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輪を広げるコツは「面白がる」こと。500人以上が集まるガジェット分解コミュニティの主宰者に聞く、コミュニティ成長のカギ

近年、「ガジェット分解」を趣味とする人が増えているのをご存知でしょうか。中でも人気のコミュニティとなっているのが「分解のススメ」です。

Facebookグループは500人以上が参加していて、オンラインイベントには200~300人の視聴者が集まるそう。でも、「そもそもなぜ分解するの?」「どうしてそんなに熱狂的なコミュニティができあがるの?」という疑問が頭に浮かぶかもしれません。

「分解のススメ」では、どんなことが行われているのか。なぜ人気となったのか。発起人の高須正和さんと山崎雅夫さんに、コミュニティ運営のコツや、そこから共創を生み出す秘訣を伺います。

高須正和(たかす・まさかず)
コミュニティ運営、事業開発、リサーチャーの3分野で活動している。中国最大のオープンソースアライアンス「開源社」唯一の国際メンバー。『ニコ技深センコミュニティ』『分解のススメ』の発起人。MakerFaire 深セン(中国)、MakerFaire シンガポールなどの運営に携わる。現在、Maker向けツールの開発/販売をしている株式会社スイッチサイエンスで事業開発を行っている。著書に『プロトタイプシティ』(角川書店)、『メイカーズのエコシステム』(インプレスR&D)、訳書に『ハードウェアハッカー』(技術評論社)など。

山崎雅夫(やまざき・まさお)
電子回路設計エンジニア。趣味は“100均巡り”と、Aliexpressでのガジェットあさり。2016年から電子工作サイト「ThousanDIY」を運営中。Twitterアカウントは「@tomorrow56」。著書に『「100円ショップ」のガジェットを分解してみる!』(I・O BOOKS)など。

どんなビジネスでも「分解」は必要

「分解のススメ」とは、どういうコミュニティなんですか?

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高須

完全ボランティアのコミュニティです。イベントでは、分解を得意とする登壇者がガジェットを分解するのですが、参加者にとっては他の人が分解したものを見るのが楽しいんですよ。

基本的に参加費は無料ですが、一部経費がかかる部分はカンパをもらって運営しています。

つまり、お金儲けを目的にやっているわけではありません。モノづくりやガジェットに関わる仕事をしていない人も含まれています。

「モノづくり」はなんとなくイメージしやすいのですが、なぜ「分解」なのでしょうか?

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高須

モノづくりの結果は、製品が完成して発売したあとに出るものです。しかし、企画段階を起点に考えると、ずいぶん先のことですよね。しかも、途中で潰れてしまうアイデアもあるわけです。

その点、分解はすぐに「この製品が、こんな部品を組み合わせて作られていた」という結果が分かるし、モノづくりのように「こう作るべきだ」といった議論になりにくい。だから、コミュニティとして面白いんですよ。

分解って、実はガジェットに限らず普遍的な行為なんです。例えば、「人気のA料理店はどういうメニューを提供しているのか?」を調べて、レシピを分解して、マネして自宅で作ってみる、とか。

「分解=ガジェット」と勝手にイメージしていましたが、本来どんなものにおいても分解する作業は発生しうる、と。

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高須

音楽が好きな人なら「このベースラインが……」「ギターが……」と勝手に分解し始めるはずだし、食が好きな人なら「やっぱりオリーブオイルが効いているからだろう」など分解するはずです。

さらに、プロになろうと思っている人であればマネするし、その行為を繰り返すうちにオリジナリティが生まれてくる。どんな仕事でも「分解してコピーして再生産する」ことは、当たり前に行われているのではないでしょうか

たしかに。ビジネスの現場でも共通する点がありますね。

でも、電化製品やガジェットを分解するのって、危険な行為ではないのでしょうか?

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山崎

むしろ分解することで、何が危険なのか分かるんですよ。電気用品には、安全性について定められた「電気用品安全法」というのがあり、基準をクリアした電化製品にはPSEマークが付いています。

それを分解すると、手で触れる部分とコンセントに挿さる部分の間にちゃんと距離が取られているし、絶縁シートが入っている。分解して自分の目で確かめてみるのって大事です。ただし、再度組み立てて使うのは危険です。

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高須

あと、モーターで強い力を出すような製品は電流量が多く電圧も高いため、初心者むけではありません。

一方で、乾電池で動くものはだいたい大丈夫です。書籍『ガジェット分解のススメHyper』には、そのあたりの解説も書いています。

イベント時に分解中の写真(提供写真)

続いた要因は、「自分も分解について喋りたい」という人が出てきたから

「分解のススメ」は、いつ頃、どのようなきっかけで始まったのでしょうか?

