働く環境を変え、働き方を変え、生き方を変える。

WORK MILL

EN JP

しごと場と向き合うことで見えたのは、これまで知らなかった「自分らしさ」だった

「ふだんの仕事はご自宅で?」

そう聞かれる機会が、ここ2〜3年間で驚くほどに増えた。それは、わたしの働き方がフリーランスだからというわけではなく、その会話が「今日は良いお天気ですね」というフレーズと同様か、それ以上に有用なアイスブレイクとして使えることを多くの人が知ったからなのではないかと思う。

フリーランスとして働き始めて、今年で7年目を迎えた。「リモートワーク」「オンラインミーティング」なんて言葉がこれほど市民権を獲得するよりもずっと前から、そういった環境のなかで仕事をする生活を続けている。

それにもかかわらず、わたしが“しごと場”という存在の大切さを考えるようになったのは、2020年の春のこと。きっかけはこの機会に住空間を心地よいものへと整えている多くの人と同じく、世界中を震撼させたウイルスの存在だった。

「“しごと場”をテーマにエッセイを書いてみませんか」とお誘いをもらったのは、慣れなかったはずの日々にもついに慣れを感じてしまった、2022年の春のこと。この2年間で感じたしごと場との向き合い方について、今回は話をしてみようと思う。

「しごと場」について考えるようになった日

振り返ると、わたしは仕事をする空間に対してとても無頓着な人間だったように思う。フリーランスとして独立したタイミングと一人暮らしを始めたタイミングがほとんど同時だったこともあり、収入が安定しておらず、部屋の家具も揃っていない。自室は、落ち着いて仕事ができる環境ではなかった。

そのため、仕事をするためには、締め切り間近の原稿をたんまりと抱えて、どこか自宅以外の場所へと赴く必要があった。ある日は知り合いの会社のオフィスに紛れ込むようなかたちで仕事をさせてもらっていたし、またある日は三軒茶屋の「ジョナサン」にこもった。二子玉川のカラオケ店「コート・ダジュール」でフリータイムパックのお世話になったこともある。

一人暮らしを始めたばかりの頃はデスクがなかったので、床に座って仕事をしていたこともある

「パソコン一つあればどこでも生活ができるようなライフスタイル」と呼べば格好がつくが、単に働く場所に対する関心が低かったのだと思う。実際、締め切りが守れるなら、と駅のプラットフォームで原稿を書いていた日もある。

そういったメリハリの“メ”の字も存在しなかったような日々が一変した。2020年春、初めての緊急事態宣言が発令された。好きなようにカフェを訪れるどころか、スーパーやドラッグストアなどの生活必需品を購入するのすら制限付きだった当時の日々。

不要不急だらけだった外出はすべてなくなり、来る日も来る日も自宅で過ごした。仕事もすべて自宅でこなすようになった。そういった生活を丸2カ月間続けたら、あるとき強いストレスを感じ始めた。

「部屋の居心地がとにかく悪い」

部屋に置かれた“なんとなく”で集めただけの家具や家電が、そう感じさせる理由の一つだった。

当時、わたしが暮らしていた1Kのアパートには自分で購入した家具家電がほとんどなかった。それまで国内・海外を問わず旅に出かけることも多かったために、東京の自宅にある私物はハイエースが一台あれば余裕で収まってしまうほどの量。引っ越しすら自家用車で済んだほどだ。

その代わり、デスクや本棚などの大型家具は、当時リリースされたばかりのサブスクリプションサービスでお借りしていた。部屋に合うかどうか、他の家具とのバランスはどうかなどを検討せずに選んだそれらで作り出された部屋は、どこか味気なくてどうしても好きになれなかった。

レンタルのサブスクサービスを駆使して暮らしていた時代

毎日そういう風景が目に入る日々を通して、わたしは今まで目を向けてこなかった自宅の生活空間が暮らしにおいてどれだけ大切な場所なのかを再認識したのだった。とりわけ、日中の多くを過ごす「しごと場」の心地よさから追い求め始めた。

大切な「しごと場」ができるようになるまで

「ようし、部屋を整えよう」と決めたものの、理想の空間やインテリアなどのイメージがまったくなかった当時、まずはゴールを探そうと雑誌やInstagramなどを昼夜徘徊した。

