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持ちたいのは誠実なオープンマインド 札幌でゲストハウス・本屋・シェルターを営む神 輝哉さんの仲間の輪の広げ方

次の一歩を踏み出したいとき、大きなきっかけや助けの一つとなるのが友人や仲間の存在です。

札幌在住の神輝哉さんは、東京の出版社勤務を経て、地元・北海道へUターン、ゲストハウスを立ち上げました。コロナ禍により宿泊業に打撃を受けつつも、シェルターの運営、本屋を開業し、さらに遺品・生前整理業の仕事へと活動の場を広げてきました。

多様な仕事をする現在に至るまでには、多くの仲間や協力者の存在があったそう。そんな神さんに仕事や世の中との向き合い方、人の輪の広げ方を伺いました。

神輝哉(じん・てるや)
1980年、北海道札幌市生まれ。高校卒業後に上京、大学進学、出版社の営業職を4年半勤めた後、結婚を機にUターン。2014年、“UNTAPPED”(=未開発の・まだ見つかっていない)な北海道を満喫する旅人のためのゲストハウスUNTAPPED HOSTEL(アンタップド・ホステル)」を開業。2020年には、コロナ禍などにより困窮する人の一時受け入れ先としてシェルターを開設。2021年、別館1Fを改修、新刊書店の「Seesaw books(シーソーブックス)」をオープンする。炊き出し「おおきな食卓」や音楽・トークイベント、ビアガーデンなど各種イベントも手掛ける。2023年に入り、終活窓口サービスもスタートした。

札幌へUターン、出版社勤務からゲストハウス経営者へ

札幌駅から地下鉄で2駅、北海道大学のほど近くという立地の「UNTAPPED HOSTEL」

神さんが何をしている方なのか、ひと言では表せないのですが(笑)。札幌から大学進学で上京、そのまま就職とキャリアのスタートは一般的だったのですよね?

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札幌の高校卒業後、一浪して大学から東京へ行き、出版社で営業職として4年半勤めた後、札幌に戻ってきました。

結婚し子どもができたので、子育てするには札幌の方が良い環境だろうという判断が理由の一つ。

もう一つは、将来的に自分で何かをやりたいと考えていたので、このタイミングでUターンして、宿をやろうと。

仕事を探そうではなくて、最初から宿をやろうと決めて、札幌に戻ったのですか?

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「居酒屋でもバーでもいい。とにかく人が集まる場所を作りたい!」という気持ちが先にありました。人と人が直接出会って何かが起こるフィジカルな場所というか。

それで、自分の経験を踏まえて棚卸ししていったら、宿ならできるのではないか、と。旅をするのが好きでしたし。

どんなところを旅してきたのですか?

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アメリカに一人旅で3カ月行ったのを皮切りに、ヨーロッパやアジアを2カ月単位で何回か……。そんなにすごいバックパッカーではないですよ。

宿を始める前に、旅先でいろいろな人と出会ったり、さまざまな宿に泊まったりという経験があったのですね。

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そうですね。加えて、当時、日本ではゲストハウスという業態の宿泊施設がまだ多くはなかったので、ビジネスとしても期待できるかなという見立てもありました。

準備期間を経て、2014年12月に「UNTAPPED HOSTEL」をオープンしました。2015年2月には、さっぽろ雪まつりもあり、営業は順調に軌道に乗りました。

神さん自らDIYを行い完成させたというゲストハウスの室内

オープンからほどなく、宿を拡張したきっかけは?

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2016年、宿の裏手にある民家に暮らしていたおばあちゃんが「家を手放すので使いませんか?」と声をかけてくださって。

素晴らしい庭とともに譲り受け、リノベーションして別館としてオープンしました。

隠れ家的な庭から別館を臨む

その方は、ご親戚ではないですよね? なぜ、神さんにそんな声かけを?

