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実空間がインターネットに寄せられてきている 評論家に聞く「ネコと都市」「TWDW2021」5日目レポート

毎年11月の「勤労感謝の日」に合わせ、7日間にわたって開催される働き方の祭典「Tokyo Work Design Week(以下、TWDW)」。9年目を迎えた今年は「ネコに学ぶ働き方」をテーマに、オンライン開催されました。

5日目は「ネコと都市」と題し、評論家の宇野常寛さんをゲストに迎えた対談です。新雑誌の創刊の動機からネットとリアルの世界のギャップまで、縦横無尽に話が広がっていきました。

<イベント概要>
Tokyo Work Design Week 2021
11/21(日)
5日目「ネコと都市」

■ゲスト(敬称略)
宇野常寛|評論家、『PLANETS』編集長

先日、雑誌『モノノメ』を創刊された宇野さん。自身が提唱される「遅いインターネット計画」のひとつとして、新しい雑誌をつくることにしたきっかけ話から、トークセッションが始まりました。

宇野:今のインターネットは、流れてくる情報に対して大喜利的に答えて、自分のフォロワー数の増加や、リツイート・いいねを多く稼ぐことが目的の相互評価のゲームになっています。ある問題があったときに、その問題を解決する方法を提示したり、問いそのものを問い直す建設的な行為にほとんどインセンティブがなくなっている。

その結果として、そしてタイムラインですでに支配的なお題に対して、のるかそるか冷笑するかのせいぜい3択くらいしか、意見が流通しなくなってしまっているわけです。この3パターンが手っ取り早く反応を稼ぐ方法ですから。

そもそも、僕は今のインターネットは「速すぎる」と思っています。ほとんどの人が、あるニュースに接したときタイムラインの潮目は読むけれど、その情報の背景や関連する記事は調べない。要するにグローバルなプラットフォームの力によって同期させられ、速すぎるスピードに流され、深く考えられなくなっている。結果として、情報社会から多様性が失われてしまったんです。

だからインターネットを遅く使う運動を始めました。初期は、今のタイムラインの空気をまったく読まないタイプの新しいWebマガジンです。1万字や2万字といったスマホで脊髄反射できないような、質の高い記事を定期的に更新しています。ネットサーフィンっていう言葉が、まだ有効だった頃のインターネットに戻ってみてみたらどうだろうかという問題提起でした。

ただ、WEBマガジンだといくらがんばっても記事単位でしか読まれない。メディアそのものが力をもつことの難しさに突き当たりました。僕は政治からサブカルチャー、ビジネス、アートまで、さまざまなことを批評することによって、総合的な世界観を見せたい。紙の雑誌だと、ある記事を目当てに読めば、別の記事も目に入ってくる。強制的な偶然の出合いによって、視界が広がっていく体験をしてもらうため、紙の雑誌『モノノメ』を「遅いインターネット計画」の一環として作ることにしたんです。

横石:『モノノメ』はあえてAmazonでは販売していないと聞きました。どうしてでしょうか?

宇野:僕の抵抗運動なんです。「動員の革命」という言葉がありましたが、2010年代は、SNSによって人が外にあるリアルの空間に動員されていた時代です。アラブの春もそうだし、アイドルの握手会や夏フェス、インスタ映えもそう。それを「リアルの復権」と言う人もいましたが、僕は違うと思っています。

なぜなら、SNSで動員された人は目当てのハッシュタグしか目に入らないから。移動中はスマホを見ていて、街で偶然触れるものがいっぱいあっても注意が行かず、お目当てのものに向かってまっしぐらにピンポイントに向かう。「動員の革命」と言われたこの10年は、実空間がSNSに汚染された10年なんです。

本屋はその代表でしょう。多くの本屋は今、おそらくAmazonのランキングを見て売り場を作っています。一部の良心的な書店員さんが、それに給料以上の仕事を自主的にやって抵抗しているところはいくつもあるんですが、全体の傾向はなかなか覆らない。書店のような場所ですら、グローバルなプラットフォームに汚染されてしまった。どこに行ってもAmazonのランキング通りに平積みするなら、Amazonで買ったほうが便利です。

そうではなく、本屋はお目当てのもの以外にも出合える空間であるべきだと考えています。『モノノメ』は自主流通ですが、こういう商品があると否応なく棚に個性が出てくる。本屋で本を買う価値をしっかりと感じてくれる読者を育てたいと考え、Amazonで販売しない選択肢を取りました。

横石:『モノノメ』の創刊号で、特集のひとつに「猫の眼」というページがありますよね。「虫の眼」「鳥の眼」と並んで触れられています。

宇野:人間外の動植物から、人間が作ったこの都市空間を見直してみたくて、都内を歩き回りました。そのひとつが「猫の眼」です。

取材したのは、みんなが飼い猫を捨てに来るエリアで、半分地域猫になった猫たち。もともとは野良猫だけど、猫好きの人たちが餌付けしながら、去勢や避妊手術を受けさせ、病気になったら病院にも連れていく。

