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本で心に癒やしを与える「ビブリオセラピー」ビジネスパーソンのための本の読み方・選び方

ビジネスパーソンの中には、「読書」を趣味としている人が多いかもしれません。それを「治療」と捉え、心のケアや行動の変化へ繋げる方法に「読書療法」があります。

別名「ビブリオセラピー」「読書セラビー」とも呼ばれ、イギリスでは代替医療として政府に公認されていたり、イスラエルでは読書セラピストが国家資格になっていたりします。

読書療法(以下、ビブリオセラピー)とはどのようなもので、どんな癒やしを与えてくれるのでしょうか。日本読書療法学会会長の寺田真理子さんに、ビブリオセラピーとその方法について伺いました。

―寺田真理子(てらだ・まりこ)
日本メンタルヘルス協会公認心理カウンセラー/読書セラピスト。東京大学法学部卒業後、多数の外資系企業での通訳を経て、現在は講演・執筆・翻訳活動を行っている。読書を通してうつを回復した経験を体系化して日本読書療法学会を設立。

問題を解決する「ビブリオセラピー」とは

本を読むことが心の問題を解決する……。あまり想像がつかないのですが、どのようなものなのでしょうか?

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寺田

私が会長を務める日本読書療法学会では、「読書によって問題が解決したり、何らかの癒やしが得られたりすること」と定義しています。

本を読んで気持ちをリラックスさせるのはもちろん、片付けの本を読んで部屋がきれいになるのも、ビブリオセラピーによって問題が解決した状態だと言えます。ほかにも、服役中の少年が被害者の手記を読んで相手の気持ちを知り、更生していくケースもあるんです。

ビブリオセラピーという言葉を知らずとも、意外と広く行われているのですね。

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寺田

本が好きな方であれば、自然と実践してきた方が多いかもしれません。

もちろん、読書会に参加した時にビブリオセラピーに出会う方もいるでしょうし、カウンセラーや精神科医に薦められる中で知った方もいると思います。

ビブリオセラピーは、日本でどのくらい普及しているのでしょうか?

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寺田

日本はどうしても「セラピーとしての読書」よりも、「勉強や娯楽のための読書」という認識が強いですよね。

2021年に『心と体がラクになる読書セラピー』という本を出版して以来、国内でも認知度が徐々に上がってきたと感じていますが、ビブリオセラピーが盛んな国に比べるとまだまだですね。

他国では、具体的にどんなふうに広まっているのでしょうか?

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寺田

イギリスのウェストヨークシャー州のカークリーズでは、家庭医と読書セラピストが連携して、患者の症状に合わせて薬と一緒に本も処方されるそうです。

ちなみに読者セラピストが国家資格になっているイスラエルでは、音楽療法や認知行動療法などと組み合わせて取り入れられています。精神科医や専門家が、これ以上どうすればいいのかわからない……といったときの「頼みの綱」になっているそうですよ。

うつ病などの精神疾患を抱えた方の読書会も開かれており、中には効果を実感した方もいるそうです。

てっきり、1人で本を読んで自己と向き合うみたいなものだと思っていました。

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寺田

いろいろなパターンがあります。読書会のように皆で読む集団療法と呼ばれるパターンもあれば、カウンセラーに導かれながら読むパターンもあります。もちろん、1人で読むものもあります。形は皆さんの好みでいいと思います。

あと、イギリスでもイスラエルでも、読書会が盛んに行われています。ビブリオセラピーは1人でもできるものですが、複数人で行うからこそのメリットもあります。

イギリスの場合、その日に読み進める量をその場で配布し、ファシリテーターが読み聞かせてくれます。読んでもらった部分に関して、「この登場人物のこの行動をどう思う?」と皆で意見交換をしていきます。

どんなに意見が違っても本の中のことなので、自分の意見を切り出しやすく、結果として、初めてそこで深い話ができたり、自分の意見を聞いてもらえたりして、気持ちが落ち着いていくという方が多いそうです。

5つのパターンから考える「理想の一冊」との出会い方

ビブリオセラピーに適した本はあるのでしょうか?

