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必要なのは「陽気なおじさん」 元芸人の社長・中北朋宏さんが注視する社内の心理的安全性

「コメディ」と「コミュニケーション」を掛け合わせた「コメディケーション」を旗印に、笑いの力で組織の課題解決を目指す会社があります。

その企業名は株式会社 俺。会社を牽引するのは、元お笑い芸人の中北朋宏さんです。芸人活動終了後、人事コンサルタントとして営業成績ナンバーワンを達成した後に起業。組織が抱える課題の多くはコミュニケーション不足として、中北さんは自らの経験を踏まえた「笑いのメカニズム」で、よりよい組織づくりをサポートしています。

異色の経歴と共に、中北さんの考える組織づくりについて伺いました。

―中北朋宏(なかきた・ともひろ)
株式会社 俺 代表取締役社長。浅井企画に所属し、お笑い芸人として6年間活動した後、人事系コンサルティング会社に入社。内定者育成から管理職育成まで、ソリューション企画提案に幅広く携わる。2018年に株式会社 俺を設立。“夢諦めたけど人生諦めていない人のために”をコンセプトに、お笑い芸人からの転職支援「芸人ネクスト」や笑いの力で組織を変える「コメディケーション」を展開中。著書は『「ウケる」は最強のビジネススキルである。』『コンプレックスは営業の最高の武器である。』(共に日本経済新聞出版)。

元芸人が超成果主義のコンサル会社に入社して

中北さんは、浅井企画で芸人として活動した後、人事系コンサルティング会社に入社されています。当時、中北さんの目には会社はどのように見えていましたか?

中北 一般的な企業は、ちょっと真面目すぎるし、理不尽な場所だと思っていました。例えば、出社しても挨拶がないし、雑談もほとんどない。残業させられるのに、遅刻は怒られる。コミットやエビデンスなど、無駄に横文字が多い。そして、本当に仕事が多い。生きづらい場所だと思っていましたね。

あと、意思を持っている人も少ない印象でした。「もっとお金持ちになってやる」というハングリー精神を持っていた芸人仲間と違って、目の前のことを上司の言われた通りにこなす人が多いんだな、と。

中北 その一方で、僕が入社した会社は、恐ろしいほどに仕事ができて、主体的に働く方が多かったです。会議では、事前にアジェンダを用意して、メンバーと目的を共有してから始まる。不機嫌な顔で仕事をしたり、目的なくダラダラと会話をしたりしない。それに、芸人のような笑いの観点ではなくても、人間的に面白い会社員もたくさんいるんだと思いましたね。

入社した会社には「成果主義」の風土が根付いていたので、入社直後の3年はなかなか成果が出せず、大変でした。「何で中北を採用したんだよ」という陰口も聞こえてきましたが、自分が「イヤだな」と思う人のフィードバックはすべて無視するようにしていましたね。

どうして、優秀な人が多いと感じていながらも、周囲のフィードバックを無視したのですか?

中北 社内のフィードバックの構造について改めて考えたときに、社員は互いに「あるべき姿」があると思ったんですね。僕にもあるべき姿があり、周囲のAさん、Bさん、Cさんにもそれぞれ違ったあるべき姿がある。

そう考えると、苦手なAさん、Bさんのフィードバックを受け入れたら、自分のあるべき姿ではなく、他人のあるべき姿に近づいてしまうのではないか、と。それで、好きになれない人からフィードバックがあったときは、「ありがとうございます」と言いつつ、聞かないようにしていました。

このうれしくないフィードバックが、僕は本当にイヤで。例えば、全社会議で若手社員が発表すると「なぜ、そうなんだ!」と年長者からボコボコにされてしまう。心理的安全性が全くないので、若手が会社で発言自体ができない状況に追い込まれてしまうんです。

さらに当時、飲み会では「お前はダメだ」「あんな案件で満足するな」といった無茶苦茶なフィードバックを受けるのが日常茶飯事でした。島田紳助さんぐらい圧倒的な実績を作ってきた有名人にダメ出しされるならまだ理解できるけれど、会社の上司なんて「アンタ、誰なんだ!」って話じゃないですか。

それに、最後に受け手がモチベートされてこそ、フィードバック。会議の勢いや飲み会のノリで言っちゃうのは、そもそも適切なフィードバックではありません

だからもう、僕はすごく腹が立って、「この悪いフィードバック文化、組織でやめていきましょう。次言ったら、もう罰則ですよ」と提案して。それで、悪しき社内文化を断ちきったわけです。

今、不必要なフィードバック文化を断った話が出てきましたが、大変な社内で「中北、ここに在り」の状態にするために、他にどのようなことをされたのですか?

中北 会社で成績をあげられていなかった僕は、「中北軍団」という職場の飲み会をとにかく楽しくして、若手の離職を防ぐための飲み会軍団を作りました。

「中北軍団」! 芸人さん界隈で聞きそうなチーム名ですね。

中北 上島さんの「竜兵会」に憧れた集団なんですが、一応ビジョンがあるんです。掲げたのは「会社の福利厚生となる」というビジョン。当時の会社は中小企業ということもあり、充実した福利厚生がないうえに、若手社員の離職が相次いでいたので、中途入社の方や若手で会社に馴染めていない人を「中北軍団」のメンバーが飲み会に誘っていました。

そして、それぞれの参加者の強みを軍団が分析し、キャラ付けしてモチベートして、会社の人と人との間をつないでいく。それを続けていくうちに、本当に離職率がゼロになりました。

そうやって存在価値を出し始めたころから、新規事業や関西支社立ち上げなどの提案も主体的にできるようになってきましたね。

上司の心理的安全性の確保が急務

2018年に笑いの力で組織を変える会社として株式会社 俺 を設立し、独立されました。最近、企業はどんな組織課題を抱えていると感じますか?

