浅草の老舗喫茶店が休憩所としてカムバック!? 高速Wi-Fiで仕事もできる『お休み処 オンリー』の現在地
浅草の道具街、かっぱ橋。海外からの観光客も多く訪れるこの街に、70年以上続く喫茶店があります。それが『珈琲 オンリー』。
コロナ禍以前は、インスタ映えする厚切りトーストを求め、休日は若い女性たちで大行列! 数多くのメディアに取り上げられてきたものの、コロナ禍でお客さんの数は減少。コーヒーが3杯しか出ない日もあったそう。
マスター
もう焙煎するのもバカバカしい……。やーめた!
そんなマスターの思いから、2022年9月に『珈琲 オンリー』は休業に……。
しかし、2023年1月には『お休み処 オンリー』として復活! 1時間700円、軽食の持ち込み可&Wi-Fi使い放題、そしてコーヒー1杯を飲める休憩所になったのです。店名通り、コーヒー“オンリー”となった今に潜入し、マスターにお話を伺います!
―お休み処 オンリー
1952年オープン。東京・浅草にある「かっぱ橋道具街」の中に店を構える。現在は、2代目マスターの小磯敏行さんと妻・順子さんがお店を支えている。初代マスターである敏行さんのお父さんから引き継ぎ、2023年で創業72年目を迎えた。早朝から店内にある焙煎機で生豆から自家焙煎し、冷めてもおいしい「魔性の味」のコーヒーを提供している。
男の社交場からインスタ映えする喫茶店、そして仕事もできるお休み処へ……
外観も店内も完全に素敵な純喫茶なのですが、「喫茶店」ではないんですよね……?
WORK MILL
マスター
そう! コーヒー1杯がついて1時間700円。今はフードの提供はしてなくて、この空間を提供する「お休み処」になったの。
マスター
1つのテーブルにはコンセントが6つずつあって、高速Wi-Fiが飛んでいるから、PC・スマホが使い放題。
コーヒーのおかわりは300円だから、1時間でコーヒー2杯飲んだらちょうど1,000円。なかなかいいアイデアでしょ?(笑)
お店はレトロなのに、システムは現代的というギャップに驚きます!
2023年で72周年を迎えるオンリーですが、このお店のかたちに至るまでの歴史を教えてください。
WORK MILL
順子
もともと、マスターのお父さんとお母さんが浅草・千束通りに開業したのが「喫茶オンリー」の1号店です。その後、この浅草と南千住の2店舗がオープンしています。
私は、近所のお姉さんに「オンリー行かない?」と誘われたのをきっかけに、20代前半からこの店に通いはじめました。当時は、女性が喫茶店に入るだけでも微妙な雰囲気になる時代でした。
マスター
順子は、1日5回も来たこともあるんだよ!(笑) コーヒーの店なのに、いつもミルクティを飲んでいてね。
当時の喫茶店には、タバコを吸う男性ばっかりが集まっていたから、順子は目立ってたな。
もしかして……順子さんが通い続けて、マスターとご結婚されたんですか!?
WORK MILL
順子
はい。大相撲でいう“押し”ですよ(笑)。
そこから色々あって婚約して、お店を手伝うようになり、時代の変化とともにオンリーにも女性のお客さんが増えていきました。
マスター
昔はタバコのヤニもすごかったし、オンリーも完全に男の世界だった。
でも、順子と結婚した1992年頃から店の入口にケーキを入れたショーケースを置いて、女性も入りやすい雰囲気に変えていったんだよな!
結婚のお話についても詳しく伺いたいところですが、一旦お話を進めます(笑)。
『珈琲 オンリー』は、浅草の人気パン屋さんペリカンの食パンを使った厚切りトーストやホットケーキも人気でしたよね。
WORK MILL
マスター
これは、インスタグラムの影響だね。
ご近所の常連さんたちに支えられてきたお店だったんだけど、ある日突然、開店前から若い女性が並ぶようになってさ。忙しい時は、2分に1杯コーヒーが出ていたこともあったよ!
