働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

日常の好奇心が仕事のモチベーションを生む 脳科学者に聞く「ネコと脳」 「TWDW2021」3日目レポート

毎年11月の「勤労感謝の日」に合わせ、7日間にわたって開催される働き方の祭典「Tokyo Work Design Week(以下、TWDW)」。9年目を迎えた今年は「ネコに学ぶ働き方」をテーマに、オンラインで開催されました。

3日目のテーマは「ネコと脳」。TWDWオーガナイザーの横石崇さんと、脳・神経科学者の青砥瑞人さんによる対談が行われました。

<イベント概要>
Tokyo Work Design Week 2021
11/19(金)
3日目「ネコと脳」

■ゲスト(敬称略)
青砥 瑞人(Mizuto Aoto)|脳・神経科学者

テキスト

自動的に生成された説明

今回のイベントテーマの元となったのは「組織のネコ」という働き方。従来の組織に忠実なイヌ型の働き方ではなく、組織にいながら自由に働く自分に忠実なネコ型の人について話が及ぶと、青砥さんは「自由」という言葉に一つの自説を展開します。

青砥:「自由」という字をみると、“自分”が“故(理由)”と読めます。つまり、自分で考えて感じて、それに合わせて行動していくこと。誰かがくれた枠や、与えられたことに乗っかっていくのは楽ですが、自分で選択していくのは大変です。

自由であることはとても素敵だけど、脳のエネルギーの観点から見ると大変なことでもあると思います。

横石:脳のエネルギーとはどういう意味でしょうか?

青砥:脳の重さは全体重の2%くらいしかありません。しかし、グルコース(ブドウ糖)というエネルギー源を全体の25%も消費する。つまり、小さいのにめちゃくちゃエネルギーを使うんです。だから、もともと脳は、エネルギーをなるべく使わないように楽をしようとするんです。

脳が楽だと感じるのは、やり慣れていることです。同じ行動を繰り返すと、脳の神経回路は筋肉と同じように太くなっていきます。そうすると、はじめは大変だったことが、ちょっとのインプットで情報を処理するようになる。これが「脳が適応化していく」ということです。

たとえば、オフィスがフリーアドレスでも、結局はいつも同じ場所に座ったりしますよね。「ここの席だと調子がいいな」と感じると、脳はそれを学習し、自分のパターンのひとつだと認識するようになります。その結果、自然と同じ席に座ってしまう。

これは「デフォルト・モード・ネットワーク」と呼ばれる、記憶(過去の体験)が行動を導くエネルギー効率を高めるための脳の反応性の一つなんです。

横石:エネルギー効率が良くなると、脳のパフォーマンスも上がるんでしょうか?

青砥:上がる場合と、そうではない場合があります。

エネルギー効率が良くなれば、他のことに脳のリソースを割くことができます。スティーブ・ジョブズが毎回同じ服を着て、余計な選択をしないように、パターン化して脳に余白をつくり、そのリソースを他のことに使うわけです。

だけど、エネルギーの余白ができても、使わない人もいます。いわゆる“惰性”ですね。

予知できることをうまく活用して、新しい学びや発見ができる人もいるでしょう。けれど、できあがっている「いつものパターン」を繰り返していくと、他のものを受け付けない頑固な脳にもなりやすいんです。

横石:青砥さんの著書『BRAIN DRIVEN』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)には、脳のパフォーマンスあげる方法のひとつとして、「モチベーション」が大事だと書かれていました。

BRAIN DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは
「BRAIN DRIVEN パフォーマンスが高まる脳の状態とは」青砥瑞人・著(ディスカヴァー・トゥエンティワン)

青砥:はい。モチベーションは上げようと思って上がるものではありません。だから、「モチベーションを上げる」というより、「脳をモチベーションが上がる状態にする」のが重要です。

脳の下側、中脳あたりにあるVTA(ventral tegmental area・腹側被蓋野)という場所で作られたドーパミンがモチベーションに影響を与えます。

モチベーションを向上させる方法には、トップダウン型とボトムアップ型の2つがあります。よく言われるのは、ゴールや目的を考えてモチベーションを上げるトップダウン型のやり方。おでこの裏側にある前頭前野の機能を使っています。