中北 1つは既に紹介した心理的安全性です。その中でも、問題は「上司の心理的安全性の欠如」です。人事業界では、心理的安全性の主語を「部下」にすることが非常に多くて、中間管理職などの「上司」にとって会社は心理的安全性がほとんどない場となっています。

心理的安全性とは、本来「企業風土」になっているものです。つまり、部下のみならず、上司も心理的安全性がある会社が理想ですよね。

例えば、仕事が終わっていないのに定時に帰ってしまうフィードバックしにくい部下がいるとします。そのスタイルについて上司として何か言うと、上からは怒られるし、部下からは疎まれる。挙句の果てに、一生懸命部下を育成しても簡単に辞めてしまう。上司が本当に可哀想で、報われない存在になっているんですよね。

心理的安全性という言葉は上司には発動されず、部下を守ることだけに向いているのが問題なのですね。

中北 そうですね。上司は部下を育てるための道具ではない。彼らも部下と等しく未来を描く必要があるわけです。

企業の人事部や我々のような人材サービスを提供する会社が、マネジメント研修などで「ここは部下のための場所です」と言ってしまうのがよくなくて。

そのメッセージだけでなく、上司が集まる場では「皆さんも仕事を楽しんでください。ご自身のキャリアを大切にしてください」と言うべきですよね。そうして初めて、上司も部下も互いにWin-Winの関係になると思います。

株式会社 俺 では、お笑い芸人からの転職支援や笑いの力で組織を変える事業を展開。事業から得たノウハウや気づきを、書籍として上梓しています。

株式会社 俺 としては企業からこのような悩みが出た時、どのようにアプローチをして、ソリューションを提供するのですか?

中北 ソリューションとしては、まずはマインドセット、前提の認識を変えていく必要があります。会社は部下のために時間を使う場だけでなく、加えて上司の場でもあり、上司のための時間もあることを前提として考えましょうということですよね。それをきちんと会社のメッセージとして出してもらう。そうしないと、どんどん現場はズレてしまうからです。

あとは、上司である中間管理職に判断や時間の余白がないことが何よりの問題だと思います。中間管理職は経営層のヒエラルキーの一番下に位置します。そうすると、企業のトップがせっかく経営戦略上「やらないこと」を定めたとしても、現場の管理職としては具体的に何を捨てていいのかもわからないし、捨て去るものを考えるチャンスすら与えられない。経営トップの判断だけでは、組織はなかなか機能しないものです。

そこで最近考えているのは、組織の中であちこち抱えている人的な問題、つまり誰かと誰かの関係性から発生する諸問題を上手く吸い上げる「中北軍団」のような「陽気なおじさん」を生むことが急務なんじゃないかと思っているんです。

社内の人的トラブルを一挙解決。「陽気なおじさん」とは

組織の中の「陽気なおじさん」について具体的に教えてください。

中北 海外で働いている先輩たちの話によると、気さくに話しかけてくる「陽気なおばさん」が社内にいると言うんです。

それを聞いて、僕は「陽気なおじさん」がいるといいな、と思ったんです。会社のビジョンを正しく認識して適宜上司に報告しつつ、人間関係の誤解を解いてくれたり、人と人とをつなげたりして人間関係を活性化させる人的リソースの解決役に当たる人。この人は、企業の中ですごく重要な役割を担うポジションだと思うんです。個人が解決できない職場の課題を持ち帰ってくれるんですから。

『釣りバカ日誌』のハマちゃんみたいに陽気だけど、それなりに仕事はちゃんとできる。それに加えて、会議でみんな黙ってしまったときに、「次、どうしようか」と間髪入れずに場と人をつなげるようなフランクな人。こういう人は通常の仕事とは別の組織貢献度みたいな軸で、きちんと評価されるべきです。

中間管理職であるマネージャーに外側からソリューションをさずけてもいいのですが、おそらくすでに手持ちの仕事で一杯一杯。だから、新たにそういう役割を1つ作るイメージです。

「陽気なおじさん」になるのは、例えば組織を俯瞰で見られる役職定年した人たちや、大手企業の7年目ぐらいまでの若手リーダーでどうでしょうか。そういう人たちに役割を1つ与えて、その分給料も上げてみるとか。もちろん、会社によっては「陽気なお姉さん」などがその役割を担う可能性もありますね。

「陽気なおじさん」に必要なスキルとマインドはどんなものでしょうか?

中北 心理的安全性を担保しながら、人と人をつなぐこと。一番求められるのは、コミュニケーションエラーを起こさないことです。例えば、評価面談時の上司のフィードバックが誤解された状態で部下に伝わり、社員が辞めしまうことは多い。

そんなときに「陽気なおじさん」がやってきて、「あの人が言いたかったのはそういうことじゃないよ。もう一度聞いてみたら?」とか、「ほら言ったじゃないか、心配しなくていいんだよ」と、クッション材になってメンバーを前向きにしてくれるイメージです。

「ブラボー!」と連呼するサッカー・ワールドカップの長友選手みたいですね。

中北 そうですね、ああいう前向きな感じの人。別に、陽気なおじさんも失敗してもいいんですよ。「彼、キーマンっぽいし、俺と性格合いそうだからつなげてみるわ。でも上手く行かなかったらごめんな」でOK。いざつないでみて「なんかあいつ感じ悪かったな……」でもいいわけですし。そういう人と人とをつなげることを、遠慮なくどんどんできる人がベスト。

今、新しいアイデアやノウハウで組織変革をするのは難しくなっています。「陽気なおじさん」のような人的リソースや人脈を使って、社内を活性化させられたらいいですよね。

2022年12月取材

取材・執筆:横山由希路
撮影:小野奈那子
編集:鬼頭佳代(ノオト)