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生活圏内にある職住近接コワーキングが不可欠になる未来 リモートワークとコミュニティを両立させるインフラの胎動(カフーツ・伊藤富雄)

(アイキャッチ画像出典:420KENTウェブサイト

テクノロジーの進化によって、人々の働き方はどんどん変化してきましたノマドワークのように物理的にひとつの場所に留まらずに働くことなどの考え方・価値観が登場し、それに伴って新しいトレンドが次々に登場しています。日本最初のコワーキングスペース「カフーツ」主宰者で、世界中のコワーキングスペーストレンドをウォッチしている伊藤富雄さんが気になるテーマをピックアップします。

増え続けるリモートワーカーとオフィスビルの空室

世界中を襲ったコロナ禍は、この3年の間に明らかに我々のワークスタイルを変えた。

米Pew Research Center の直近の調査によると、リモート環境で仕事をするアメリカの労働者の35%が、常に自宅で仕事をしている。これは2022年1月の43%、2020年10月の55%からは減少しているものの、パンデミック前の7%からはかなり増えており、リモートワークが定着しつつあることが窺える。

また、2023年2月現在、41%がハイブリッドワーク(在宅ワークとオフィスワークのミックス)をしており、これも2022年1月の35%から増加している。そのハイブリッドワーカーの59%は、通常、週に3日以上自宅で仕事をすると答え、41%は2日以下だと答えている。

ちなみに、他のリサーチでは、2025 年までには3,620万人ものアメリカ人がリモートワークで働くようになると予測されている。

さらに興味深い数字がある。Bankrate.comのリポートによると、フルタイムで働く、またはフルタイムの仕事を探している労働人口の81%が週休4日制を支持し、68%がハイブリッドワークを、64%がリモートワークを支持しているおり、そのうち実に51%がこれらの選択肢のうち少なくとも1つ叶えられるのなら、転職や業種転換も厭わないとしている。

(画像出典:Bankrateウェブサイト

2021年にGallup社がアメリカのフルタイム労働者9000人を対象に実施した調査によると、リモートワークの最大のメリットは、プライベートと仕事を両立できる柔軟性(回答者の37%)、ウェルビーイングの向上(44%)、通勤時間の短縮(52%)だった。

このうち、最大のポイントは「通勤時間」だろう。通勤は、時間だけではなくコストも、そして体力も消耗させる。通勤がなくなれば、プライベートと仕事の両立もできるし、結果、ウェルビーイングも向上する。

一方、こうしたワーカーの労働観やワークスタイルの変化と、それに呼応した企業の労務政策に伴い、オフィスビルの空室率もパンデミック以降、増加の一途を辿っている。大手商業不動産会社JLLのレポートによると、ニューヨーク市のオフィス空室率は2023年第1四半期に過去最高の17.4%まで上昇した。

リモートワークないしはハイブリッドワークが普及すれば、雇用主である企業がオフィス面積を小さくするのは当然の経営判断だ。とりわけ、大企業にとっては莫大なコスト削減になる。

オフィスへの回帰を呼びかける企業も確かにあるが、半強制的とはいえいったんリモートワークを経験し、進化するテクノロジーに支えられたその有効性を知ったからには、もうこの流れは止められないだろう。

こうして、労働者がオフィスに戻りたがらない状況が続く中、ビルオーナーは空いたオフィススペースについて再考を迫られている。

高級アパートメントのアメニティにはコワーキングが必須に

一方で、在宅ワークに限界を感じているワーカーも少なくない。元来、自宅は仕事をする環境にはできていない。同居する家族の生活パターンを乱す原因にもなり、お互いに息苦しさを感じている家庭が多いのも事実。

こうしたことを背景に、不動産賃貸業界に新たな動きが出ている。まずは、大都市圏から見ていこう。

ここへ来て長引く在宅勤務のトレンドに乗じようと、マンションデベロッパーはニューヨークの高級アパートメント内に、リモートワーカー用のコワーキングスペースを開設し始めている。まさに職住近接だが、ジムやスパ、ラウンジと同じように、もはやコワーキングが高級アパートメントに不可欠なアメニティのひとつになっている。

(画像出典:420KENTウェブサイト

テナントは、自宅とオフィスの両方から距離をおいて仕事ができる「第3のスペース」を求めている。それが、同じ屋根の下、エレベーターで行ける距離にあるのだから申し分ない。

高速Wi-Fiはもちろんのこと、個室オフィスや会議室、ビデオ会議やポッドキャスティング用のブース、プリンター、エルゴノミックチェア、オーディオ・ビジュアル機器などの他、フルサイズのキッチンまで用意されている。