ただ、そこは人が住んでいない埋立地の流通基地みたいなエリアなので、いわゆる地域猫とはちょっと違うんです。猫好きの人たちが、自転車や車などでやって来て、面倒を見るだけで緩くつながるコミュニティ未満のチームがそこにできていました。僕は、この絶妙な距離感がいいと思った。

要するに、この人たちはお互いのことに関心がない。でも猫の世話のために、しっかり連携しなきゃいけなくて、結果的にお互いのこともすごく尊重している。人々が多様に暮らせる都市はそういう場所なんじゃないかと思うんです。

横石:たとえば渋谷は高層ビルがどんどん建って、そこに大きい企業が入っている。今の猫の話でいうなら、この場合は「犬の都市化」みたいな現象かもしれません。組織のための場所だったり、群れるために集まる場所だったり。

渋谷はかつて自然に街が出来上がってきて、人が歩いて楽しい場所だったはずなのに、どんどん高層ビルが立ち並んで縦に伸びていっている感覚があります。ギャップみたいなものを感じている人も多いのではないでしょうか。

宇野:80〜90年代の渋谷は、消費文化の主役である若者の街であり、サブカルチャーの中心地で、ストリートだった。当時はインターネットがないから、物を買うためには街に出るしかなかったんです。そして、目当てのものだけじゃなく、目的外の雑多なものにも触れていた。服を買いに来たけど、偶然目にした靴を気に入って買うみたいに、人々が消費を通じて世界を広げていたし、それがもてはやされていました。

だけど、現代の人はモノじゃなくてコトをシェアするようになり、意識の高いイベントにチェックインしたことをFacebookでシェアするようになった。モノを買うために街に出るのが、かっこいいことじゃなくなった。

しかもインターネットが個人端末になったことで、目当ての場所に直接行くようになり、目的を果たすために最適化された駅ビルに飲み込まれていった。ストリートからタワーへ、猫的なものから犬的なものへ完全に移ったわけです。

雑多なものがランダムに放置され、そこに触れ合うことで偶然性に身をさらす場が街だったのですが、いまはまず検索をして最初から計画されたものを効果的に吸収する統率の取れた世界に変わってしまったんですね。渋谷に来てもヒカリエやストリーム、スクランブルスクエアだけですべての用事が完結し、家に帰っていく。それは東京の渋谷だけじゃなくて、全国でも同様ですよね。

横石:地方都市も駅ビルに街の文化が集約され、どんどん都市が画一化しています。さっき視聴者からチャットで、都市自体がインターネットっぽくなってきているのではないかとコメントをいただきました。

宇野:その通りで、実空間がインターネットに寄せられてきていると思います。

横石:都市の話題も尽きないのですが、「遅いインターネット計画」のひとつとして雑誌を出されましたが、ほかにはどんな選択肢があると考えていますか?

宇野:タイムラインを見て、流行の話題で大喜利するのではなく、人間が暮らす中でものごとをしっかり考えていけるようにしていきたいです。みんな、食べること、寝ること、子どもを育てるといった暮らしが、政治のような大きいなものが繋がっているとあまり思っていないですよね。

でも、自分が生活者として困っていることや感じたことを、政治の問題に繋げることはできるはず。そこの回路をしっかり整備したいなと思っているんです。

自分の家から半径500mのことについて全然無関心で、どんな虫がいるとか、どんな建物があってどんな歴史があるとか気にしない人が、海外へ旅行しても何も得るものがないのと同じで。

自分の等身大の暮らしの中で思考できない人が天下国家のことを語ったとしても、それこそファンタジーの世界のように捉えてしまっているだけですよね。身近なものへの思考をしっかりして、大きい問題にも対応できるような能力を養っていくことが必要だと考えています。

横石:物事を生活からゆっくり考えるには、インターネットから遠ざかるしか方法はないのでしょうか?

宇野:周りの人間からいいねをもらうことを一度忘れるべきですね。人から認められることにみんな関心がありすぎなのがよくない。他人の顔を見すぎていて、物事そのものに向き合っていないんですよ。

他人の目を一度忘れ、自分が物事から受け取れるものを直視すべきです。今これが流行っているからとか、偉い人がこう言ったからとか、そういうことを一旦すべて忘れる。自分の中で、ゼロから考えてみる時間をしっかり持つことが大切だと思います。

横石:インターネットに比べてリアルは相対的に速度が遅いから、もう少しリアルに目を向けるという姿勢とも取れます。

宇野:ここまでネットに汚染されてしまっているので、リアルも十分速いのではないでしょうか。だから、リアルどうこうということではなく、人間の心理的なものしかないかな、と。要するに、自分だけの「遅い」時間の流れが必要だと思うんです

世の中の人間がみんな関心を持っていることに一石を投じてポイントを稼ごう、みたいなコミュニケーションをどう抑制するか。気にしない力をいかに高めていくか。自分の中にある真実と、孤独に向き合う時間が必要ではないでしょうか。


Tokyo Work Design Week 2021 レポート

2021年11月取材
2022年1月18日更新

執筆:黒宮丈治
編集:有限会社ノオト
​​グラフィックレコーディング:ヤマダマナミ