働き方は自ら変えるものだということを、 一人ひとりが自覚すべき ー 青野慶久さん
この記事は、“はたらく”にまつわる研究データをまとめた冊子「WORK MILL RESEARCH ISSUE01 はたらくを自分で選ぶ」(2019年11月発行)からの転載です。
働き方改革が進んでいる企業といえばサイボウズ。多くの人がそんなイメージを持っているだろう。「主体性を磨けば磨くほど、チームワークも強くなっていく」と、青野慶久さんは語る。どこよりも早く柔軟な働き方を実践してきて、サイボウズはいま、どのようなフェーズにいるのか。
経営者が社員に権限を移譲することで社員に主体性が生まれる
サイボウズのオフィスを訪れると、まず目に入るのが動物の人形や、木を模した装飾だ。ハンモックのオブジェもあれば、黄色や緑、オレンジなど、さまざまな色のイスが置かれ、部屋全体がカラフルで朗らかに演出されている。開放的なのは、受付だけではない。街なかのバルのようなカジュアルな雰囲気のスペースがあり、長テーブルもあれば四人掛け用の正方形の机、一人掛けにちょうどいい席など、置かれている家具の種類も豊富だ。会議室として使われることもあれば、食事や仕事など、社員は目的に合わせて多様な使い方をしているという。
「先日はこのスペースに女性社員が集まって、夜に飲み会をしていました。食べ物はケータリングで頼んだみたいです。隣の部屋にはお子さんたちが集まっていて、ベビーシッターさんが一緒に遊んでいました。そういう集まりを企画したのも、スペースの使い方を思いついたのも、全部彼女たち自身。僕は見ているだけです (笑)」と、青野さんは話す。
サイボウズは、日本においてどの企業よりも早く働き方改革を進めてきた。今ではそれが定着し、社員一人ひとりが場所や時間などを選択して各々のワークスタイルを確立するようになった。何人かの社員が終業後に飲み会を開いていたのは、社員に主体性があり、会社に居心地の良さや愛着を感じていることを象徴する出来事だ。サイボウズではどのようにして、社員の主体性を育んだのだろうか。
「経営者がすべきことは、権限の移譲です。そうすると、社員は、自分はどこに座りたいかとか、あるいは、何がしたいのかを考える。まずは、一人ひとりが自問自答をしていくことが大事。その習慣がついてくると、今度は、自分が本当にほしいものが見えてくる。そして、それが手に入ると本当に嬉しくなる。だから仕事のパフォーマンスがあがる。このサイクルを構築していくことが重要です」
一人ひとりの希望を社内全体で可視化する
懸念されるのが公平・不公平の議論だ。声をあげる人ばかりが優遇されて、そうでない人は犠牲を払ったり我慢したりする場面が増えるかもしれない。そうした不満が起こることを未然に防ぐために、社員一人ひとりの小さな要望には応えない、というケースも多いはずだ。サイボウズでは、どう解決しているのだろうか。
「僕はむしろ、そういう言い合いがおきるのが大好きですね。例えば、キーボードを変えた人がいるとします。自分はこの方が打ちやすくて仕事がはかどるから、と。すると、他のところから『あの人は3ヶ月前にもキーボードを変えたばかりだ』という不満があがったりしますよね。そこで僕は『じゃあ、あなたは何が欲しいの』と、不満を言っている人に聞くんです。オフィスに必要なものも、仕事の道具も、自分から主張して得るものだよ、と社員に気付かせる。経営者も社員も、『公平』という価値観にとらわれてはいけないんです。経営者は最初からみんなに同じものを与えて、社員はそれをずっと使い続けていくのがあたりまえではない。だって、みんなお尻の形が違うんだから、同じイスが座り心地がいいとは限らないでしょう」
サイボウズで重要視している公平性とは、誰が、何を得ているのかを可視化することだ。
「部署ごとに決裁権限を与えています。さらに、社員全員がアクセスできる環境に“ 相談箱” を用意して、誰がどんなことを会社に要求していて、それがどの程度叶えられたのかを『見える化』しています」
「働き方改革」ではなく、「働き方の多様化」を進めていく