(画像出典:420KENTウェブサイト

もちろん、クライアントや協業パートナーも呼んでビジネスができる。あるいは、週休4日制が現実味を帯びてくると、複業の場としても活用できる。

なかには、クイーンズのAstoria Westのように屋外でも仕事ができるコワーキングもある。

(画像出典:Astoria Westウェブサイト

メリットは仕事面だけに限らない。同じアパートメント内にコワーキングがあり、そこにワーカーである住民が集まり、お互いに知り合う機会を作ることで、コミュニティ組成に一役買う。前述の「プライベートと仕事を両立できる柔軟性」という要求を満たすソリューションのひとつになる。

ただし、高級賃貸物件だけに、家賃は1ベッドルームで月7950ドルになるものがざらだ。

業界筋によれば、コワーキング付きのアパートメントというコンセプトは定着しそうで、多くの物件が居住者の要求に応じてアメニティを再構成しており、都市圏でこれに追随するアパートメントが増えることは間違いないと予測されている。

蛇足だが、コワーキングの管理運営には、ただ設備を維持するだけではなく、あらゆる面でワーカーをサポートするホスピタリティが求められる。そこにはビジネスに必要なセンスとスキルが欠かせない。これはハコモノを扱うことが本業の不動産業者にはいささか荷が重い。

そこで、コワーキングのオペレーションを専門にする事業者との協業が考えられる。まさにコワーキングの5大価値のひとつ、コラボだ。もうすでに始まっていると推察する。

Airbnbのオフィス版「Radious」が実現するシェアリングエコノミー

さて、もうひとつの新しい動きは、もう少し規模の小さな町で行われている、これもまた職住近接のコワーキングだ。

自宅をワークスペースとして提供し、他人の家をワークスペースとして利用するワーカーとマッチングするサービスが、ポートランド発祥のRadiousだ。Airbnbのオフィス版といえば判りやすいだろうか。

(画像出典:Radiousウェブサイト

オフィスでも自宅でもない第3の労働環境として、同じ町内の住民の家もしくはその一部を利用するので、シェアリングエコノミーのいち形態とも言える。(※オーナーも利用者とともにワークする「ホームコワーキング」とはまた別の概念)

例えば、この一軒家。

(画像出典:Radiousウェブサイト

デスクがひとつにミーティングルームが3つ、トイレがひとつ。最大12人まで。ワークスペースが混んできたら、ベッドルームや2階のセカンドリビングルームも使用できる。クルマは路上駐車OK。冷蔵庫、電子レンジ、アイロン、調理スペースあり。ペット可。

一日87ドルで、他に清掃代50ドルとサービス料17.4ドルで計154.4ドル。一見、高そうに思えるが、貸し切りと考えれば逆にリーズナブルかもしれない。

こちらは、ウィスコンシン州ミルウォーキーにある物件。

(画像出典:Radiousウェブサイト

120ドルで、清掃代45ドルとサービス料24ドルで計189ドル。

デスクがひとつにミーティングルームが3つ、トイレがひとつで、最大8人まで。ここにはプリンターがある。路上駐車OK。冷蔵庫、電子レンジ、アイロン、調理スペースあり。それで、一日120ドルで、清掃代45ドルとサービス料24ドルで計189ドル。

ここらへんが相場かと思ったが、なかには一日650ドルというこんな物件もある。

(画像出典:Radiousウェブサイト

清掃代とサービス料を加えると840ドルもするが、リンク先のサイトに掲載されている画像をご覧になれば判るように、家庭的な(と言っても、そこそこグレードの高そうな)調度品が、居心地の良さを十二分に演出している。

こういう雰囲気の中で、リラックスしてデスクワークに勤しみ、思考を巡らしたりアイデアを交換したりできる、そこがこのサービスの最大のウリであり、無機質なオフィスには望むべくもない。

最大12人まで利用可なので、人数割りすると割とリーズナブル。ただし、オーナーが重度のアレルギーなので、ペット不可。こういう但し書きが、機能一辺倒のオフィスと違っていて、逆に好ましい。

このサービスの創業者は、もともとAirbnbで自宅の一部をツーリスト向けにレンタルしていたところにパンデミックが発生して閉鎖となり、途端に財政的な危機を迎えて思いついたのが共用のワークスペースだった。

ワークスペースの場合、宿泊しないので掃除や洗濯の手間も省け、部屋の傷みも少なく、消耗品も少なくて済む。これがコスト的にも労力的にも、オーナーとしては最も喜ばしい。利用者は法人である場合が多いので、比較的リスクが少ない。

共同創業者のAmina Moreau氏はこう語る。

多くの企業にとって最も重要なのはコスト削減です。社員が週に1〜2回しか利用しないのに、週7日分のオフィスの賃貸料を払うのは経済的合理性を欠いています。事実、パンデミック以降、多くのリース契約が終了しています。

