歌人であり会社員。なべとびすこさんに聞く、ビジネスパーソンへの短歌のススメ
仕事でモヤモヤした思いを抱えたとき、どうやって心を整理していますか? もしかするとその思いは、「短歌」にすることで少しだけ心が軽くなるかもしれません。
会社員として働きながら歌人として活動しているなべとびすこさんも、短歌に救われたひとり。短歌とは、「5・7・5・7・7」の31音に言葉をのせる詩のこと。あらゆる気持ちを短歌にすることで、心の中に「新たな居場所」を作ることができたといいます。
今は会社員である傍ら、短歌を作って発表したり、作った短歌を持ち寄る「歌会」を主催、短歌カードゲーム「57577 ゴーシチゴーシチシチ」の原案・ゲームデザインも手がけています。
創作だけにとどまらず、短歌にまつわるさまざまな活動をしているなべとびすこさんに、ご自身の活動や働き方、ビジネスパーソンに向けた短歌のススメを伺いました。
ーなべとびすこ
大阪の機械メーカーで広報として働く傍ら、歌人として活動している。自ら短歌を作るだけでなく、歌会の主催や短歌カードゲーム「57577ゴーシチゴーシチシチ」の開発など、短歌を軸に活動を展開。短歌の「すみっこ」を伝えるWebマガジン TANKANESS編集長。
社会と短歌では、物事の価値が逆転する
短歌に興味を持ったきっかけを教えてください。
WORK MILL
なべとびすこ
大学時代に、雑誌『ダ・ヴィンチ』(KADOKAWA)に載っていた、歌人・穂村弘さんの連載『短歌ください』を読んだのがきっかけでした。これが面白くて、そこから穂村さんのエッセイにもハマって。
エッセイを読み尽くした後、今度は穂村さんが書いた短歌の入門書を読むようになり、自分で短歌を作るのもいいなと思いはじめました。
そこから短歌を作りはじめたんですね。
WORK MILL
なべとびすこ
いえ、まだ始めていなくて。今度は、穂村さんと対談をされていたミュージシャンのハルカさん(ハルカトミユキのヴォーカル)を知って。
ハルカさんは穂村さんのファンで、短歌も作られている方でした。そこでハルカトミユキにハマりました。
周辺からじわじわ近づいていきますね(笑)。
WORK MILL
なべとびすこ
そうなんです。ハルカトミユキさんのライブでグッズとして売っていた歌集を買って読んで、いよいよ自分も始めようと思いました。結局、最初に『短歌ください』を読んでから5年くらいかかっちゃいました。
というのも、もともと短歌に対して苦手意識があったので、ハードルが高かったんです。
どうして苦手意識があったんですか?
WORK MILL
なべとびすこ
中学生の時、川柳(※1)を作る宿題が出たんですけど、どうしても作れなくて。それまで全ての宿題をきっちり出すタイプだったのに、その時に初めて出せなかったんです。
その理由は、作り方を学校でちゃんと教えてもらえず、よく分からなかったから。それで、川柳・俳句(※2)・短歌の全般が嫌いになってしまいました。
(※1)「川柳」:五・七・五による17の音節から成る短詩のこと。季語を必要としない。
(※2)「俳句」:五・七・五による17の音節から成る短詩のことで、川柳と異なり基本的に季語に重点を置く。
苦手意識を乗り越えて、実際に自分で短歌を作りはじめたのはいつ頃ですか?
WORK MILL
なべとびすこ
社会人2年目の頃です。自分は社会人としてダメだなと思って、すごく悩んで落ち込んでいた時期でした。
どんなことに悩んでいたんですか?
WORK MILL
なべとびすこ
ほんの短い間ですが、仕事が全然ない時期があったんです。出社して15分でやることが終わってしまって、あとはぼーっとしているしかない……。やる気満々で社会人になったのに、何もできていないのが辛かった。
今考えると、まだ新しい部署だったので、そもそも仕事自体が多くなかっただけだと思うんです。でも、当時の私は「自分がダメだから仕事がもらえないんだ」と思い詰めてしまって。視野がすごく狭くなっていました。
なべとびすこ
そんな時に、やっと短歌の入門書を手に取りました。そこで「普段生きている社会と短歌の世界では、価値が逆転する」という考え方を知りました。
社会人として「自分はダメだ」と感じていたので、社会人としてダメっていうことは、短歌の世界ではOKなのでは? と思えたんです。
「価値が逆転する」とはどういうことでしょうか?
