働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

本州最北端の県から万博へ 地域をまたぎ、知り、そして共創の種を蒔く「EXPO酒場 青森店 in 弘前」リポート

2025年に開催を予定されている大阪・関西万博。各国の英知やアイデアが集結する世界的イベントの幕開きまで、700日を切りました。

しかし、「万博って、結局何をするの?」「自分には関係なさそう」「興味はあるけど、どうやって関わればいいのかわからない……」と、どこか「他人ごと」と捉えている人が多いのでは?

その一方、万博に向けて「勝手に」盛り上がり、続々とたくさんの人を巻き込み、共創の渦を生み出している企業・人々がいます。

本連載では、大阪・関西万博に向けて「勝手に」生み出されたムーブメントに着目し、その仕掛け人たちの胸の内を取材していきます。

2025年の大阪・関西万博というお祭りを「勝手に」有志で盛り上げる活動団体「demo!expo」。2023年5月20日、その活動の1つ、万博やまちづくりについて語り合いアイデアを交換する「EXPO酒場」の「青森店」が、本州最北端の県で初めて開催されました!

会場には世代や職種、そして青森・弘前の居住歴も異なる35人が集まりました。
そもそも「万博」への関心が薄いと思われる、関西から遠く離れたこの土地で、EXPO酒場はどんな盛り上がりを見せたのでしょうか?

イベントの翌日に行われた地元体験も含めた2日間の様子を、現地ライターのタカハシアツシがリポートします。

青森を世界へ届ける、りんごのお酒で乾杯!

「EXPO酒場 青森店 in 弘前」の会場となったHIROSAKI ORANDOは、カフェバーやギャラリー、ゲストハウスを備えた複合施設。弘前市を代表する共創の拠点です。

会場はHIROSAKI ORANDO

その運営に携わる地域コーディネーターの石山紗希(いしやま・さき)さんが、一日女将として司会を務めました。

石山さんは「今日はいっしょに学び考えつつ、楽しく過ごしたい」と呼びかけた

乾杯にあたって、店長・永井温子(ながい・あつこ)さんが園主を務めるヒビノス林檎園のりんごジュースと、推進中の組織「RINGO DAO」の試作アルコール「りんごミード」が参加者へ振る舞われました。RINGO DAOは青森と世界をつなぎ、青森の可能性を広げるプロジェクトを生み出す組織です。

りんごミードはりんごジュースと蜂蜜を混ぜて発酵させたお酒
乾杯!
りんごミードは「スイスイ飲めちゃう」との声が

乾杯を皮切りに、メインのプレゼンへ移ります。

活動の中心にあるのは「勝手にやる」という姿勢

最初の登壇者はdemo!expoのメンバー。左から株式会社オカムラの岡本栄理(おかもと・えり)さん、株式会社人間の花岡(はなおか)さん、株式会社三菱総合研究所の今村治世(いまむら・はるとし)さん

そもそも「万博」って、「大阪・関西万博」って、「demo!expo」って何? という会場からの疑問に答える話から始まります。

2025年の開催に向け、大阪では万博の会場準備が着々と進んでいます。大量の資金や資材、時間が投入されているのに、万博が終われば施設は解体され、会場は更地になり、何もなくなってしまう。でも、万博を通じて生まれたプロジェクトは残すことができます。万博が終わっても続いていく、まちの人たちを巻き込んだプロジェクトを、誰に頼まれているわけでもないのに日本各地へ広げているのがdemo!expoです。

「でも、やろう。」というdemo!expoの理念は、「勝手に」という姿勢にあらわれていると岡本さんは紹介します。

「大阪人からすると『勝手に』という言葉はすごいポジティブでカッコイイ言葉なんです。『なんかもう、見てられへんから(私が)勝手にやるわ』みたいな気持ちがそこにはあって。万博に対しても、似た気持ちがあるんです。狙いどおりではなかった時に『ほら、やっぱりうまくいかんかったやろ』ですませたくないから『でも、やろう。』っていう想いで自分たちができることをしています」

会場を見渡すと目に入るのは、じっと耳を傾けている参加者たち。そもそも青森で万博の話を直に聞く機会は少ないため、3人の話は、万博を意識するきっかけとして参加者に響いたはずです。

続いて登壇したのは、店長の永井さん。「青森から万博へ」をテーマに話を展開します。

永井さんは福島県出身。地域おこし協力隊として、学生時代を過ごした弘前へJターンした

永井さんは、りんごの生産や販売、イベントの企画運営などを行う株式会社Ridunを経営しています。「りんご✕コーヒー」「りんご畑✕サウナカー」「りんご畑✕音楽」など、ジャンルを問わずコンテンツを成立させてしまうりんごの力に驚いたそうです。

