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仕事から離れて自分を再構築する。北海道東川町にある大人の学び舎「School for Life Compath」が大切にしていること

デンマークには、さまざまな年代の人々が共に暮らし、共に学ぶ「フォルケホイスコーレ」という教育機関があります。入学条件は、17.5歳以上であることのみ。日常や仕事から離れた場所で、自分自身を見つめ直す余白の時間を大切にしています。

今回は、デンマークのフォルケホイスコーレに感銘を受け、北海道東川町で大人の人生の学校「School for Life Compath(コンパス)」を運営している遠又香さん、安井早紀さんにお話を伺いました。

ー遠又 香
株式会社Compath 共同代表。東京都生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒。ベネッセで高校生向けの進路情報誌の編集者として働いた後、外資コンサルティング会社に転職。企業の働き方改革支援や教育系のNPO法人のコンサルの仕事に従事。2020年4月に株式会社Compathを設立。2020年7月より北海道東川町に移住し、デンマークのフォルケホイスコーレをモデルとした大人の人生の学校「School for Life Compath」を運営。

ー安井 早紀
株式会社Compath 共同代表。神奈川県生まれ。慶應義塾大学卒業。(株)リクルートに新卒入社し、採用や次世代リーダー育成事業等を担当。その後島根にて、一般社団法人地域・教育魅力化プラットフォームに入職。2020年4月に株式会社Compathを設立。2020年7月より北海道東川町に移住し、デンマークのフォルケホイスコーレをモデルとした大人の人生の学校「School for Life Compath」を運営。

日常から離れて自分の肩書を剥がす体験

日本版フォルケホイスコーレ「School for Life Compath」では、実際にどんな体験ができるのでしょうか?

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安井

まずは、普段いる場所から離れることに意味があると思っています。私は現在、北海道東川町にいまして、たとえばこの銀世界。こんなに真っ白なんです。見えますか?

今回はオンライン取材。窓から見える風景だけでも大迫力。(提供写真)

わっ、すごい!

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安井

この景色だけでも、伝えられるものがあるかなと思ってお見せしました!

人生をリフレッシュするためには、住む場所を変えること、時間の流れを変えること、出会う人を変えることが大事だと感じていまして、Compathで過ごす日々にはその要素が詰まっていると考えています。

東川町は旭川空港から車で約15分の距離にあってアクセスが良いのですが、空港に降り立った瞬間から、空気や時間の流れが変わる感覚を味わえると思いますよ。

季節によって表情の変わる東川町(提供写真)

フォルケホイスコーレはデンマーク発祥ですが、日本で始めるからこそ意識したことはありますか?

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安井

期間ですかね? デンマークのフォルケホイスコーレは短くても4カ月で、1年まで延ばす人もいます。学生から働き盛りの社会人、高齢者までいろんな人が必要なタイミングでギャップイヤーを取れます。

日本だとそういう文化は浸透していないので、最初のチャレンジは日本社会と文化に合った期間を見極めることでした。

現在は、
・1週間のワーケーションコース
・4週間のミドルコース
・9〜10週間ロングコース
の3種類を用意しています。

参加することで何が起こるかは分からないけれども、日々ギュッと詰まった生活を送っている人ほど、余白の中で思い浮かぶものがあったり、蓋をしていた感情が出てきたりすることは参加者の様子を見ていても感じますね。

「豊かさとは何か」をテーマにしたロングコースの様子(2021年開催)。(提供写真)

Compathのサイトには「私のちいさな問いから社会が変わる」という合言葉が書かれていますよね。

参加者がそれぞれの問いを見つけるために、どういった取り組みをしているのですか?

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安井

まず導入のタイミングで、「森のMEISHIワーク」をします。目的は自分から肩書きをべりっと剥がすこと。

日本人ならではの特性だと思いますが、すぐ肩書きで自己紹介してしまうんですよね。だから、名刺交換する前に、別の名刺を作る。

森のMEISHIワークの様子。こちらの写真は、参加者の名前に含まれた漢字「矢」を表現したもの。(提供写真)

安井

安井 例えば、夏は緑の森の中で、今の自分の状態を葉や花、どんぐりを拾って1枚の布に表現する。自分の問いを言葉にする前に、まず「作ってみる」ことで、いつも考えていた仕事における問いではなく、ひとりの人間としての自分が何を感じているのか、何に興味があるのかを感じやすくなります。

人が場に集まることで学びは自然と起こってくると毎回感じます。自分一人ではなかなか剥がせなくても、他の参加者が等身大でいる姿に引っ張られて相互作用が起きることもよくありますよ。

先生役はいても、「一方的に教える」わけではなく、「一緒に考える」姿勢で。(提供写真)

評価をしない環境で、自分の問いを見つける

具体的に皆さん、どんな問いを見つけられるのでしょうか?

