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デザインで変化を生み、市民と企業、行政が共創する社会へ ー 世界を一歩前進させるデザイン #5【前編】

2022年2月9日(水)、産総研デザインスクール主催で「Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン」を開催しました。全5回シリーズ最終回は「社会のデザイン」がテーマです。デンマークの国立デザインセンター『デンマーク・デザイン・センター(DDC)』CEOのクリスチャン・ベイソン氏、日本で知識創造経営やデザイン思考の第一人者である多摩大学大学院教授の紺野登氏をお招きし、社会のイノベーションとデザインの関係性、そして不確実な時代を先導するリーダーや組織のあり方を探求します。

ー Christian Bason(クリスチャン・ベイソン)
デンマーク政府が支援する非営利財団 Danish Design Centre (DDC) CEO。前職はデンマーク政府の教育省と雇用省、経済成長省の3省庁が共同設置しているフューチャーセンター Mindlab代表。大学の講師や政府機関のアドバイザーとしても活躍。著書に公共機関のイノベーションとデザインに関する『Design for Policy』や『Leading Public Sector Innovation』などがある。

Photo by Ookura Hideki|KUROME photo studio

ー 紺野登(こんの・のぼる)
多摩大学大学院 経営情報学研究科 教授。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)特別招聘教授。 博士(学術)。エコシスラボ(株)代表。「知識生態学」(知識創造理論、デザイン思考)をベースに組織革新、新規事業、都市開発等の領域でIT企業や大手設計事務所等のアドバイザーを務める。著書『ビジネスのためのデザイン思考』『知識創造経営のプリンシプル(共著)』『構想力の方法論(共著)』『イノベーション全書』『ダイナモ人を呼び起こせ(共著)』など。

変化を起こすデザイン

気候変動や新型コロナウイルスのパンデミックを経験する私たちは、社会の危機や複雑さを目の当たりにしています。シンポジウム冒頭は、デンマーク・デザイン・センターのCEO、クリスチャン・ベイソン氏が、混乱の時代に「デザイン」が持つ社会的意義を語ります。

クリスチャン・ベイソン(以下、ベイソン): 私たちが直面する世界的な課題に対処するには、テクノロジーやヒエラルキーではなく、人間をイノベーションの中心に据えることが重要です。さらには、気候変動や生物多様性などに対応する自然のシステム、つまり地球全体を気にかける必要があります。

デザインとは、イノベーションへのアプローチです。デザインという言葉には、未来に必要とされる変化を見極め、新しい視点で課題を発見するという意味が含まれています。つまり課題の解決策、戦略、ビジネスモデルに密接につながっているのです。その意味で、デザインは人間の活動全般に適応できると考えています。私たちはものごとに変化を起こすために、デザインするのです。

ベイソン氏がCEOを務めるデンマーク・デザイン・センター(以下、DDC)は、1978年に独立した財団として設立されました。企業や公的機関を対象に、デザインを通して社会の持続的成長を支援するDDCは「Think tank(シンクタンク)であり、Do tank(ドゥータンク)である」とベイソン氏。その活動概要を説明しました。

ベイソン:  DDCの活動の中核は、デザインを通じて持続可能な世界を創造するために、人々の可能性を引き出すことにあります。元々はデザインの力で企業の競争力を高めることを目的に活動していましたが、現在は公共部門の枠組みの作成や、政府の業務改善にも力を入れています。

いま私たちが生きる時代では、社会的影響を考えることなくして競争力や新しい価値を生み出すことは不可能です。長期的に解決すべき社会課題に焦点を当て、社会をより持続的に成長させることが、ビジネスにも政府にもチャンスをもたらします。 DDCはさまざまなレベルのセクターや専門分野を超えて、人々や地球にとって良いビジネスを構築しようとしています。

特に力を入れている領域は、3つあります。1つはグリーンエリア、つまり気候変動と持続可能性の分野です。2つめは、デジタル・トランジション。テクノロジーをデザインする際には、モラルや倫理、責任感を組み込む必要があると考えています。DDCが開発した「デジタル・エシクス・コンパス」というデジタルツールは、企業や行政がアプリや技術的なプロジェクトを設計する際、人間中心のビジネスへと導くための助けとなっています。

そして最後に、ソーシャル・トランジションです。私たちはウェルビーイングやメンタルヘルスについて、新しい考え方を必要としています。企業や行政の社会構造を見直し、包括的な社会を目指しています。

