなに前から!?
WORK MILL
今日は鉄棒倶楽部の中でも、会社勤めのお三方に話を聞かせていただきます。
皆さんはどういうきっかけで、日比谷公園で鉄棒をするようになったんですか?
WORK MILL
細井
たまたま朝早く会社に行ったときに、なんとなく日比谷公園に寄ったら、僕より10も20も年上の方が上半身裸で鉄棒をしていてビックリしまして(笑)。
僕もとりあえずぶら下がるか……と端っこでコソコソしていたら、「若いのが来たぞ」という感じで声をかけていただいて。それから10年近くなります。
依田
最初、私は皇居ランをしていたんですけど、五十肩で肩が上がらなくなって、走るのがつらくなっちゃったんですね。
で、あるとき日比谷公園をブラブラしていたら鉄棒を見つけて。ぶら下がってみたら「これはいいな」と。それで、お昼休みに行くようになりました。
細井
依田さんは努力家なんですよ。ご自身が鉄棒をしている様子をスマホで撮って、繰り返し研究されていたんです。
それで、僕らが「何やってるんですか?」って声をかけたんですよね。
仁木さんはどういうきっかけだったんですか?
WORK MILL
仁木
私は学生時代、器械体操をやっていたんです。社会人になってしばらく鉄棒から離れていたんですけど、2016年のリオデジャネイロオリンピックでの内村航平選手の活躍と、テレビで内村光良さんが大車輪に挑戦しているのを見て、一念発起しまして。
それで日比谷鉄棒倶楽部の門戸を叩いたと。
WORK MILL
仁木
以前から、「日比谷公園にやばい人たちがいる」とは聞いていたので……(笑)
細井
体操経験者の仁木さんが技術的な指導をしてくれるようになって、急にみんなのレベルが上がったんですよ! その前は精神論ばっかりでしたからね。「最後は気合だ」とか(笑)。
依田
私も仁木さんに教わって大車輪ができるようになりました。やっぱり、いろんなレベルの人が自由にやれる雰囲気があるのが、この公園のいいところですよね。
年を取ると、新しいことに挑戦するのって、ちょっと恥ずかしいじゃないですか。「いい年してこんなことを」って考えてしまったりして。
確かに、自分で自分にブレーキをかけてしまいがちです。
WORK MILL
依田
でも、ここは軽くぶら下がるだけで帰ってもいいし、詳しい人に教えてもらってもいい。いろんな人がいるから、下手くそでも恥ずかしい感じがしないんです。
この雰囲気は、日比谷鉄棒倶楽部ならではだと思いますね。
「鉄棒がうまくなりたい」が健康維持のモチベーションに
昼休みに鉄棒を続けてみて、変わったことや良かったことはありますか?
WORK MILL
仁木
実は日比谷公園で鉄棒を再開する前は、今より10キロ以上太っていたんです。やっぱり、体が重いと思ったように動けないので、半年かけて今の体重まで落としました。
「鉄棒のパフォーマンスを上げたい!」「あと1キロ減らしたらできる!」というモチベーションがあったから、食事制限なども頑張れましたよね。
細井
僕も、もともとメタボでしたけど、鉄棒を始めてから健康診断の数値がものすごく改善しました。ぶら下がるのがやっとだったのに、懸垂が1回できた、3回できた……とやっていくうちに、どんどん健康状態が良くなって。
あとはそうですね、腕や背中に筋肉が付くので、同世代と日帰り温泉に行くと脱衣所で「どや!」ってできるようになりました(笑)。
「鉄棒で鍛えた俺の肉体を見てくれ」と(笑)。
WORK MILL
依田
鉄棒って腕の力だけではなく、意外といろんな筋肉を使うんですよね。
大車輪なんかは、全身の力をギュッと瞬間的に集める感じなんです。腕や足と行った部位ごとの筋トレと、また違う体の使い方だなと思います。
ということは、依田さんも体に変化が?
WORK MILL
依田
だいぶ体が軽くなりましたね。鉄棒もそうですけど、普通に公園で遊んでいたりもするんですよ。
誰かが縄跳びを持ってきたりしますし、この前なんか「誰が一番足が速いか」って、昼間からおじさんたちが公園をダッシュしていましたから(笑)
細井
そうそう。それでみんなの走る意識が高まって、4月に『全国統一かけっこチャレンジ』に出たんですよ。
『風雲! たけし城』もそんな感じで出ましたし、基本的に出たがりなんです(笑)。
そうなると、会社の同僚の方々はご存じなんですか? みなさんが日比谷鉄棒倶楽部であることを……。
WORK MILL
細井
僕はもう知られていますね。
依田
うすうす知られているみたいですけど、あまり触れてこないですね。私も「触れないで」というオーラを出しているのかもしれない(笑)。
仁木
私はたまに言われますよ。ゴルフやっている人に「ゴルフどう?」って聞くみたいに、「鉄棒どう?」って。
細井
「どう?」って言われてもね(笑)。
昼休みの日比谷公園は「しがらみのないコミュニティ」
それにしても、昼休みにこんなに体を動かして、午後の仕事に響くことはありませんか?
WORK MILL
細井
そこまで無理はしていないんですよ(笑)。外の空気を吸えるし、ちょうどいい気分転換になっていますね。
午前中に頭を使って、昼に体を動かして、またリフレッシュして午後の仕事に向かう、みたいな。
依田
行きたいときに行って、帰りたいときに帰ればいいので、とても気楽ですよね。
家とも仕事とも全く関係がない、しがらみのないコミュニティなので、すごく良い場所だなと思っています。
仁木
本当に。しがらみがないのはいいですよね。
みなさん会社も違うし、業界も違うわけですもんね。
WORK MILL
細井
そう。だから損得がないんです。
依田
最初のころは、お互いの名前すら知りませんでしたからね。「みんなが『細井さん』って呼んでるから細井さんなんだな」と思っていたくらいで。
名前も年齢も知らずに何年も話していたりするくらいだから、仕事の話にもならないんです。
細井
もう、毎日くだらない話で笑ってばかりなんですよ。でも、それがいいと思うんですよね。だって、会社で声を出して笑うことって、なかなかないじゃないですか。
いい年した大人が昼に集まって、体を動かして、くだらない話に大声で笑って。それがいいんです。
お話を聞いていると、年齢の上下もなく、フラットな感じですよね。
WORK MILL
仁木
そうですね。私の場合、同年代から上の人たちばかりですけど、全然気にならないです。細井さんには、結構長いこと指導していますしね。
細井
出来の悪い生徒だからね!(笑)
仁木さんは教え方がうまいんだけど、たまに「なんでそのアドバイスを3カ月前にしてくれないかな」ってこともあるんだよな~。
仁木
その時々で、相手に刺さる言い方というのがあるんですよ(笑)
いただいたプロフィールだと、依田さんと仁木さんは20歳くらい離れているんですね。
WORK MILL
依田
えっ、仁木さんってそうなの!?
仁木
今年で39歳です。
依田
じゃ、親子でもおかしくないんだ! マジか……。
すいません、この場でお知らせしてしまって……(笑)
WORK MILL
「日比谷鉄棒倶楽部セントラルパーク支部」
細井
個人的に「大車輪ができるようになりたい」という目標はありますけど、倶楽部全体の目標はないですね……。そういうゆるいところが、この倶楽部のいいところなので。
依田
大技ばかり一生懸命練習する感じでもないですしね。仲間といろいろと遊ぶなかで、技を習得できたら嬉しいし、できなきゃできないで「できねぇ」って言えるし(笑)。
細井
最近、新顔も増えましたからね。『風雲!たけし城』に出ていた他の参加者の方が、「一緒に鉄棒したい」って来てくれたりして。
仁木
入国制限が緩和されてから、外国人観光客の方が鉄棒に参戦することも増えてきたんですよ。アメリカ、イギリス、あとフランスの方も多くて。英語以外の言語も勉強しなきゃなと思っています。
細井
仁木さんは仕事でしょっちゅう海外に行っていますもんね。
海外でも鉄棒をしたりするんですか?
WORK MILL
仁木
2022年の夏は仕事でニューヨークにいたので、「日比谷鉄棒倶楽部セントラルパーク支部」を勝手に作って活動していました(笑)。
あと、ヨーロッパは公園に高い鉄棒が結構あるんですよ。特に東欧は体操が盛んなので、鉄棒をしていると「俺はこんな技できるけど、お前はどうなんだ?」という感じで勝負を仕掛けられますね。
世界と戦っているじゃないですか……!
WORK MILL
仁木
地域によっては見たこともない技があったりするので、ちゃんと覚えて日比谷公園に輸入するようにしています(笑)。
今は外国人観光客の方と文化交流を楽しみつつ、いずれ我々のほうからも、世界の公園に戦いを挑んでいきたいですね。
最後に伺いたいんですが、この「日比谷鉄棒倶楽部」が何十年も続いている秘訣は、どこにあると思われますか?
WORK MILL
細井
ゆるいつながりを好む人たちが、自然と集まってきているからじゃないですかね。同じ匂いがする人たちが、なんとなく仲間になっていくような気がします。
依田
確かに、きっちり組織が固まっていると、中心的な人物が辞めたりしたら、自然消滅してしまうと思うんですよね。
この「ゆるさ」が長く続いている秘訣なのではないでしょうか。
仁木
ゆるさ、大事ですね。
今日のお話からも「ゆるいつながり」の大切さを感じました。本日はありがとうございました!
WORK MILL
2023年6月取材
取材・執筆:井上マサキ
撮影:篠原豪太
編集:鬼頭佳代(ノオト)