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利他を考えつつ、自己実現も自己ビジネスも確立する ― ADDReC・福島大我

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE07 EDOlogy Thinking 江戸×令和の『持続可能な働き方』」(2022/06)からの転載です。

昨今、個人の能力、希望するキャリアパスと仕事がイコールとなる「ジョブ型」雇用制度の導入が進んでいる。個人がよりフォーカスされるなか、企業は「己」主体の組織づくりをどう行っていくべきなのか? 個人のビジョンと社会課題をつなげるオープンイノベーション型デザインファームの可能性に迫る。

ー福島大我(ふくしま・たいが
ADDReC CEO、一級建築士。大手デベロッパーにて、戸建住宅や商業施設を含む住宅・医療・福祉分野における設計、不動産開発事業のコンサルティング、およびマーケティングを担当。同時に、東京エリアにおける賃貸住宅の販売戦略立案、ブランディング、新規商品のプロトタイプ開発等を手掛ける。その後、広告業界にて空間プロデューサーを務め、セールスプロモーション領域でのブランドデザインとプロデュースを経験する。

ADDReC(アドレック)という会社は空間プロデューサーやコンセプトアーキテクト、クリエイティブディレクターたちが集まった空間に特化したデザインファームです。空間に関するプロジェクトのあるべき姿を「0→1」、ときには「-1→0」で創造・設計しています。都市計画や空間を手がける人というのはもともと四半世紀単位でモノをとらえています。いまの日本は資本主義のグローバリズムが進行する一方、人口減少でダウンサイジングフェーズに入るなど、歴史が切り替わる時期に入ってきている。振り返ってみると、江戸から明治に変わる時にも、日本では渋沢栄一さんらが「グローバリズムの中で自分たちはどうあるべきか」といった“新しい価値”を考えた結果として、数多くの企業が生まれ、現在の日本社会が出来上がってきました。そして今度は、あらためて「地に足を着けてモノをつくっていく仕事」をベースに評価されていた日本の制度そのものを書き換える必要が出てきているのです。 

東日本大震災復興のプロジェクトマネジメントを担当した際に感じたのは、日本人は直面する社会課題に対して、みんなで手を取り合って共通の課題解決に向かっていくための柔軟性はすごく高いということです。「社会のためによいことをしよう」といってクオリティの高いモノを生み出す、“承転結”を掘り下げていくことは得意。ところが、“起”点を膨らませていくことは非常に弱いところがある。コンセプトをアップデートできないまま、モノづくりにばかり力を入れてきたのです。この“起”とは、「社会のためによいこととは何か?」といった問いや、お金ではない指標となる軸を設定することです。これが現代における、歴史が切り替わる時期の新しい価値創造につながるはずなのです。 

アウトドアが内部空間にもっと入ってくる暮らしとは何か。そんなテーマのもと、ADDReCが手掛けたのが、旭化成ホームズの戸建住宅レーベル・ヘーベルハウスの「未来を想起する住宅展示場」。彼らが提示する、賃貸でも分譲でもない“サードチョイス”の住宅のあり方のひとつだ。

そこで、僕たちは社会のニーズを確実に形にするために、生活者起点でのさまざまなソリューションを考え、不動産ディベロッパーや実際にモノづくりをするパートナー、またはその空間を立ち上げる地元の人たちと視座を合わせて、それぞれがもつ価値や目的、ビジョンを共通の「統合知」としてまとめています。関わるすべての人たちがもつ価値やビジョンを可視化することで、その理想的なゴールに向かうためのプロセスを整理するのが仕事なのです。そうして、個人のビジョンと社会の課題をつなげたプロジェクトをつくっています。

能力を持ち寄って社会を変える統合的価値創造の必要性

これまで日本では、ビジョン設計や価値指標軸の設定といった無形なモノのデザインは、お金や仕事になりづらいと考えられてきました。しかし、現代社会は世界的な環境変動やダイバーシティといったさまざまな問題に直面して、その解決策を模索しています。今回のコロナ禍での取り組みも、ダウンサイジングされた日本の未来に起こりそうなあらゆる問題を先取りする、ひとつの契機となりました。そこで旧来社会の制度疲弊があらわとなったいま、あらためて「私たちにとっての幸せとは何か?」「その先のみんなにとっての幸せとは何か?」という価値設定をする必要性に駆られています。実際に、2016年頃からやってきたプロジェクトのバリューやビジョンを設定する統合的価値創造の需要はどんどん高まっていますし、無形の価値はメタバースやスマートシティといった形でも市場において顕在化し始めています。 