WORK MILL
なべとびすこ
社会では「どうでもいい」「価値がない」とされていることでも、短歌の世界では価値あるものになるかもしれない。
例えば、上司に直接言ったら「なんでこんなこと言ったんや」って怒られそうな内容も、自分の短歌として言葉にすると案外面白さにつながることもあるんです。日常ではストレートに言えないことが、短歌なら言える。
「逆転する世界があるんだ」と思えたことは、自分にとって救いになりました。「社会人としての自分以外のところに、自分の価値があるかも」っていう新しい視点を持てたことが大きかったと思います。
五七五七七にすることで、自分を客観視できる
短歌は自分一人で始めたのでしょうか? それとも仲間を作ったり、どこかに発表したりしましたか?
WORK MILL
なべとびすこ
始めてすぐに、一人ではなく仲間と短歌を楽しみたいなと思うようになって。友達を誘って「歌会」を開くことにしました。歌会は、それぞれが自分の短歌を作って持ち寄って、コメントし合う会のことです。
私は人見知りだから、知らない人が主催している歌会に行くのは無理だなと思い、それなら自分で開こう、と。最初の1年くらいは周りの人、友達の友達くらいまでの範囲だけでやっていました。
そこからだんだん活動の輪が広がっていったんですか?
WORK MILL
なべとびすこ
はい。1年ほど経って慣れてくると、他の歌会やワークショップにも参加するようになって。そこで知り合った人やTwitterで出会った人たちと一緒に、短歌の企画も始めました。
例えば、私の年齢に近いゆとり世代で短歌をやっている人たちで集まって、歌会や展示をしたり、作った短歌をまとめた冊子を作ったりしたこともあります。
そういった活動をしながら、会社員としての仕事はずっと続けてきたんですよね。
WORK MILL
なべとびすこ
そうですね。今の会社で3社目ですが、これまでずっと週5日フルタイムで働いています。短歌の活動は、土日や平日夜、あとは通勤などの隙間時間にやっています。
会社員と歌人の両立は大変じゃないですか?
WORK MILL
なべとびすこ
時間のやりくりは大変ですけど、睡眠時間は削らないようにしているから大丈夫ですよ。
仕事で落ち込んでいる時に短歌の依頼が来たり、逆に短歌がうまく作れない時でも仕事があるので収入面では不安なく過ごせたりするので、両方やっていて良かったと思うことも多いです。
短歌づくりの経験が、本業に生かせたと感じることもありますか?
WORK MILL
なべとびすこ
ありますね。今はBtoBの機械メーカーで広報の仕事をしていますが、社内報やWebサイトの文章を考える時に、短歌のスキルが役立っています。
文字数を削って調整しないといけないことが多いんですけど、それは短歌でいつもやっていることだから(笑)。
短歌はたった31文字ですからね(笑)。逆に会社員としての仕事は、創作に影響していますか?
WORK MILL
なべとびすこ
もちろん影響しています。仕事のことも短歌に書くし、無職の時や転職活動中のことも短歌にしているし。全部、素材になりますから。何か嫌なことがあっても「短歌にしてやるぞ」っていう気持ちでいられます。
あとで短歌のネタになるんですね。
WORK MILL
なべとびすこ
そうなんです。転職活動の時に書いた短歌の一例を紹介しますね。
グッドバイワーク良いこともあったけどずっといられる場所じゃなかった
認定日 ハローワークは混み合って自転車を置くスペースがない
面接でも本当のことを話したいおこがましいとわかってるけど
向いている仕事かどうかわからんが仕事のほうを向こうと思う
僕のまま賞与をもらえる僕になる あなたも違う職場にいける
歌集『クランクアップ』より
なべとびすこ
短歌って五七五七七の定型があるから、文字数に合わせていろいろ考えないといけません。
例えば、何かにむかついたとしても、「むかつくむかつく」って書いただけでは短歌にならない。短歌の文字数に収めるためには、別の言葉に言い換える必要があるわけです。
そうして言葉を整えているうちに、「むかつく」という感情がどんどん他人事になっていく気がします。気持ちもデトックスされる感覚です。
日記にただ「むかつく」って書くのとはちょっと違いますね。
WORK MILL
なべとびすこ
日記やTwitterに気持ちを吐き出したら、確かに心がすっきりはするとは思います。
でも、もう一段階先の作品という形に変えていく間に、その感情とどんどん距離をとる。そうして短歌が仕上がると、マイナスだった感情が作品になります。
自分の気持ちと距離を置いて客観視できないと、短歌は作れないですよね。セルフマネジメントにもつながりそうです。
WORK MILL
なべとびすこ
そうですね。五七五七七に収めるために「一番言いたいことはどれや?」と考えているうちに、元のむかついていた気持ちも徐々に薄くなっていくんです。
短歌にしてすっきりした、救われたなど、記憶に残っていることはありますか?