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安井

よく聞くのは、「これからの人生をどうしていくか?」という生き方についてですかね。

あとは、「自分は何が好きなんだろう? どういう選択を日々重ねていきたいんだろう?」と日常にフォーカスした問いもあれば、「自分にとって愛とは? 幸せとは?」といった哲学的な問いを持ち帰ることも多いようです。

(提供写真)

遠又

そういった問いを通して、自分の感性を信じられるきっかけを取り戻したという声をよくいただきます。日々せわしなく働いていると、自分が大事にしているものを気づかぬうちに忘れてしまう。

けれど、Compathで元々あったものを引き出されることで、「そういえば自分ってこういうものが好きだったな」と思い出せるようです。

思い出した自分を大切に、またこれからの人生を歩んでいこうとしている参加者の姿を見ると嬉しく感じますね。

安井

私たちの学校では、「チェックイン」といって今の気持ちをシェアする時間をたくさん取っています。

最初は「良いことを言わなきゃ」とつい思ってしまうのですが、ここは思ったことを素直に言っていい環境がある。

だから、「今日は眠いです」でも、「正直昨日の授業はモヤモヤしました」でももちろん大丈夫。自分の言いたいことを言ってもいいというベースがある上で、いろいろな体験をしていきます。

遠又

Compathは、基本的に評価をしない学校です。評価をしないという心理的安全性も大事な要素だと感じています。

もちろん来てすぐにプレッシャーから解放されるわけではありませんが、肩書きから離れて、「ここは誰も自分のことをジャッジしない」と少しずつ認識できると、自然と本音が出てくるんです。

今まで参加者はどんな方がいらっしゃいましたか?

4週間のミドルコース、10週間のロングコースは会社などの組織に属したままで参加するのはハードルが高いようにも感じますが……。

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安井

もちろん離職中、休職中の方もいますが、一定期間勤続すると長期休暇をもらえる「サバティカル休暇制度」を利用している方もいます。

働き方が自由な会社だと、自分の仕事をコントロールできていれば、休みは好きに取れるという方も。あとは、フリーランスの方で、一部お仕事をしながら参加される方もいらっしゃいますね。

町には、Wi-Fi・電源完備で仕事ができるスペースが3カ所あります。もちろん、オンラインミーティングへの参加なども可能。(提供写真)

コースによって、参加者の特性はあるのでしょうか?

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安井

1週間のワーケーションコースは、バリバリ働いている人が急ブレーキをかける勢いでやって来ることが多いです。

年齢層でいうと、一番多様性があるのがこの1週間コース。卒業生は、18〜60代の方まで。幅広い年齢の方にご参加いただいています。

ワーケーションコースはプログラムはもちろん、仕事のための余白時間がしっかり設けられている。

安井

長期コースは、当初大学生の参加が多かったのですが、最近は40歳前後の方が増えてきています。

「長く一つの会社で働き続けているけど、残りの人生もこのままの働き方や内容でいいんだろうか?」とか、「仕事をしているとどうしても思考回路が固まってしまうので、一度仕事と全く関係ない人たちと対話したりしながら刺激をもらって、前に進みたい」という声も聞いたことがあります。

仕事から離れて、自分を再構築する意義とは?

お二人自身は、仕事を休んで余白の時間を取られることに、どんな意義を感じていらっしゃいますか?

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安井

日本では、何もしない時間の価値が低く見積もられすぎているな、と思うんです。

新卒採用の人事として働いていたとき、日本は恵まれている国のはずなのに、窮屈さや孤独感を感じている人が多すぎると感じていて。例に漏れず、私もありのままの自分でも充分なはずなのに、まだまだ足りないと自分で自分を苦しめているところがありました。

「社会で生きてくためには仕方ないのかな」と思っていたタイミングで、デンマークに行って。いろんな年代の人たちがフォルケホイスコーレで余白を大事にしながら学んでいる姿を見て、衝撃を受けました。それがポピュラーな選択肢として許容されている社会、すごいなと。

2021年に訪れた、Jyderup Højskoleのディナータイム(提供写真)

遠又

社会で選択肢の一つとして認められている留学とは違って、「何のためにフォルケホイスコーレへ行くの?」と周りから聞かれてしまう可能性が高いんです。だからこそ、自分なりの言葉で意味付けをしないといけません。

この余白や学びに投資する意味は何なのか。日本で長期的に休みを取って、コースに参加するには、デンマーク以上にこの問いをきちんと考えないとできない選択なんですよね。

さらに、フォルケホイスコーレは主体性をとても大切にする学校です。参加を決める時から「自分の意思で参加を選択する」というプロセスが重要だと思っています。

意図的に余白を取ることへの罪悪感もありそうですよね。

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遠又

そうですね。東川町に来たばかりのときは、参加者はみんな不安そうなんです。

それがCompathで過ごすうちに段々と楽しくなってきて、帰るときには意味があったと言ってくれます。体感しないと、自由な学びの良さは分かりづらいんですよ。

安井

デンマークでは、何かを始める前の期間を「ゼロの時間」と表現している人がいました。

例えば、フォルケホイスコーレで学んでから、転職した人がいるとします。すると、「新しい会社に入るという次のステップを選ぶ前に、きちんと考えて納得してから選んだ人だ」と評価されるのです。