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普段からよく声をかけあって、仲良くしてもらっていたんですよ。あと、おばあちゃんの家の雪かきをしたり……(笑)。それで信用してくれたのかな。

友人のSNS投稿をきっかけにシェルター運営へ

2棟目の建物も加わり、インバウンドの影響などもあって、順調に宿を経営されていたところに、新型コロナウイルスの流行がきてしまったのですね。

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実は、2019年頃から、札幌市内の宿泊施設が増えたり、民泊新法が成立したりの影響で売り上げが横ばいになってはきていたのです。

「何か手を打たねば」と考えているところに、コロナによる大打撃を受けました。月の売り上げは数万円まで一気に下がり、2020年の2月にはお客さんが1人もいない状況まで陥りました。

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そんな中、大学時代の友人がFacebookでシェアした記事を見かけたんです。

緊急事態宣言を受けて、ネットカフェの営業時間が短縮になり、それまでそこを仮の宿としていた人たちが寝泊まりする場所を失ってしまった。東京都内だけでも、その数は4000人にものぼるというものです。

「札幌ではどんな状況なのかな」と思いつつ、自分もその記事をシェアしながら、なんだかいずくなってきたんですよね。

いずくなった?

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「いずい」というのは北海道弁で「居心地悪い」といった意味です(笑)。問題をSNSで拡散することで自分も社会的に何かやったような気になっているけれど、それは違うのではないか、と。

今、目の前には、もぬけの殻になった宿がある。ならば、それを活用してもらったらいいんじゃないか……。それで、すぐに北海道の労働と福祉を考える会(※)にコンタクトを取ってみました。

※ 1999年からホームレスの人たちの調査・支援をしている団体。北海道大学のゼミが主体となって発足した。

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その団体が窓口になってくれて札幌市から連絡があり、市と直接契約を結びました。2020年の5月に、別館の一部を住むところに困っている人のためのシェルターにしました。

当初は1カ月間のみのお試しで始まったのですが、結果的には半年間、札幌市の補助を受けながら、シェルターを続けました。

収益アップのための新規事業立ち上げのはずが……

半年を経て、どうなったんですか?

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補助を受けてはいましたが、シェルターとともに炊き出しなども始めていたのもあって金銭的には綱渡り状態で……。継続していくためにお金が必要でした。そこで、別館の1階部分を利用して収益事業を始めようと考えたのです。

と同時に、ホームレスの人が存在するという現実を、道行く人たちが知り、当事者と緩やかに繋がれる場所にもしたいと思いました。

それで、本屋の開業へと進んでいったわけですね。

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はい。出版社勤務でもありましたし、もともと本は好きで。札幌に小さな本屋が本当に少ないという現実もきっかけの一つになりました。

居酒屋やカフェなどではなく、もっと公園のようにふらっと立ち寄れる場がいいのではと思ったんです。本屋であれば、たとえお金がなくても入れるじゃないですか。

アーティスト相川みつぐさんの壁画がにぎやかに出迎える

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出店にあたっては、クラウドファンディングに挑戦しました。150万円の目標金額に対して、500%に届かんばかりの700万円越えのご支援をいただきました。

また、クラウドファンディングばかりではなく、「神、これ持ってけよ」と、飲み屋でポケットにお金を入れてくれる人などもいて。

合計で800万円余りのご支援を受け、2022年10月「Seesaw books」のオープンに漕ぎつけました。

でも、実際のところ、書店の経営って厳しいところもあるのではないですか?

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正直、そうなんですよね。収益事業のはずだったんですけど……(笑)。でも、始めちゃいましたからね。

もちろん、うれしいこともありましたよ。会社員時代の先輩や後輩との縁が再び繋がったり、本を通じてこれまで接点のなかった人や文化との新たな出会いがあったり。

ここでも新旧のご縁の広がりがあったのですね。

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さらに、さまざまな方に幅広く開かれた場所を作れた、という実感はありました。社会問題に対する態度や発言を明確にできる素地ができたとも感じましたし。

書店という地域に根を張る商売を始めたことで、ここでの信頼度も高まったようにも思います。

シェルター運営が新しいドアを開いた

ところで、神さんは新しい分野に踏み入れようという時、どのように始められるのでしょうか? メンターのような方はいらっしゃるのですか?

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メンターは特にいませんね。宿を始める時は、周りの人たちの力を借りつつも、自分たちで実際の現場で当たって失敗して、そこから何か学んで……というのを繰り返してきました。

今までのお話を聞いていると、困ったときに助けてくれる方がたくさんいる印象を受けました。もともとご友人は多い方ですか?