だけど、公園で楽しく遊んでいる子どもに「何を目的に遊んでるの?」と聞いたら、「はぁ?」と返されると思うんです。何かを楽しんでやっているとき、別に目的は考えていません。目的があるからではなく、自分自身がやりたいからやっている。これがボトムアップ型です。

我々の脳は、本質的に自分の「知りたい」「やってみたい」といった好奇心が“故(理由)”となる反応性を持っている。だからこそ、このボトムアップ型の好奇心をもっと大切することが、学習効率や生産性、パフォーマンスアップの文脈でも、大事なんじゃないかなと思います。

テーブルの上に座っている男性

低い精度で自動的に生成された説明

横石さんは今回のTWDWの登壇ゲストたちも、好奇心が旺盛でボトムアップ型のモチベーションをもつ人が多かったと言います。VTAからより多くのドーパミンを出すためにはどうしたらいいのでしょうか?

青砥:トップダウン型ばかりやっていて、ボトムアップ型を軽視すれば機能は失われていきます。反対に、VTAの神経回路をよく使うと、そこが育まれていく。これは「Use it or Lose it」の原則と言われています。

たとえば自分が好奇心を持って取り組んでいるとき、勉強や仕事、プライベートといった分野に関係なく、脳の同じ部位が反応します。なので、普段からその部分を使っておくことが大事なんです。

日常生活の中で、意味や目的ばかりにとらわれないこと。自分の興味関心にブレーキをかけず、「やってみなはれ」を大切にすること。たとえば本屋さんに行くと、思いもよらない本との出合いがあったりするじゃないですか。そういうちょっとした行動もいいですね。

体験していないことからは、自分のモチベーションになる本質的なゴールや目的は作れないと思います。自己体験があるからこそ、それに伴うエピソードと感情の記憶が脳にプロットされる。

まずは好奇心をベースにして行動し、体験したことからゴールや目的を作っていく。そんなボトムアップ型のモチベーションとの付き合い方が、理にかなっているんじゃないでしょうか。

ここでもう一人のモデレーターとして、9年連続でTWDWに出演している“ハブチン”こと羽渕彰博さん(reborn株式会社)が登場します。

屋内, 女性, 男, フロント が含まれている画像

自動的に生成された説明

羽渕:自分が組織づくりをしているなかで、社員は不確実性をどう楽しめばいいかという疑問がありました。いきなり仕事に好奇心を持つのではなく、目的なく本屋をぶらつくというアドバイスにとても納得しました。

脳が楽をしたがる話の文脈では、自分はかつて、“ルールに縛られた組織”から“ルールがない組織”へと変えた経験があります。そうしたら、認知のずれや事故が多発して、結果的にまったく挑戦しない組織になってしまって。それで、改めてルールをしっかり定めたら、逆に自由になった。組織に忠実なイヌの世界にも自由があって、自分に忠実なネコの世界にも不自由があるんだなと思いました。

横石:ハブチンがトライしている組織開発において、大企業も含め、みんなが考えなきゃいけない課題ですね。不確かなものへ向き合うのって、脳は怖がることなんじゃないかな、と。どうでしょうか?

青砥:脳にとって、不確かなものはストレス反応を引き出しやすいですね。ただし、これは結構二極化していると思うんですよね。

世の中には不確かさを面白がって、どんどん興味を持って自分の新しい要素として取り入れて豊かになっていく人もいれば、新しいものや曖昧なものを警戒して、知らないことなのに攻撃的なったり、批判したりしてしまう人もいます。

僕自身は、どちらかというと新しいものや曖昧なものが自分の新しい要素になる「情報の宝箱」だと見ています。こういうふうに捉える方が、楽しいんじゃないかなって思うので。


Tokyo Work Design Week 2021 レポート

2021年11月取材
2022年1月18日更新

執筆:黒宮丈治
編集:有限会社ノオト
グラフィックレコーディング:Tomio Narita