そんなりんごにあやかり、永井さんは「RINGO DAO」を2023年に立ち上げます。業種や地域を越えた人たちとアイデアを出し合い、自分だけでは実現できない活動を加速させる組織だ、と説明します。

そして、関西での活動の比重を増やしたいと考えていたところに、demo!expoと出会います。万博と絡めるとRINGO DAOもよりおもしろくなるのではないかと感じ、今回のEXPO酒場 青森店を開催することになりました。RINGO DAOは、大阪・関西万博で「青森博」のイベントを開催することも計画しています。「いっしょに万博に行きましょう!」と参加者へ呼びかけて、トークセッションの前半が終わりました。

このあとの歓談タイムでは、参加者たちがせきを切ったように話し始め、会場は人の声であふれました。実はトークセッション中に質問する人はなく、会場は静まりかえっていました。時間と空間を少しでも共有し、話をしたいと思えた相手には、心を許してかえって話しすぎてしまうのが青森人。一気に楽しそうに過ごす参加者を見て、青森らしいと感じました。

地元の人が通う弘前の食品市場「虹のマート」のオードブル
RINGO DAOで試作中の「りんごショコラ」

話したいと思える相手と出会うことが推進力に

1回目の歓談タイム後、青森県庁商工労働部地域産業課の吉田綾子(よしだ・あやこ)さんが登壇しました。青森空港と神戸空港を結ぶフジドリームエアラインズ(FDA)の航路を活かして生まれた、両地域の事業者のビジネス連携を支援しています。

県の事業「青森✕神戸・事業共創ビジネスプランコンテスト」にも関わっている吉田さん

「顔を見て語り合うと、事業内容にとどまらず両地域の特色に気づくことができます。これまで青森と神戸の関わりは農産物の輸送がメインでしたが、新しいビジネス連携によって相手のことを知る機会が増えて、人と人とがつながる空気を肌で実感します」

最後に登壇したのは、大学生の古井茉香(ふるい・まのか)さん。学業に取り組みながら、海外の社会起業家に地方の文化資本を体験してもらうインバウンド事業の立ち上げなど、アクティブに動き続けています。

青森と東京を行き来しながら、コミュニティ形成や経営支援をする株式会社ゼブラアンドカンパニーにインターンとして携わる古井さん

吉田さんと古井さんも青森と他の地域をつなぐ活動をしています。2人の話から地域を越えることへのハードルが下がったようで、2回目の歓談タイムとオープンマイクが盛り上がります。

オープンマイクでは、「青森から万博に何を持って行きたいか」というテーマで参加者がアイデアを披露しました。「出張りんご畑」「農業用AIロボットの展示」「出張ねぷた・ねぶた館」など、アイデアは多岐に渡ります。

その間も名刺を交換したり、飲食をしながら話をしたりと、会場から参加者の話し声が途絶えることはありません。

トークセッションを経て、参加者の間に「自分も話していいんだ」という空気が醸成されたのでしょう。普段は「そんなことできるはずがない」と一蹴されてしまうような自分のアイデアを、ここでは話すことができる。共感してくれる人たちがいる。そんな安心感が漂っていました。

参加者からは「自分の仕事を『万博』という切り口で捉え直すいい機会になった」、「普段なら話すことのない人たちとアイデアや情報が交換できて、とても刺激になった」、「遠い存在すぎて開催の実感がなかった『万博』が少し身近になった」という声があがりました。

大阪から遠く離れた青森という土地で、これだけの人たちが集まったことに驚きました。しかも、お互いのアイデアを熱心に話し込んでいる参加者の姿も見え、今回のEXPO酒場 青森店 in 弘前は、万博への関心を高め、熱量を持った人たちがためらいなく話し合える場になっていたと感じました。

青森を知り、自然の流れに自分を合わせる体験を

EXPO酒場の翌日は酒場店長の永井さんが運営するりんご畑「ヒビノス林檎園」をdemo!expoメンバーが訪ねました。酒場の乾杯ドリンクの原料を生産している場所です。

雲1つない青空ではありませんでしたが、暑すぎず風が気持ちいい天気

まずは永井さんに畑を案内してもらいます。「りんごは苗木を植えてから実をつけるまでに5年かかるんです」という話に、参加者が驚きます。りんご畑経営前は半年から1年先のことしか考えていなかった永井さんは、長期に渡るりんごの成長に自分のリズムを合わせるのに苦労したそうです。