サイボウズのホームページを見ると、こんなことが書いてある。「『100人いたら100通りの働き方』があってよいと考え、メンバーそれぞれが望む働き方を実現できるようにしています」。「100通りの働き方」を実現するために、青野さんは、社員が発案するまで、働き方を変えなかったという。
「先ほどのイスの例と同じで、働き方を変えるにしても、自分の能力を一番引き出す方法って、時間も場所も人によって違いますよね。だから、僕が決めた変え方をするのでは意味がない」
青野さんが主張するのは、「働き方改革」ではなくて「働き方の多様化」が大切、ということだ。
「いま、世の中全体が働き方改革だと言って、右から左へ行くような変え方をしているでしょう。でも、僕はその考え方が好きではない。なぜならば、右のままで働いている方が合っている人も絶対にいるはずですから。右も左もありだし、上も下もあってもいい。一斉に働き方を変えるのではなくて、働き方を増やしていく。それも、自分の意思によって。最初は発言するのが苦手な人が多いけど、慣れてくると、みんな生き生きしていきますよ」
ー青野慶久(あおの・よしひさ) サイボウズ株式会社 代表取締役社長
大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立。2005年4月、代表取締役社長に就任。2018年1月代表取締役社長 兼 チームワーク総研所長(現任)。離職率を6分の1に低減した実績や、ビジネスのクラウドシフトの他、3児の父として3度の育児休暇取得した育ボス、妻氏婚(つまうじこん)、夫婦別姓などの講演も多数。
一人ひとりが主体的になるとチームワークが強まっていく
以前、サイボウズのある社員がこんなエピソードを語っていたことがある。同じチームの社員が子どもを保育園に入れるのに苦労していて、説明会に行くのさえ電話予約しなくてはならない状態だった。そこで、チームのメンバーで一斉に予約開始時刻から電話をかけ始めて、なんとか説明会の予約を取り付けたのだ。主体性を重んじるサイボウズにおいて、どのようにして強いチームワークが醸成されていったのだろうか。
「助け合いの精神ですよね。主体的になる、というのは自分がとがる、ということ。でも、そのためにはチームの理解を得て、時に協力してもらうことが必要になってくる。なぜならば、自分は朝だけ働きたいとなったら、午後に自分の仕事をバトンタッチできる人がいないといけない。その分、自分も誰かを助けてあげようとする。野球で例えるなら、自分がピッチャーをやりたかったら、キャッチャーを見つけてこないといけないわけですから。本当に主体的に働こうとすればするほど、このようにチームの結束が強まっていくはずなんです」
経営者が働き方を窮屈にしている
最後に、日本全体の働き方改革の現状についてどのように見ているのか、青野さんに聞いた。
「労働時間の上限規制ができて、いまはその次のフェーズにいますよね。例えば、複業について。僕は、複業の禁止は、労働者の権利を奪っていると思います。会社は、勤務時間以外のことまで規制してはいけない。年金や労災など、解決しなくてはいけない課題もたくさんありますが、複業を禁止するにしろ、解禁するにしろ、いずれにしても何かしら問題は起きるもの。だって、禁止していたら、必ず隠れて複業する人が出てきますから。それならば、複業を解禁して、複業による問題を解決していった方が生産的ですよね」
もう一つ、疑問視しているのが転勤だ。
「もしかすると、法律や規制で強制転勤を禁止したほうがいいのかもしれない。子どもの学校や、家族の生活があるのに、会社の命令で他の地域に強制的に引越しをさせられるのは良くない。ただ、これは会社側の問題だけではないんです。転勤を命じられた側も、無理なら断るべき。言われるがままにしているから、会社の体制が変わらない。転勤だけではなくあらゆる場面において、ワーカーは、自分たちが主体性を持たないことには働く環境が変わっていかない、ということをもっと自覚的するべきです」
2020年2月12日更新
取材月:2019年8月
写真:竹之内 祐幸