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倉庫だってシェアしたい? 特定の領域に特化したコワーキングで「コラボ=共創」が価値を生む3つの最新事例(カフーツ・伊藤富雄)

テクノロジーの進化によって、人々の働き方はどんどん変化してきましたノマドワークのように物理的にひとつの場所に留まらずに働くことなどの考え方・価値観が登場し、それに伴って新しいトレンドが次々に登場しています。
日本最初のコワーキングスペース「カフーツ」主宰者で、世界中のコワーキングスペーストレンドをウォッチしている伊藤富雄さんが気になるトピックをピックアップ。今回は、ある特定の領域でスペースをシェアすることで生まれた世界の最新事情をご紹介します。

コワーキングスペースは単なる作業場ではない。もちろんワークスペースだが、仕事以外にも多種多様なテーマが持ち込まれ、そこに関わる仲間を得て課題解決や目的達成のためのローカルコミュニティとして機能している。

さまざまなテーマを持つワーカー同士の接点があることで、異なる技能や情報の流通、ネットワークなどが相互に生まれ、その結果、ビジネスに発展することもある。言い換えれば、コワーキングスペースは多様なワーカーが集まり融合するハブであり、まさに「知の再結合スポット」だ。

実はコワーキングスペースの中には、特定のテーマや領域、業界に特化したものも各地で現れている。これは、施設や設備を個別に所有するのではなく共用(シェア)することでコストを減らし、サービスを良いものにするという発想だ。

パンデミックが牽引した倉庫をシェアするコワーキング

Saltbox」は小規模なEコマース事業者のためのコワーキングを運営している。とりわけ、倉庫を共用できるロジスティクス・サービスが充実している。

Saltboxではオフィスや倉庫のほか、撮影用スタジオやテレフォンブース、カフェがあり、毎週開催されるコミュニティイベントにも参加できる。

(画像出典:Saltboxウェブサイト)

ユーザーは不動産賃貸契約ではなくコワーキングスペースの月額会員として施設を利用できる。通販業の場合、大量の入荷・出荷時や季節的要件によって保管キャパシティをあらかじめ予測することは難しい。しかし、あくまでもコワーキングスペースであるSaltboxなら現在必要なストレージの料金のみを支払うことでキャパシティ問題を解決できる。

注目すべきは、流通施設も共同で利用できること。例えば、梱包・発送業務は思いのほかスペースが必要で、手間がかかる。その場所をユーザー同士でシェアしているのだ。

おまけに、経験豊富なEコマース運用スペシャリストが、必要に応じて荷物の仕分けや返品処理などの日常業務をサポートしてくれる。つまり、スタッフもシェアしているわけで、まさにロジスティクス・ソリューションと名乗る所以だ。

こうしたEコマース専用のコワーキングが生まれてくる背景には、コロナ禍の影響によるネット通販業界の活況がある。2021年、アメリカではオンライン小売の売上が8700億ドルに達した。2020年から14.2%増、2019年から50.5%増という急上昇ぶりだ。

一方、北米では35万3,000社がオンラインで商品を販売しており、その88%が年間売上高100万ドル未満だという。こうした多くの小規模Eコマース事業者が必要とする約46〜280㎡の規模の倉庫オーナーはなかなかいない。そこに現れたのがSaltboxだ。

2020年、Saltboxはアトランタに約2,500平米のラストワンマイルの拠点となるコワーキングをオープンさせた後、2021年3月、ダラスに約6,100平米の2拠点目を開設した。その後、シリーズAラウンドを終了して1,060万ドルを調達し、その資金を元に、デンバー、シアトル、ロサンゼルスなどで平均約5,500平米の拠点をオープンさせ、2022年もマイアミ、ミネアポリス、ワシントンDCなど7カ所のオープンを控えている。

現時点で、共同倉庫はコワーキングの中でもニッチなマーケットだが、パンデミックを機にEコマース業界が急成長していることから、柔軟で費用対効果の高い在庫保管ソリューションとして今後もニーズが高まることは想像に難くない。

ちなみに「Warehousing And Storage Global Market Report 2022」では、世界の倉庫業界の2026年の年間平均成長率が8.3%になると予測している。だとすると、現在の倉庫市場の世界価値は6,016億8000万ドル(2021年)から9,064億ドルへ急進し、この流れはCOVID-19の大流行後も続くと言われている。

ただ、重要なのは施設の共用はコスト削減だけでなく、同じ業種に従事する起業家同士が交流する機会を得ることにつながる点だ。

例えば、倉庫内の他のテナントとつながれば、その先にいるビジネスパートナーとも連携できるかもしれない。こうしたコミュニティは、人脈やパートナーシップ、新たなビジネスチャンスにつながり、ビジネスの成長を後押しする可能性につながる。これは、まさにコワーキングの価値である。

「調理」するだけでなくコラボを生むシェアキッチン

シェアキッチンも、同業者でスペースを共用するコワーキングの典型例と言える。

通常、シェアキッチンは自分の店舗を持たない事業者が、週または月に数回、ポップアップ形式で出店したり、ケータリング・ビジネスをしているシェフの調理場だったり、あるいは試験的に客に出してフィードバックをもらいレシピを磨いたりする、いわば自前の店をオープンする前段階のステップとして使われている。

