週10時間働けば、1カ月休んでも大丈夫。育休中に少しだけ働くことを選んだ経営者・世一英仁さんの「育児体験記」
「育休を取りたい」と思う人が、もっと気軽に取得できる社会を実現したい――そんなビジョンのもと、19(イクキュー)の日にちなんで、育休について考えるイベントを定期開催することになりました。
近年では性別にかかわらず育休を取るケースが増えつつあります。2022年には育児・介護休業法の改正により、休業中の就業も可能になりました。
今回は、「育休を取った経営者と、育休中に働くことを考える」というテーマで対話しました。ゲストは、2020年に育休を取得された、株式会社キュービック代表取締役の世一英仁さんです。モデレーターは、第1子の誕生を機に2カ月の休暇を取得した、株式会社オカムラWORK MILL統括センターの垣屋譲治が務めました。
ー 世一英仁(よいち・ひでひと)
株式会社キュービック 代表取締役社長。1981年埼玉県出身。東京大学法学部卒業後、デジタルマーケティング事業を開始。2006年に事業を法人化、現在に至る。ヒト起点のマーケティング×デザインが特徴。インサイトを的確に捉え、人々をよりスムーズな課題解決体験へと導く。現在18期目、従業員約300人、内約半数が学生インターンという特徴的な組織となっている。
ー 垣屋譲治(かきや・じょうじ)
株式会社オカムラ WORK MILL統括センター。2005年、(株)岡村製作所(当時)入社。オフィス環境の営業、プロモーション業務を経て、「はたらく」を変えていく活動“WORK MILL”プロジェクトに立ち上げから参画。2017年、社内働き方改革プロジェクト フォロー担当を皮切りに、推進担当・事務局長などを務める。2019年からは共創空間Seaの企画運営リーダーも務める。
育休取得にあたって用意した、働き方の「マイルール」
実は私と世一さんは学生時代からの友人で、その縁もあってゲストとしてお声がけしました。
垣屋
世一
デジタルメディア事業をメインとした株式会社キュービック代表の世一英仁です。よろしくお願いします。2020年に第1子となる息子が生まれて、現在は2歳7カ月です。
キュービックは「働きがいのある会社ランキング」で5年連続ランクイン、2022年度は総合ランキング第3位、女性ランキング第2位で表彰されています。
その一方で、経営者である僕が育休を取得したことは、社内では衝撃的な出来事として受け止められたようです。今回は、育休時の体験をシェアしたいと思います。
育休を取った時期や期間から伺えますか?
垣屋
世一
妻は里帰り出産をしていて、自宅に戻ってきたのは子どもが生後3カ月の頃でした。僕はそこから丸1カ月間の育休を取っています。
「育休を取ろう」と決めたのは、いつ頃でしたか?
垣屋
世一
子どもを授かったことが分かってすぐですね。会社や妻にも事前に話していたんですが、当時は誰も信じていなかったみたいで(笑)。
それまでは朝から夜まで仕事する生活だったんですか?
垣屋
世一
そうですね。夜は会食に行ったり、土日も仕事したり。なので、育休の準備を始めても周りは「本当に休むんですか?」という反応でした。妻も最後まで冗談だと思っていたようです。
でも、経営者の立場で1カ月休むのは難しいのでは?
垣屋
世一
はい。経営会議や、僕自身が出向くことを期待されている仕事もありますから。
そこで、育休中も仕事をするためのルールを設けました。例えば、「最大で1日3時間程度までは仕事OK」とか、「メールやチャットは、空いた時間で随時確認する」とか。もちろん、緊急事態には早めに返答するようにしました。
世一
これらのルールを設けたことで、自分自身も会社のメンバーも安心して、育休に突入することができたかなと思います。
育休前を100%とすると、育休中はどれくらい仕事をしていましたか?
垣屋
世一
だいたい20~25%ぐらいですね。
ただ、今考えれば、週に10時間くらい働けば1カ月と言わず2~3カ月の育休をとっても大丈夫だったかな、というのが育休終わってみての実感です。
育休の本質は「妻の精神的な負担を軽減させること」だと気づいた
育休中、家庭ではどんなことを?
垣屋
世一
お風呂に入れたり、オムツを替えたり、ミルクをあげたり……。寝かしつけも、10分ぐらい抱っこしていたら寝てくれたので、それほど時間は取られなかったですね。
当時を振り返ってみると、育児に一日中追われるというほどではありませんでした。
世一
一方で、保育園の見学や育児関連の情報収集には時間をかけました。
あとは、妻の誕生日のお祝いや旅行など、イベントごとも積極的にやりました。
育休を取得して得た気づきはありますか?
