働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

食と音楽で人々の壁を取り払う! 6%が外国人の街・滋賀県湖南市の「EXPO酒場」レポート

2025年に開催を予定している大阪・関西万博。各国の叡智やアイデアが集結する世界的イベントの幕開きまであと850日を切りました。

「万博って、結局何をするの?」「自分には関係なさそう」「興味はあるけど、どうやって関わればいいのかわからない……」と、どこか「他人事」に捉えてしまう人が多いのでは?

その一方、万博に向けて「勝手に」盛り上がり、続々とたくさんの人を巻き込み、共創の渦を生み出しているのが、有志団体「demo!expo」。本連載では、彼・彼女らが生み出すムーブメントを取材していきます。

「大阪・関西万博で会場外を盛り上げたい!」という思いを持つ有志団体「demo!expo」。万博やまちづくりへの想いがある方が交わり、語り合うイベント「EXPO酒場」を全国各地で開催しています。

2023年2月4日(土)に上陸した場所は、滋賀県湖南市。全住民の6%が外国籍という国際色あふれる町です。

中でも最も多いのはブラジル人。そのため今回は「ブラジル酒場」をテーマに掲げています。主催者は、湖南市で地域おこし協力隊の一員として活動する柴崎寛子さん(愛称:ロコさん)。当日の模様をレポートします。

湖南市の会場が国際色あふれる場所に

イベント会場は、「湖南市観光発信拠点施設HAT」。ブラジル由来の料理や飲み物のフードトラックや出店がずらりと並びます。

ケムッカやタピオカクレープ、串焼き「シュラスコ」、他にもハンバーガーやスープなど、あらゆるフードが提供されている。

おいしいもの食べ、同じ音楽を聴く。まるで「食」と「音楽」を通して、言葉いらずのコミュニケーションが生まれているようでした。

黒いんげん豆と豚バラなんこつ、ベーコン、玉ねぎなどを煮込んだブラジル料理「フェッジョーダ」。

会場の一角にはステージが設置され、ブラジル音楽やポピュラー音楽を演奏するバンドやダンスグループが次々と登場します。

滋賀県を中心に活動する夫婦ユニット「よしこストンペア」

ステージにとどまらず、会場中をサンバのダンスで踊りながら周回したり、ランダムな場所でふとストリートライブのように演奏が始まったり……。冬で冷え切っているはずの屋外が、なんだか温かくなっているようでした。

滋賀県で活動するサンバチーム「アクアレラ」

立場の違う人同士の「壁」をなくす場を作りたい

当日の来場者は約1100人、もちろん多国籍。主催者の柴崎寛子(ロコさん)は、「ここまで盛り上がりを見せるとは思っていなかった」と驚きの表情を見せます。

柴崎寛子(ロコさん) Next Commons Lab湖南の一員。大阪や京都でデザイナーとして活動し、2019年に湖南市へ移住。現在はデザイナーと地域おこし協力隊、両方の活動を行う。

「まずは湖南市のことが知りたい」。移住後にそう感じたロコさんは、ブラジル人向けの語学教室やボランティア団体と関わりを持ったり、ブラジルの名産であるキャッサバ芋を用いた食品開発を始めたりしました。

しかし、そこで痛感したのは、湖南市にいる日本人とブラジル人の間にある「壁」の存在でした。

ロコ

スーパーなどの生活圏内で、日本人とブラジル人は当たり前のように顔を合わせます。そのため、「ここはブラジルなどの外国の人が多いんだな」と多くの人が認識しているわけです。

でも、実際に彼らと話したことがある人は、かなり少ない。それは、言語の壁や、お互いに対する「わからない」という感情があるから

その壁を取っ払うきっかけとして、場づくりをしたいと思ったんです。

しかし、コロナ禍もあり、「交流の場をつくりたい」という思いを実現できない日々が続きます。そんな頃に出会ったのが、関西各地で「EXPO酒場」を開催する有志団体「demo!expo」でした。

「demo!expo」は、これまで「万博をきっかけに、何かを始めよう」「勝手に盛り上げよう」とメッセージを発信してきました。

そんな言葉に鼓舞され、「自分もEXPO酒場をやりたい」と賛同する人が関西各地で増えています。ロコさんも、その一人です。

ロコ

「EXPO酒場」の存在を知って、「これだ」とピンときて。ちょうど、タイミングがバッチリ合ったというか。

コロナ禍以降、各地でだんだんとイベントも再開していますし、「demo!expo」とタッグを組んだことで、今日のイベント開催に繋がりました。

万博のように、さまざまな国の人が時間を共有できる場に

とはいえ、なぜ「万博」だったのでしょうか。その原点は、ロコさん自身が、2005年に愛知県で開かれた「愛・地球博」を訪れた経験にありました。

ロコ

たくさんの国の人が集まり、多様な文化やアイデアがそこにある。なんだか楽しい空間だったのを覚えています。

万博は、世界中からたくさんの文化や技術、アイデアが集結する場所。それが関西で行われるだなんて、本当に楽しみです。

今回の「EXPO酒場 湖南店」も、出自は違うけれども、同じ時間が共有できる。そんな万博のような場を目指しました。

今回、ロコさんがテーマに据えたのが、「食」と「音楽」です。会場内に並ぶ多くの屋台や、メインステージや会場各所で流れるバンドによるブラジル音楽。これらも、「壁を取り払うこと」を意識して選んだものです。

ロコ

やはり「食べる」という行為は、人と人が交流するための良い方法だと思ったんです。

同じコミュニティの人と関係を深めるにも、「ランチ行こうよ」「飲みに行こうよ」から仲良くなったりすることが多いですよね。

お店で買ったものを食べながら、気づけば隣の人と会話が始まっているかもしれない。そうでなくても、その場に一緒にいるということが大切なわけです。

音楽も同じ。今日の出演者には、「メインステージで演奏するだけでなく、いろんなところで自由に演奏していいよ」とお伝えしました。

会場の中を、演奏者も出店者も来場者も楽しめる。ただ調和するだけの時間ではなく、自由な場にしたい。それが「壁」を取っ払う一歩になるのだと考えました。

ブラジル音楽を演奏する、京都で活動中の「出町サンバ」

ロコさんにとって、このイベントは「まだまだ実験の場」。

もう一歩踏み込んだ形でコミュニケーションを取るには、どうすればいいのか。どんな形ならコミュニティ形成ができるのか。今回のイベントは、それを考えるためのステップになったとのこと。

ロコ

「国際交流」や「多文化共生」といった言葉を並べただけでは、交流は生まれません。「まずは一緒にご飯を食べようよ」くらいの感覚で気軽に話せる場をつくる。

「きちんとコミュニケーションが取れたかどうか」とすぐに答えを出さずに、まずは多くの人が簡単にその場に触れられる、そんなイベントにしたかったのです。これからも、私にできることから行動に移していきたいと思っています。

コミュニケーションは、簡単な言葉を覚えて相手に投げかけてみることから

会場内のステージでは、トークセッション「ブラジル酒場で考える、地方×万博。国際色豊かなローカルコミュニティの可能性」が行われました。

イベント主催者であるロコさんに加え、滋賀県でWeb制作などの事業を行っているしがとせかい株式会社代表取締役の中野龍馬さん、「demo!expo」のメンバーであり株式会社オカムラの岡本栄理が登壇します。

同じく「demo!expo」の今村治世さんがファシリテーターを務め、国際的な交流を本質的に行うための方法や意義について、自由に語られました。

今村

ロコさんが中心となり「EXPO酒場 湖南店」が開催され、新たなまちづくりや万博への可能性が拓けているように感じます。

この会場の盛り上がりを目の当たりにした感想を、あらためてロコさんに伺いたいです。

今村治世 株式会社三菱総合研究所 万博推進室 室長。現職のほか、大阪府庁や博覧会協会の勤務を経験。ロゴマーク策定業務や、「TEAM EXPO 2025」プログラムの立上げに従事。現在は、2025年大阪・関西万博に関する様々な企画・共創業務に携わる。

