【クジラの眼 – 刻をよむ】第6回「イノベーションを生むために必要なダイバーシティとは」
働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井による”SEA ACADEMY”潜入レポートシリーズ「クジラの眼 – 刻(とき)をよむ」。働く場や働き方に関する多彩なテーマについて、ゲストとWORK MILLプロジェクトメンバーによるダイアログスタイルで毎月開催される“SEA ACADEMY” ワークデザイン・アドバンスを題材に、鯨井のまなざしを通してこれからの「はたらく」を考えます。
―鯨井 康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。
ひとつの基準で人や物事を判断してはいけない。他の人よりもうまくできることもあれば、逆に不得手なことだってある。人よりも劣っていると思い悩んでいる人にだって、いいところが必ずある。真実を射抜く金子みすゞの言葉は、いつ読んでも心に沁みますね。
人の性格や能力は皆違います。いろいろな人が集まって活動するオフィスでは、それぞれの長所を活かし、短所はカバーし合っていくことで、組織の総合力を高めていかなければなりません。今回のセミナーのテーマはまさにこのこと。「インクルージョン」と「ダイバーシティ」です。世の中に先駆けて10年以上も前から施策に取り組んできたアクセンチュアの那須さんにお話を伺います。(鯨井)
イントロダクション(株式会社オカムラ 花田愛)
花田:「ダイバーシティの先にはイノベーションや価値創造がある。」頭の中では理解しているつもりですが、何となくモヤモヤしている感じもあります。今日は那須さんから、ダーバーシティとイノベーションがどのように関係しているのかということを中心に話していただこうと考えています。社内のダイバーシティを推進する立場にある私自身、日々の仕事に役立つお話を聞くことができるのでとても楽しみです。
―花田 愛(はなだ・あい)株式会社オカムラ フューチャーワークスタイル戦略部
大学院卒業後、オカムラに入社。専門は芸術工学。オフィスや公共施設の空間デザインを経て現職。現在は、コミュニケーションと環境をテーマに、これからのはたらき方、学び方とその空間の在り方についての研究に従事。2016年から社内のダイバーシティ推進プロジェクトを推進中。著書に「オフィスはもっと楽しくなる – はたらき方と空間の多様性 – 」がある。
プレゼンテーション(アクセンチュア株式会社 那須もえ)
なぜ企業には、インクルージョン&ダイバーシティが必要か?
那須:私が所属しているアクセンチュアは、55か国200都市の拠点でコンサルティングサービスを提供しています。お客様の企業価値を高め、新しいサービスを生み出すお手伝いをしている中で、アクセンチュアとして何ができるのか、自分たちはどうあるべきなのかを常に考えながらやってきました。その一つとしてこれからお話しする「インクージョン&ダイバーシティ」があります。
―那須 もえ(なす・もえ)アクセンチュア株式会社 公共サービス・医療健康本部 マネジング・ディレクター
米大学院卒業後、アクセンチュアに入社。2014年にシニア・マネジャーに就任。主に国・自治体における産業集積(インバウンド/アウトバウンド)に係る政策立案支援や、実行支援を担当。2012年からは、女性活躍支援の一環で、女子大学生がグローバルリーダーとして活躍していくための講座を学生団体と共に実施。また近年では、能力や年齢、国籍や宗教、性別、LGBTなどの背景に関係無く多様な人材がリーダーとして最大限の力を発揮できる組織作りに尽力している。
那須:なぜ企業にはインクルージョンとダイバーシティが必要だと考えたのか?……それは、企業という組織は、どのように外部環境が変化してもイノベーションを創出し続ける組織でなければいけない、と考えたからです。労働人口の減少、少子高齢化、テクノロジーの進展など、世の中が変われば人々の嗜好は多様なものになっていきます。このニーズの変化に対応するために企業内も多様化し、そこからイノベーションを生み出して世の中の変化に対応していかなければなりません。
ここで企業内多様性とイノベーション、そして事業業績の相関性について考えてみましょう。
世の中の変化は人々の嗜好を多様なものにし、それに対応する製品やサービスが提供されるようになります。この流れに呼応して企業では、働く「人材の多様性」が生み出され、そこから新製品・サービスの開発に向けた「イノベーションの創出」が活発に行われるようになります。それによって「事業業績の向上」が成されるという仮説が考えられます。この仮説を裏付ける研究成果を見ていきます。
A. 「人材の多様性」の「イノベーションの創出」への影響
那須:イノベーションの実現とダイバーシティの一つの要素である外国人の雇用状況の関係性を調べた結果を見ると、プロダクトのイノベーションにおいてもプロセスのイノベーションにおいても外国籍の幹部がいる場合の方がそうでない場合よりもイノベーションが実現する割合が高くなっていました。
また、創出されたイノベーション価値とプロジェクトに参加した人の専門分野の多様性の関係性について報じた研究レポートによれば、多様性が高くなるとブレークスルーするほどのイノベーションも生まれるようになっていました。同時に多くの失敗(凡庸なイノベーション)も生まれてしまいますが、これはチャレンジした結果の失敗なので致し方のないところでしょう。
これらのことから、人材の多様化はイノベーションの創出に影響を及ぼしている可能性があると考えてもよさそうです。
B. 「イノベーションの創出」の「事業業績の向上」への影響
那須:研究・開発費と売上額との間には明らかな相関性が見られます。なんでも研究開発すればよい、というわけではないとは思いますが、基本的には、R&Dに投資すれば企業の業績は伸びやすいという研究結果が出ています。
C. 「人材の多様性」の「事業業績の向上」への影響
那須:ダイバーシティの度合いと、イノベーティブな商品から得たマーケットシェアとの関係性についても研究がなされています。それによると、多様な人材が働くところほどイノベーティブな商品が生まれやすく、結果としてマーケットシェアが高くなるとのことです。多様な人材がそろっていることが直接企業の業績を押し上げると言えそうです。
このような理由からアクセンチュアでは、業績を上げるためには人材の多様性が重要なのだろうと考え、社内でダイバーシティに関する取り組みを進めてきました。ここからは、その取り組みの紹介をしていきます。
インクルージョン&ダイバーシティの取り組み
那須:ダイバーシティにもいろいろありますが、括っていくと、まず男女の違い(GENDER DIVERSITY)やクロス・カルチャーすなわち国籍や文化による違い(CROSS-CULTURAL DIVERSITY)があります。さらに性的マイノリティの人たち(LGBT)のことも考えなければなりませんし、障がいのある人たち(PERSON WITH DISABILITIES)も重要な視点です。本来ならもっとたくさんのダイバーシティがあるのでしょうが、アクセンチュアでは主にこれら4つについて施策を実施してきました。
1. GENDER DIVERSITY
那須:女性の定着、活躍促進については2006年から取り組んでいます。女性が働きやすくなるような様々な制度設計をしてきましたが、その中で特徴的なものとして「3Rスポンサーシッププグラム」という女性の成長を後押しする施策や、昇進意欲を高める機会を提供する「女性向けの研修制度」、育休からスムーズに復職してもらうことを目的とする「ワーキング・ペアレンツ復帰支援プログラム」などがあります。これらの制度が功を奏して女性社員は増えてきて、10年前と比較して女性社員数は5倍、女性管理職者数は4倍になりました。アクセンチュアのグローバル全体では、2025年を目途に50%を目指すところまで来ています。
2. CROSS-CULTURAL DIVERSITY
那須:次に2012年からスタートしたクロス・カルチャーについてお話します。特に日本の場合は日本人の比率が高いので、まずは外国籍の人達それぞれの文化を知るところから始めています。その施策として、単純なことではありますが、集まって話をし、お互いのことを理解するための場を提供しています。そこには社長を含め役員クラスの人間も必ず参加し、飲食しながら談笑するフランクな時間を過ごしてもらっています。
3. LGBT
那須:LGBTに関しては「ALLY(アライ)」と呼ばれる支援者を増やしていく取り組みを2014年から進めています。LGBTに理解のある社員が増えることで、少しでも当事者の方の安心感や働きやすさにつながればと思っています。さらに2015年からは渋谷区で開催される「Tokyo Rainbow PRIDE」に協賛し、2016年には社員対象のLGBTセミナーを開催するなどして支援の輪を広げる活動を展開しています。
4. PERSON WITH DISABILITIES
那須:最後に障がいのある方についてです。国連で定めた「国際障がい者デー」にちなんで、理解度の向上やネットワーキングの促進を目的とするイベントを2014年から開催しています。障がいのある社員はこれまではバックオフィスに入っていただくことが多かったのですが、最近ではフロント業務に携わっていただくケースが増えてきています。引き続き活躍する職域を増やしていくことがここでの目標だと考えています。2020年のパラリンピックには弊社の社員も参加する予定なので、応援していただければと思います(笑)
アンコンシャスバイアス・トレーニングの実施
那須:ここまで様々なダイバーシティがあることをお話ししてきましたが、それらをインクルージョンしなければ組織の力は高まっていきません。そのためにアクセンチュアでは「アンコンシャスバイアス・トレーニング」を実施しています。アンコンシャスバイアスとは、相手に対して無意識のうちに抱いてしまう思い込み、偏見のことで、自分が生まれ育った環境や文化、経験、所属する組織の価値観、防衛本能、好き嫌いの感情などが要因となって形成されると言われています。この研修の目的は、そうした無意識の偏見を無くすことではなく、自分にも無意識の偏見あるということを認識させるところにあり、管理職以上の社員は必ず受けるようにしています。
誤った認識を持って相手と接していると、チームの管理・運営や人事評価、採用などの局面で悪い影響を及ぼす可能性があります。勝手な思い込みに従って行動している限り本当のインクルージョンは実現できません。自分にバイアスがかかっているのと同じように相手もバイアスがかかっている。そうした前提を相互認識することがインクルージョンに向けての第一歩なのです。
※参考動画:INCLUSION STARTS WITH I
クロストーク(那須もえ×花田愛)
多様性-イノベーション-業績
花田:多様性が高まるとブレークスルーにつながるイノベーションが生まれるというお話がありましたが、同時に凡庸なイノベーションもたくさん成され全体の平均点は下がってしまいます。組織としてそれでいいのかと疑問を持つ人もいると思いますが、そのあたりのお考えを聞かせてください。
那須:失敗無くして成功は無いということだと思っています。個人として組織として成長していくためには失敗を恐れずチャレンジすることが大切です。失敗することから何かを学んで次につなげていけばいい。確かに多様性が高くなると価値の低いイノベーションは増えますが、そうした中から高いイノベーションが生まれてくれればそれでいいと考えています。
花田:スライドの中に「デモグラフィー型ダイバーシティが組織のパフォーマンスに与える影響はない」という研究結果がありました。これはダイバーシティを推進する者として気になるところですが…。
那須:デモグラフィー型ダイバーシティは外見から判断できる違いのことです。パフォーマンスに関係するのは、先天的なものや見た目の違いではなく、中身の問題、つまりその人が経験してきたことだと理解しています。男女の違いは見た目で分かるデモグラフィー型ダイバーシティですが、ヒトはそれぞれ元々違いますし、性別で括ると男性と女性ではそれぞれ育ってきた環境が違いやすい、結果、経験してきたことや価値観も変わってくるのではないでしょうか。性別のダイバーシティは見た目の違いとして捉えるのではなく、中身の違いとして考えていくことが大切なのだと思っています。
インクルージョン&ダイバーシティ
花田:2006年から女性が活躍できる職場づくりを進めてこられましたが、その活動の一つに「INTERNATIONAL WOMEN’S DAY」というイベントの開催があるとお聞きしました。それについてお聞かせいただけますか。