垣屋
世一
やっぱり最初は「この小さな命を自分が守っていけるのか」「何かあったらどうしよう」というプレッシャーに苛まれますよね。
妻の精神的な負担を軽減させて、何かあってもすぐ一緒に考えて動ける状態にしておくことが大事かなと思います。妻にも確認したら、同じ答えが返ってきました。
世一
あとは、「これって、どうすればいいのかな?」「このやり方で合っている?」といったドキドキを2人で共有できたのも大きいですね。
もし100%仕事をしていたら、そこにかける時間はかなり減ってしまっていたと思うので。
なるほど。では、「もっとこうすればよかった」と思う点は?
垣屋
世一
家事・育児の一部だけを切り取って担っていた面もあったかなと。
例えば、哺乳瓶の消毒液をどうするのか、液から取り出してもう1回水で洗うのか、乾いた哺乳瓶をどこに置くのかなど、一連のプロセスまでは把握できていませんでした。
一部の作業をして、やった気になっていた。そこが妻にとっては若干のイライラポイントだったようです。
育児あるある、ですね……。
育休を終えてしばらく経ったいま、仕事と家事・育児のバランスはどうされていますか?
垣屋
世一
僕自身の稼働が20~25%でも会社はちゃんと回ると分かったので、育休前と同じ状態に戻すのはもったいないなと思ったんです。
そこで今は、育休前と比べて40~50%の稼働にすると決めて、余計な業務を捨てたり、新たなことに取り組んだりしています。仕事を整理できたので、トータルの生産性はかなり上がった気がします。
なるほど。では、家庭のほうは?
垣屋
世一
土日は子どもと遊びたいので、育休前によくやっていた「平日のやり残した仕事を土日にやればいい」と考えるのは避けています。
あと会社と家が近いので、会食前には5~10分程度であっても、子どもの顔を見るために帰っていますね。平日も朝と夕方は、少しスキンシップするようにしています。
仕事の進め方が変わったんですね。
「子どものために時間を作りたい」という気持ちはよく分かります。
垣屋
世一
子どもと過ごす時間の「質」もこだわっています。同じ空間にいても、何もしていない時間が長いとあまり意味がないと思うので。
一緒に過ごせる時間は短くても、なるべく有意義にする工夫をしていますね。
会社のトップが取得したことで、育休について相談しやすくなった
世一さんが育休を取ったことで、会社に変化はありましたか?
垣屋
世一
1~2週間程度の休みや有給消化も含めると、男性社員のほぼ全員が育休を取得するようになりました。
といっても、まだ小さい会社なので数は少ないですが。男女とも、育休取得者は着実に増えています。
世一
僕が社内でプレゼンするときは、息子との写真を多用しているので、「子煩悩キャラ」のブランディングができつつあるかもしれません。
それもあってか、男性の育休を受け入れる雰囲気が高まっていますね。
ビジュアルで伝えるのは大きいですね。
垣屋
世一
社員からは、「上司に育休の相談をした際、まったく嫌な顔をされず『頑張れ!』と言ってもらえた」「育休取得に理解を示してもらえて嬉しい」といったポジティブな反応がありました。
あとは、「取ってみてどうだった?」「僕もちょっと悩んでいるんですが……」など、社員同士で育休に関する会話がしやすくなったのも大きいですね。
逆に、あえてマイナスの要素を挙げるとしたら?
垣屋
世一
ちゃんと休むためには、仕事の属人性を下げ、準備や引き継ぎなどの業務をまとめておかないといけません。
でも、仕事の棚卸しにもなるので、むしろ良いことなのではないでしょうか。
一方で、休む側も送り出す側も、「育休中にどこまで連絡していいのかな?」などに悩む事象が発生しています。そこは、まだ慣れていないかもしれません。
世一さん自身は「緊急連絡はいつでもOK」と宣言してから休みに入ったんですか?
垣屋
世一
僕の場合はそうですね。ただ、「育休中は全く返信できない」「たまに出社する」など、いろんなスタイルがあっていいと思っています。
育休期間が1~2週間と半年では、対応は変わりますよね。
私が育休を取っていた時は、メールやチャットを1日1回はチェックして、電話があれば後で折り返すというルールでした。
そのあたりは一律で決めるより、個別の業務に合わせて柔軟に対応できるといいですよね。
垣屋
育休中の過ごし方について、パートナーとの対話が重要
世一
いま気になっているのは、社内が「仕事しながらでも休めるでしょ?」みたいな雰囲気になっていないか、という点です。
つまり、「育休期間の1カ月は一切仕事をしない」といった選択のハードルが上がったのではないか、ということですか?
垣屋
世一
はい。
とはいえ、以前は「育休中に一部働くスタイル」すらなかったので、大きな一歩を踏み出せたとは思っています。
今後、事例が積み上がっていき、「育休の取り方も自由に選択できるんだな」と思える文化になればいいですよね。
世の中を見渡すと、もっと多様な育休の取り方があります。いろんな選択肢が広まっていってほしいですね。
垣屋
世一
「これから育休取得予定の社員にひとこと」というアンケートで集まった声も見てください。
目立つのは、「育休中の過ごし方について、パートナーと対話することが重要」という意見です。期間やタイミング、育休中も仕事する/しないなどが曖昧だと、パートナーとのすれ違いが起こるかもしれません。
たしかに。
垣屋
世一
育児の入口で一緒にいることは、夫婦の絆を深めます。
だから、「完全に1カ月休む」と「少し仕事しながら2カ月休む」の2択から選ぶならば、個人的にはより長く休める後者を選択したほうがいい方向に進みやすいんじゃないかと思っています。
選択肢が示されるのは良いことだけど、逆にいえば選ぶ必要性が出てくる。そのためにも、夫婦間の対話は欠かせませんね。
垣屋
仕事や家庭における自分を好きでいられるか
もし社員が6カ月間育休を取るとすると、経営者としては「その間どうしよう」と悩むのではないでしょうか?
垣屋
世一
育休を取っても基本的には帰ってきてくれるので、離職・退職と比べると戦力が低下するものではないと捉えています。
もともと離職・退職は一定数ありますし、弊社では通年で採用活動をしていますから。
常に流動的に、みんなでパスを回し合って仕事をしているので、あまり気になりません。何らかの形で補えばいいんです。
これから日本の労働人口は減っていくので、そういう観点は大事ですね。
垣屋
世一
常に社内が100%稼働している前提だと、穴が空いた感覚になるのかもしれませんね。
でも、全メンバーが100%で仕事している状態のほうが稀有だと思っていて。
マネジメントの立場としては、稼働率の期待値を上げすぎず少なめに見積もっておかないといけないな、と思っています。
イベント参加者から「育休中、社内との連携に利用したツールやアプリはありますか? どのように業務をやり取りしていましたか?」という質問がきました。いかかでしょうか?
垣屋
世一
SlackやGoogle Workspaceなど、通常のワークツールを使っていました。
特別なアプリケーションを用意して、いつもと違った形式にすると、むしろうまくいかない気がします。
社員の方が行った工夫として、「身近なチームメンバーとLINEグループを作ることで、育休中もお互いに情報交換できた」という声が挙がっていますね。
垣屋
世一
仕事のやり取りをどうするかは、事前に決めておいた方がいいでしょう。
育休中はプライベートの時間なので、メールやチャットを随時確認していたら心が休まりません。
LINEを使うにしても、頻繁に連絡が来たらキツいと思うので、そこは軽めのルールがあるといいのではないでしょうか。
休みながら働く場合、「連絡手段は○○のみ」「○時~×時だけ働く」などのルールを決め、周知しておくことが大切ですね。
最後に、育休を経て伝えたいことがあればお願いします。
垣屋
世一
僕は家庭も仕事も大好きで、どちらにもフルコミットしたい気持ちがあります。だからこそ、どうすればうまく使い分けられるかという課題にもポジティブでいられる気がしていて。
「育休中の仕事をどうするか」といった技術的な話の前に、「仕事や家庭における自分を好きでいられるか」「楽しめるか」が大事なのではないでしょうか。
なるほど。
垣屋
世一
あとは、経営と現場が「会社をもっと良くするためには?」「幸せになるためには?」といった時間軸の長い議論をきちんとすることが大事だと思います。
短期的には「育休で自チームから1人抜けられるとキツイ」と感じる管理職もいるかもしれません。それでも、良い方向へ行くためにはどうすればいいか。
中長期的な視点で、経営側と現場が直接話せるとうまくいくのではないでしょうか。
会社の規模によって変わるかもしれませんが、今後そのポイントはますます重要になってくるでしょうね。本日はありがとうございました。
垣屋
2022年12月取材
取材・執筆=村中貴士
編集=鬼頭佳代(ノオト)
グラフィックレコーディング=前田英里(オカムラ)
■株式会社キュービックについて
キュービックは「インサイトに挑み、ヒトにたしかな前進を。」をミッションに掲げ、ヒト起点のマーケティング×デザインでビジネスを前進させる会社です。比較サイトを中心としたデジタルメディア事業を行っており、新しい価値を見つける比較サイト『your SELECT.』 、初心者のためのFX比較サイト『エフプロ』 、暮らしをおいしく便利にするウォーターサーバーの比較サイト『ミズコム』、「もっといい求人」を探す人のための転職支援サイト『HOP!ナビ(ホップナビ)』 などを運営しています。フィールドワークを重視し、表面的なニーズではなくインサイト(深層心理)を的確に捉え、人々をよりスムーズな課題解決体験へと導いています。