ついつい「どれも素敵……」と高鳴ってしまう気持ちをなんとか抑えて、インプットを繰り返していく。そのうちに、自分が抱く素敵だと感じる空間への印象が、細かく分けると2つのパターンに分けられることに気がついた。

一つは、「雰囲気が好きで、長く居たいとも感じられる空間」。おしゃれでかわいいとも思うし、自分自身がニュートラルにいられるだろうと感じる空間だ。具体的には落ち着いた色合いの家具や照明などが使用されていることが特徴だった。

もう一つは、「雰囲気が好きだけれど、長く居たいとは感じられない空間」。微妙なニュアンスだが、どこか自分がソワソワしてしまうような空間のことをこう呼んでいる。わたしの場合は白をはじめ明るい色を基調とした端正な空間にこういった印象を抱くことが多かった。

「好き」や「憧れ」を感じる空間は無尽蔵に見つかる。そのなかでわたしは、前者の「雰囲気が好きで、長く居たいとも感じられる空間」を目指してしごと場づくりを始めた。まずは、オフィス環境の要だろうと考えて、デスクとチェアを揃えた。

文筆業という仕事柄、わたしは資料であったり本であったりをデスクに広げる機会が多い。そのため、小さなワークデスクではなく両手を軽く広げられる程度のサイズのデスクを探した。見つけたのが幅120cm、奥行60cmのデスクだった。

また、椅子は座り心地をなにより大切にしたいと思っていたため、実家で愛用していたダイニングチェアを届けてもらうことを選んだ。わたしの実家では、家族一人ひとりが自分の体型に合う椅子を選んで購入するという風習があったためだ。一人暮らしを始めるまで実家で使用していたその椅子は、背中や腰に柔らかくフィットする。

それからほどなくして、大量に集めてしまった書籍や雑誌を整理するために本棚も追加購入した。好きなYouTuberさんの自宅に置いてあるという本棚がたまらなく欲しくなり、大きな買い物を決断した。

今まで雑多に積み上げられていただけの本たちに、本棚という居場所をつくってあげるとどこか生き生きとして見える。決して広い部屋ではなかったけれど、とっておきの書斎空間が完成した。

一通りの家具が揃ったあとに考えるようになったのは、デスクに差し込む光の具合だった。それまでは真っ白い壁に向かってデスクを置いていたが、あるときふと模様替えをしてみようと窓に向かってデスクを置いた。すると、穏やかな光がデスクを照らし、なんだか風通しがよくなったように感じたのだった。

おそらく明るいという理由の他に、景色に清々しさが生まれるという理由があるのだろう。それからというもの、日中に電気を付けることなく過ごせるほど明るい、窓の近くにデスクを置いている。

そして最後に、デスクの上に置くものにもルールを設けた。とてもシンプルだけれど「心からお気に入りだといえるもののみを置く」というものだ。本や文房具なんかがそれにあたるが、目に入る景色は常に豊かなものであってほしい。

家具選び、レイアウト、配置のルール……アップデートを日々重ねることで、わたしはしごと場で過ごす時間を特別に、それでいて朗らかなものだと感じられるようになっていた。

「しごと場づくり」は自分らしさを探す旅なのかもしれない

自分のためのしごと場をつくり始めてから約2年が経過した。SNSで投稿を続けているからか、身近な友人から一度も会ったことのない知人まで、多くの人から「いい空間だね」と声をかけてもらう機会に恵まれ、とてもありがたい。

ただ、わたし自身はまだ、しごと場の正解を見つけたわけではない。さらに居心地の良い空間を目指して、引っ越しを続けているくらいだから、まだまだだ。今は新しく手にした空間をどんなふうに整えようかと、自分自身との対話を重ねている。

この春、引っ越しをして、以前に住んでいた大切な街に戻ってきました

しごと場をつくる過程は、まるで自分探しの旅のようにも感じる。自分にとっての心地よさとはなんだろうか、風通しの良さとはなんだろうかと考える時間は、正解のない迷路をただ自分の直感と経験を頼りに歩んでいるようにも思えるからだ。

こたえはきっとないのだろうし、そのこたえをどう創るのかもまた、自分自身に委ねられている。「しごと場」と向き合うなかでわたしは、そんな自由を手に入れている。

編集:ノオト