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多い方だとは思います。しかし、やはりシェルターを始めたことが、人間関係も含めていろいろな面において大きなターニングポイントだったと思っています。

年に数回開く炊き出し「おおきな食卓」には学生やさまざまな人が集まる

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コロナ禍で観光業や宿泊業がピンチになった時に、キャンプ場を新設したり、テントサウナがブームになったりとベクトルが外向きに、自然寄りの事業を広げる方が多かったと思うんです。

自分自身の場合は真逆で、インナー・シティ、貧困などの社会問題に気持ちが向かっていったんですね。

楽な道ではないですよね。

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確かに、しんどい道を選んだなという気持ちはありますが、あのタイミングでこちらの方向性にシフトできたのは本当に良かったなと思っています。

自分の中で、今まで見て見ぬふりをしてきたというか、見なくても済んできた社会の現実に触れて、自分の新たなもう一つ、人生のドアを開いたような感覚もあったんですよね。

人生のドア?

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ちょっと大げさですけど、「新たな次の人生が始まるかもしれない」という実感がありました。

シェルターを始めるにあたっては、周囲の人たちにはかなり驚かれましたし、ずいぶん反対もされました。その分、インパクトも大きくて、それまで繋がりがなかった人たちがこの場所に関心を持ってくれたのです。

店先や庭にはベンチが多く配置され、人が集まりやすい雰囲気に

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クラウドファンディングの支援者もこちらから知らない方が大勢いらっしゃいましたし。

東京・神楽坂にある「かもめブックス」の柳下恭平さんを紹介してくださったのも、シェルターきっかけで新たに繋がった方でした。

持っていたいのは誠実な「オープンマインド」

神さんが考える仲間の輪を広げるコツとは?

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「オープンマインド」が大事なのではないでしょうか。自分が見ている世界が全てではないという意識。世界にはいろいろな人がいて、その人たちを理解するまでは難しいけれども、存在を忘れずにいられるかどうか。

日本の社会は、年功序列的なところがまだまだあって、ある程度の年齢になると付き合う人が固定されてどうしても幅が狭くなってしまいますよね。それは仕方ないことですけれど、それを世界の全てだと思わないようにすること。

夏には中庭でビアガーデンの開催も

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年上の人からも年下の人からも学べることはたくさんあるはずですし、違う階層に目を向けるのは大切なことだと思います。

階層を上下で表すのは語弊があるかもしれませんが、意識として、分け隔てなく階段をあがることもできるし、おりることもできる人間でいたいな、と自分でも思います。

最近は趣味などの仕事以外のコミュニティを持っている方も多いと思うので、そういった感覚を理解できる方が増えているのではないかなとは思いますが。

仕事以外のコミュニティにいると、人との関わり方も全然違うと気づきますよね。

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そうなんです。やはり会社の中にいると、同じような価値観の人ばかりになってしまいがちですよね。

でも、仕事帰りにバーや飲み屋なんかに立ち寄ると、雑多な人間がいて。そこでいろいろな考え方に触れることもできるじゃないですか。そういうのが案外大事だと思いますよ。

一歩、自分のテリトリーから外れたところで、周りを見て、こんな感じもあるんだっていうのを吸収するだけでも、わくわくする方に向かっていける気がしますね。

次は、どんなことをされるんですか?

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シェルターでの関わりから、必要性を感じた生前整理や遺品整理を仕事として立ち上げることにしました。終活窓口サービスですね。

荷物の整理回収から処分、販売とワンストップで引き受けて、シェルター利用者の仕事を生み出したり、本の販売に結び付けたり。続けていくための収益もうまく出していけそうです。

これまでの取り組み全てに繋がっていきそうですね。

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はい。おじいちゃん、おばあちゃんの思い出話を聞きながら手を動かしていると、その人たちの人生の一端に触れるようで、重くもありますが、興味が尽きません。

これほどまでに人生というのは多様なものであるのだと思い知らされます。大事な仕事だなと思いますね。

ここからまた新たな出会いが広がりそうですね。

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そうですね。気負わずに、これからもスモール&タフの精神でやっていこうと思います。

2023年7月取材

取材・執筆=わたなべひろみ
写真提供=神輝哉
編集=鬼頭佳代/ノオト