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高須

2020年5月に、コロナ禍でイベントがなくなり暇だったので、「オンラインイベントを開こう」と思い、山崎さん含め3人に声をかけたのがきっかけです。

「分解のススメ」が始まった経緯となったやりとり(提供画像)

コロナ禍が影響しているんですね。

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高須

あと、山崎さんが書籍『「100円ショップ」のガジェットを分解してみる!』(I・O BOOKS)を刊行した時期だったので、プロモーションしよう、と。

僕が翻訳した書籍『ハードウェアハッカー』(技術評論社)にも分解の話が出てくるので、「分解について話すイベントなら面白そうだな」と思ったんです。

すぐに話がまとまり、5月23日に第1回のイベント「分解のススメ」を開催することになりました。

第1回は成功して、130人がオンラインで視聴してくれました。Twitterでも話題になり、モノづくり系の媒体にイベントレポートも掲載されたんです。

初回で130人も集まったのはすごいですね。

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高須

それを見て興味を示したくれたのが、エレクトロニクス機器の調査・分析を行っている株式会社テカナリエの清水洋治さん。彼は分解のプロ中のプロ、この世界の第一人者です。

清水さんは2回目の講演を引き受けてくれたんですが、内容がめちゃくちゃ面白くて。メンバー全員、テンションがすごく上がったんです。

そこで「2回で終わっちゃいかんな」「継続的にやろう」と定例化しました。

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第1回は大盛況。レポート掲載のほか、SNSでも話題になった(提供画像)
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高須

イベントは2023年7月5日時点で合計15回開催していて、ほぼ毎回録画のアーカイブを残して、参加者に共有しています。Facebookグループはいま500人以上で、「こういうものを分解したよ」と各メンバーがシェアしています。

あとは「#分解のススメ」というハッシュタグを付けて、ツイートしています。分解が1つのムーブメントになるといいな、と考えていて。最近では「分解YouTuber」も出てきているので、この取り組みはそれなりに成功しているんじゃないかなと思っています。

でも、最初は本当に1回だけの開催のつもりだったんですよ。

単発イベントのつもりだったけど、思いのほか好評だったので「続けよう」と。

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高須

そうですね。続けられた最大の要因は、「自分も分解について喋りたい」という人が出てきたことです。

あとは、アーカイブを残しておいたことで「こういうイベントです」と説明しやすくなった。登壇してもらいたい人に声をかけやすくなったんです。

イベントの登壇者はどう選んでいるんですか?

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高須

分解のブログを書いている人や、Twitterで分解についてシェアしている人に「喋ってもらえませんか?」と声をかけています。普段から情報発信している人なら、イベントに誘っても受けてくれる可能性が高いので。

「分解のススメ」と「本業」の良い関係性

そもそも山崎さんは、なぜ分解を始めたのでしょうか?

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山崎

いま、100円ショップで安いガジェットがたくさん売られていますよね。

ひと昔前は「品質が悪い」「すぐ壊れる」というイメージがありましたが、実際に買ってみたら意外と使える。他のガジェットと何が違うんだろう? と思ったのが、分解を始めたきっかけです。

山崎さんはお仕事でモノづくりに携わっているのでしょうか?

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山崎

今は離れていますが、以前はテレビやモニターの設計をしていました。

日本の大手家電メーカーの感覚からみると、100円ショップのガジェットはビックリするような設計なんですよ。安全性や耐久性の観点で見ると、良い意味で割り切って作っている。

一方で、値段のわりにはそれなりにきちんと設計されていて。そうやって分析すると、とても面白いんです。

本業と「分解のススメ」は、どういう関係性なのでしょうか?

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山崎

最初は全く関係がなくて、分解はあくまで趣味でした。でも分解が趣味であることが社内に広まってしまったので、最近は他社製品を分解して解析する仕事もやっています。

趣味でやっていたことが、本業に繋がっていったんですね。高須さんはどうですか?

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高須

僕は山崎さんと違って非エンジニア職で、本業は新規事業開発です。新しい製品や会社を見つけてきて、そこから商売を作る仕事ですね。なので、分解と本業は直接的には関係ありません。

でも、分解をやっていると、見るものの解像度が変わってくるんです。新規事業開発では、どの企業と協業するか判断しなければならないため、ある程度は技術的な知識も必要になります。

よく製造工場へ見学しに行くんですが、「分解のススメ」を経てから工場を見ると、より深く現場や製品のことを理解できるようになるんですよ。

「この企業と協業したらうまくいきそうだ」という判断の精度が上がったわけですね。

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高須

そういう意味では、本業の役に立っています。

プロ野球の選手は試合以外も自主トレするし、プロのミュージシャンは本番以外も楽器を弾くでしょう。僕にとっての分解は、自分のビジネスに対する理解をさらに深めるための行為だと思っています。

