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ヒトがネコのように生きるには? ネコ心理学者に聞く「ネコと心」 「TWDW2021」4日目レポート

毎年11月の「勤労感謝の日」に合わせ、7日間にわたって開催される働き方の祭典「Tokyo Work Design Week(以下、TWDW)」。9年目を迎えた今年は「ネコに学ぶ働き方」をテーマに、オンライン開催されました。

4日目は「ネコと心」と題し、TWDWオーガナイザーの横石崇さんと、ネコ心理学者の高木佐保さんによる対談です。

<イベント概要>
Tokyo Work Design Week 2021
11/20(土)
4日目「ネコと心」

■ゲスト(敬称略)
高木 佐保(Saho Takagi)|ネコ心理学者

ネコ研究家として著書もある高木さん。「研究室で飼われているネコ」ではなく、「普段の暮らしの中にいるネコ」を研究対象としたところ、自由気ままに暮らすネコに統制された実験を行うのはものすごい苦労があるそうです。

横石:世界的にみてもネコを研究することは難易度が高いとされていて、かなりの苦労がありながらも研究を続けているとのことですが、何が高木さんをそこまで突き動かしているんですか?

高木:モチベーションとしてはシンプルにネコが好きで、ネコのことを知りたいから。人とネコの共生関係が良くなればいいなという気持ちは頭の片隅にありますが、本当にシンプルにネコを知りたいんです。

高木さんの専門分野は「比較認知科学」。認知とは「脳の中の処理過程」のこと。あるものをネコに見せたときに、ネコがそれをどう捉えるか、どう考えるのかといった研究に取り組んでいます。これは、ヒトの心とヒト以外の動物の心を比較し、それぞれの心の特異性の理解をめざす学問です。

高木:ヒトは社会性が高い動物です。ヒトの祖先種自体、群れを作り、集団の中で協力して生きていました。一方でネコは、祖先種がリビアヤマネコというヤマネコで単独性があります。単独性の動物は、通常なら集団になれません。近寄ったら攻撃が始まるので、側に寄ることすらできないんです。

ただ、リビアヤマネコからネコに進化するにあたって、近寄っても怒らない程度に社会性を身につけてきました。

たとえば、猫島と呼ばれるところでは、ネコが集団になって生活しています。特に、ネコはヒトを特別な存在だと思っているという研究があるので、ヒトに対しての社会性は高いのだと思われます。

横石:ネコから見たヒトは、社会的つながりになっているいうことでしょうか?

高木:ネコとネコより、ネコとヒトでコミュニケーションしたときのほうが、ネコが社交的に振る舞うという研究もあります。

そもそも、ネコとヒトの共生が始まったのは農耕時代です。貯蓄した穀物の周りに出てくるネズミをネコが狩ってくれるから、ヒトにとってありがたい存在でした。そして、ネコもそこにいればネズミを狩れるからありがたい。まさにWin-Winの関係から始まっています。だから、お互い特に変わる必要がありませんでした。

これが犬だと、ちょっと違います。シープドッグには羊を追ってほしい、盲導犬には基本的におとなしくしてほしいなど、ヒトから何かしらの要請があったんです。

だけどネコは、このままネズミ捕りをしてくれればそれでいい。だからネコのまま、野生を残したまま、今までやってきたという背景があります。

横石:しかし、ネズミを捕食していたのはかなり昔の話です。最近は穀物に対する脅威もなくなってきたので、ネコはヒトにとって不要なものになるはずですよね?

高木:そこはヒトが変わってきたんだと思います。ヒトにはかわいがりたい、囲い込みたいといった欲求が備わっているので、それでかわいいネコちゃんと一緒に過ごしたい人が多いのかなと思います。

横石:以前にIT企業で働いたときに、クリックされやすいバナー広告の内容を調べると、人の顔とネコという結果が出ました。なぜヒトはこんなにネコが好きなんですか?

高木:ネコの顔がかわいいからに尽きると思います。人がかわいいと感じる感情は「ヒトの赤ちゃん」に帰結します。赤ちゃんの顔にはとても丸い、広い額、顔のパーツが中心に寄っているといった共通の特徴があって、これを「ベビースキーマ」と呼びます。さまざまな動物にベビースキーマはありますが、その究極がネコです。

また、アヒルやチンパンジーは成長するとベビースキーマがなくなっていきますが、ネコは成長しても維持しています。だからかわいいと感じるんです。

また、ネコの声が赤ちゃんの声の周波数似ていて、ヒトに養育欲求を湧き起こすといった論文もあります、祖先種のリビアヤマネコではない特徴だったので、この部分は進化しているんです。

横石:なるほど。働き方のイベントなので質問したいのですが、ネコに「努力」という概念はあるんですか?