ほんの少し芽が出た苗木を見て、これから実をつけるまでの途方もない時間に思いを馳せる

その後、「摘果」という作業を体験しました。りんごの実が小さいうちに摘み取っていく作業です。おいしいりんごを作るためにはもちろん、りんごの木自体の負担を減らし、毎年実をつけてもらうためには欠かせません。

「中心にある実だけ残し、それ以外は摘みます」と説明

今回摘果したのは、樹齢20年以上は経つ大きな王林の木。「これ全部やるの?」と半信半疑の参加者に、「やります」ときっぱりと宣言する永井さん。終わりが見えないので途方に暮れてしまいますが、手をつけないことには終わりもないと、摘果を始めます。

「こんなに取っていいの……?」と不安そうに摘果する
「この作業、けっこうコツがいる……」
数個あるりんごの実から、1つだけ残す実を見極める
高いところに成っている実の作業は、梯子を使う

1時間も経つと、参加者は摘果のコツを掴み、何もしゃべらず、無心になっている様子。ぷちぷち、と小さな摘果の音が静かなりんご畑に響いていました。

互いにとってプラスになる取り組みをしたい

永井さんに、EXPO酒場 青森店についてお話を伺いました。

EXPO酒場 青森店を開催しようと思ったきっかけと今後の展開を教えてください。

「『でも、やろう。』というdemo!expoの理念に共感したことがきっかけです。

正直に言うと、青森店をやるはっきりした目的が当初はありませんでした。demo!expoの理念や活動がいいなぁ、おもしろいなぁと、ただ思っていただけだったのに、青森店の話はどんどん進んでいき、バタバタ準備をして無事開催までこぎつけて。昨日の酒場で端から会場を眺めた時、『これから何が生まれていくんだろう』とワクワクしました。

私は、よくわからないけど流されるままに始めてしまった、みたいなことが多いタイプです。明確な目的はあえて持たずに、知らない場所に行って、人と話をして、思いがけない言葉やアイデアを受け取って。そうして始まったのがEXPO酒場やRINGO DAOです。

ただ、受け取ってばかりではなく、関わってくれた人たちにもプラスになる取り組みをしたい。demo!expoのメンバーにりんご畑で作業するという青森らしい体験をしてもらい、お互いに何かを生み出すきっかけになればいいなと思っています。

今回もとりあえず始めてみましたが『こんな事業に育てていきたい』『こういうイベントをやりたい』とビジョンの輪郭がはっきりしてきました。昨日のEXPO酒場で生まれた企画の種を、次回のイベントに取り入れたいんです。実は『EXPO酒場 青森店✕兵庫店』という、兵庫で青森店を開く試みを予定しています。兵庫では、万博をきっかけに関西を訪れた人たちに、青森にも立ち寄ってもらう企画を考えたいです」

永井さんへのインタビュー後、摘果を終えた人たちと合流し、りんご畑でランチタイムです。

ランチは地元精肉店の焼肉弁当。夏は畑でバーベキューをするのがりんご農家の定番なので、近い体験をしてほしいという永井さんの計らい

摘果について「つい無言になってしまった」「自分のことを考えるいい時間だった」という感想も出ました。「クリエイターの友だちは、りんご畑にいるとアイデアが浮かぶみたい」「あ、それわかる」と意外な効果に納得する人も。 クリエイティブつながりで、demo!expoメンバーはりんご畑体験のあと毎年夏に開催される弘前ねぷたまつりの、ねぷたの絵つけも見学しにいったそうです。

弘前で親しまれてきた、くじつき駄菓子の餡ドーナツ「イモ当て」。くじには「親」と「子」があって「親」を引くと大きな餡ドーナツが食べられます

青森のりんご農家にとっての日常が、大阪から来たdemo!expoのメンバーには新鮮に感じられました。EXPO酒場の開店がきっかけで、互いによい体験ができたようです。

この2日間が始まる前は、私自身も万博への関心は決して強くはありませんでした。しかし「青森からも万博に参加できるかもしれない」と期待が膨らんだ瞬間がありました。

それは初日のEXPO酒場でのこと。「EXPO酒場って、共創の種を蒔く取り組みだと感じた」という店長・永井さんの言葉に呼応するように、ある企画の発表中に「うちの会社でそれできるよ!」という声があがり、盛り上がるシーンがあったんです。「青森でも万博に向けて『共創』が始まりつつある」と感じられました。

万博への関心が薄かった青森に蒔かれた種が、2025年の大阪・関西万博までにどう育っていくのか、今から楽しみです。

2023年5月取材

取材・執筆:タカハシアツシ
写真:船橋陽馬
編集:かとうちあき(人間編集部)