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フレックススペースとはどんな考え方? 新時代のキーワードは契約期間や費用の柔軟性・出会いの多様性(カフーツ・伊藤富雄)

テクノロジーの進化によって、人々の働き方はどんどん変化してきましたノマドワークのように物理的にひとつの場所に留まらずに働くことなどの考え方・価値観が登場し、それに伴って新しいトレンドが次々に登場しています。日本最初のコワーキングスペース「カフーツ」主宰者で、世界中のコワーキングスペーストレンドをウォッチしている伊藤富雄さんが気になるテーマをピックアップ。今回は、「フレックススペース」をキーワードに世界の最新事情をご紹介します。

2022年9月、日立製作所が首都圏にある約40のオフィスを集約し、面積を2割削減する方針を固めたと発表した。

コロナ禍を経てリモートワーク、あるいはハイブリッドワークが定着し、社員の出社率が5割程度になったというのがその理由だが、大企業のこうした動きはこれがはじめてではない。

2022年度末までにオフィスを50%程度の大きさに最適化する「Work Life Shift」のコンセプトを打ち出した富士通、2022年6月に在宅勤務をデフォルトとする新ルールを発表したNTTなど、ここへ来て日本の大企業のオフィスに対する考え方が大きく変化している。

パンデミックのせいで余儀なくされた在宅勤務。最初は及び腰で取り入れたものの、テクノロジーに助けられて経験を重ねるにつれ、業務に大きな差し障りがないことを企業と社員が共有された。

とはいえ大きな流れとして、一つの組織に属するワーカーがその企業が持つオフィスに集結して業務に就く、という構図は以前と変わらない。

しかし、海外ではパンデミックがもたらしたパラダイムシフトによって、ワーカーと企業にとってのワークプレイスが再定義され、もっと柔軟な労働環境を整備する動きが目立ってきている。

企業がアフターコロナにおいて抱える最大の課題は「どこで働くか」という問いに答えることだ。そこで、本社となるオフィスは存続しつつも、社員はそこではなく別のワークスペースを利用する流れが生まれている。それが「Flexible Workspace(以下、フレックススペース)」だ。

フレックススペースとは、
・ワーカーが業務に合わせて異なる施設を利用できる
・企業は短い単位で契約でき、即入居できる
・他の企業やスタートアップなど、異なるコミュニティの利用者とも交流できる
などの特徴を備えた、新しいオフィススペースの考え方だ。

今や、IBM、マイクロソフト、PwCといった大企業がフレックススペースの利用者に名を連ねている。それには、そうする理由があるからだ。一つずつ詳しく解説していく。

フレックススペースの利用契約より柔軟

フレックススペースのハード面は、従来のオフィスとさして変わるところはない。デスクやチェア、電話、パソコン、高速インターネットなど、通常の仕事に必要な設備や機器はおもちろん、家具、清掃サービス、セキュリティスタッフなど、オフィスに必要なものがほぼすべて含まれている。

従来のオフィスと異なるのは、ワーカーのさまざまなニーズに応じて、ある日は会議室でグループワーク、次の日はホットデスクで個人ワーク……というように、文字通りフレキシブルに利用できる点だ。

近年、日本でも「ABW(Activity Based Worrking)」という考え方を取り入れ、ワーカーが作業や気分に合わせて場所を選んで働けるようになる流れはある。しかし、それはあくまでも先進的な企業にとどまり、セキュリティなどの問題を理由に多くのオフィスは従来の固定的な運用のままだ。

フレックススペースが、これまでのオフィスと決定的に違うのはその契約形態だ。従来の賃貸リース契約では、海外の場合、5〜10年以上の契約期間が必要だったが、フレックススペースの場合、あくまでも利用契約なので1カ月から契約できる。週単位、日単位、時間単位でデスクを利用できるワークスペースさえある。

これは、企業が展開するプロジェクトに合わせてダイナミックにスペースを移動させられることを意味する。例えば、ターゲット市場の近くに短期間だけプロジェクトチームを配置するのもいつでも可能になるのだ。

あるいはまた社員を集約させる、あるいは分散させるといった際に、その数の増減に合わせて、自社のペースで拠点を自在に整備することもできる。例えば、オフィス面積を縮小したい場合、ワークスペース戦略にフレックススペースを取り入れ、社員が必要な時に必要な分だけ地域のワークスペースを利用することも可能だ。

こうして、これまでたとえデスクにいなかったとしても発生していた家賃という莫大な固定費を、利用料に置き変えることで企業のコストを大幅に削減できる。かつ、賃料から光熱費、内装工事費まで、すべての費用が月額で一括管理されるため、賃貸オフィスのような高額な初期費用もなく、より規則的で予測しやすいキャッシュフローを維持できる。


ちなみに、IASB(国際会計基準審議会)が2016年1月に発表した、新リース会計基準であるIFRS16号では、オフィス賃料は資産と負債に計上されるため、ROA・負債比率・自己資本比率といった財務指標が悪化することになる。これは上場企業やグローバル化を推進する企業に適用されるが、コロナ前にWeWorkに上場企業が大挙して転居した時期と一致する。そう、WeWorkはその頃からすでに、大企業をクライアントに持つフレックススペースのブランドだったのだ。

また、契約から入居までの期間が非常に短いことも、フレックススペースのメリットのひとつだ。内装のカスタマイズが必要ない場合なら、数週間あるいは数日でオフィスが使えるようになる。中には24時間以内にオフィスを探し、入居した企業もあるという。このスピード感はこれまでの賃貸オフィスにはない。

こうしたいわゆるアジリティ(機敏性)は、今や企業にとって急速に進化する顧客や市場の変化に対応するために不可欠だ。オフィスという最も機動性の乏しいツールを、このように利用できるメリットは大きい。

フレックススペースのさらなるメリットは

企業がフレックススペースを採用するメリットは、まだある。まず時代に即した新しい働き方を試行する環境を手に入れられること。

フレキシブルなスペースは組織内のイノベーションを促進する。例えば、他の大企業やスタートアップ、またはフリーランサーとスペースを共用することで、社員はさまざまな情報やアイデア、考え方に触れることができるようになる。そこから、新しい顧客や協業パートナーとの出会いなどネットワーキングのメリットも生まれる。

さらに期待できるのは、優秀な人材の確保と定着だ。近年、テクノロジーの恩恵を受けた有能なプロフェッショナルほど、率先してリモートワークを実践している。ネット上で利用できるコラボレーションツールのおかげで、遠隔地にいる社員間でも一定のコミュケーションは維持でき、ビジネスの進め方もより多様になってきている。

しかしその反面、他の社員とのリアルなつながりが希薄になり、コミュニケーション不全に陥り、孤独感に苛まれるワーカーも多い。一人では仕事はできないし、生きてもいけないから当然だ。これは、物理的なオフィスがなくなってはじめて気づくことかもしれない。

そうした場合に備えて、彼らが望んだときに自由にアクセスできるフレックススペースを用意しておけば、交流を促進するソーシャルエリアを作ることができ、お互いの絆を深め、健全な仕事上の関係を強化し、より仕事に没頭しやすくなる。

つまり、フレックススペースにはエンゲージメントを高める効果がある。今後、こういった働く場所があること自体が、優秀な人材を獲得し確保する上で欠かせない要件になる可能性は高い。

従来のコワーキングスペースとの違いとは?

ここまで聞くと、「では、従来のコワーキングスペースとの違いはなんだろう?」と考える人もいるかもしれない。ここで、近年のコワーキングスペースを取り巻く環境を振り返ろう。

もともとコワーキングスペースは、オープンスペースといくつかの小さな個室を中心に提供され、フリーランスなどさまざまな業種の人々が交流をしながら利用をしていた。その後、大企業がコワーキング業界に参入するにつれ、大規模な個室オフィスもレンタルするようになり、会議室やラウンジ、アメニティを備えた共有スペースなどを備えるようになっている。2020年のコロナ禍以降は、在宅勤務を導入した企業の社員の利用者が増えている。

