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「正解のなさ」を一緒に楽しもう。アーダコーダ代表・角田将太郎さんに聞く、哲学対話がビジネスと私たちにもたらす価値とは?

近年、「哲学対話」の手法を職場に導入する企業が続々と増えています。

哲学対話とは、「なぜ?」と問いを投げかけ、対話をすることで主体性を回復する営みといわれるものです。では、ビジネスの現場において、哲学対話はどのように「効く」のでしょうか? 職場の人間関係にどんな影響を及ぼすのでしょうか?

なんでも話せる組織をつくる「ビジネス哲学対話研修」を通じて、チームビルディングの機会を提供している特定非営利活動法人「こども哲学・おとな哲学 アーダコーダ」代表の角田将太郎さんにお話を聞きました。

角田将太郎(つのだ・しょうたろう)
1995年生まれ。特定非営利活動法人 こども哲学・おとな哲学 アーダコーダ代表理事。東京大学教養学部卒業、東京大学大学院総合文化研究科修士課程在籍。哲学対話の実践と研究を往復しながら、互いに配慮し合いながら共に考える場をつくる方法について探究している。様々な学校や企業、自治体で講師の経験がある。

哲学の根幹は「考え抜く」こと

そもそも「哲学」ってどんな学問なのでしょう?

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角田

哲学とは、目の前の問いに対して考え抜くことです。いろんな見方があると思いますが、一番の根幹にあるのは「考え抜くこと」だと僕は思っています。

「考える」ではなく、「考え抜く」。

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角田

その少しの違いが大事なところかなと思っています。

「考えてみた、でもわからないからやめた」ではなく、いろんな可能性を探りながら、「ああでもないこうでもない」と考えて、考えて、考える。

物事をいろんな面から見て考える姿勢が「考え抜く」ことであり、哲学だと考えています。

なるほど。では、一見すると無関係な「ビジネス」の世界で哲学はどう役立つのでしょうか?

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角田

僕たち「こども哲学・おとな哲学 アーダコーダ」では、子ども向け哲学イベントの他に、さまざまな企業に哲学対話研修の機会も提供しています。

哲学とビジネスってまったく接点がないように思われるのですが、最近になって実は少しずつ近づき始めているんですよ。

それはなぜですか?

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角田

その理由は、哲学側ではなく、ビジネス側にあります。

最近、テクノロジーやトレンドの変化が加速している、という話はあちこちで聞きますよね。一昔前のやり方が、あっという間に通用しなくなるのが今の時代です。

事業の展開、組織の作り方、個人の働き方……。確かに10年前と今では大きく変わりましたね。リモートワークなんて、ちょっと前には考えられませんでしたから。

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角田

そうですよね。

そんなふうにビジネスを取り巻く環境が大きく変化してきたからこそ、
「どっちに進めばいいのか?」
「そもそもなぜ自分たちはこの事業をやっているのだろう?」
「自分たちが大切にしている価値ってなんだっけ?」
などの根幹の部分、前提に立ち返って考える必要性を感じている企業が増えてきている。

前提を問うこと、価値を問うこと。それってもう哲学が何千年をかけてやってきた行為と同じなんですよ。

哲学は筋トレと似ている

アーダコーダが企業に提供している「ビジネス哲学対話」についても教えてください。具体的にどんなことをするのですか?

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角田

大きく分けて3つあります。

1つ目は、今お話したように前提や価値を問うこと。企業としてのビジョンやパーパスを哲学的に考えていくことで、問い直す対話のサポートを行います。

2つ目は、企業文化や社員の主体的な能力を育成するために、社員一人ひとりが「問い」を立てる力を身につけるための哲学対話です。

3つ目は、組織内の関係性に変化を促すための哲学対話です。対話を通じてメンバーの関係性を変えることで、活発な意見交換がしやすいチームを作る。そうした狙いで導入する企業が多いですね。

ビジネス哲学対話の様子(提供写真)

パーパスの検討からチームビルディングまで、さまざまな場面で哲学対話は貢献できるのですね。

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角田

もちろん内部の社員だけでもできる部分もありますが、外部から「誰か」が入ってきて、「問い」を差し向けることに意義があると僕は思っています。

社員同士では当たり前で今さら話し合うまでもないと思っていた前提も、外から入ってきた人があらためて問いかけると、「そう言われてみると」「そういえばなぜそうなったんだっけ?」と問いが生まれるケースはとても多いですね。

あと、哲学する力のトレーニングって筋トレと似ているんですよ。

筋トレ?