しかし、未来永劫自宅で仕事をすることが、すべての人にとって相応しいとも言い切れません。私たちは何万年もの間、人と直接会い集まってきました。同僚に会うためであれ、仕事とプライベートを切り離すためであれ、人には「行く場所」が必要なのです。

Radious Lets You Rent Out Your Home As a Coworking Space

世界中で、パンデミックが落ち着く前から、都市圏ではなく郊外にコワーキングが増えて来ているのは、通勤しなくなったワーカーの、自宅に近いところで第3のスペース(=ワークスペース)を持ちたいというニーズが高いためだ。

しかし、ポートランドやミルウォーキーのような比較的中規模な町ではコワーキングスペースはまだまだ未発達なのが現状だ。そこでRadiousは、在宅勤務と従来のオフィスを組み合わせたサードプレイスとして、一般の居住物件とワーカーをマッチングするビジネスを始めた。実に絶妙なところを突いている。

しかも、前述の大都市における高級アパートメントと同じく、ワークスペースを共用することで、地域のコミュニティを活性化することにもつながる。また、雇用主である企業側にすれば、保証金を積んで毎月定額で支払う不動産賃貸借契約ではなく、利用料金のみのコストなので、大幅なコスト減になる。

コワーキングは、ワークスペースをワーカーが共用するという意味で、それ自体がシェアリングエコノミーだが、活用されていない地域の不動産物件を「すでにあるものを使う」という発想でワークスペースとして提供し新たな価値を生むのは、まさにシェアリングエコノミーそのものと言える。

Amina Moreau氏はこうも言っている。

従業員はもはやオフィスへの定期的な通勤を望んでおらず、それを強要する雇用主は優秀な人材を失い続けるだろう。

Remote possibilities: This startup is building an Airbnb-style platform for home office rentals – GeekWire

まったくその通り。ヒト・モノ・カネ・情報は「4大経営資源」と言われるが、最も重要なリソースである「ヒト」は、もはやリモートワークやハイブリッドワークを前提に考える時代だ。

空き家と公民館の活用で生活圏内にコワーキングを

とはいえ、日本では一般人が他人に住宅を開放するのにはいささか抵抗があるのも事実。ただし、空き家となれば話は別だ。

総務省の「平成30年住宅・土地統計調査」によると、2018年の空き家は全国で848万9000戸、空き家が総住宅数に占める割合は13.6%だった。これが、2023年には空き家数1,293万戸、空き家率19.4%になると予測されている。なんと、5軒に1軒が空き家ということになる。これを活用できないか。

例えば、これを自治体が家主から借り上げて、地域住民のためのワークスペースとして整備し、利用を促すのはどうだろうか。前述のように、これまであまり顔を合わせることのなかったワーカーが、共用のワークスペースに集うことで地域コミュニティの組成につながり、結果、まちづくりにも寄与する。

コワーキングは単なる作業場ではなく、人と人をつなぐハブであり、そこを利用する人のさまざまな活動をサポートするスキームだから、同じエリア内で暮らす人たちで、仕事以外のテーマが動き出す可能性が高い。それらのテーマは、大きく下図の8つに分類される。

また、地域住民がチームを組んで共同でコワーキングを運営することも検討したい。つまり、自分たちのワークスペースを自分たちで運営し、維持継続する。前回も書いたコワーキングの自治運営だ。コミュニティの結束を固めるのにも有効だ。

もうひとつ、どの地域にもある公民館をコワーキングとして活用するというアイデアもある。

令和3年度の社会教育調査によると、全国の公民館数(公民館類似施設含む)は1万3798館だが、年々減少の傾向にあり、実体として地域住民に有効に活用されていないケースも多いと聞く。

文部科学省のWebサイトによると「公民館は地域住民にとって最も身近な学習拠点というだけでなく、交流の場として重要な役割を果たしている」となっている。それはコワーキングが人と人をつなぐハブであることとなんら矛盾しない。

現在、公民館をコワーキングとして利用する試みは島根県のとある町でも実行されつつあるが、今後、日本中の公民館でコワーキングが立ち上げられ、ネットワークする日がいずれ訪れると、ぼくは夢想している。

リモートワークやハイブリッドワークが社会に浸透するに連れて、働く場所が遠隔化するとともに、一方で生活圏により近いところにも置くようにもなってきた。この傾向は、地域によってその普及スピードは違えど、当分衰えることはないものと思われる。

生活圏内にあるコワーキングが地域に不可欠なインフラとして価値を提供する。世界はそういうフェーズに入っている。

参考リンク:
35% of workers who can work from home now do this all the time in U.S. | Pew Research Center
Survey: 89% Of American Workforce Prefer 4-day Workweeks, Remote Work Or Hybrid Work | Bankrate
Luxury NYC buildings woo residents with coworking spaces as remote work lingers
公民館の振興:文部科学省
社会教育調査-令和3年度結果の概要:文部科学省

企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト