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フェスから生まれた「ネクスト・パタゴニア」― COTOPAXI

この記事は、ビジネス誌「WORK MILL with ForbesJAPAN ISSUE04 LOVED COMPANY 愛される会社」(2019/4)からの転載です。 

広い空と美しい山々が広がるソルトレイクシティ。登山やスキーなどで訪れるアウトドア好きたちに愛されるこの街には社会を、環境を守るために活動するアウトドアブランドがあった。

ネクストパタゴニア

「遅れて申し訳ない」。開始予定時間から1時間が経とうとしていたとき、Cotopaxi(コトパクシ)CEOのデイヴィス・スミスがそっと部屋に入ってきた。取材当日の朝、我々は家族に不幸があったと聞いていた。冬季五輪開催地でもあったユタ州ソルトレイクシティの清々しい空と壮大な山々とは対象的に、デイヴィスの表情は浮かない。それでも、彼は時折ぎこちない笑顔を見せながら、自身のブランドについて真摯に、穏やかに伝え始めた。

コトパクシは、服やバッグ、タンブラーをはじめとするアウトドアグッズ全般を扱うD2C企業だ。売り上げの一部を貧困問題解決のために使い、毎年、1年間の活動の成果をまとめた「インパクトレポート」として公表している。「ネクストパタゴニア」ともいわれる同社だが、創業以降はユニークな成長プロセスをたどってきた。「いまはアウトドアグッズの販売をビジネスの主軸にしていますが、そこから始まった会社ではないんです」とデイヴィス。その理由を知るためには、彼の生い立ちから遡る必要がある。

アメリカで生まれたデイヴィスだが、4歳のときにドミニカ共和国に移住をした。ドミニカはラテンアメリカでも最貧国のひとつ。当時デイヴィスと同じ年くらいの子どもたちが裸でそこら中を走り回っていたという。「私の家は決して裕福ではなかったものの、裸の彼らと比べればいかに恵まれ、チャンスに溢れているかを実感するようになったんです。その頃から、自分は社会を良くするべき存在なのだと強い責任を感じていました」

ラテンアメリカで育ったデイヴィスは、その後ペンシルベニア大学ウォートン校でMBAを取得。ブラジルでウェブ系企業を数社起業後の2013年、コトパクシを創業した。「小さい頃は父と共にアマゾン川を手作りのいかだで渡ったり、ピラニアを釣りに行ったり、小さな島で自給自足の生活をしたこともあります。とにかく自然が大好きだったこと、それがコトパクシのルーツです」

しかし、長い時間自然の中で過ごしていると、汚れた自然や貧しい環境で暮らす人々の様子を目撃することもあった。「これだ、と思いました。消費者により良い商品の選択を促し、社会全体を良い方向へ向かわせること。これが私の義務だと思ったのです。そのためには、まず自分のメッセージを人々に伝えなければいけなかった」

どのような方法で?と尋ねると「まずリャマを2匹、インターネットで買って」としたり顔で解説を始めた。メッセージを伝えるためにはまず目立たなくてはいけない。そのために、自身のルーツでもあるラテンアメリカにちなんで、現地で生息するリャマを2 匹引き連れて、ユタ州中の大学を行脚しながら自らの思いを伝え続けた。「物珍しさか、学生たちからは思った以上に人気でしたね。みんなリャマとセルフィーを撮ってSNSにアップしてくれて、コトパクシという名前はすぐにユタ州中に知られるようになりました」とデイヴィス。

店舗内の天井にはカラフルなフラッグが吊るされている。これは「クエスティバル」の歴代参加者たちが書いたメッセージで、参加した感想や自分自身の社会貢献に対する想いなどが書かれている。

「私が独自に行った調査の結果、現代の若者たちはブランドがもつ精神性や、ビジネスを展開するプロセスにおいて、環境や社会に対してよりよいことをしているブランドを選ぶ傾向があることがわかりました。若者たちは、自分たちの倫理観に近い企業を支援したくなるのです」

冒険×フェスティバル

だが、すぐにアウトドアグッズの販売を始めたわけではない。実はコトパクシは「フェス」から始まっている。デイヴィスは言う。「私の想いに共感してくれる人々に対してただ商品を販売するのではなく、体験を通じて社会貢献の意識づけをしたかった。だからまずは、みんなで自然を体験するイベントを始めたんです」

そのイベントは「クエスティバル」と呼ばれる。クエスト(冒険)とフェスティバル(祭り)を組み合わせた造語だ。6人1組でチームを組み、大自然のなかを冒険していく。その様子の写真を専用アプリ内にアップ。楽しみながら挑戦しているか、チーム内で協力しているか、写真がいかに美しいかなどの項目を参加チームの相互評価で点数をつけ、順位を競うイベントだ。全米各地で開催され、去年は38回開催。参加料は40ドル。20~30代の若者が各回1000人以上も参加するのだという。

店舗では、独特なカラーリングが目を引くアウトドアグッズを販売。オンラインでの売上がほとんどだというが、今後店舗数拡大も視野に入れているのだという。一度卸を通じて日本での販売経験もあるそうで、日本への店舗上陸が待ち遠しい。

「第1回目で約3000人が参加してくれました。その時私達はまだ商品を作っていなかったのに、参加者たちが自発的にコトパクシのロゴや文字を自分のバッグや帽子、服などにペイントしたオリジナルグッズをつくってきてくれたんです。自分の車にスプレーでペイントしてきた人もいた。それはさすがに私でもやらないと思います(笑)でも、そのときに、貧困問題を解決したいというコトパクシのミッションがいかに強いかということを再認識しました」

それ以降、参加チームにはバックパックをプレゼントし、さらに濃い濃度で世界観を体験してもらうようにしたという。そのバックパックにも、強い思いが込められているからだ。

真っ当に、正しいことを

「バッグは、フィリピンにあるパタゴニアの工場と同じ敷地内で作られているんです」とチーフインパクトオフィサー(CIO)のアニー・エーグルは話す。コトパクシのバッグパックはシンプルで洗練されているというよりは、鮮やかな色使いが特徴的なデザインだ。工場は世界中に数多くあれど、高品質さと透明性を求めた結果、そこしかなかったのだという。アニーは以前、世界的なデザインコンサルティング企業であるIDEO(アイデオ)でNPOに関わる仕事をしていた。

コトパクシに入社したのは18年春のこと。「デイヴィスとの会話や、コトパクシが実際にやっていることを見ていたら本気で世界を良くしたいことが伝わってくる。温厚で社員の話を親身に聞いてくれる彼の人柄も含め、貧困問題の解決という企業ミッションに引かれて」と話す。「これまで社会貢献を掲げる企業に多く勤めてきましたが、突き詰めると表面的で、ブランドイメージのことしか考えていないところが多かった。デイヴィスはビジネスと社会貢献性の両立は困難なことはわかっている。それでもなお、単なる利益の追求ではなく、倫理的で世の中に対して正しいことを突き通す精神をもっているのです」

―店舗内から続く階段をのぼると、社員たちが働くオフィス空間へ。ここではデザイナーたちが新商品のデザインを検討。壁にはさまざまなスケッチが貼られていた。

―デザインを検討している男性の後ろには「less, but better」の文字が。これは、世界的インダストリアルデザイナーであるディーター・ラムスの言葉。

冒頭にも述べたとおり、コトパクシは「ネクストパタゴニア」と言われることも多い。競合となりうるのかと尋ねると、アニーは「いいえ」と答える。「たしかに分野は同じですが、会社の規模も異なればミッションも異なります。ただし、社会をより良くしたいという方向性は同じ。協力関係として、他の企業や団体と共に社会に対して働きかけていきたいと考えています」

コトパクシは今年初めて、フェアトレードに認証されている工場で商品生産を開始した。工場使用料とは別に2%上乗せされるが、それは工場で働く人々の手に渡る仕組みである。それが金銭として作業員に還元される場合もあれば、工場内に保育園をつくったり、ランチの無料提供に使われたりもする。「会社として私たちがかかわるものすべてが倫理的に正しくて、人道的配慮が行き届くポジティブな力を持ったコミュニティをつくっていきたいんです」とアニーは力強く語る。

コトパクシが販売する商品の保証期間は、なんと61年。これは途上国の平均寿命と同じだそう。生まれてから死ぬまで、コトパクシが掲げる理念を抱き続けて欲しいというメッセージだ。ソルトレイクシティで生まれたアウトドアブランドは、これから世界をどのように変えていくのだろうか。

ィス。コトパクシのスローガン「GEAR FOR GOOD」が大きく掲げられている。このなかは会議室になっていて、その上にはエンジニアたちが仕事をしていた

―デイヴィス・スミス
VCでの勤務や数社の起業を経て創業。シリアルアントレプレナーでありながら、エンジェル投資家としてワービーパーカー、オールバーズなどのスタートアップに対して投資も行っている。

2020年1月7日更新
取材月:2019年2月

テキスト:石原龍太郎
写真:金東奎(ナカサアンドパートナーズ)
※『WORK MILL with Forbes JAPAN ISSUE 04 LOVED COMPANY 愛される会社』より転載