高木:ないと思います。動物が努力して得られる食事と努力せずに得られる食事のどちらを好むのかを調べた研究で、他の動物が努力して得られる食事を好むのに対して、ネコは努力せずに得られる食事を選んだそうです。

横石:しかし、ネコはそこまで怠け者というイメージではないですが……。

高木:怠け者というより、無駄なことをしない感じです。努力せずに得られる食事があるならそちらを選ぶ。合理的な判断ですよね。

横石:働き方に置き換えると、生産性が高いということですね。ネコはライオンやトラの仲間で、狩りが得意なイメージがあります。

高木:獲物を取るのにとてもエネルギーを使うので、普段は体を休めて、休息しています。だけど、寝ていても、虫の音が聞こえたらパッと起きて狩りモードに入る。切り替えがすごく上手なんです。

野生の中では獲物が得られるかどうかわからないので、合理的な判断をせざるを得ないじゃないかな、と。

横石:すごい。僕もネコのようになりたいんですけど、どうしたらなれますかね?

高木:気持ちの切り替えと、その切り替えた後に高いパフォーマンスを発揮する集中力ですかね。

ここでTWDWに9年連続出演している“ハブチン”こと羽渕彰博さん(reborn株式会社)が登場。研究者としての高木さんの働き方やキャリアパスに話題が移っていきました。

高木:研究者は大学院を卒業して、博士課程を終えたら、大学に正規に雇われる前のポスドク(ポストドクター)になります。

今まさに私はポスドクで、かなり自由でネコのような生活をしています。組織には属してはいるけれど、自分の好きな仕事や研究をして、組織の意向はほとんど反映されていない。

でも、正規に雇われると、大学の要求に応えないといけないので、今の私みたいな生活は難しくなっていくのかもしれません。

横石:すごく悩みますよね。

高木:私はポスドク時代が一番自由に研究できると思っているので、その期間をできるだけ延ばしたいですね。ポスドクは3年といった単位で雇われるので、かなり不安定ですが、それは自由の代償だと考えています。

横石:イヌと違って、ネコは不確かなものも愛せそうですね。

高木:ネコはすべて気分ですからね。

横石:これを人間世界に置き換えた場合、ネコ型の人たちがたくさんいる組織があったとして、高木さんならどんなマネージメントをしますか?

高木:ネコ型の人たちは、放っておくのが一番パフォーマンスが上がるのかなとは思います。

羽渕:高木さんは京都大学総長賞【※】を受賞されています。これも賞を狙ったというよりは、自由にやっていたら結果的に取れたみたいな感じですよね? もし狙ったら、逆に迎合している感じになって賞が取れなかった可能性はあると思いますか?

【※】「ネコは音からモノの存在を想像する」「ネコは思い出を持っている」という研究結果によって2017年に受賞

高木:それはあるかもしれません。

羽渕:だとすれば、自由にやったからこそ、高いパフォーマンスが出せたよい事例ですよね。

横石:今回のTWDWの登壇者さんの話を聞くと、みなさん何かを狙っているわけじゃないんですよね。好奇心ファーストというか、目の前のことをどんどんどやってったら、いつの間にかそこに至った人が多い。

高木:私の場合もそうですね。研究者になろうという意識もそんなに強くなくて。ただ、ネコを追っかけていたら研究者になっていた、みたいな。

横石:これから働き方や社会が大きく変わっていくと思います。不確かな時代において、僕はネコからヒントをもらえるんじゃないかなと思っているのですが、高木さんから見た、ネコのもつ可能性を教えていただけるとうれしいです。

高木:ヒトは社会的な動物で、社会でうまく振る舞うために相手の顔色を気にしてきました。そうした個体が生き残ってきた結果、顔色を気にする個体ばかりになったんだと思います。

だけど、過度に顔色を気にしすぎると、身体的にもメンタル的に調子を崩してしまったりする。だから、ネコを見習って、もっと自由に生きたいと私自身は思っています。

羽渕:今までは会社に迎合し、ルールに従う方が楽な生き方でした。だけど今は、会社が変わらないといけなくなりました。

次の「楽な生き方」とはなんだろうと考えると、自分にとって一番楽な状態を知って、そこに環境をつくっていくことです。そして、会社中心から、自分中心なっていくことではないでしょうか。まさにこれがネコ的な生き方ですね。


Tokyo Work Design Week 2021 レポート

2021年11月取材
2022年1月18日更新

執筆:黒宮丈治
編集:有限会社ノオト
グラフィックレコーディング:ナカムラカナコ