順子
今はそんな忙しさ、絶対無理です(笑)。
マスター
よく頑張ったよな! 当時は、俺もガラケーだったからインスタなんか全然知らなくて。
取材に来てくれた記者さんが「マスター、大変なことになってますよ」って教えてくれて、初めて忙しさの理由がわかったの。自分たちが知らないところで、オンリーが広がっていたんだって。
コロナ禍が3年も続くとは思っていなかった
そんな中でコロナ禍がやってきたと……。
WORK MILL
マスター
近所の人たちは、お年寄りが多いでしょ? 外出規制されているから、お年寄りはお店には行けない。外国人観光客も、日本に来られない。
父親から受け継いだ店だし、なんとか残そうと思っていたんだけど、コロナ禍が3年も続くなんて思っていなかったからね。なんとか貯金を切り崩しながら店を開けていたけど、順子も疲弊して入院しちゃうし、俺も足が悪くなってね。
それはしんどいですね……。
WORK MILL
マスター
二人の心も体もボロボロになって、「飽きた、疲れた、やんなった!」って状態になったの。
順子
あの頃は、複雑な気持ちでしたね。マスターが丹精込めて自家焙煎したコーヒーが1日3杯しか売れないなんて、頑張っている姿を知っているからこそ余計に……。
マスター
朝5時に起きて焙煎して、いくら頑張っても売り上げが立たない。なんだかバカバカしくなってね。
「俺はもう飲食やらない!高校時代にバイトしていたビル掃除に戻るんだ!」って思っていましたから。
それで、2022年9月に休業したんですね。
WORK MILL
マスター
そう。辞めるっていうと、いろんな業者がやってくるから、周りの人から「休業にしておきな」って言われてね。でも、心の中ではもう辞めるつもりだったよ。
オンリーのロゴが描かれたカップも売っちゃったし、親から継いだ看板まで欲しい人がいるならあげちゃおう、と思ったくらい(笑)。
そこまで……!
WORK MILL
周りの人に支えられ「お休み処」としてリニューアル
自分たちではどうにもできない事情の中で休業されますが、2023年1月にはリニューアルしてオンリーが戻ってきます。
2022年9月から2023年1月までの間に何があったのですか?
WORK MILL
マスター
これが不思議でね。
常連さんに「マスター、コーヒーだけでも出したらいいんじゃない?」って声をかけてもらったり、インテリアデザイナーの姪っ子に「この空間は素晴らしいよ」って言われたり。
マスター
あと、通販サイトを手伝ってくれていた子から「コワーキングスペースにしたらいいんじゃない?」って提案されたり……。
それで、「なんとかこの場所を残せないかな?」と考えるようになってきたの。
周りの人たちに復活を促されたわけですね! でも、なぜ「お休み処」にしたのでしょうか?
WORK MILL
マスター
昔は、コーヒーってお店でわざわざ飲むものだったでしょ? でも、今はコンビニなら100円で買えちゃうし、自宅でも飲める。庶民の飲み物に変わっちゃったんだよね。
マスター
これまで「コーヒーが飲みたいから喫茶店に行く」だったのが、「トイレを借りたいから、疲れて休みたいから喫茶店に行く。ついでに、コーヒーも飲む」っていうふうに喫茶店に求められる価値が変わっちゃったんだよ。
そこに気がついたら、喫茶店じゃなく休憩所にした方がいいなって。
順子
あと、今の私たちの体調のこともありますよね。マスターは足が悪いし、私は3級の障害者手帳を持っています。先々のことを考えると、今までと同じようには働けないなって。
たとえば、お客さんへのオペレーションも、喫茶店だとお冷を出して、注文聞いて、提供して、片付けしてって、厨房とテーブルを何往復もする必要がありました。そこにフードも追加となれば大忙しです。
順子
でも、お休み処ならお冷はセルフで、コーヒーのホットかアイスだけ聞けばいいので、かなり落ち着いて仕事ができるようになりましたよ。
マスター
お客さんからは「省エネになったな」って言われたよな(笑)。
時代のニーズと自分たちができることを考えた結果、「これならできる」と再出発できたんですね。
WORK MILL
マスター
前は「いつまでやれるかわからない」って不安の中働いていたんだけど、「お休み処にしよう」って決めたら「死ぬまでやれるぞ!」って思えた。一回辞めているから、もう辞められないでしょ?(笑)
確かに!
