WORK MILL

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だれかの仕事に敬意を払う「しごと空間」が、自分の仕事にもつながっていく

小学生の頃、家に届く不動産のチラシを眺めることが好きだった。

マンションや一軒家などの、販売されている物件情報が掲載されているチラシ。お母さんに「おうちのチラシは捨てないで!」とお願いして、間取りの図面を眺めては、自分の家族だったらどんな部屋割りになるのだろう、この家に住んだらどんな暮らしになるのだろう、と妄想して時間を過ごした。

どうしてそんなことが好きだったかというと、私の実家は車の修理工場を営んでいて、家の構造が、いわゆる世間一般的なものとは少し違っていたからだと思う。

1階が工場で、2階は祖父母の暮らす空間、私たち(両親と姉、私、妹)は3階に住んでいた。3階はもともと事務所だった場所を改修したようで、間取りは、言いようによっては3LDKだけれど、そのうちのふたつの部屋は引き戸でつながっている。

さらに我が家ではピアノやエレクトーンなどの楽器がかなりのスペースを占めていたので、リビング以外は、どこがどんな部屋だと明確に決められておらず、時に寝室として、時に子ども部屋、勉強部屋、だんらん部屋、ピアノ・エレクトーンの練習部屋として、みんなですべての部屋を共有し、いろんな使い方をして暮らしていた。

だからずっと、「自分の空間」という概念が私の中にはなかった。それゆえに、同級生が話していたり、ドラマや小説の中でよく見かけたりする「自分の部屋」という言葉に私はずいぶんと憧れを抱き、不動産のチラシを使って、その憧れを妄想していたのである。

そんなこともあって、社会人になってはじめて一人暮らしをした時、私は心底感動した。

自分が思うままに、好きな家具を選べる。ただ選べるだけではなく、それを自分の好きなタイミングで、好きなように模様替えできる! 空間づくりって、こんなに自由でいいんだ、って。

最初に住んだのは、6畳1K、駅から徒歩15分ほどのところにある小さなマンションだった。お金もなかったので、ホームセンターなどでお手頃な家具を購入し、工夫しながら暮らしていて、それはそれは楽しかった。

はじめて一人暮らしをした部屋。パズル型のラックを組み合わせて本棚として使っていた

「自分の部屋」を持つようになって数年が経ち、その状況にも幾分か慣れてきた頃、少し離れた場所に引っ越すことにした。都心から、電車で1時間以上かかる場所だ。

その引っ越しに伴って、通勤時間が増えたこともあり、リモートワークをする機会がぐぐっと増えた。それは今から4年ほど前のことで、世の中の流れに比べれば随分と早かったかもしれないが、当時勤めていた会社の働き方が柔軟だったのだ。

それまでは、会社に出社することが多かったので、家はどちらかといえば「くつろげる場所」であってほしいと思っていた。けれどリモートワークが増えたことで、家は「仕事する場所」にもなっていった。さらにはその頃から、会社勤めをしつつライターや編集者としての副業もはじめたので、家で仕事をする時間は増える一方だった。

私は、怠惰な自分の性格をよく知っていたので、「その場所に向かったら仕事をしたくなるような、背筋がしゃんと伸びる空間を部屋の一部に作ろう」と思った。引っ越した部屋には、扉のない押し入れがあり、そこがデスク代わりになりそうだと思って、そうしてみることに。

人生はじめての、「仕事のため」の空間

「仕事をする」という目的の、そのためだけにある、こぢんまりとした空間がとても好きだった。目の前には、自分が持っている本の中から、仕事関連の本をピックアップしてりんご箱に敷き詰める。自分の仕事観に影響を与えてくれた人たちの本に囲まれて仕事をしていると、なんだかとてもやる気が出た。

次に住んだ家は、広めのワンルームのマンションだ。またここでも「仕事したくなる空間」を作るべく、脚に天板を乗せただけのお手軽デスクを作り、好きな本たちを並べていた。

この頃の私は、自分が好きな「見た目」の空間を作ることが第一優先であり、「思想」の部分はすべて本に任せていたような気がする。あまり家具に対する思い入れもなく、「なんとなく、見た目がいい感じになること」を大切にしていた。

けれど、ここ2年ほどで、ものづくりをしている人たちや、ものを扱う人たちと、お仕事やプライベートでたくさん関わるようになってきて、私自身の「もの」に対しての価値観がずいぶんと変わった。

当たり前なのだけれど、「もの」には思想が宿っていることをあらためて知った。そして、もの自体だけではなく、どんな場所で、どんな思いで売られているかなど、ものを迎える時の状況や背景も、その後の「もの」を使う時の自分の意思に反映されていくことを知った。

私たちが触れているすべてのものは、だれかの仕事の上に成り立っている。そうであるならば、自分が仕事をする空間は、ちゃんと、だれかの仕事に敬意を払える場所にしたい。強いてはそのことが、遠回しにでも、自分の仕事を尊敬することにつながっていくのではないか──。

自分がものと向き合う態度は、私の仕事のその先の部分ともつながっているのではないだろうかと、そんなことを思うようになったのだ。

先月、4度目の引っ越しをして、私はついに「仕事部屋」なるものを手に入れた。パートナーと一緒に暮らすことが決まった時に、「絶対にゆかちゃんは自分の仕事部屋があった方がいいよ」と、彼が提案してくれたのだ。

4.9畳の小さな部屋。「仕事」のためだけの部屋。せっかくの機会だからと、私はそれまで持っていた家具の多くを手放し、ちゃんとすべてを選んで空間を作ろう、と思った。

そうして作られた私の今の「しごと空間」は、背筋の伸びる場所だ。尊敬できる人たちの仕事に囲まれ、私は日々、文章を書いたり、何かをつくったりしている。

「自分だけの空間への憧れ」や「見た目の好み」を大切にしていた時期を経て、いまは「だれかのしごとを感じ、自分のしごとへ生かす空間」に。

まだ引っ越したばかりで少しずつものを揃えている途中だけれど、もっともっと、いいと思える空間にしていきたい。

編集:ノオト