市民やステークホルダーと協働した都市デザイン

話題は本シンポジウムのテーマである「社会のデザイン」へ。社会のイノベーションとデザインの関係に関する変遷をたどりながら、具体例として、都市のデザインについて言及します。

ベイソン:  社会のデザインは、ここ20年間で成長した分野です。イギリスでサービスデザインを導入した最初の事例は2000年頃、またデンマークでもかなり早い時期から図書館の市民サービスのリデザインを行いました。現在はあらゆる企業や行政がデザインの方法論やデザイン思考、デザインアプローチを用いて、現代の大きな課題に取り組んでいます。

元ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグ氏の言葉に、「国家は語り、都市は行動する」という野心的なフレーズがあります。インフラやモビリティ、建築環境や廃棄物に関して、新しい解決策やムーブメントが動き出すのは都市や地方自治体からです。だからこそ、都市の文脈では、公共の課題と市民の行動ニーズ、企業のビジネスの関係を”システム”として捉え直してデザインする必要があります。

ベイソン氏はDDCが取り組んだ都市デザインのプロジェクトを共有しました。中でも2020年に始動した「New European Bauhaus(ニュー・ヨーロッパ・バウハウス)」を取り上げ、都市の構想に協働的なデザインプロセスを取り入れた例として紹介します。「問いを設けて、課題を再考する」「市民やコミュニティと共に始める」「プロトタイプをつくって試す」「未来を具体化する」というデザインプロセスに即して説明します。

New European Bauhaus(ニュー・ヨーロッパ・バウハウス)

2020年、欧州委員会のウルスラ・フォン・デア・ライエン委員長により、グリーントランジションの一貫として「新しいヨーロッパのバウハウス」のコンセプトが発表された。これにより、DDCを含むBLOX(デンマークにある持続的な都市を実現するためのハブスペース)で、建築、デザイン、ビジネス、技術、持続可能性、芸術、科学、建築の各分野のステークホルダーと共に、持続的な未来を描くためのエコシステムの対話と共創が始動した。

ベイソン: New European Bauhausは、さまざまなステークホルダーが関係する巨大なプロジェクトでした。私たちは「魅力的な循環型社会をデザインする」というミッションを決定し、「2050年までに、人々が住みやすい、持続可能な循環型社会を実現する」という目標を掲げました。そして、ビジネスやデザイン、建築などの分野から、150もの機関や関係者との共創を始めました。

私たちはまず、「都市において”私たち”とは何を意味しているのか? 未来の都市における社会的価値やコミュニティの観点から、私たちができることは? 」などの問いを設定し、課題を位置付けるところから始めました。そして関係者を巻き込んでワークショップを実施し、「We(私たち)を再考する」、「自然とのつながりを取り戻す」、「ユーザーからシステムへと再構築する」という3つの行動の方向性が決まり、それぞれに対するアイデアとソリューションを提示しました。

人間中心のイノベーション体質を目指す、組織のデザイン

市民や関係者との共創に加え、イノベーションを起こすには自組織の改革が欠かせないとベイソン氏は話します。「人間中心」を取り入れた組織とは、どのようなものなのでしょうか。

ベイソン: イノベーションに取り組むとき、遊びごころを持って楽しみながら挑戦すること、人間中心であることは非常に重要だと考えています。なぜなら、真っ向から別の波 ━ 官僚主義や惰性、ヒエラルキー、変化への恐れなどが押し寄せてくるからです。イノベーションを起こそうとするとき、この二つの波がぶつかり合っています。

私が伝えたいのは、デザインによってイノベーションを生むことができる希望がある一方で、それは決して簡単ではないということです。私たちは、リーダーやマネジメントのあり方そのものを見直し、組織を再考する必要があります。人間の創造性やエネルギーを解き放つためには、組織全体をリデザインし、自律型組織の実現が求められるのです。

人間中心の組織の事例として、 DDCにおける具体的な原則が共有されました。「固定された部署やチームはない」「タスクは役職ではなく役割で決められる」などユニークなの項目が挙がるなか、特に衝撃的な原則は、リーダーに関する考え方でした。

ベイソン: DDCでは、誰もが自分のリーダーを決めることができ、また自分のリーダーシップを誰かに提供することが可能です。紹介した原則は、約2年前から実施しています。そして多くの組織が、これらの原則や世界観、人間観を実施し変化していることを目の当たりにしています。

私たちの経験をもとに、3名の同僚に記事を書いてもらいました。そこには「私たちは今、組織というよりも、生き物のようだ」と書かれています。トップが指示して動くのではなく、組織が独自に進化していることを意味しています。