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【クジラの眼 – 刻をよむ】第9回「多様性を活かすエンパワーメントとは? ~チームとして個人にどう関わっていくか~」

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 刻(とき)をよむ」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで毎月開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。 

―鯨井 康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。

昨今、さまざまな組織がダイバーシティ推進や、ダイバーシティ&インクルージョンに取り組んでいるものの、うまく行っていないところのなんと多いことか。今回は多様性を活かし取り組みを進めるための「エンパワーメント」に注目してみたいと思います。

でもエンパワーメントとは一体何でしょう。少し難しい考え方ですが、この後を読み進めていただくときっと理解していただけます。そしてエンパワーメントが仕事をしていく上でいかに有用なものなのかも分かっていただけることでしょう。さらに言うと(少し大げさですが)これを実践すれば、きっといい人生を送れるし、恋愛にだって役立つことに気づいていただけるはず…。
さあそれでは、日本能率協会コンサルティングの笠井さんと一緒に「多様性を活かし強い組織になるためのエンパワーメント」について考えていきましょう。(鯨井)

イントロダクション(株式会社オカムラ 薄良子)

薄:あなたの組織では多様性が活かされているでしょうか。今ダイバーシティを推進しようとする組織は多いのですが、実際にうまく進んでいるところは多くないように思えます。企業のトップが「やるぞ」と意気込みを示し推進する専門部門を立ち上げたりはするのですが、その推進部門と現場とのギャップができてしまっているという話をよく耳にします。推進部門は全社という視点で前だけを見てなかなか現場を巻き込めないでいる一方で、現場の方々はいずれ落ちてくる施策を待っていて自分からはなかなか動かないでいます。ギャップは組織と個人双方が歩み寄らないと埋まっていきません。このギャップ埋めを促進するのが「エンパワーメント」なのではないかと考え、今回テーマに選んだ次第です。

―薄良子(うすき・りょうこ)株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部 戦略企画室 室長
マイナビにて、広告コンサルティング営業を経て、研修プログラム企画・開発のプロジェクトマネジメントおよび新人・若手社員向け研修シリーズの開発を手掛ける。その後、株式会社オカムラに入社。現在は、社内働き方改革、ダイバーシティ&インクルージョン推進、社外との共創活動を中心に、組織開発のプロジェクトに従事。『社員がイキイキと楽しく、生産性高く働く組織をつくる』がライフワーク。筑波大学大学院経営学修士(MBA)。CDAキャリアカウンセラー。1女の母。

薄:笠井さんのプレゼンテーションに移る前に、エンパワーメントの定義を共有しておきたいと思います。エンパワーメントとは「その人が本来持っている力の発揮を促進する考え方、姿勢のこと」であり、「何かに貢献したいという意識、実行することへの意味づけ、実行することを自分で決めて動く力のこと」です。これを踏まえて、笠井さんからより深い知見をプレゼンしていただき、その後参加者の皆さんとディスカッションしていきたいと思います。

プレゼンテーション(株式会社日本能率協会コンサルティング 笠井洋)

笠井:エンパワーメントという概念は昔からあったのですが、これを組織で実践するとなるととても難しい。そこで私が今所属しているエンパワー_ソリューションセンターでは、実際にエンパワーメントを様々な組織に導入・実践するにはどうすればよいかを考え、日々コンサルテーションを行っています。その中で知りえた知見をみなさんにお伝えした上でエンパワーメントについて議論を深めていきたいと思います。 

―笠井洋(かさい・ひろし)株式会社日本能率協会コンサルティング エンパワー_ソリューションセンター長 シニア・コンサルタント
電気電子機器メーカーで 機械設計、新事業・新製品開発担当として新事業立ち上げを経験。1998年 株式会社日本能率協会コンサルティング入社。経営戦略策定および実践、新事業開発創出などの事業変革コンサルティングの経験を活かし、現在は、人・チームの変革意識を認識し、高め組織の変革を促進するチェンジ・マネジメントを実践する人材開発・組織開発コンサルティングを実践。人材開発・組織開発コンサルティング20年の実践から必要性を見出したエンパワーメント理論をもとに開発した“エンパワー_ソリューション”を活用して企業・団体のチェンジ・マネジメント実践を促進し、組織変革を実現している。

