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まち全体で子どもたちを育てるためにー ホイクタス石井大輔 × 池田晃一 対談

 


みなさんの住むまちでは、顔見知りの大人と子どもが挨拶をする機会はどれくらいありますか?

保育者の課題を解決するプラットフォーム「ホイクタス」を運営する株式会社dottの石井大輔さんは、「まちが子育てを遠ざける時代になってしまった」と言います。20年以上にわたって保育園の経営に携わるなかで、保育現場の大変さも理解しつつも、そこを乗り越えて、まちと保育を近づけたいと考えているそうです。

前編に続いて、場づくりやチームワークについての研究を重ねているオカムラの池田晃一が、石井さんと語り合います。

石井大輔(いしい・だいすけ)
株式会社dott ホイクタスチームリーダー。約20年間にわたって、複数の保育園経営に携わる。未経験だったIT業界に51歳で飛び込み、保育ノウハウ共有プラットフォーム「ホイクタス」を立ち上げて運営している。

池田晃一(いけだ・こういち)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 リサーチャー。博士(工学)。場所論を専門とし、2012年からテレワークを含む柔軟な働き方の研究を担当する。日本さかな検定準一級を持ち、「地元の子どもたちにおいしい魚を食べてほしい」という思いから、自宅を拠点に「干物屋」も運営。

まち全体で子どもたちを育てる

石井:今は、まちが子育てを遠ざける時代になってしまったな、と感じることがあります。保育園の計画が立ち上がったら「うるさい」と反対されてしまったり、ベビーカーが邪魔だと言われてしまったり……。

そうではなくて、子育て中の人、会社員の人、子育てを終えた世代の人など、いろんな人が子どもに関わってほしい。ホイクタスがその助けになるといいなと思っています。

池田私の息子は、まちの人から教わることがすごく多くて。私たちが住んでいるのはコンパクトなまちで、商店街の人たちが子どもと関わってくれるんですよ。

花屋さんや蕎麦屋さんに行くと、「おう!」と息子に話しかけてくれる。日常的に多様な人と接しているからか、息子は職業に貴賎がないことを肌で感じているようです。「誰が偉い」とか「誰がすごい」というわけではなくて、みんながまちの中で一生懸命働いていて、みんなが挨拶し合っている。

石井:素晴らしい。

池田:特定の職業ではなく、「人の役に立つ人になりたい」という意識が強いと思います。商店街を維持している人、お年寄りのために買い物をして届けてあげている人など、まちの人とコミュニケーションを取りながら、「こうなりたい」と思えるんです。

石井:僕も小さい頃に、浅草の飲み屋に連れて行ってもらったことをよく覚えています。自分も大人になったような気持ちになって嬉しかったですね。お店の人と仲良くなると、なんとなく認められている感じがして、さらに嬉しい。

池田:嬉しいですよね。うちは焼き鳥のおいしい飲み屋に、よく息子を連れて行きます。息子は、飲み屋の店主さんと小学校3年生ぐらいから“マブダチ”になっていて。「スケボー貸してよ」と言って借りてきて、店の前で遊んで、焼き鳥ができたら戻って来る。まちの人との距離が近いんですよね。

石井:大事、大事。

池田:我が家では夫婦間で「疲れたね」「ちょっと焼き鳥行く?」という会話が普通にあります。「家でご飯を作らなければいけない」「お母さんが作らなければいけない」「家庭料理はおいしくなければいけない」といった固定観念がないんです。

子育てをしていると「こんなことをしたらいい親だと思われないのではないか」と感じることもあるかもしれませんが、そういうまちではないんです。まち全体で育ててもらっている。

石井:親としても、ちょっと気が楽ですよね。

池田今はよく「多様性」と言うけど、飲み屋に行ったりすると、「こんな人たちがいるんだ」と自然にわかりますよね

実は身近なところに多様性はある。それなのに、会社ってある意味でクラスタリングされた集団なので、多様だといっても似たような人、価値観の中にいるわけです。でも、まちで会う人たちは職業も年代も、関心事も全然違う。「ビジネスの世界」「保育の世界」と囲い込んで、そのなかでしか交流できないのはすごくもったいない。

石井:まちの人と交差する場所、機会、時間が少なくなってきている感じはしますよね。

保育園の子どもたちが、まちの公共空間で過ごしてもいい

石井:防犯面を考えると難しいかもしれませんが、園庭をなくしてもいいんじゃないかと僕は考えています。園庭がない代わりに、今僕たちが話しているこの場所みたいに、子どもたちを公園に連れて行く。すると、園児は行き来する間にまちの人と触れ合ったり、交通ルールを学べたりします。

さらに極論ですが「この日は公園に行こう」「プールに行こう」と、まちのなかにたくさんある公共の場所をどんどん使い倒していけば、保育園という場所はもっと小さくてもいいかもしれない

池田:おもしろいですね。

石井:いろいろな痛ましい事件が起き、保育園はまちから遠くなり、閉じていく傾向にあります。

でも、そもそも痛ましい事件が起きる原因の一つには、まちと子どもたちの距離が開いてきてしまったことが挙げられると思うんです。「誰か」や「何か」をレッテルやカテゴリーで分けていく社会だと、この問題はずっと解決されない気がします。

池田:それで、石井さんはコミュニティ活動もしているんですよね。

石井:ええ。最近、「ランニングと保育」というコミュニティを作っています。土曜の早朝にランニングをしながら、ホイクタスの宣伝チラシを周辺の保育園に投函したあと、朝ごはんを食べながら保育の話をするんです。

保育園の現場に入ってしまうと、どうしても朝から晩まで同じ子どもたちとつきっきりになるので、どんどん閉じていってしまうんですよね。一方で、「ランニングと保育」のコミュニティには保育士だけではなく、医療従事者など、保育と直接的に関係のない人もいて。保育が外に開けた状態になると良いと思っていますね。

池田:まだまだ開けていない、と。

石井:保育園って、もっと多様性があっていいと思うんです。

例えば、髪の毛を金色やピンク色に染めている保育園の先生や、障がいのある先生は思い当たりますか? 国籍、ジェンダー、障がい、ファッションなど多様な人が保育者にいてほしいですよね。「保育士らしさ」は、知らず知らずのうちに形成されているんです。でも、多様な保育者がいれば、子どもたちは多様性を肌で知ることができる。

池田:なるほど。会社員のビジネスカジュアルでも同じことが起きていますね。黒・グレー・ベージュのファストファッションしか持っていなくて。

「カジュアル」って一体なんだろう、と思います。当たり障りがないとか安く手に入るということではなく、その人らしさがあらわれるところにメリットがあるはずなのに。

石井:他人は、自分が思っているほどには、自分のことを見ていません。だから、ファッションも「自分はこうなんだ」と作っていけばいい。好きにして、毎日笑っていればいい。

池田 : 多様な人が多様なままに笑って過ごしている姿をみせることこそ、子どもに「社会」を伝えていくときに大事になるのではないでしょうか。

多様な他者を尊重して関わるために

石井:子どもたちが遊んでいるときに、すみっこで土いじりをしている子がいたら、一般的に保育者は心配します。

「なんであの子は1人であんなところにいるんだろう」と考えて、「こっちでみんなと遊ぼうよ」と声をかける。

でも、子どもの視点に立ったら、「いや、1人で土いじりしてるのが一番楽しいんだ」と思っているかもしれません。つまり、「あの子はみんなと遊べないんだ、だから連れて行こう」と考えるときに、主語が大人や保育士になっている。そこには気をつける必要があります。

池田:そうですね。

石井:子ども同士がケンカをしたときもそうです。怪我をさせてはいけないから、保育者がすぐに介入していくのはわかります。でも、子ども視点で考えたときに、そればかりだと自分で感情をコントロールする力が養われない。

ケンカが起きたとき、怪我をしない限り、まずは「どうするかな」と見守ってみる。ほとんどの場合、一方がガーッと泣かされ、地べたに寝転がってしまう。でもそのうちに空を見上げ始めて、また遊び始める。

石井:そうやって、感情を自分でコントロールできるようになっていけたら素晴らしいことです。そういった子どもの目線も見ていかなければなりません。

意外と、それだけ余裕を持って保育ができている人は少ないかもしれない。ホイクタスではそういったところまでサポートしていきたいんです。

池田:私の息子が小学校2年生ぐらいの頃、夜中にいきなりものすごく泣いて、怒り出したことがありました。「僕のことを見て」と言うんです。

「見て」というのは、「コントロールしてほしい」「教育してほしい」ではなくて、「僕の考えてることを知ろうとして、『わかったよ』と感じてほしい」ということだと思いました。そんなに泣く子ではなかったのもあって、それから子どもとの接し方が変わりましたね。

石井:息子さん、大したものですね。そうやって自分の気持ちを伝えられるのは、すごいことだと思います。

池田:それまでは「こうやるのが正しい」と教えるのが「見る」ということだと、思っていました。でも、「この子はこう考えているのかな」と思いめぐらすことが、親として子どもを「見る」ということだった。

最近よく話題になるキーワードですが、「シンパシー」ではなく、「エンパシー」が大事ですよね。シンパシーは、「なんかかわいそうだよね」とどこか外から見ている感じ。一方で、エンパシーは「相手はどう思って、何でそんなことをしてしまうんだろう」「なんでそんな状況になっているんだろう」と考える。

さらには「もし自分がその立場だったら、どんな声をかけてほしいだろう」と、相手の立場まで潜り込んで、自分に置き換えて考えます。

石井:保育でも非常に大事な考え方です。

池田:1人遊びをしている子がいたら、「もしかしたら桜の花を見ているかもしれない」「自分があの立場であの角度で上を見ているなら、何をしてる?」と考えた上で、自分がどう振る舞うかを考える。そこまでできると素敵だな、と思うんですよね。

石井:それができるようになるには、やはり多様な保育者、子どもたちが同じ場所で過ごすことが必要ですね。保育現場が大変なのは、僕も約20年働いてきたのでわかるんですけど。それでも、多様な人々の距離感をどう埋めていくかが、僕のライフワークかもしれない。

池田 石井さんが話してくれたように、保育園がまちに開けていったらおもしろいと思います。大人になってからモヤモヤすることが、実は自分の生い立ち、あるいは多様性の一つに関係があるのだと気づくことがあります。例えばセクシャリティやハンディキャップがその例です。

保育園がまちや社会に開いていて、多様な人たちがいることを前提に育っていけたら、子どもたちは自然とこれがわかるようになるんじゃないでしょうか。

石井 教えるのではなくて、やっぱり肌で感じることが大事ですね。

池田 そうそう。「障がいのある人がいます」と教わって多様性をわかるようになるのではなくて、障がいのある子やいろんな子と遊んだ方がいいんです。まちの飲み屋でいろんな大人と出会い、いろんな職業や人の背景を知るのと同じで、保育がまちに開けていくことで、多様な出会いが生まれるといいですね。

2022年4月取材

取材・執筆:遠藤光太
撮影:栃久保誠
編集:鬼頭佳代(ノオト)