実際にフォルケホイスコーレを経た人のほうが長く働くことも多いというデータもあるそうです。評価は後からついてくるんですね。

遠又

少し違う視点ですが、デンマークではフォルケホイスコーレは、デモクラシー(民主主義)発展のために文化庁が投資をしている事業でもあるんです。

フォルケホイスコーレという小さな共同体(社会)の中で、もっとよりよい環境が作れないか?とひたすら対話と実行を繰り返し「自分たちの手で社会を作る」ことを学びます。

デンマークで「デモクラシーフィットネス」を広める活動をしている方とのセッションも。(提供写真)

遠又

私自身、以前は首都圏でバリバリ働いていて、世の中の便利さに恩恵を受けていました。しかし、どこか違和感もあった。デンマークに行ったのはそんなタイミングです。

普段いる場所から離れて社会全体を見つめると、日常には本当にこの方向でいいのかを問い直したほうが良いテーマが溢れていると感じて。

フラットな議論ができるフォルケホイスコーレのような場は、日本社会がより良くなっていくためにも必要だと思っています。

「自分の作りたい社会」をテーマにしたアートを制作するプログラムの様子(提供写真)

立ち止まってみるのも当たり前の選択肢として

お二人が東川町に移住して、価値観が変わったと感じるところはありますか?

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安井

都会にいるとなんとなく一人で生きられる気がしてしまうのですが、広大な自然がある東川町にいると本当はいろんなものに支えられていることに気付かされますね。

遠又

ものを考える時間軸が長くなりました。悩んでいると、東川町の人たちには「もう少し長く捉えなさい」と諭されます(笑)。

そもそも、Compathの始まりは東川町の農家さんと知り合い、背中を押していただいたこと。東川町のみなさんの人柄も魅力だと思っています。

東川町のみなさんから学びながら、プログラムを作っていきました。(提供写真)

安井

パソコンでずっと作業をしていると、その中に全ての課題や人間関係が詰まっている感覚になって、眉間に皺がぐっと寄ってしまうのですが、ぱっと窓の外を見ると大雪山がある。

壮大な自然は、自分の悩みを小さく感じさせてくれます。

コースによっては、旭岳の噴気孔へハイキングに行くプログラムも。(提供写真)

都会で働いていた経験が長いほど、余計にそう感じるのかもしれませんね。

お二人が目指す今後の展望について、教えていただけますか?

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安井

東川町の資源を生かした、日本のフォルケホイスコーレ事例を作ると同時に、一度立ち止まって学ぶという選択が当たり前になる世の中を作っていきたいです。

実は、2024年から校舎を持てることになったんです。いろんな人たちが交差する学び舎が作れたらと思っています。

東川町内の使われなくなった施設をリノベーション予定。場所は大雪山がきれいに見える、心地よい風の吹く丘の上。(提供写真)

遠又

日本人のためだけではなく、10年、20年かけて、さまざまな背景を持った人たちが一緒に学べる場所になったらいいですね。

2023年1月に始まるロングコースでは、デンマークからゲスト講師を呼んでいます。

もともと東川町は日本語学校があるので、海外からの留学生が日本で暮らす前段階としてCompathに来てくれるようになったら面白いな、と。

最後に、潜在的にCompathでの学びを求めている方がたくさんいると思うのですが、そんな方々にお二人ならどんなことを伝えたいですか?

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安井

何か違和感を持っている人に、「その違和感は自分の問いの種になるよ」と伝えたいです。

私たちも最初は「このままで良いんだっけ?」という自分への問いから活動が始まりました。違和感を気のせいだとジャッジして自分の気持ちを消していたら、この取組を始めることはなかったです。だから、まずは自分の中の小さな違和感に耳を傾けることから始めてもいいのではないでしょうか。

そして、ときには思い切って休んでみる。日本では「休むなんて、わがままだよ」と言われてしまうこともあるでしょう。

でも、立ち止まって考える時間を取ることは、個人だけでなく、自分の身の回りや、社会までが大きく変わる大きな一歩になると信じています。「これは社会貢献だ」と思いながら、休んでもいいくらいだと思うんです。

休む間の選択肢としてCompathがあるかもしれないし、はたまた世界を旅するかもしれない。探してみれば、方法は沢山ありますよ。

遠又

日本には「職人文化」があり、ひとつのことを極めることが得意な国のひとつです。これはとても素敵なことですが、時に視野が狭くなってしまうこともあると思うんです。

そんなときに、何か決まったものを生み出すわけではないけれど、いろんなことに触れて、とにかくワクワクするパワーを貯める時間があってもいい。

そんな一度立ち止まってパワーチャージをしたいときに、Compathへ来てもらえたら面白いかなと思います。

(提供写真)

2022年12月取材

取材・執筆=矢内あや
編集=鬼頭佳代(ノオト)