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角田

きちんと鍛えれば誰でも筋肉がつくように、練習をすれば、誰でも必ず「考え抜く」ことができるようになります。

ビジネス哲学対話の研修に入るファシリテーターは、その筋トレをすでに行っている人だと考えてもらうとわかりやすいかもしれません。

ビジネス哲学対話の様子(提供写真)

たった1回の哲学対話でも、何か変化が起きるものですか?

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角田

大きな変化が起きることもあれば、1回では効果が出ないこともあります。

1つ目の「企業(事業)の前提や価値を問う」研修であれば、最初の2時間ではっとした気づきを得られることは比較的多いようです。

普段考えないテーマだと、その時間を取るだけでも意味がありますよね。

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角田

その一方で、2つ目の「社員が問いを立てる力を身につける」と、3つ目の「組織内の関係性の変化をもたらす」目的であれば、初回の2時間だけでは難しいかもしれません。

1回の筋トレで劇的に身体が変わらないように、思考のクセや社員同士の関係性のように、それまで積み重ねてきたベースがあるものを変えるのはそう簡単ではありません。

それでも、何度か哲学対話を繰り返していけば、「考え抜く」筋力は必ずついてきます。

哲学対話から「他者」が現れる

どんな社員が受けることが多いのでしょう?

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角田

目的によってさまざまですね。

新入社員研修で導入される企業もありますが、入社3年目の研修だったり、管理職向けの組織内の関係性の見直しだったり。

新規事業のプロジェクトチームでキックオフミーティングを行う際に、その中のワークショップのひとつとしてビジネス哲学対話を導入されるケースもありました。

角田さんもさまざまなビジネス哲学対話のファシリテーター経験をお持ちだそうですが、どんな発見や面白さがありましたか?

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角田

人によって視点や見える風景はまったく違うんだな、と実感できるのが面白いです。

たとえば、企業理念やパーパスを考える場面。入社して日が浅い人と経営層に近い人では、視座がまったく異なる場合が多いんですね。

同じ「チャレンジ」という言葉の解釈ひとつにしても、前者はまだ目の前の業務を軸にした視点に偏りがちですが、後者は将来性や社会のあり方も含めてビジョンを捉えていたり。

なるほど。でも、同じ言葉を使って普段はコミュニケーションをとっている……。

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角田

参加者が「自分とはまったく違う目線、視点を持つ人が近くにいる」と理解すること。その違いを互いに共有していこうと試みること。

それがビジネスの現場における哲学対話の面白さであり、価値だと僕は思っています。

対話を通じて、他者が現れる。自分とは違う他者の存在を理解する。そうした理解はきっとビジネスの場面でも意味をもたらしてくれるのではないでしょうか。

対話と会話の違いって?

今さらの質問ですが、対話と会話の違いって何でしょう?

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角田

それは結構難しい質問ですね。辞書的な明確な定義はあるかもしれませんが、それとは別で僕としては「問いがそこにあるかないか」が違いだと思っています。

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角田

対話は、問いがそこにあるもの。

会話は、問いがなくても成り立つもの。

「今日、お昼にこれを食べたんだ」というのは会話ですが、正解がない答えを前に「なぜだろう?」「この可能性はどうだろう?」と問いを持って一緒に考えるものは対話。そんな風に僕は考えています。

問いを投げ合うのが対話なのですね。哲学対話では具体的にどういう進め方をされるのでしょう?

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角田

こちらから問いを用意する場合と、参加者の方々に「今日考える問いを決めましょうか」と投げかけて問いを出していただく場合の2種類があります。

ビジネス哲学対話の現場でもいろんな問いが出てきますよ。「そもそもパーパスは必要か?」といった大きなことから、「夢や目標って持ったほうがいいの?」という個に寄ったものまで。

そういう個人的なテーマも出てくるんですね!