このような視点で見ると、フレックススペースは、人との交流に重点が置かれたオープンスペースのあるコワーキングスペースが発展した形だと考えられる。

フレックススペースの市場規模

ここ数年、海外ではフレックススペースの話題でもちきりだ。毎日、いくつかのニュースレターで国外のコワーキングの動向をチェックしているが、フレックススペースの話が出てこない日はほとんどない。

ことに不動産業界においては、フレックススペースによって、アフターコロナにおけるビジネスのあり方がドラスティックに変わってしまうほどの状況にあるように見える。

ヨーロッパで最も成熟したフレックススペース市場をもつロンドンでは、ワーカーが在宅勤務から出勤スタイルへ戻りはじめる流れの中で、コスト削減を見据えて従来のオフィスからフレックススペースの活用へ変更した企業も多い。

2020年初頭、ロンドンには1710万平方フィートのフレックススペースがあり、オフィス総面積の7%を占めていた(2012年の段階で、この数字はわずか1.9%だった)。これは一時的なブームに過ぎないという観測もあったが、フレックススペースの人気は急上昇しており、コロナ直前の時点ですでに「2030年までに多くの企業のオフィスポートフォリオの30%を占める」とまで予測されていた。今では、この成長はさらに加速すると考えられている。

このような成長が起きた場合、同じイギリスのノーサンプトン、ノッティンガム、レディングなどの市場では最低でもフレックススペースの供給量を現在の150%、イングランドとウェールズでは140%にする必要がある。その他のイギリスの都市では135%以上、すでにフレックススペース市場の成熟度の高いバーミンガムとマンチェスターですら120%程度が期待されているそうだ。

そして、パンデミックによって膨大な従来型オフィスの空きスペースが発生した。これらがフレックススペースを供給するために使われ、これがイギリス全体のワークスペース状況を大きく変える可能性もある。

一方、日本ではどうか。ザイマックス不動産総合研究所のリポートによると、東京23区のフレックススペース(※同社は「フレキシブルオフィス」と呼んでいる)の総面積は約21.4万坪となっており、東京23区オフィスストック(1,298万坪)の約1.6%にあたる。

(画像出展:ザイマックス総研 フレキシブルオフィス市場調査2022)

洋の東西を問わず、今後ますますフレックススペースのニーズは高まると思われる。

フレックススペース業界を取り巻くスタートアップ事情

こうした市場の動向を受けて、早速新しいサービスが現れている。例えば、「Codi」は、「ワーカーは週に2〜3日だけ通えるプライベートな空間を望んでいる」と考えていて、企業とフレキシビリティの要件に合った物件をマッチングするマーケットプレイスを運営するスタートアップだ。

(画像出典:Codiウェブサイト)

確かに「月単位」と「日単位」ならば、後者の方がフレキシブルと言える。そこをCodiは突いてきた。いわば、企業単位でドロップインするようなものだ。

フレックススペースをサポートするスタートアップは他にもあり、そこかしこで投資家から熱い期待が寄せられている。例えば、「Robin」はフレックススペースとユーザーをマッチングするプラットフォームだ。先般、オーストラリアのAtlassian Venturesから投資を受け、これまでに総額6,000万ドル以上の資金調達に成功している。

(画像出典:Robinウェブサイト)

フレックススペースがこれほど受け入れられる背景には、企業のニーズを満たしていることもさることながら、それ以上に、とりわけミレニアル世代以下のワーカーの「場所を選ばないワークスタイル・ライフスタイル」が、広く社会に許容されるようになってきたことは無視できない。

フレックススペースは、今後、規模を問わず、あらゆる企業にとって価値のある労働環境の選択肢になるはずだ。ただ、ワーカーの視点を持たず企業メリットだけで臨んでは大きな落とし穴がある気がしないでもない。

注目しておきたいのは、前述したように他社との意外な出会いやコラボレーションが起こせる環境になり得るかどうかだ。例えば、東京・下北沢の「SYCL by KEIO」ではさまざまな属性のワーカーが交流できるように設計されている。

(画像出典:SYCL by KEIO

こうした文字通りハイブリッドなワークスペースが、日本の企業にも歓迎される日がすでに訪れている。それは、我々のワークスタイル自体が変革の時期を迎えているということにほかならない。

時代は変わるのだ。

企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト