「会社をやめたい」という気持ちの芽生えは、変化のチャンス(退職学®️の専門研究家・佐野創太さん)
「転職したばかりなのに、もう会社をやめたい……」。ふと、こんな気持ちが湧いてしまった経験はありませんか?
そう悩んでも、すぐに状況を変えることができず、何度も「会社やめたい」という気持ちに駆られてしまう。そんなループを脱却するには、根本的な問題を解決することが大切です。
本当に納得のいくキャリアをデザインするには、どうすればいいのでしょうか。モヤモヤがとまらないとき、あえて「退職」という切り札を念頭に置くことで、どんなことが見えてくるのでしょうか。「退職学®️」の研究家・佐野創太さんに伺います。
佐野創太(さの・そうた)
1988年生。慶應義塾大学法学部政治学科卒。大手転職エージェント会社で求人サービスの新規事業の責任者として事業を推進し、業界3位の規模に育てる。介護離職を機に2017年に「退職学®︎」の研究家として独立。キャリア相談を実施すると同時に、”選手層の厚い組織になる”リザイン・マネジメント”を提供。ゼロから追いつく”生成AI家庭教師”、地方企業の「全国1位の強み」を言語化する”情報発信顧問”でもある。著書に『「会社辞めたい」ループから抜け出そう!』(サンマーク出版)、『ゼロストレス転職』(PHP研究所)がある。
本音を隠すと陥りやすい「会社をやめたい」ループ
佐野さんに「会社をやめたい」と相談する人は、どんな背景のケースが多いのでしょうか?
佐野
大きく「不満」「不安」の二つに分かれます。
まず「不満」は、「上司と合わない」「仕事がつまらない」「オフィスの環境が良くない」といった理由です。どの年代も人間関係、仕事内容、待遇のどれかが強い原因となって会社をやめたくなります。
なるほど。現状に何らかのネガティブな感情を抱いているパターンですね。
佐野
もう一つの「不安」パターンは、最近だと「ゆるい職場」がキーワードで語られることが多くて。いわゆるホワイト企業だけれどフィードバックもないし、厳しい指摘もない。
そこで、「このままここにいて大丈夫かな?」「成長できる気がしない」という感情が生まれてくるわけですが、これがもう一つの理由となる「不安」につながるんです。
「このままでいいのだろうか」と未来を憂いたり心配したりしてしまうんですね。
佐野
「自分がいま一番解消したいものは、不満なのか不安なのか。その中身は何か」を特定せずに転職をしても、前と同じ悩みを抱え「会社をやめたい」ループに入ってしまう人もいるんですよ。
行き先を決めずにバスに乗って、「本当に行きたいのはここじゃない」とぐるぐるしてしまうイメージです。
佐野
そんなタイプの人の特徴は、本音を隠しがちであること。「自分が何かを改善すればいいのでは」など自責の念が強く、自分よりも相手の気持ちを優先してしまうんです。
それから、内省的に考える人も多いです。「育ててもらったのに悪いな」「ここでやめたら逃げ癖がつくのではないか」など、同じ悩みをずっと抱えたり。
今の会社や仕事に感じている本音を無視したまま転職するのは、あまり望ましくないんですね。
佐野
また、前の会社で高い営業実績をあげていた人でも、転職した途端に結果を出せなくなってしまったという相談もあります。前職と近い業界だとしても、会社によってカルチャーは全く違いますから。
慎重な営業スタイルを評価されていた人が、「とりあえず契約を取ってこい」という会社に転職してしまって、まったく受注できなくなるというミスマッチが起きてしまうことも。
本来の才能を発揮できるどうかは、環境がその人に合うかが重要ですよね。
佐野
良くも悪くも、中途採用は「即戦力」と言われてしまいます。
「お手並み拝見」という感じで、新しく入った人を試す会社もあれば、「オンボーディング」といって業務に慣れるまでしっかりケアする会社もある。
試されているのをプレッシャーに感じて、実力を出せない人もいますよね。でも、逆にそれが合う人もいるかもしれないし……。
佐野
そうなんです。「自分はどっちのタイプなのか」「転職先の会社はどういうタイプなのか」を入社前にちゃんと知っておく。そうじゃないと、また「会社やめたい」ループに陥ってしまう可能性があります。
「大転職時代」と言われ「転職することは普通だ」と言われるようになっています。しかし、転職は海外移住くらい、変化が大きいものです。移住先の環境を知っておくことは大切です。
佐野さんは、具体的にどのような退職が理想だと考えていますか?