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寺田

ご自身の悩みに重なる1冊を見つけるのが理想的ですが、「どうやって選べばいいのかわからない」という方も多いと思います。

ビブリオセラピーに向いた本選びの5つのパターンをお伝えしますので、参考にしてください。

【寺田先生が薦めるビブリオセラピーに適した5つのパターン】

1:自分のことをもっと知りたいときに読む本
2:心の栄養を蓄えたいときに読む本
3:現実逃避したいときに読む本
4:「〜べき」の価値観から解放されたいときに読む本
5:心が疲れてしまったときにメンタルについて考える本

どれも興味深いのですが、1つ目「自分のことをもっと知りたいときに読む本」はどんなものなのでしょうか?

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寺田

絵本です。「絵本=子どもの本」と思うかもしれませんが、絵本は「子どもも読める大人の本」でもあるんです。

寺田

死や喪失をテーマにした『わすれられないおくりもの』(作:スーザン・バーレイ/訳:小川仁央)のように、絵本には深いテーマで描かれたものが多く、大人だからこそ理解できたり、染みたりするのです。幼少期に読んだ絵本だと、人生観やコアな部分に関わっていることもあるため、読み返す中で自己を知るきっかけになるかもしれません。絵本は短い中にテーマが凝縮されているので、時間がない方ほど向いています。

私がおすすめしたいのは、自分の価値が再確認できる『わたし、お月さま』(文:青山七恵/絵:刀根里衣)です。

2つ目の「心に栄養を蓄えたいときに読む本」はどんなものですか?

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寺田

洗練された美しい言葉で書かれた作品、ジャンルでいうと詩集や俳句集、あとは児童文学がそれにあたります。

例えば、詩集は字が大きくて短いものが多いので、疲れているときにも読めるんです。厳選された言葉から強い力を感じられ、自然と心に染み込んできます。栄養が精神的に染み渡るような感覚になるんですよね。

児童文学ならば、『みどりのゆび』(作:モーリス・ドリュオン/訳:安東次男)はどうでしょうか? 戦争を題材にしながらも重い気分にはなりませんし、伝統的な文学ならではの美しい言葉が印象的ですよ。フランスでは『星の王子さま』と同じぐらい有名な作品です。

3つ目の「現実逃避したいときに読む本」についてはいかがですか?

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寺田

これは、ファンタジーやSFなどが当てはまります。仕事もプライベートもしんどくて、せめてどこかにサードプレイスがほしい……という方に、「せめて本の中に安全な避難場所を持ってもらえたら」と思い、提案しました。

おすすめは、『言葉の色彩と魔法』(文:ラフィク・シャミ/絵:ロート・レープ/訳:松永美穂)です。異国情緒に溢れる街並みを舞台にしたお話が楽しめます。日本とはかけ離れた非日常を感じてください。

4つ目の「『〜べき』の価値観から解放されたいときに読む本」は、どんなものでしょうか?

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寺田

生活や仕事の中で無意識に押しつけられてきた価値観を問い直すような本のことです。

例えば、タイムパフォーマンスを重視する風潮が強いですよね。この考え方に疲れてしまった人や、価値観を問い直したい人におすすめなのが『モモ』(著:ミヒャエル・エンデ/訳:大島かおり)のような哲学性のある本です。

時間をテーマにした児童文学ですが、対話を通して相手の話を引き出す様子は、まるでカウンセリングそのもの。物事を考えるヒントになると思います。

5つ目は「心が疲れてしまったときにメンタルについて考える本」ですね。

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寺田

疲れたとき、「今の自分の心について、その仕組みを知りたい」と考え、心理学を学ぼうとする方は多いんです。ただ、専門書は手強いため、最初は漫画など初心者にも分かりやすい本をおすすめしています。

その一つが、精神科医を主人公にした『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』(原作:七海仁/画:月子)です。読んでいく中でメンタルの問題の構造を理解したり、精神科にもホッとできる先生がいるとわかったり、メンタルクリニックへ行く疑似体験ができるかもしれません。

落ち込んでいるときこそ「暗めの話」を選ぼう

理想の一冊を選ぶためのパターンはわかってきました。あと、物語の結末や書き手の雰囲気によっても、読み手の心の状態は左右されますよね。ほかに、本を選ぶときに気をつけたほうがいいことはありますか?

