WORK MILL

本が人をつなぐまち、玉川学園 ー きんじょの本棚・きんじょうみゆき

東京都町田市の東部に位置する玉川学園。小田急線の玉川学園前駅を起点に、緑豊かな景色が広がる住宅街として発展してきました。

このまちを歩いていると、時折ちょっと珍しい光景に出会います。家々の軒先に置かれた本棚と、住民が思い思いに選んだ本。なんでもこれらの本は、誰もが自由に借りられるのだそう。

「きんじょの本棚」と名づけられたその取り組みは次々と賛同者を増やし、現在(2021年11月15日)日本全国、72店舗にまで広がっています。発案者であるきんじょうみゆきさんは「本が好き、本を読む人が好きという思いだけで始めました」と話します。

玉川学園在住で、場づくりやチームワークについて研究を重ねているオカムラの池田晃一。彼もこの取り組みに共感して本棚を開設した一人です。

「きんじょの本棚」の魅力はどこにあるのでしょうか。前編では、愛される場づくりのヒントを探るため、きんじょうさんととともに玉川学園のまちを巡りながら語り合いました。

−きんじょうみゆき
民間図書館に勤務するかたわら、「ブックコーディネーター/本等(ほんとう)のプロ」として、本をきっかけに人と人がつながる場づくりを進めています。インスタグラムでは本の紹介も。@32bookcafe_goodday

−池田晃一(いけだ・こういち)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 リサーチャー。博士(工学)。場所論を専門とし、2012年からテレワークを含む柔軟な働き方の研究を担当する。日本さかな検定準一級を持ち、「地元の子どもたちにおいしい魚を食べてほしい」という思いから、自宅を拠点に「干物屋」も運営。

気軽に出して気軽にしまう。ポイントは「無理をしないこと」

それでは、2人とともに玉川学園のまち歩きへ。

駅前の商店街から脇道を入ると、なだらかな上り坂が続きます。

池田:玉川学園は学校(現:玉川大学)が開かれたときに分譲された住宅地で、著名な作家や音楽家、画家など、文化人が集まるまちからスタートしたんですよ。

きんじょう:「本を愛する人が多いまちなんだなぁ」と感じますね。きんじょの本棚に並ぶ本を見ていると、専門書などのマニアックな選書も多いです。

2人について歩いていくと、「1店舗目」の看板が見えてきました。

その名も「ひもの店」。干物屋さんを営む池田さんの自宅です。

池田:我が家の本棚は、あえて小さなサイズにして、棚そのものやアタッチメント部分を取り外せるように作りました。急に雨が降ってきたときにも、すぐに家の中へ片付けられるようにしています。本棚って重いので、あまり大きくしちゃうと店主の負担が増すばかりなんですよね。玄関の近くに置いて、気軽に出して気軽にしまえるようにしています。

きんじょう:負担にならないことが大事ですよね。「出すのが億劫」になっちゃうと続かないから。新しく始める方にも、「無理はしないでくださいね」と話しています。

どこで借りても、どこで返してもOK。本を通じて交流が生まれる

並んでいる本を見ていると、なぜか別の店舗名が入ったラベルを発見。

池田:きんじょの本棚の本は、どこで借りても、どこで返してもOKなんです。

きんじょう:本棚に並ぶ本は、基本的には店主さんの私物ですが、寄付もOKにしています。こうして本棚を出していると、本を寄付してくれる人が多いことにも気づきますね。本の背表紙や見返しに寄付してくれた人の名前が入っていることもあります。

こちらは本の「旅のきろくカード」。

きんじょう:「旅する絵本」という企画です。本を読んだ人に感想を書いていただき、リレーすることで、本を通じた交流が生まれたらいいな、と思っています。

運営は自由裁量。店舗ごとに発揮されるこだわり

玉川学園は坂道と階段の多いまち。都市部の一般的な住宅地とは違った趣があります。

そうこうするうちに、次の店舗が見えてきました。

池田:この「ポンポンタ店」は我が家の「ひもの店」とは違い、扉が付いた全天候型の本棚を置いています。これだと、出し入れの手間がないので楽ですし、開店しているか気にしないで利用できます。それぞれの店舗ごとにこだわりがあって面白いんです。

店舗の運営は、すべて店主の自由裁量に委ねているそう。「あの店は今日、本棚を出してるのかな?」と話しながらまちを巡っていきます。

とてもかわいいオブジェが出迎えてくれる本棚を発見。

きんじょう:「つばさ店」の本棚は、高校生のお兄さんがCADで設計して、小学生の弟さんが作ってくれたんです。廃材を活用してエコにも配慮しています。

「ずっとだしてね」。子どもたちからのメッセージ

続いて見えてきたのは、玄関前のスペースに広々と本棚を並べるこちらのお宅。

この「ブルーベリー店」では、本のほかにも、店主が手作りでまちのお知らせを発信する「ブルーベリー通信」が置かれていました。

子ども向けの本も充実。

池田:この道は小学生もよく通るので、子どもたちの手が届きやすいよう配慮して本を置いてくれているんですよね。

利用者に感想を書いてもらうためのノートもありました。開いてみると……

よくここで本を借りているお子さんからのメッセージでしょうか。「ずっとだしてね」のかわいい文字がありました。

その下には店主の「にしばあば」からの返事も。

こちらがブルーベリー店の店主、「にしばあば」こと西さんです。

西:普段はどうしても同じ年代の人たちとの交流ばかり。本をきっかけに生まれる新しい出会いが刺激になっています。こうやって、きんじょうさんのような若い人たちがまちのために動いてくれるのはとてもうれしいですね。

きんじょう:西さんのように本棚の運営にやりがいを見い出してくださる方がいて、私も本当にうれしいです。

たくさんのつながりが生まれる「自由な場所」の意味

続いて2人が向かったのは、「まちのシンボル」となっている場所。

池田:ここは、「三丁目こども広場」。まちの人たちが自由に使える野原です。公園ではなく、あくまでも「広場」であることがポイント。幅広い用途に使えるよう、まちの人たちが市にかけあって残された場所なんです。少し前には玉川学園周辺に住む造形作家さん達が協力しあって芸術祭が開催されていました。

きんじょう:そういえば、池田さんと初めてお会いしたのもこの広場のイベントでしたよね。

池田:きんじょうさんと出会った「さくらめぐり」も住民主体で作り上げる手作りイベント。桜のまち、玉川学園の大事な年間行事です。一年を通じて様々な取り組みが点在しつつ、その受け皿になり、みんなが集まれる場所があることも、玉川学園の魅力なんですよ。僕がきんじょの本棚と出会ったように、この場所からたくさんの出会いやつながりが生まれています。

***

前編はここまで。後編では、きんじょの本棚がどのようにして始まったのか、分散型の場づくりが進んだ理由についてうかがいます。

2021年10月取材
2021年11月30日更新

テキスト:多田 慎介
写真:宇佐美 亮