佐野
僕が提唱している「退職学®️」では、今まで付き合ってきた会社と「また一緒に働こう!」と言える関係性をつくってやめることを目標にしています。
退職後も声をかけられ続ける人物に成長する「最高の会社のやめ方」が理想ですね。そして、それを現実的に形にしている人が増えています。
退職したからといって、関係がスパッと終わってしまうのはたしかに寂しい感じがします。
佐野
本来、退職は「のれん分け」だと思うんですよ。スキルや考え方を受け継いでおきながら、退職したからと関係性をゼロにするのは、少し違和感があるなと。
これからは働く世代が減り、慢性的な人材不足がより深刻になります。そのため、会社にとって社員がやめることによる損失は昔より大きくなりました。
繋がりを保ち、退職後も「また一緒に働こう!」と声をかけられる。そんな最高の会社のやめ方が一般的になれば、会社も働き手も、双方のダメージが減るのではないでしょうか。
繋がりを切るのではなく、関係性を新たにするんですね。
本音を「はい」「いいえ」の二択で仕分ける
「会社をやめたい」と思ったら、そこに眠る自分の本音をまずは知ることが大切ですね。
佐野
とはいえ、会社組織の中で本音をさらけ出せている人のほうが少ないと思います。役割や立場上「言えないこと」はあります。
でも、本音に蓋をし続けていると 、「会社やめたい」の感情が一過性のものなのか、転職や独立を考えるほど大きなものなのか、だんだん麻痺して分からなくなってしまう。
不満や不安といったネガティブだと思われる感情は、それ自体が本音のうずきなんですよ。
では、そこから本音を探るにはどうすればいいのでしょうか?
佐野
僕がおすすめしているのは「退職成仏ノート」です。「会社をやめたい」と思ったときに、会社に対する率直な気持ちを書いていくんです。
内容は、どんなに小さなことでもいい。たとえば、「椅子が嫌だ」「会社のロゴがダサい」などでもOK。思い付くことをノートに書いて、問題と自分を切り分ける。 そして、「これは転職理由になりますか?」と自分に聞きながら、「はい」「いいえ」で仕分けていきます。
佐野
人間関係の悩みについては、長引くことがありますよね。特に 責任感が強い人だと、「自分が悪いのでは」と考えてしまいがちで……。責任感が強すぎる自責に変わってしまうことがあります。
その場合、「会社をやめたとして、それでも付き合いたい人ですか?」と問いかける。それに対して「はい」「いいえ」で答えていきます。
二択で考えるんですね。
佐野
そうなんです。二択で聞くと、案外本音を出せるんですよ。
人間関係の仕分けと言われると、人を裁くようでハードルを感じてしまう人もいるのですが、そのノートは自分しか見ません。
「心のゴミ箱」みたいなものです。ゴミ箱の中身を誰にも見せないように、「人間関係の仕分けノート」も誰にも見せないですし、評価されることもありません。遠慮せずに思い切ってやってみてください。
誰にも配慮することなく、自分が思ったことを書けばいいのですね。
佐野
あと、ノートを書いたからと言って、絶対に退職しないといけないわけでもありません。