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角田

その「問い」から始まって、「企業としての成長ってなんだろう?」「利益が伸びること」「自分が思う成長はこういうこと」といった意見を一人ずつが出していく。

そこからさらに「じゃあ成長の反対ってなんでしょう?」と問いを投げかけると、またいろんな意見が出てくるんですね。そんなふうに「成長」という言葉の手触りを皆で確認し合う。

面白いですね。5人の参加者がいれば、きっと5通りの「成長」が出てきそうです。それぞれの畑を掘り起こして、出てきた野菜を交換し合うイメージが浮かびました。

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角田

あ、そんな感じに近いかもしれません。それぞれの野菜を交換したら、「じゃあみんなでこの畑を一緒に耕すなら、どんな種を蒔こうか?」と一緒に意見を出し合って考えていく。

そうしたやり取りの中で、「問い」を立てる力も育っていくように思います。

話すのが苦手ならふわふわボールを

自律的な思考を促す役割を果たすという意味で、哲学対話はコーチングとも近いように感じました。違いはどこでしょう?

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角田

集団が目指していきたい場所へ向かっていけるようにサポートする、という意味ではコーチングと哲学対話は近い場所にあるかもしれません。

違いを挙げるならば、コーチングが皆をコーチのように導くような役割であれば、哲学対話は「皆が向かっていきたい方についていく」のほうかもしれません。

ついていく?

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角田

もちろん、コーチングも伴走的な意味合いもあると思います。

でも、哲学対話は参加者の皆さんが考えていることや思いを引き出しつつ、背中を追いかけ、後押しするもの。僕にとってはそんなイメージです。

そうした「対話」に、最終的に答えは出るのでしょうか?

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角田

そもそも「正解」がすぐに出ない問いについて話し合っているのですから、ほとんどの場合は出ません。そのせいもあって「結論がないことにもどかしさを感じた」と感想をいただくこともあります。

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角田

モヤモヤさせたのであれば申し訳ないな、という気持ちもあるのですが、一方で「よし、モヤモヤさせることができたならこっちのもんだ」みたいな気持ちもあるんですよ。

すぐには答えが出ない問いについて話し合っているんですから、「出し切った!」とならないほうが自然なんです。

確かにそうですね。

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角田

「答えを見つけられていない」「だからモヤモヤする」という感覚を持つことで、その後もその人の中では「問い」を持ち続けられるかもしれませんから。

対話の場では、促されても「問い」がなかなか出てこない人もいますか?

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角田

そうですね。この場ではどんなに変な意見や疑問であっても言ってもいいですよ、という場の安心感を大事にしていて。これを哲学対話では「知的安全性」と呼んでいます。

それでも言葉にするのが難しい人には、コミュニティボールというアイテムを使うこともあります。

コミュニティボール?

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角田

コミュニティボールは毛糸で作ったボールですが、最初に「これを持っている人だけが話す」とルールを最初に決めておくんですね。

すると、言葉がなかなか出てこなかった人でも、コミュニティボールに触りながらだと不思議とゆっくりと話せるようになるんですよ。

コミュニティボールは、ハワイからきたアイテムだそう。日本の哲学対話はハワイの影響を強く受けている。このボールは角田さんの手づくり。

触ってもいいですか? ふわふわしていて気持ちいい~。なんだか肩の力が抜けていきます。

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角田

両手でこのボールに触りながら話すと、話し方もゆっくりになるんですよね。ボールを持っている人に視線が集まるので、聞き手になる人たちにもいい効果をもたらします。

こういうちょっとした工夫も哲学対話の場では大事にしています。

明日からできる哲学思考の一歩目

哲学的思考を身につけるために、私たちが普段の生活の中でできることはありますか?

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角田

ちょっと抽象的な答えになってしまいますが、まずは肩の力を抜いてみること。焦ったり力んだりしている状態だと、自分の中から「なぜだろう?」といった問いや哲学的思考は生まれてきません。

ちょっとだけスピードを落とす。自分をゆるめる。まずは、そうした時間を意識的に持つことから始めてみてはいかがでしょうか。

ちなみに、僕にとって肩の力が抜けるのは猫と過ごしている時間です。

肩の力がふっと抜ける時間、探してみようと思います。ありがとうございました!

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対話すること自体の楽しさを感じる取材となりました。

2023年6月取材

取材・執筆:阿部花恵
撮影:栃久保誠
編集:鬼頭佳代(ノオト)