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キャリアブレイクを「文化」にしたい ―― 北野貴大さんが目指す「無職について気軽に話せる社会」

「無職」という肩書きに対して、ネガティブな感情を抱く人は多いでしょう。決して悪いことをしているわけではないのに、どこにも所属していないことへの居心地の悪さや肩身の狭さを感じてしまう……。

プランナーとしてさまざまな企画を作ってきた北野貴大さんが今、注目しているテーマは「無職」。情報誌「月刊無職」や、悩みを語り合う「無職酒場」など、さまざまな活動をしています。一体なぜ、無職をテーマに選んだのか? キャリアブレイクってどういうこと? 一時的な離職・休職を肯定的に捉えると何が変わるのか、北野さんに伺います。

ー北野貴大(きたの・たかひろ)
一般社団法人キャリアブレイク研究所/代表理事。2014年、JR西日本SC開発株式会社に入社。JR大阪駅直結の商業施設「ルクア大阪」をはじめ商業施設の企画開発に従事。2022年に合同会社パチクリを設立し、独立。無職のための宿「おかゆホテル」や情報誌「月刊無職」、「むしょく大学」などキャリアブレイクの文化啓蒙活動を行う。一般社団法人キャリアブレイク研究所を設立し、代表理事に就任。

コーヒーを飲む感覚で、キャリアをブレイクする

北野さんが「無職」というキーワードにたどり着くまでの経緯が気になります。

以前は、商業施設で働いていたんですよね?

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北野

はい。大学卒業後は、JR西日本のグループ会社で「ルクア大阪」の店舗誘致や企画プロデュースに携わっていました。その後、2022年の3月末に退職して独立しました。

「無職」をテーマに活動しはじめたきっかけは?

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北野

当時、パートナーが仕事に悩んでいて、「無職になってみる」と言い出したんです。

最初は僕も、無職に対して悪いイメージを持っていました。でも、本人は「海外旅行に行くみたいな気分」と言っていて。そういう考え方もあるのか、と。

そこで無職について調べてみると、パートナーの状態は「キャリアブレイク」と呼ばれているものらしい、と知りました。

「キャリアブレイク」って、どういう意味なのでしょうか?

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北野

「キャリア=職歴」だと思われがちですが、直訳すると経歴。つまり、人生全体のことを指すんですね。

また、「ブレイク」は破壊や中断と訳されますが、根本的な意味は「出直しの機会」です。

まとめると、キャリアブレイクとは「離職や休職のタイミングで感性を回復させ、人生を立て直す時間を作ること」です。

ちょっとした旅行で自分を振り返ることもキャリアブレイクに含んでいます。

仕事だけでなく、人生全体を出直す機会である、と。

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北野

キャリアブレイクって、イギリスやベルギーではスタンダードなカルチャーなんですよ。仕事の合間にコーヒーを飲む感覚で、キャリアをブレイクする。

そんな話をSNSに書いていたら、「私もそれです」と言い出す人がどんどん現れて。家にいろんな人が集まりはじめたので、無職のための宿「おかゆホテル」を自宅で始めました。

おかゆホテルの様子(提供写真)

予想以上に、キャリアブレイクの考え方に共感する人は多かったんですね。

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北野

とくにキャリアブレイク経験者からの反響が大きかったですね。経験者が語ることで、当事者も話せる雰囲気になっていきました。

無職であることを気軽に話せる場って、なかなかないですからね。

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北野

おかゆホテルを始めたら、さらにたくさん人が集まるようになって……。その規模になると、自宅を宿にしつづけるのも難しい。

だから、イベント形式に変更し、「月に何回か開催するので、そこに来てください」と呼びかけました。

イベントになったおかゆホテル(提供写真)

大人気ですね……!

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北野

それでも追いつかないくらい、共感してくれる仲間が集まってきて。それで、2022年10月に「一般社団法人キャリアブレイク研究所」として法人化しました。現在は、ボランティアや業務委託のメンバーを含め、20~30名が活動しています。

そこで生まれてきたのが、情報誌「月刊無職」と、集まって活動する場「むしょく大学」の2つです。「無職酒場」も不定期で開催しています。


月刊無職」では、キャリアブレイクに至った経緯、キャリアブレイク中にやってよかったことや過ごし方、焦る気持ちとの向き合い方などを、当事者や経験者が執筆。

周りの期待や心配に応えると、自分らしい時間がなくなってしまう

集まってくるのは、どんな方々なのでしょうか?

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北野

一番多いのは、20~30代前半の女性ですね。女性は結婚や妊娠・出産などでキャリアが変化する可能性を考えている方が多いので、キャリアブレイクについても比較的想像しやすいようです。

一方で、男性は「稼ぐ」ことに対する責任感やプライドがあり、キャリアブレイクに消極的な人が多い傾向にあります。

なるほど。

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北野

ただ最近は、育休をキャリアブレイクのきっかけとしてうまく使っている男性もいますね。育児をするのはもちろんですが、同時に「会社から離れたかった」という思いがある人もいるようです。

副次的効果とも言えそうですね。

ところで、キャリアブレイクは一人でもできますよね。北野さんの活動に集まる方がこんなに多いのはどうしてなのでしょうか?