以前、「上司が嫌いで3年間悩んでいる」という人にノートを書いてもらったところ、ページ半分で筆がピタッと止まったことがありました。「3年分の恨みを書いてみたものの、そんな大したことではない」と気付いたみたいで。
結局、その人は会社をやめませんでした。そんなケースもあるので、まずは自分の気持ちの正体や、それが退職の理由になるのか、可視化できるといいですね。
楽しく働いている人は、「今」に集中しながら「未来」に一手を打つ
本音に気づくことで、次のアクションが明確になりますね。
佐野
はい。僕はすぐに転職をおすすめすることはありません。なぜなら、根本的な理由や本音を探らないまま「今の会社が辛い」という状態でやめてしまうと、また似たような事態に陥ってしまう可能性が高いから。
なるほど……。
佐野
もちろん、退職代行を使ってでもすぐに退職しなければ健康を害してしまう場合は別です。私もそれに近い状況になったことがありました。
そうでなければ、「会社をやめたいということは、自分の本音が何かを教えてくれているんだな」と捉えると、そこから自分にとって最高のキャリアが始まります。
「会社をやめたい」=「それなら転職しよう」という方程式になりがちです。でも、その『会社をやめたい』を要素分解してみると、「あれ? 仕事自体はそんな嫌いじゃないな」「人間関係は良いのは財産だよな」など見えてくるものがあります。
「やめる」もしくは「続ける」という選択肢を自分に迫るのではなく、グラデーションをもって考えられるといいですよね。
佐野
その通りです。キャリアの情報は二元論で語られることも多くて、「やめたいなら、やめれば?」と言うほうが悩んでいる人の心に刺さりやすかったりする。けれど、人の本音はそんなにはっきりと分けられるものではありません。
あと、楽しく働いている人は「今に集中しながら、未来に一手を打っている」という特徴があるんですよ。
未来に一手?
佐野
たとえば、僕の先輩に営業ノルマがかなりきつくとも「仕事が楽しい」と言っている人がいて。その理由を聞いてみると、「友達が増えるから」と。
その人は「老後に誕生日パーティーで友達50人を呼ぶこと」を目標にしていて、そのために仕事を利用しているんですよね。営業先にも未来の友達候補がたくさんいると考えて、名刺交換も楽しんでやれちゃうらしくて。
その「未来」は、別に仕事やキャリアに関することでなくてもいいんですね……!
佐野
はい。自分勝手な目標でもいいんです。とりあえず未来に一手を打つ。すると、それに繋がる今に集中できて楽しく働けることもあると思います。
そういうモチベーションのほうが、案外うまくいくパターンも多いのかもしれません。
佐野
これ、なぜなんでしょうね(笑)。孔子も「天才は努力する者に勝てず、努力する者は楽しむ者には勝てない」という名言を残していますよね。
仕事とは少し距離を取ったところに目標を置いてみる。肩の力が抜けて、意外と有効になるかもしれません。
「また一緒に働こう!」と声をかけられ続けるのがベストなやめ方
そもそも、なぜ佐野さんは「退職学®️」の研究家になろうと思ったのですか?