ダイバーシティとバラエティとエンパワーメントの活用可能性

笠井:「ダイバーシティ」に近い言葉に「バラエティ」というのがあります。今までの企業は従業員を雇用するときバラエティさえあればいいと考えていました。バラエティのある組織は、同種の中で種類が少し違う人たちで構成されているので、このような組織の活性化は比較的容易に達成できると捉える傾向があります。バラエティのある組織を構成する人たちは、それほどの違いは無いため互いのことを知っています(あるいは知った気になっています)。互いのことを理解し合う関係性ができているので、活性化策を講じればそれが功を奏すると考えがちですが、知った気になっている状態に気づかずに手を打っても活性の状態にはなりにくいのです。

ダイバーシティのある組織は元々の種類が違う人たちが集まっている状況です。こちらの組織にまず求められるのは相互活用だと言えるでしょう。別種の人間がそれぞれの異なる能力を互いに活用し合えるところにダイバーシティが求められる理由があるのです。しかし、ダイバーシティのある組織では、他の人が自分とは違いすぎるので互いのことをなかなか理解することができません。相手のことが分からなければ、相互活用などできるはずもありません。

バラエティであろうとダイバーシティであろうと互いのことを知ることは必要です。特にダイバーシティのある組織においては、互いの価値観や能力などを深く知ることが強く求められます。実はエンパワーメント理論の一つに相手のことを「深く知る」というものがあり、その意味でエンパワーメントは多様性を活かす土台の役割を担っていると考えられているのです。

エンパワーメントの歴史的背景とその目的

笠井:エンパワーメントはソーシャルワークや社会運動からスタートした考え方で、人種差別からの解放に関して書かれた1970年代の論文で初めてエンパワーメントという言葉が使われました。その後、ソーシャルワークやリハビリテーションの分野で用いられ、経営学や組織経営の分野へと進展し、現在では人材育成や組織開発の分野にまで広がってきています。

笠井:日本には1990年代に経営手法として導入されました。このときエンパワーメントは「権限移譲」と訳されその重要性が説かれましたが、権限移譲という名の「丸投げ」的な意味合いで捉えられることが多かったのでとてもイメージが悪く、そのために我が国ではエンパワーメントの普及が遅れてしまったと言われています。しかしながら最近では、多くの組織が働き方改革や意識変革を目指す中でようやく本来のエンパワーメントに注目が集まるようになってきています。

エンパワーメントとは「em+power+ment」と綴ります。字面のとおり、「パワーのある状態にする」という意味になります。つまり、力づけ、行動を促すことがエンパワーメントというものなのです。また、ブラジルの教育思想家は「抑圧され、本来有している力が失われている個人や集団に働きかけ、能力を開花させる」とエンパワーを解釈しています。本来持っている力をいかにして引き出すのかがエンパワーメントを考える上でのポイントになります。

エンパワーの構成要素

笠井:エンパワーメントの学術的な研究結果を基に、我々の様々な組織変革の支援による実践研究から、エンパワーには個人を対象とした「セルフエンパワー」と組織を対象とする「チームエンパワー」の二つに体系化しました。それぞれは図のようにいくつかの要素で構成されています。ダイバーシティのある組織で相互活用を実現するには、まずお互いを知ることが出発点だということを先ほどお話ししました。その際に大切なのは、これらの構成要素ごとに互いを知るようにすることです。同じ観点で相互理解することが相手を本当に知ることにつながるのです。

笠井:セルフエンパワーには「効力感」「貢献感」「有意味感」「自己決定感」の4つの要素があります。「効力感」は、自分にはできるという感覚のことです。「貢献感」は、自分が何に役立とうと感じているか。それに対してどれだけ貢献していると感じているかということ。「有意味感」は、やっていることにどのくらい意味を感じているか。「自己決定感」は、やっていることを自分で決めていると感じている度合いです。これらの要素ごとにその人の感覚を把握することで、彼(彼女)のセルフエンパワーの状態を知ることができるのです。

チームエンパワーの構成要素は、セルフエンパワーの4つの個人の感覚をチームに置き換えた4要素に「一体感」と「連動感」を加えた6要素です。一体感は、チームとして同じ方向を向いて活動できていると感じている度合いであり、連動感は、チームが他の部署・チームと連動できている感覚のことになります。チームのエンパワーを評価するときには、これらの6つの要素それぞれを見ていくことが必要です。

ディスカッション(笠井洋×薄良子×参加者)

薄:そもそもチームエンパワーが高い状態にあるとどのような効果があるのでしょうか。それによってどのようにチームの成果につながるのでしょうか。

笠井:エンパワーメントを高めることで離職する人を減らすことができたという事例があります。それは、自分のことを見ていてくれるという感覚が生まれたためです。仕事の進捗を確認するなど、マネージャーからのちょっとした声掛けを受けた人は、自分のことを見ていてくれると感じます。その組織にいる意味を知ることができます。こうしたことでエンパワーメントは高まり、結果として離職率が減ったのです。

参加者A:セルフエンパワーの構成要素の中では「自己決定感」が一番重要ではないでしょうか。自分で決定できれば「効力感」や「貢献感」は付いてくるように思うからです。

笠井:自己決定というのは実は簡単なことではありません。ものごとを決めるときに「貢献感」や「有意味感」を持っていなければ自己決定することはできません。人によってエンパワーのトリガーは異なるので一概には言えませんが、「自己決定感」が他の要素より先にあると決めつけない方がいいかもしれません。

参加者A:チームエンパワーの要素である「一体感」について伺います。チーム内でベクトルがバラバラであってもチームとして成果が上がっているのならそれでいいという考え方もあると思います。「一体感」の意義についてもう少しお聞かせください。

笠井:チームのメンバー全員が同じ方向を向いて突き進んでいる組織に私は出会ったことがありません。「一体感」は、みんなのベクトルが揃うことではなく、ベン図で言えば重なる部分が多いことだと考えるのがいいと思っています。互いの接点が多い状態をつくることが大事なのです。それによって、一人がやろうとしていることに対してまわりの人は関心を示しリアクションを起こします。そうしたことを通じてチームの「一体感」は生まれると考えています。

参加者A:上司をエンパワーすればチームエンパワーメントは高まるでしょうか。どうすれば上司をエンパワーできますか。

笠井:何をすればチームに貢献できるかと考える部下が増えればチームエンパワーメントは高くなり、上司をエンパワーすることにつながるはずです。部下の発言が「どうしましょう?」から「こうしましょう!」に変わってくると、上司は「彼(彼女)といっしょにやっていこう」という気になり上司自身のエンパワーメントは高い状態になっていくのです。上司からしてみると、部下が良い方向へ変化してくれると嬉しいものです。「成果」を残せるようになる前に必ず「変化」が起きています。成果のみに意識を向けるのではなく、変化に意識を向けていくことが大切です。お互いの変化を組織内で共有することはチームのエンパワーメントを高める上でも有効だと思います。

薄:「変化」は「成長」と置き換えてもいいと思います。今の若い人の中には、自分の成長を求めるあまり、与えられた仕事に意味が感じられないと、不安を感じ不満を持ってしまう人が少なくないと感じています。こうした人たちに対して、仕事の意味づけをしたい場合どうすればいいでしょうか。

笠井:きちんと反響を返してあげることだと思います。やってくれた仕事に反響を返さない限りそこに意味があることを分からせることはできません。世の中の多くの職場では反響をあまり返せていないように思います。反響を返すときは、「ありがとう」の一言だけではなく、「自分だったら〇〇〇だったのに、あなたは△△△だった…」というように自分と比べ、比べたことから得られる差や違いを魅力と捉えて、相手の魅力を認め、その魅力を言葉にして返してあげることで、その仕事の意味をより分かってもらうきっかけがつくれます。

「有意味感」を自分だけで獲得するのは難しいので、仕事の成果に対して必ず反響を返すといいでしょう。私がエンパワーメントのコンサルをするときには、反響をふんだんに起こすよう仕掛けるようにしています。具体的には、発表された意見を聞いた全員が付箋にコメントを書いて提出するといったことです。中には厳しいフィードバックもありますが、それでも反響があることは本人としては嬉しいもので、それが「有意味感」につながっていくのです。

参加者B:上司と部下の対話の中で、それぞれは具体的に何を意識してエンパワーすればいいのでしょう。

笠井:今どの観点で話しているのかをはっきりさせると受ける側は分かりやすいと思います。1on1のような短時間の面談の場合、時間を有効に使う上でも話し合う観点を明確にしておくことは有効なやり方だと言えそうです。このことは上下の関係だけの話ではありません。仲間同士のフィードバックは往々にして遠慮が入るものなので、例えば「貢献具合や意味合いといった項目についてはどんなに厳しく言ってもいい」といったルールを決めるなどして、遠慮なくフィードバックできる状況をつくっておくことが望まれます。

※ 1on1:「1on1ミーティング」の略称。部下の育成を目的として、上司と部下が1対1で行う面談のこと

参加者B:一昔前ブラック企業的な働き方をしていた頃は、個人間の情報密度がとても高かったと思います。ところが今は同じチームにいる人間同士であっても互いのことがよくわかっていない。そんな希薄な人間関係を打破する対策は、「挨拶」を習慣化することではないでしょうか。ランチにいっしょに行って話をするのもいいかもしれません。エンパワーメントを高めるために私たちはこれまで以上に接点をつくる努力をしていかなければならないと思います。

笠井:テレワークの普及など働き方が多様化するに伴ってオフィスで仲間と共に過ごす時間は減っていくことが予想されます。場を共有する時間は今後さらに短くなっていくことでしょう。ですから短い時間内で接点を数多くつくる努力をしていかなければなりません。昨今1on1が持てはやされている理由はここにあるのでしょう。相手と接するときに重要なのは、要した時間ではなくて接した回数なのだろうと最近感じています。

参加者C:私は育児や家事をするといった私生活においてセルフエンパワーメントの高い状態で過ごしています。その上で出社しても高いエンパワーメントが求められるのはなかなか厳しい。一日中発火し続けていては身が持ちません。強弱をあえてつくることも必要なことではないでしょうか。

笠井:ものさし、メジャーメントをどこに置くのかというのはすごく大切な視点です。常にメジャーの100を目指すのでなく、「この仕事は70を目標とする」といった考え方があってもいいのではないでしょうか。育児であっても常にパワー全開にしているのではなく、「子供の成長の節目が来たら家族のエンパワーメントを高めるよう」といった考え方をしておくといいのかもしれません。エンパワーメントにもデザインが必要ですし、エンパワーのタイムラインのようなものを意識したいものです。新規事業を立ち上げるチームだって同じ考え方が求められそうです。どのタイミングで100%の出力を出すのか。アクションプランを描くだけでなく、エンパワーメントのプランも計画すべきなのかもしれません。

 

笠井:最後になりますが、エンパワーメントはコンピュータで言えばOSに当たる存在、つまり何かを進めていく、想いをつくっていく上でベースになる考え方です。その意味で「エンパワーメント」をいろいろな場面で活用してもらえればと考えています。日本人は一人ひとりのセルフエンパワーメントが高い状態でも、チームになったときにそれぞれの人が持てる力を発揮しきれていないように思われます。今回の話を参考にしてもっとエンパワーしていただければ幸いです。 

人生にエンパワーメントを

「三無主義」をご存知でしょうか。無気力・無関心・無責任の三つの「無」で三無主義。1970年頃そんな生き方をしていた当時の若者を批判して盛んに使われた言葉です。私は当時高校生。精神構造が決まる大事な時期、世の中の風潮に影響を受けやすい年ごろだったので、少なからず影響を受けたように思います。今思えば三無主義はエンパワーのかけらもない生き方です。むしろエンパワーを否定してかかるがごとき生き方でした。こうした三無主義者たちはその後「しらけ世代」なんて言葉でひとくくりにされていったのです。

そんな我々世代の人間もやがて社会に出て、所属した組織からエンパワーされながら世間の荒波を乗り越え、なんとか生き抜いてくることができました。そして今我々は年金を貰う年頃を迎え、第二の人生を歩き始めようとしています。これからは人様に頼ることなくセルフエンパワーメントしていかなければならないのです。

こうして振り返って考えてみると、そしてこれからのことを考えてみると、エンパワーメントは人生のどの時期にも必要なものだと思えてきます。生きていく上で必要なスキルであり心構えなのです。エンパワーメントを構成する4つの要素「効力感」「貢献感」「有意味感」「自己決定感」を常に意識して、充実した日々を過ごしていきたいものであります。

今回も最後までありがとうございました。次回まで失礼します。ごきげんよう。さようなら。(鯨井)

2019年2月7日更新
取材月:2018年12月

テキスト:鯨井 康志
写真:大坪 侑史