WORK MILL
なべとびすこ
仕事で徹夜が続いた時のことです。めっちゃしんどいんですけど、それをTwitterで書いて変に心配されてしまうのも困るから、何も書けなくて。その時に作った短歌は、しんどい時に今でも思い出しますね。
(苦しいと言っちゃいけない苦しいと言っちゃいけない)とても「 」
なべとびすこ
最後の「」が空白になっているけど、短歌としては4音足りないから、読んだ人は「」の中は4音だとわかる。だから、もしかすると「苦しい」が入るのでは? みたいに考えられるんです。
定型がある短歌からこそ、「」の中を予想できるんですね。短歌にしたことで、気持ちは楽になりましたか?
WORK MILL
なべとびすこ
この短歌を作ったことで、本当の気持ちに気づけたように思います。「苦しい気持ちを誰とも共有できないことのほうが、もっと苦しいのでは?」と。
結局何が一番苦しいのか、どこに苦しさがあるのか。逆に、うれしい短歌なら、どこにうれしさがあるのか。それを理解するために、短歌があるのかもしれません。
短歌は「心のサードプレイス」になる
なべとびすこさんは短歌カードゲーム『57577 ゴーシチゴーシチシチ』(発売元:幻冬舎)のゲームデザインも行われていますね。ゲームを作ろうと思ったのはどうしてですか?
WORK MILL
なべとびすこ
短歌を始めた頃、友達から「短歌ってなんか難しそう」とか「短歌を作っても見せるのが恥ずかしい」と言われたんです。
そこで、ハードルを下げるためにゲームにしたらどうかと思いつきました。「難しい」「恥ずかしい」を「楽しい」に変えられるかなって。
それでゲームが生まれたんですね。どうやって遊ぶんですか?
WORK MILL
なべとびすこ
5音の言葉が書かれたカードと、7音の言葉が書かれたカードがあります。ここから5音のカード2枚と、7音のカード3枚を組み合わせて、短歌を作ります。
これなら簡単だし、うまくできなくても「札が悪かったわ」って言い訳できるから恥ずかしくないんです(笑)。
これなら誰でも気軽に楽しめそうですね。
WORK MILL
なべとびすこ
私は昔から、漫画やドラマ、音楽など良いと思ったものは人に勧めるタイプなんです。でも、音楽だったら勧められた友達も「聴いてみるわ」と行動に移しやすい。でも、短歌を書くとなるとなかなかやってもらえなくて……。
「短歌は難しい」「発表するのが恥ずかしい」というハードルを下げるために、短歌ワークショップの開催や、短歌のWebマガジン「TANKANESS」の運営もしています。
「良いものはおすすめしたい」という気持ちで活動されているんですね。
WORK MILL
なべとびすこ
「いろんなところに入口を作りたい」という思いもありますね。私が最初に歌集を買ったのも本屋じゃなくて、ライブハウスだったので。
あと、私がもともと短歌に対して苦手意識があったので、同じように苦手と思っている人や興味がない人に向けて発信したい。そうしないと、昔の自分みたいな人は救われないと思うので。昔の自分のためにやっている感じです。
これまでいろんな形で自分の居場所を作られてきて、それを他の人にも伝えようとされているんだなと感じました。
WORK MILL
なべとびすこ
そうですね。私は短歌を作ることで自分の思いを肯定できる居場所ができたし、短歌を通じて知り合った人たちとのつながりの中で新しく居場所ができた。
仕事だけ、家庭だけだと、どうしても狭いコミュニティになってしまいます。でも、いくつものコミュニティに属することで、他にも居場所ができる。これがすごく大事だと思います。
「ちょっと離れたところに違う世界があるよ」って知ってほしいですね。
言葉を一つ変えるだけで、視点が変わることもありますよね。そういう意味では、短歌によって心理的安全性も生まれるんでしょうか。
WORK MILL
なべとびすこ
そうかもしれません。普通の世界線とは違う「心のサードプレイス」というか。普段と違う場所に自分を置くことで、心理的安全性も確保できるのかなと思います。
私自身、これからも楽しく短歌活動をやっていきたいなと思います。それが一番大事かな、と。もちろん創作には産みの苦しみもありますが、短歌に救われて短歌を始めたのに、短歌を作るために苦しくなるのはできるだけ避けたいと思っています。
短歌に興味を持った人は、まずどんなことを始めればいいですか?
WORK MILL
なべとびすこ
短歌の入門書は面白いものがたくさんあるので、気になる入門書があれば読んでみても良いかもしれません。初心者向けの短歌ワークショップに行くのもおすすめです。
もちろん、いきなり言葉を書くのが難しければ『57577 ゴーシチゴーシチシチ』のようなカードゲームもぜひ使ってみてください。カードゲームにだんだん飽きてきたら、自分の言葉を当てはめてみる。そうして慣れてみるといいと思います。
今日は、ありがとうございました!
WORK MILL
2022年12月取材
取材・執筆:藤原朋
写真:木村華子
編集:桒田萌(ノオト)