その中でも、カナダ・モントリオールにある「CENTRALE CULINAIRE」は、コラボを前提としたユニークなシェアキッチンだ。

(画像出典:CENTRALE CULINAIREウェブサイト)

「CENTRALE CULINAIRE」では、利用者を「料理人」に限っていない。シェフ以外に、近隣の主婦・主夫やレシピ本の作家、フードコンサルタント、フードフォトグラファーたちとコラボを組んで、調理以外も含めて「食」に関わる彼らに仕事の場を提供している。

だから、メインは必ずしも「調理」ではない。時折、「食」をテーマにワークショップや料理教室も開催される。撮影機材やネット配信のための設備も整備されているので、情報発信の基地にもなっている。「食」にまつわるあらゆることを創出する「工房」だ。

(画像出典:arrivage.blog)

さらに、地域の農家が栽培した食材を元にレシピを開発し、地域の住民が主催するイベントに料理を提供している。つまり、地元の他業種ともコラボし、地元へ還元している。

加えて、CENTRALE CULINAIREでは加工品の開発と販売によって、物販という収益モデルも併せ持っている。

もともとここの利用者であったMaurin Arellano氏がオーナーになってから、多様なユーザーを受け入れ、各自の強みを活かしたコラボが始まった。CENTRALE CULINAIREは自らをコワーキングとは声高に謳っていないが、コラボレーションというコワーキング的要素が集約されている。

日本でもシェアキッチンが各地に生まれているが、「利用者に設備を貸す」というスタンスが強く、「利用者同士がコラボして新しい価値を生む」へステップアップしている事例は寡聞にして知らない。起業家マインドを育む意味でも、ニーズはあると思うのだがどうだろうか。

音楽の世界でも「共創」をワンストップでサポートする時代

ところで、音楽業界では昔から「共創(コラボレーション)」によって仕事がなされてきた。例えば、ジャズの世界ではコンセプトによってメンバーを変えることで、さまざまな作品の新しい価値が生み出されてきた。

そんなクリエイティブな世界をサポートするための施設が、スペイン・マドリッドにお目見えした。

Warner Music SpainとWarner Chappell Musicは2022年春、アーティストやソングライターが創造的・技術的プロセスを発展させる場として、1861年に建設された旧プリンシペ・ピオ北駅に「The Music Station」を開設した。24時間365日オープンの、音楽を作る人のための共用ワークスペースだ。

(画像出典:NEWisComウェブサイト)

施設内には、4つの異なる独立したスペースがある。右側のタワーには、レコーディングスタジオとリハーサル室、写真・ビデオセット、作曲室、ミーティングルームなどのほか、企業の従業員のためのコワーキングスペースもある。

中央の建物には劇場があり、ライブやイベントの開催に使用される。最大1000人、スタンディングコンサートでは2000人の収容が可能だ。左側のタワーには、音楽博物館とレストランがある。

また、最新テクノロジーを備えたレコーディングスタジオは、アーティストのインスピレーションとアイデアを促進するためのツールとなることを目指している。

(画像出典:CADENA100 ウェブサイト)

特徴は、これらリハーサル室からレコーディングスタジオ、コンテンツ制作のハブ、ライブハウスに至るまで、すべての中心にアーティストを据えていること。オフィスという時代遅れのモデルから脱却し、あくまでクリエイションとコラボレーションを目的としている。「共創」だ。

「私たちは、才能あるアーティストに刺激的な空間を提供し、出会い、交流、音楽制作、プロモーションの方法を変えようとしている。これは、私たちだけでなく、クリエイティブなコミュニティ全体に利益をもたらす、マドリッドの新しい文化センターとなるだろう」Guillermo González氏(Warner Music Iberia)

音楽ビジネスに携わる業種は多岐にわたる。そうしたワーカーの「共創」の場として十全に機能する一方で、The Music Stationはサンフランシスコ・デ・ビトリア大学と協力し、音楽ビジネスにおける人材の発掘と育成も行っている。

創作の世界で言えば、映画スタジオも共用ワークスペースだ。カメラ、音声、照明、衣装、美術など映画製作に必要なあらゆる設備と機材が提供され、そこにプロデューサー、監督、脚本家、俳優が集結し作品が共創される。The Music Stationはこれと同じ発想だ。

ちなみに、スタートアップを育成する目的で運営されている「スタートアップスタジオ」の「スタジオ」の概念は、この映画スタジオをモチーフにしている。

理想の「コラボ=共創」関係を結ぶプラットフォームに

多種多様なテーマが持ち込まれるコワーキングスペース。この動きは日本でも起き、さまざまな発展を見せている。日本のローカルコワーキングを取り巻くテーマを「コワーキング曼荼羅(Ver.3.2)」という形で整理し、図式化した。

ローカルコワーキングの8つのテーマを表す「コワーキング曼荼羅」とは何か?|カフーツ伊藤|note より)

世の中にひとりでできる仕事はただのひとつもない。必ず誰かとタッグを組んで価値を「共創」する。たとえ特定の業界・業種に特化した共用ワークスペースであっても、通底しているのは「共創」の概念であり、それはコワーキングの価値である「コラボレーション」にも通ずる。

誰とどう組むかによって可能性が拡がるこれからの時代、コワーキングが理想の「コラボ=共創」関係を結ぶプラットフォームになるのは間違いないだろう。

企画・調査・執筆=伊藤富雄
編集=鬼頭佳代/ノオト
トップ写真=Donggyu Kim