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北野

当事者同士で悩みをシェアできる場がないから、集まって話したい方が多いんです。

多くの人が「無職酒場」に集まった

北野

休職とか離職って、ネガティブな側面もありますが、「主体的に休みをとって人生の転機を作ろうとする行為」とも言えますよね。

たしかに。

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北野

ただ、本人はそういう気持ちでも、まわりの家族や友人から「これからどうするの?」「仕事紹介しようか?」と優しい心配がいっぱい飛んでくる……。

本当は先のことは決まってないし、ほっといてほしいんだけど、親切を無下にもできない。

だから、「次は○○をしようと思ってて……」など、本人が納得していない返答を無理にして、その言葉が心に積もっちゃうんです。これ、「キャリアブレイクあるある」で。

難しいですね……。

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北野

みんな素直で優しいから、周りの期待や心配に応えはじめる。すると、どんどん自分らしい時間がなくなってしまう。

でも、本来のキャリアブレイクはそういう時間じゃない。だからこそ、キャリアブレイクの当事者同士で集まることを望む方が多いんです。

やりたいことや使命感が組織に飲み込まれてしまう「文化中毒」

北野

厚生労働省が発表している令和2年の雇用情報によると、全労働者5000万人のうち、年間約700万人が会社を辞めています。

その中で、まったく期間を空けずに転職するのは約26%、1カ月以内の転職者が約27%です。

計算すると、1カ月以上無職を経験する人は300万人くらいいるんですね。

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北野

そうなんです。「キャリアブレイク研究所って、また新しい活動を始めましたね」とよく言われるんですが、無職の状態の人ってサイレントマジョリティーだったんですよ。

北野さんはTwitterで「最近、キャリアブレイクという言葉が独り歩きして、誤用や賛否を聞く」とツイートされていましたね。

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北野

無職に対して、「働けよ」という文句が飛んでくることがあるんです。

でも、キャリアブレイクって、無職をゴールとして目指しているんじゃなくて。

自分のキャリアを見直して、もっと意味がある働き方をしたいと考えているからこそ、とっている時間なんです。

自分らしく働くためのキャリアブレイクなのに、「単に怠けているだけ」と誤解されてしまうのはつらいですね……。

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北野

自分のエネルギーやモチベーションを社会と接続したいのに、うまくできない。そういうときに、人はキャリアブレイクするんです。

文化中毒」という言葉をご存知でしょうか? 自分自身のやりたいことや使命感が組織の文化に飲み込まれてしまい、機能不全になっていく状態を表した言葉です。

「自分を殺してでも、会社に忠誠心を持って働くことが正義である」みたいな昭和の働き方でしょうか……?

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北野

そうです。ただ、そうやって身を粉にして働いてくれた人たちのおかげで高度経済成長期が支えられ、物質的な豊かさが作られた面もあるでしょう。

がむしゃらに働いてきたからこそ、無職の状態を受け入れられない。そういう人たちと、「一時的に働かない文化」をどう結んでいくか。そこが課題だと思っています。

離職から戻るまでの「無職の5段階」

キャリアブレイク中、次の仕事へ移るまでに、どういう気持ちの変化があるのでしょうか?

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北野

大きく分けて「解放」「虚無」「実は」「現実」「接続」の5段階があります。

無職の5段階|キャリアブレイク研究所」より

北野

解放期は、とにかく楽しいです。仕事をやめて自由に時間を使えるので、「友達と担々麺を食べに行く」とかも含めて、やりたいことをどんどん叶える欲求解消の時期ですね。

その後、反動で「私、何やってるんだろう」という虚無感で落ち込む人が多い。このタイミングで復職する人も少なくありません。

周りが心配して「次どうするの?」と頻繁に聞かれるため、虚無期に無理やり次の仕事を見つけるのです。

なるほど。でも、グラフにはまだ続きがありますね。

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北野

この虚無のタイミングで、同じ無職の人と出会ったり、キャリアブレイクの文化を知ったりすると、良い意味で違う乗り切り方ができるんです。

3つめの「実は」というのは?

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北野

虚無の段階を超えた方は、やたら「実は……」と言い出すんですよ。「実は両親の近くで働きたかった」「実は株に興味があった」「実はこういう人を助けたかった」などなど。

「実は」に続く言葉は根底にある志やモチベーション。だからこそ、すごく頑張るんです。

このタイミングから、本当にやりたかったことを話し始めて、学校に通ったり新たなスキルを身につけたり、と次のキャリアへの準備活動が始まります。

インターンシップやアルバイトなど、小さな職業体験をする人も多いですね。

それは、前職とは違う仕事ということでしょうか?

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北野

キャリアブレイク後、異業種への転職を考える人は多いんですよ。たとえば、大学の先生だった女性が、いまイルカの調教師のスクールに通おうとしています。

転職って自分の居場所を変えることなので、職種を選ぶ前にどれだけ広い視野を持てるかがカギとなります。「○○さんの働き方、面白そうだな」と視野が広がっていくと、選択肢が増えていくんですね。

4つめの「現実期」とは?

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北野

やはり異業種へのキャリアチェンジは大変です。「経験者じゃないと採用できない」など壁にぶつかる。

でも、社会と接続するためには、ある程度のストレスを感じるのは当たり前。ここで、社会に接続する体力を思い出すことが大切です。

リスクを取って本気で人生の転機を作っているんだから、社会の側もキャリアブレイク後の人を本気で受け止めてもらえるといいですね。最後の「接続期」をうまく乗り越えれば、社会へと戻っていきます。

ロジカルに考える状態から一時的に離れてみる

仕事選びでは「できること」と「やりたいこと」を掛け合わせよう、とよく言われますよね。

仕事を選べと言われても、「自分って、何ができるんだろう?」「何がやりたいんだろう?」とモヤモヤ考えてしまって。

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北野

キャリアブレイク中の人は、すごく悩みます。「人生の転機を作るぞ」と意気込んで、好きなことをノートに整理したり、尊敬する人を思い浮かべたり……。

でも、それとはまったく別次元で「ピアノを弾きたい」「タイに行きたい」みたいな純粋な欲求もあります。

いろいろな思いから、何を抜き出すかは難しいですね。

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北野

ある時、キャリアブレイク中の女性が「自分でも意味は分からないけど、やりたいことを見つけたこと自体が、一番すごいことのような気がしてきました」と報告してきて。ハッとしました。

言葉で説明できることって、限られている気がします。もちろん、ロジカルに言語化しないといけないシーンもあるけど、それが人生全体を覆いくるんでしまうのも違うのかな、と。

「理由は説明できないけど、やりたい!」と思うことの方が、むしろプリミティブな欲求ではないか、と。面白い考え方ですね。

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北野

はい、ロジカルに考えないといけない状況から一時的に離れることは、人生にとっても良い効果を生むと思っています。

キャリアブレイクは「福祉」ではなく「文化」

キャリアブレイク研究所では、どのような活動をしているのですか?

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北野

経験者が集まることで、キャリアブレイクに関する膨大なデータが集まってきました。

いまは法政大学大学院政策創造研究科の石山恒貴教授、片岡 亜紀子先生にアドバイスをいただきながら、キャリアブレイクの価値について整理しています。

なぜキャリアブレイクが良いのか、どう社会が変わっていくのか整理しているところです。

どんな成果になるか、楽しみです!

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北野

すでにキャリアブレイクをしている人はたくさんいるという実態があります。

なので、無理に増やそうというより、主体的に転機を作った人たちに悪意を向けられないようにしたいな、と。

胸を張って次のキャリアを歩む人が増えれば増えるほど、社会の雰囲気が変わっていくはずなので。

あと、最近はコラボをしたいというご連絡もすごく多いんですよ。

企業から提案が来るのですか?

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北野

たとえば、居酒屋をやっている方から「一緒に無職酒場をやろう」とか、不動産会社が「シェアハウスを作ろう」とか、地方自治体が「一時的に移住を受け入れますよ」とか、印刷会社が「新しい履歴書をつくろう」とか……。

キャリアブレイクのコラボ事例が増えれば、徐々に文化になり、遅れて人事系企業や国が情報提供を求めてくるでしょう。

すると制度・政策に置き換わって、根本的な文化改革になる。そんな形で進めていきたいなと思っています。

かなり壮大ですね。キャリアブレイクの文化が浸透すると、社会はどう変わっていくのでしょうか?

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北野

「無職」というカテゴリーの中に「キャリアブレイク」というジャンルができるだけで、すごくインパクトがあると思っています。

数字だけ見ても、年間数百万人が離職をしています。その人たちに「キャリアブレイク」という選択肢が準備されている世の中になればいいな、と。そうすれば、人間らしい社会が戻ってくる気がします。

キャリアブレイクについて説明すると、だいたい「福祉」だと思われてしまうんですが……、僕は文化領域だと思っていて。

たしかに、無職に対するサポートと聞くと、失業保険や職業訓練など福祉っぽいイメージがあります。そうではなく、「文化」の領域と捉えているんですね。

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北野

いい話も苦しかった話も、経験者が語りはじめれば、大きなムーブメントや文化になって、みんなのためになります。

ビジネスとしてコラボしているのも、「これで社会は面白くなる」と思っているからなんです。

キャリアブレイクが文化になって、もっと気軽に話し合える社会になればいいなと思っています。

学びあいの場「むしょく大学」。開校4カ月で、約200名の方に学生登録したそう

2023年1月取材

取材・執筆=村中貴士
編集=鬼頭佳代(ノオト)