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「愛される会社」のメカニズムとは

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE04 LOVED COMPANY 愛される会社」(2019/4)からの加筆・編集しての転載です。 


物的にも精神的にも満たされた現代社会において、大量生産・大量消費の時代がもう終わりを迎えている。 世界中で人々の意識が変わりつつあるいま、企業はどのような変化を求められているのだろうか。そのような課題を考えている中、「好きな会社ってある?」、ふとシンプルな問いが頭に浮かんだ。「人」に対して好きという感情を抱いたことはあるけれど、「会社」に対してはどうだろうか。

最初に思いついたのは、アップルだった。新製品の発売前から人々は熱狂し、発売日には店頭に行列ができる。「アップル信者」という言葉もあるように、人々を惹きつける理由はどこにあるのだろう。デザイン性に富み、製品性能も良い、それだけでなく会社そのものの「思想」に共感する人々が多いのではないか。どんな思想が人を惹きつけ、そしてその思想をどうやって人に伝え、浸透させ、行動を促していくのか。

本コラムでは、「愛」という理論や数字で表せない人間の根源的な感情と企業をテーマに、顧客や社員、地域や社会との強い関係性をつくりだしているアメリカ、日本の企業の取材からみえてきた、これからの愛される会社のメカニズムを考察して、紹介したい。

―Away : 幅広いサイズを展開。顧客の声から生まれた、スーツケースの表にラップトップが入るタイプが特に人気。HEREマガジンも商品と一緒に飾られており、購入することが出来る

―Allbirds:サンフランシスコ店舗のドアノブは木製で、細かい部分にもブランドの世界観が込められている。クリーンな店内では材質ごとにシューズとともに、素材の説明も添えられる。中央の椅子は、試着の際にかがんで靴紐が結びやすいよう前後に揺れるようになっており、細やかな配慮が行き届いている

ーEverlane:サンフランシスコの店内はあくまで「ミニマル」な内装。高い天井から差し込む採光と、白を基調とした店内の壁がエバーレーンのベーシックな色に明るく反射して商品が映える

「恋愛」から「結婚」へ

この言葉は、以前に『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE03』で取材したTakramパートナーである田川欣哉さんがデジタル時代における企業とユーザーの関係性の変化について表現した言葉である。一時的な広告による訴求と安い価格によってモノを販売していた従来の考え方に対して、その商品と長く付き合えるか、本当にそのサービスを愛せるかが大事になっている。田川さんは、現在のビジネスモデルをこのように、人間の関係性に例えている。また、BIOTOPE代表の佐宗邦威さんは『Forbes JAPAN(2019年2月号)』で、消費者やユーザーを巻き込むコミュニティマーケティングにおいてその関係性は「商品・サービスと人」ではなく、それにひもづく「会社と人」に変化しようとしている、人々が会社に「人格」を求めるようになってきていると主張している。

人々は企業に人間らしさを見いだし、そのつながりも人間関係のようなものとしてとらえつつある。そんな時代、企業は何を大切にし、人々や社会とどのような関係性をつくりながら価値創造を行えばよいのだろうか。かつて企業は技術の高さや製品・サービスのスペックを中心に、商品そのものや広告を通じてユーザーに訴求し、人々はそれらに魅了され支持をした。しかし、いま多くの人の支持を集めている企業は違った。彼らは、透明性や誠実さをもって自分たちの思想や理念の「言語化」、事業活動の「可視化」、行動に落とし込む「体現化」に取り組んでいた。そしてそれらをSNSやリテールであれば店舗、またイベントなど製品・サービス以外であらゆる形で自分たちを表現し、発信しているのだ。

たとえば、全米で注目を浴びているスーツケースブランドのAwayは、旅行誌『HERE』を発刊しながらプロダクト中心ではなく、「旅の楽しさ」という彼らの世界観を何よりも人々に伝えていた。サンフランシスコから生まれたシューズメーカーのAllbirdsやアパレル企業のEverlane、そして福岡発のグローバルなIT企業 nulabでは顧客やステークホルダーと一緒になってつくりだすオリジナルイベントの存在が共通項であった。ネクストパタゴニアと言われているアウトドアブランドのCotopaxiや月間アクティブユーザーが3億人を超えるウェブサービスを展開するPinterestにおいても同様だ。

企業が持っている思想や価値観、つまり自らが何者で何を目指しているのかという「会社の人格」をリアルな体験として顧客、従業員などに頭、心、体で感じてもらうこと。これらが人々と会社のエンゲージメントという関係性に作用するのではないだろうか。このメカニズムを紐解いてみた。

―Cotopaxi:元々銀行だった場所を改装して作られたユタ州の本社オフィス。コトパクシのスローガン「GEAR FOR GOOD」が大きく掲げられている。このなかは会議室になっていて、その上にはエンジニアたちが仕事をしていた

―nulab:執務スペースとは別に、息抜きでダーツや卓球ができるヌーラボのオフィスフロア。奥のバーカウンターでは、朝はコーヒーを、就業後はお酒を飲みながらコミュニケーションを取る

―Pinterest:訪れたオフィスにはプロデューサーやデザイナーがメインで働いており、エンジニアの多くは近くにある別のオフィスで働いているそう。各フロアにはローテーブルやソファ、キッチンスペースが配置され、従業員同士の日常的な交流を促す

「愛」というエンゲージメント

人と会社のエンゲージメントは「認知」から始まり、お互いの関係が構築されていく。この構築には量、質、時間の3つの軸へのアプローチがある。

1つ目は、記憶を対象とした量の軸である。いかに人々の目に留まり、記憶にたくさんとどめるため多様な形式のタッチポイントを増やすか。それには商品やサービスはもちろん、ウェブサイトやリアル店舗、そしてフェイスブックやインスタグラムなどのSNSによる広範囲に対する発信がある。人々に会社の思想や理念を伝えるため、これら多彩な接点を通して自社を「理解」してもらうことが必要だ。

2つ目は、感情を対象とした質の軸である。人々の感情に触れ、相手の価値観と寄り添うことができれば「共感」が芽生える。「理解」は客観的な情報に従い、頭で判断する論理的なもの。一方「共感」は自分自身の価値観と照らし合わせ、心で判断する感性的なものである。多くの企業が自分たちの思想・理念や独自の世界観を積極的に発信しているのは、「共感」をつくるためだ。

3つ目は、経験を対象とした時間の軸である。共に時間を過ごすこと、つまりその会社の商品を使用したり、彼らが企画する活動に関わることで、頭と心に加え、体を浸していく。

量と質へのアプローチで生まれる「理解」と「共感」が、時間により人々に定着することで「信頼」へと変わっていく。 会社を主語として考えた場合、記憶の軸は「人格をどう伝えるか」(HOW)、感情の軸は「どんな人格なのか」(WHO)、経験の軸は「なぜ存在(事業を)するのか」(WHY)を示す。

「愛される会社」には、事業活動を通して自分たちの思想や理念を言葉で伝え、さらに行動も伴いながら人々や社会との理解と共感をつくり、信頼を醸成していく姿がある。そこには何も魔法はない。ただ自己を信じ、自己を隠さず、自己を見せて、信念を一途に貫き続けることが求められるのだ。

「愛される会社」参照記事

著者プロフィール

―山田 雄介(やまだ・ゆうすけ) 株式会社オカムラ WORK MILL編集長
学生時代を米ニューヨークで過ごし、帰国後、横浜国立大学で建築を学ぶ。住宅メーカーにて住環境のプロデュース企画を手掛け、働く環境への関心からオカムラに入社。働き方・働く環境のリサーチ、企業のオフィスコンセプト開発に携わりながら編集長を務める。一級建築士としての顔ももつ。

2020年8月6日更新
執筆:2019年3月

テキスト:山田  雄介(株式会社オカムラ)
写真:Donggyu Kim (Nacasa&Partners)
※『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 04 LOVED COMPANY 愛される会社』より加筆・編集して転載