WORK MILL
マスター
だから、エアコンもトイレも新しくして、内装もくつろぎを重視するために席数を減らして。
ゆっくり休んでスマホを触ったり、動画を外国にいる家族に送ったり、仕事でオンライン会議もできるように高速Wi-Fiも入れたんだよ。
すごい決断! お休み処にすると決まってからは、すぐに気持ちの整理もついたんですか?
WORK MILL
マスター
そうだね。お客さんも理解してくれたし、実際にはじめてみて、今までの働き方ってなんだったんだろう? って思う時もある。
でも、こう言っちゃあれだけど、すごく楽になったね。
地球規模で観光客がやってくるかっぱ橋道具街
「お休み処」にしてからお客さんに変化はありましたか?
WORK MILL
マスター
今はまだ「フードメニューはないの?」って聞かれることも多いけど、かっぱ橋って国内外からの観光客が多い街。リニューアルしてからは、地球規模でお客さんがやってくるようになったね。
浅草という土地柄だと思うけど、やっぱり「トイレに行きたい」「座って休みたい」って観光客のニーズも多くて、以前より一見さんが増えた感覚があるかな?
お客さんはシステムを理解してくれましたか?
WORK MILL
マスター
最初は勘違いさせちゃいけないと思って、丁寧に口頭でお店のシステムを説明していたんだけど、テーブルの注意書きだけでも理解してくれる人の方が多いね。
英語表記も作ったから、外国の人もわかってくれるよ!
マスター
あとはパソコンで仕事する人や、会議場所に使う人も増えたかな。
私も実際に使ってみて、このレトロ空間で仕事するだけでもモチベーションが上がると感じました!
出先のカフェだとちょっと狭かったり、コンセントがなかったり、Wi-Fiが弱かったり、使い心地に満足できないことも多いんですよね。
WORK MILL
順子
広々と自由に使ってほしいですからね。
順子
ちなみに、ここは軽食なら持ち込み可ですよ。
マスター
マスター 浅草って、コーヒーに合うお菓子のお店がいっぱいあるでしょ? せっかくなら買ってすぐ食べたいじゃない。
「本当にいいんですか?」って遠慮する人もいるけど、香りの強い食べ物(ラーメンなど)とアルコール以外ならお店の中で食べてもOKだよ。
順子
本当に、自由に使っていいんですよ。そういえばかっぱ橋道具街で買った包丁を、テレビ電話で自慢していた外国人の観光客さんがいたよね?
マスター
いたね(笑)。
俺たちは、喫茶店という形態からスペースと時間を提供する方向性に変えた。だから、仕事をしたり、テレビ電話をしたり、ゆっくり休んだり、トイレ休憩したり、自由にしてもらっていいって思っているの。
マスター
でも、コーヒーも本気でやっているから、不味くないでしょ?
取材中に淹れていただき、ありがとうございます。すごくおいしいですよ! まさに魔性の味で、気がついたらおかわりしていました(笑)。
WORK MILL
今後は、どんなふうにこのお店を作っていく予定ですか?
WORK MILL
マスター
今後は、体験焙煎会とかイベントもやってみたいね。あとは、スペースを活用してもらえる工夫も考えたいかな。
喫茶店の頃は貸切にするのは難しかったけれど、今は相談してくれれば可能な限りお応えしたいと思っています。実は、映画『浅草キッド』の撮影にも使われたことあるんだよ(笑)。
すごい! 喫茶店からお休み処になったことで、オンリーが今まで以上にオンリーワンな場所になりましたね。いろんな人とコラボレーションしながら、さらに進化できそうな気がします。
WORK MILL
マスター
やってみたいことがあったら、気軽に相談してください。コーヒー豆も販売しているし、コーヒーを飲みにくるだけでもいいし、仕事したり、勉強したり、トイレを使うだけでもいい。
このオンリーというスペースを自由に、多目的に使ってもらいたいね。
2023年6月取材
取材・執筆=つるたちかこ
撮影=栃久保誠
編集=鬼頭佳代/ノオト