例えば、行政やプラットフォーマーの方々と仕事をしていても、わからないながらにスマートシティについて考えたり、現代の婚姻制度や住宅の住まい方、買い方に関する限界についての新しい価値の提案が受け入れられてきている。Airbnbの台頭などを受けて、賃貸借契約ベースの業界と民泊の業界が仲よくやっていくためのルールデザインを実現する場面に立ち会ったこともあります。つまり、多くの人が統合的価値創造の必要性を感じて、実際に取り組み始めているんです。

利他を追求できる自己実現の場

僕がもともとADDReCをつくって社会に定義したかったことは、日本の企業教育を受けて、日本の商習慣のなかで社会に対してどうやってインパクトを残すかを学んできたプロフェッショナルな人材が、利他的に、社会に対して公的な視点を持ちながら大きな価値を生み出せることを証明したかった。具体的にモノをつくる手前の段階で、デザイナーは少し抽象的なレイヤーで全体を豊かにするための思想やアイデアから検討・設計しています。僕たちが空間のデザインを通して実現している未来や大義といった“無形のモノの価値”を、最大化して証明する必要があると感じたのです。 

では、どうやってその価値を証明するかというと、街づくりなどの公益性の高い事業や複雑性の高く、事業性の低い社会課題を解決したり社会からお金をもらえるようになればいい。プロフェッショナルな人材であれば、それぞれの役割や立ち位置、求めているケイパビリティも違うプレイヤーとも共創できるはずです。 

ダウンサイジングする日本の未来を見据え、もっとも人口の少ない山陰地方の街づくりに参加するコワーキングスペース「サインイン」をオープン。

ADDReCは、自分の課題や未来のビジョンや個々の価値を実現するために合流してくれるメンバーばかりです。そのうえで「みんなで働くのであれば、個人の利己的な欲求を満たすためでなく、自分以外の他者、全体の最適化を目指さなければならない」と伝えています。メンバーはそれぞれ自分の思うように好きな形で働いていますが、それでもうちがひとつの会社として成り立っているのは、みなが「社会を変えるために」という抽象度の高い目標を掲げているからこそだと思います。

縁を大事にして利他を意識する

僕自身は関わってくれているみんなと一緒に、未来の社会の豊かさを追求したり、ダウンサイズフェーズによって少しずつ下がっていく日本のGDPを1%でも下げ止まらせるソリューションを生み出していきます。そのために、僕の人間関係や時間といったアセットも、すべてオープンソース化して従業員に提供しているし、本人たちのやりたい業務領域と生活の時間、キャリアを一緒にデザインするようにして、個別最適化に努めています。最近ではバリューチェーンやサーキュラー・エコノミーなんて言われていますが、ギブ・アンド・テイクのギブを求められる前に差し出すことでビジョンを共有する縁ができれば、それはいつか必ず、返ってくる。 

実際に、新規事業をやりたいけれど予算のない企業において、ビジョンを明確に可視化することで、別の事業会社がさまざまなアセットを提供してくださり、オープンイノベーション型の質の高いプロジェクトを生み出すことができた例もあります。そうすると、今度はその企業と組んで「スマートシティの実証実験を一緒にやりましょう」という話に展開したりするのです。

個人ができることには限界があって、人と人との結線をつくらなければ現象が動かないのであれば、誰かがそのつながりをつくるべきでしょう。江戸時代やそれに続く明治の社会構築においても同じようなことが起こっていたはずで、縁を大事にして、利他を意識するというのは、昔から日本人の良さなのだと思います。 

世の中で起こっている物事をしっかりととらえて、社会の流れを味方につけて必要とされる価値をしっかりと人に伝えることができれば、物事は必ず動いていきます。それをデザインしていくことこそが、僕たちの役割でしょう。

2022年5月取材

テキスト:須賀原みち
写真:尾藤能暢
編集:千吉良美樹