メンバー全員の「面白がる」総量を上げる

分解のススメは、コミュニティとしての面白さがうまく伝わったことで広がっていったと思うのですが、「面白いコミュニティを作るための条件」を教えてください。

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高須

ノウハウでいうと、「オンラインで誰でも参加できるようにする」「管理者をなるべく増やして、リーダーだけが決める形にしない」「アーカイブとTwitterまとめは必ず残す」「定期的に開催する」など。でも、成功しているコミュニティならどこもやっていますよね。

分解のススメは、単純に「分解」という行為が面白いから人が集まったんだと思います。

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山崎

運営っぽい話をすると、序列を作らないこと。「俺はこんなにすごい分解をしているんだ!」という人は入れないようにする、とか。

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高須

序列を作らないためにも、「分解大賞を決めよう」とか、「どれが良かったかユーザー投票をやろう」とか、そういうのは考えていないですね。

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山崎

ネット上には、分解してその製品の悪口を書いている人もいますが、分解のススメでは誰もやっていません。「分解した中で、何か一つ良い点を探しましょう」という感覚でやっています。

分解をするエンジニアには2種類のタイプがいます。「俺の方がすごい!」と言う人と、「こんなに工夫しているのか!」と言う人。分解のススメには、後者の人が多く参加しているからうまく続いているのかもしれません。

なるほど。では、コミュニティを広げていくコツはありますか?

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山崎

とにかく発信することですね。そうすると、興味のある人が寄ってくるので。特に分解のススメを始めてからは、発信することで同じ仲間を増やしていくことを意識してきました。

発信していくと、「わかりやすく伝えるにはどう書けばいいか?」が掴めてきます。やがて、多くの人が読んでくれるようになって、ブログやツイートの書き方もさらに上手くなっていくんですよ。

発信していくうちにブラッシュアップされて、より伝わりやすいノウハウが自分の中に溜まっていくわけですね。高須さんはどうですか?

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高須

分解のススメは、「僕より分解について詳しい人と一緒にコミュニティを作る」というのが1つのチャレンジでした。主宰者だけがヒエラルキーの上にいるのではなく、関係者がたくさんいて、誰でも気軽に話ができる、みたいな。

誰か1人強力なリーダーがいるコミュニティも、別に悪いわけではありません。でも分解のススメは、僕が主宰者だと見えないようにしたかった。そこはまあまあ成功していると思います。

必ずしも強いリーダーシップが必要なわけではない、と。

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高須

あとは、続けていくと似たようなパーソナリティの人が多くなってくるので、時にはまったく違う人を連れてくる、とか。分解のススメでいうと、ギャル電(※)さんはまさにそれですね。

(※)「今のギャルは電子工作する時代」をスローガンに活動する電子工作ユニット

ギャル電さんが登場したイベントの様子(提供写真)

今までとは違うパーソナリティの人を誘うと、また面白いコミュニティになっていくんじゃないか、ということですね。

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高須

最初の3カ月間はどんどん参加者が増えましたが、今はやや安定しています。次は、最近増えてきた女性や外国人など、新しい層の人たちと仲良くするにはどうすればいいかな、と考えているところです。

コミュニティによって新たな共創や仕掛けを生み出したりするには、どのような工夫が必要でしょうか?

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高須

大事なのはゴール設定です。分解のススメは「面白がること」をゴールにしたことが良かった。それって、クリエイティブなことを始めるときにはすごく大事です。

ゴールが「儲けよう」「多くの人にアピールしよう」になると、あまり成功するとは思えなくて。ガジェット分解そのものにフィーチャーして、メンバー全員の「面白がる」総量を上げることを意識すれば、良い方向に進められるのではないでしょうか。

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山崎

同じことで面白がれる人が何人か集まると、たいてい「一緒に何かやろうよ」となって、新しいことが起こりますよね。

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高須

あと分解のススメは、オープンソースの考え方に強く影響を受けています。

オープンソースというのは?

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高須

ソフトウェアを構成している「ソースコード」を公開し、多くの人が改善に参加できるようにすることで、成果物を良くすることです。

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山崎

つまり「分解したら、その情報をみんなでシェアしようよ」ということですね。

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高須

分解してシェアして、誰かにとっての得を作る。そうすれば、最終的には自分も得をすることになるだろう、と。そういう考え方は、メンバー全員の中にありますね。

分解のススメによって、分解の面白さやムーブメントがもっと広がっていけばいいなと思っています。

2023年5月取材

取材・執筆:村中貴士
編集:桒田萌(ノオト)