那須:「INTERNATIONAL WOMEN’S DAY」は毎年一度、全女性社員を一堂に会して丸一日かけて開催しているイベントです。女性社員はいかにしてキャリアを積んでいけばいいのかとか、日々困っていることやその解消法など、女性特有のテーマについて意見交換をする場を会社は提供すべきではないかということで始めたものになります。最近では世の中で成功を収めているゲストをお招きして、その方も含めて意見交換をさせてもらっています。また、育休中や出産前の社員にも声をかけて任意で参加してもらい、その時でないと分からない辛さなどを共有する場にもなっています。
花田:ダイバーシティを推進する立場にいる人間は、どのようなモチベーションを持って取り組んでいけばいいとお考えでしょうか。成果を出していくための上手いやり方などがあれば教えてください。
那須:成果を出していくためのポイントは二つあると思います。一つはダイバーシティを推進する活動に対し、社長や役員の方々が積極的にコミットすること。もう一つは活動のKPIの責任を社長・役員自ら負うことです。現場レベルの頑張りだけでインクルーション&ダイバーシティを推し進めるのはなかなか難しいです。社長や役員クラスのリーダーシップとKPIの両輪が動かないと車は前に進まないと考えています。
アンコンシャスバイアス
花田:思い込みに縛られて人と接していると、その人が持っている良いところを見過ごしてしまい、結果としてイノベーションを生み出す機会を失ってしまうように思います。その辺りについてもう少しお話ください。
那須:人に対してバイアスが生まれるのは当たり前のことです。大切なのは、人と接するときにはバイアスがあることを常に意識しておくことではないでしょうか。アンコンシャスバイアスはその名の通り無意識に発生してしまうバイアスです。ですから知らず知らずのうちにある人を阻害する、意図しないメッセージを送ってしまうなどといったことを引き起こしかねません。インクルーシブな環境づくりに悪影響を及ぼすアンコンシャスバイアスの存在を認識することはダイバーシティを推進する上でとても重要なことだと考えています。
花田:まだまだ職場の中には働きづらさを感じている人が少なくありません。それを改善していくことに私たちの目は向いてしまうので、どうしてもダイバーシティの問題だけ注力してしまいがちです。ですが那須さんの話をお聞きして、多様な人を受け入れるためには制度や環境をしっかり作ること、インクルージョンの部分ができていることが重要なのだと気づかされました。さらにインクルージョンの先にはイノベーションと組織の業績向上がつながっている。こうしたことを頭において、ダイバーシティの促進を続けていきたいと思います。
多様性の功、画一性の罪
那須さんの話を聴きながら、自分の職場が多様になってきているかを考えていました。以前に比べると管理職になった女性は増えたし、他の会社から転職してきた人も多くなっています。海外出身の人だって何人もいるし、各人が大学で学んできた分野だって気づけばバリエーション豊かになっている。改めて考えてみると気づかぬうちに私の職場でも多様化はずいぶんと進んでいるようです。その結果価値あるイノベーションが生まれているかは外部の方の判断を仰ぎたいと思いますが…。
ところで「多様性」の反対語は「画一性」です。今回は多様性がイノベーションに寄与するというお話でしたが、反対に、画一性の方が悪さをする次のような話を聞いたことがあります。「数年違いで入社した男どもが同じように昇進して、課長になり、部長になり、やがて役員になって会社の経営を牛耳る。同じような知識、同じような経験を積んできた連中が雁首を揃えて経営会議をしたところで斬新な施策など生まれるわけがない」。日本の企業にありがちな話で耳の痛いところです。多様性のない組織は世の中の変化に対応することが難しく、そこには明るい未来は訪れないのでしょう。ダイバーシティは大事です。そしてインクルージョンはもっと大事です。やっぱり「鈴と、小鳥と、それからわたし、みんなちがって、みんないい」のです。
今回はここまでにします。最後までありがとうございました。次回までごきげんよう。さようなら。(鯨井)
2018年11月8日更新
取材月:2018年9月