佐野
転職市場と働き手の関係性に、課題を感じたことがきっかけです。
僕は以前に転職エージェントとして働いていたのですが、「なんかモヤモヤしています……」と言う相談者に対して、とにかく転職を促すことを重視しているエージェントも少なくないと気づきました。正直にいうと、私もそんな”ダメな転職エージェント”の一人でもありました。
しかし、働き手側がエージェントに煽られて転職を繰り返すと、雇用してくれる会社がなくなってしまう事態も考えられます。
信用問題にかかわってしまいますね。
佐野
中には、どれだけ成果を上げている人でも「この先が不安だ」と嘆く人がいます。そんな方々の特徴は「繋がりを残さず会社をやめている」でした。ある人は「自分のキャリアを振り返ってみたら、誰ともまた一緒に仕事をできる関係にない」と話していました。
そこで、退職の仕方が重要なのではないかと思い始めました。
同じ「退職」という結論でも、いろんな仕方がある、と。
佐野
それと、実は僕自身も「会社をやめたい」ループに入っていた時期がありました。
当時は「やりたいことが見つかった」と言って転職したのですが、実際の本音は「テレアポ営業がきついから」だったんです。そんなふうに逃げていたら、転職先がなんとなく輝いて見えてしまって。
隣の芝生が青く見えてしまうこと、ありますよね。
佐野
けれど、転職した会社も合わず、結局1カ月でやめてしまいました。どちらも素敵な会社だったにもかかわらず、です。
表面的には違っていても、どちらも「きつい」という理由でやめている。本音に蓋をしていると、満足のいく転職はできません。
綺麗事を言ってやめたので「こうやって人はループに入っていくんだな」と身を持って実感したのが「退職学®️」の始まりでした。
退職したとしても、やめたあとのご縁も大切に
お話をうかがって、「会社をやめたい」と思うのは必ずしもネガティブな出来事ではないと思いました。
佐野
そうですね。「そろそろ変化のとき」というサインだと捉えてはどうでしょうか。つまり、現状に飽きているパターンが多いんです。
もし人間関係に悩んでいるなら、その人にとって人間関係を変えるべき時期なのかもしれません。特に、ずっと避けてきた人間関係の問題が何回も起きてしまうことって結構あって。
分かります。人生の再テストを何度も受けている感覚といいますか。
佐野
僕の尊敬する経営者の方は「卒業しない試練は追いかけてくる」と言っていて、怖いけれど本当にその通りだと思いました。
それを断ち切る時期と考えてもいいし、次に行くチャンスと捉えてもいい。「やめたい」という感情に、どんな意味があるのかを考えてみるといいと思います。
人生の中で同じ課題を繰り返さないためにも大事ですね。
今後、「退職学®️」の 研究家として、自分の納得するキャリアを歩める人を増やすためにどんなことをしていきたいですか?
佐野
ビジネスパーソン一人ひとりに、お気に入りの相談者がいたらいいなと思っていて。
たとえば、「会社をやめたい」と悩んでしまったときに自分の本音を一緒に考えてくれる存在。まずは第一歩として、ChatGPTで気軽に相談できるツール「モヤモヤループ脱出ボット」を開発しているところです。
たしかに「直接人には相談しづらい」「相談する機関がどこか分からない」という人もいますよね。
佐野
AIなら365日24時間動けます。つまり「好きなときに好きなように相談できる相手」なんです。「推しAI相談者」ができるといいですよね。
高度経済成長期の名残で、日本の働き方や組織のあり方は終身雇用を前提に考えられてきました。でも、これからは退職ありきで考える。そうすれば、おのずと採用も研修もマネジメントも変わってくると思います。
退職=裏切りや逃げではなく、ただの「関係の更新」に過ぎません。また戻ってきてもいいし、一緒に仕事をしてもいい。せっかくのご縁なので、会社側も大事に送り出してあげる寛容さがあるといいですよね。
時代が変わったからこそ、企業も個人も退職をアップデートする必要がありそうです。
佐野
最近では、育休や介護離職で退職した人を再雇用する制度を取り入れている企業もあります。
退職後にさらに経験を積んだ人が戻ってくることで、自社になかったアセットが増えたり、新しいイノベーションが生まれたりすることもあるんです。
ご縁がまたどこで繋がるか、分からないですからね。
佐野
最近、「佐野さんと働くのが夢でした」と10年ぶりに声をかけてくれた人がいました。僕が社会人3年目ごろのときに開催した採用インターンに参加してくれた、当時は大学生だった方です。
SNSでなんとなく繋がっている間柄で、連絡を取り続けていたわけではなかったのですが、タイミングが合ってこうやって声をかけてくれた。10年も覚えてくれていたなんて、嬉しかったです。
私の記憶が曖昧でも、その縁を大切に温め続けてくれている人がいるんですよね。そんな「つながりファースト」な人たちが主流になる社会をつくっていきたいですね。
2023年12月取材
取材・執筆=矢内あや
撮影=栃久保誠
編集=桒田萌(ノオト)