ロコ

ここまで大きな盛り上がりを見せるとは思っていなかったので、驚いています。

これまで地域おこしの活動を行う中で課題だったのが、私自身がブラジルの公用語であるポルトガル語を話せないことでした。

そこで今回は、言葉がなくてもコミュニケーションを取るにはどうすればいいのか、から考えはじめました。実際にさまざまな国の人たちが自然とその場を楽しんでくださっているようで、うれしいです。

岡本

私もイベントが始まるまでは、「通訳士がたくさんいて、他の国の人と話せるイベントなのかな?」と安直に考えていたのですが、全然違いましたね(笑)。

まずはその場を一緒に楽しむ。そんなロコさんのビジョンがよく伝わるイベントだと思います。

岡本栄理 株式会社オカムラ 関西支社マーケティング部マーケティング推進室に所属。社内研修の企画・運営をする傍ら、Open Innovation Biotope “bee”において社 内外をつなぐ様々なイベントの企画・運営を担当。EXPO PLL Talks 「ラクワクしようぜ、万博。」をプロデュース。

中野

湖南市には多くのブラジル人がいます。自治体も手厚い支援を行っていることから、彼・彼女たちがまるでブラジルにいるのと同じような生活ができる環境が整っている。それゆえに、日本人と交流する必要性があまりないんですよね。

今回は、そういった地域が抱えてきた課題を超えて、さまざまな国の人が見事に融合したイベントになっているなと感じました。

中野龍馬 しがとせかい株式会社代表取締役。滋賀県でWeb制作やイベント開催、コワーキングスペースの運営などの事業を行っている。

ロコ

今回、出店しているブラジルの人には、「Hola!(こんにちは)」と積極的に声をかけてください、とたくさんお願いしました。

その場の文化や雰囲気を楽しむだけではなく、まずは声かけが大切だと思って。

中野

そうですよね。私も、今日来ている皆さんに覚えてほしい言葉があります。それは、「Obrigado/Obrigada(ありがとう)」。

湖南市には、日本語を話さないブラジル人も、ポルトガル語を話さない日本人も多くいて。だからこそ、共通の言葉が一つあるだけで距離がグッと縮まると思います。

今村

これまで「EXPO酒場」を関西各地で開催してきましたが、おふたりのお話を聞いて、「やはり地域愛の強い人が真ん中にいると、必ず成功するのだな」と実感しています。

岡本

そうですね。私は「万博」という言葉には魔法のような力があると思っていて。

「万博」というキーワードを目がけて前進するだけで、立場など関係ない横のつながりが発達して、活動が盛り上がっていく。今日もまさに、そんなエネルギーを感じました。

今村

今後、大阪・関西万博に向けてこういったローカルイベントが増えていくことが予想されます。ロコさんが考える、イベント成功のコツはあるのでしょうか?

ロコ

まずは信頼できる人と一緒にやることです。

今回は「ブラジル」というキーワードを掲げ、「この人なら間違いない」という仲間を引き入れて、横のつながりを大切にしながら、チームで活動を進めていきました。

今村

ロコさんご自身が楽しんで準備を進めていたのが印象的でした。そういう人が中心に     いることが大切なのだと思います。

私たちは「万博」という言葉を利用することが大切だと思っていて。そうすることで万博も盛り上がるし、地域も盛り上がる。それがよくわかるイベントでした。ありがとうございました。

大阪・関西万博の前に、まずは近くにいる人のことを知る

湖南市で暮らし、その地域を愛する人が集まった「EXPO酒場」は、昼の12時から夜の20時まで続きました。

普段は街中で顔を合わせることがあっても、なかなか交流の機会がない人々。場所と時間を共有することで、お互いに距離を縮めていたようでした。

来たる2025年の大阪・関西万博では、さまざまな文化をバックグラウンドに持つ人々がさらに大きな規模で集います。

大イベントの前に、まずは自分たちの周りにいる人々に関心をもち、心を開いてみること。同じ空気を吸い、できるならば目と目を合わせ、言葉を交わしてみること。その大切さを実感する1日となりました。

2023年2月取材

取材・執筆:桒田萌(ノオト)
写真:楠本涼
編集:鬼頭佳代(ノオト)