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寺田

落ち込んでいたり、すごく疲れていたりするときは、暗めの話がいいでしょう。

でも、ネガティブな状態にいるとき、なぜかそういう人は、元気な本を読もうとする傾向にあるんです。

例えば、「1億円を稼ぐぞ!」みたいな本を読んだとします。活力のあるときなら前向きに受け取れるかもしれませんが、ネガティブな時に読んでも「一生かけても、著者のようにはなれない……」と逆に落ち込んでしまうかもしれません。

まるで、失恋したときに失恋ソングを聞くみたいですね。

WORK MILL

寺田

そうですね。暗めの本から始めて、落ち込みが回復するにつれて、徐々に刺激の強い本を読んでいくほうがいいと思います。

個人的におすすめしているのは、漫画の一気読みです。主人公が成長していくようなタイプの物語なら、成長を追体験できるため、物語と一緒に元気になっていくことができます。例えば、『ピアノの森』(作:一色まこと)はおすすめしていますね。

一方でバトルもの、特に残酷なシーンが多そうなものは避けましょう。残酷な描写に出くわしたとき、無意識にショックを受けてしまう可能性があります。

最近は電子書籍で読む人も増えてきました。ビブリオセラピーの観点では、紙と電子、どちらがいいのでしょう?

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寺田

どちらでも大丈夫ですよ。ただ、私個人としては紙をおすすめします。ただ人によって、読み書き障害で、紙の本だとうまく読めない方もいたり、フォントを調整できる電子の方が読みやすかったりする方もいるので、属性や嗜好で変わると思います。

ついつい表紙を見て買う、いわゆる「ジャケ買い」をしてしまうのですが、こういう買い方もビブリオセラピーにつながるのでしょうか?

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寺田

すごくいいと思います。カバーデザインは、本の中にあるものを、どうやったら外側で表現できるかを考えて作られています。

つまり、「内容=本の表紙」です。カバーが好きなら、内容を気に入る可能性も高いと思います。

また、最近では本を買う前にレビューを参考にする人が増えていますよね。感覚の合うレビュアーがいれば別ですが、レビューとにらめっこするよりも、本屋さんでぱっと目に入るものを選ぶ方が、自分にとって正解の可能性が高いと思いますよ。

癒やしの読書へ向けた一歩は、これまでの固定概念を外すことから

仕事や勉強の一環として、短い時間でたくさんの本を読む方もいます。ビブリオセラピーにおいて、適した読書の量やスピードはありますか?

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寺田

多読や速読をしてしまうと、本をただコンテンツとして消費するだけになってしまいがちですよね。

そこで、私は遅読をすすめています。自分と対話しながら、著者とも対話するように読み進めていくといいでしょう。単に読むのではなく、1冊の本を自分の経験として落とし込んでいく感覚です。

すぐに仕事や暮らしに役に立つ情報を得るための読書、ではないんですね。

「自分と対話しながら読む」という感覚がよくわからない場合、どうすればいいのでしょうか?

WORK MILL

寺田

私からは2つアドバイスがあります。

1つ目は、長い目で自分を見ることです。すぐに役立つことは、すぐに役立たなくなることも多いです。今だけでなく、視点を少し先に置いてみる。1年後でもいいので、ちょっと先の自身のあり方を想像しながら読んでみてください。

2つ目は、本は読者の好きなように読んでいいということです。フランスの小説家であるダニエル・ペナックは「読者の権利10カ条」を提唱しました。ここには、「本は最後まで読まなくてもいいし、読んだからといってアウトプットしなくてもいい」と書かれています。

『奔放な読書』(ダニエル・ペナック)より、「読者の権利10カ条」提供:寺田さん

寺田

本から何かを得なくては」と思われる方も多いでしょうが、別に何の役に立たなくてもいいし、何かを得なくてもいいんです。読書に対する縛りをなくすことで、自然と癒やしとしての読書を受け入れやすくなるのではないでしょうか。

飛ばし読みや拾い読みをしてもいい……。それだけで、読書に対するハードルは下がりますね。

WORK MILL

寺田

「はい。本は自分が辛いときや人生が上手くいかないときにも、寄り添い、側にいてくれる存在です。本にはそういう一面もあるのだと知り、ビブリオセラピーを少しずつ生活に取り入れてもらえればうれしいです。

2022年10月取材

取材・執筆:スギモトアイ
編集:桒田萌(ノオト)