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仕事で「やらかした」とき、心では何が起きているのか。失敗から立ち直るための心理学(日本女子大学・川﨑直樹さん)

仕事で大失敗してしまった。そんなとき、あなたはどうやって自分の心を整理していますか?

新年度の緊張がふっと解けてくる初夏は、適度な慣れによる油断や心身の疲弊から、仕事での「やらかし」が増える時期でもあります。

働く人なら誰もが経験するとはいえ、失敗した直後に湧き上がるネガティブ感情をどうにかする方法はないのでしょうか?

失敗をしたときに生じる感情の正体と、自分や仲間を癒やす「心の立て直し方」について、臨床心理学が専門の日本女子大学教授・川﨑直樹さんにお聞きしました。

川﨑直樹(かわさき・なおき)
日本女子大学 人間社会学部 心理学科 教授。専門は臨床心理学、パーソナリティ心理学。認知行動療法やコンパッション(思いやり)を用いた心の立て直し方、カウンセリング、復職支援などにも幅広く取り組む。

「恥」は、社会を生き抜くために備わった反応

仕事で失敗すると、「なぜこんなミスを」と自分に腹を立てたり、いたたまれない気分になったり、罪悪感が湧いたりなど、さまざまなネガティブ感情に襲われます。

このとき心ではどんな反応が起きているのでしょうか。

Evoto

川﨑

いちばんシンプルなのは、「恥」の感情として理解することだと思います。

恥は反射的な感情です。失敗した瞬間、パッと火がつくように恥の感情が発火する。そういう仕組みが、私たちの心や脳に備わっているんですね。

そもそも、なぜ人間にはそんな仕組みが備わったのでしょう?

Evoto

川﨑

人間が社会的な動物として進化してきたからだと言われています。集団を構成して生きてきた人間にとって、仲間から排斥されることは命に関わる深刻な事態でした。

Evoto

川﨑

そのため、私たちの多くが自分の評判や社会的価値を気にしてしまう根幹には、「集団からはじかれたくない」という心理があります。

失敗はその価値を大きく落とす状況です。だから、反射的に「やばい」「恥ずかしい」と感じること、そこから自分を改めようと修正するのは自然な感情なのです。

恥によって引き起こされる危機感があるから、自分を修正できるのですね。

Evoto

川﨑

そうですね。失敗してもつらくないのであれば、自分を変えようと意識が生まれませんから。恥の感情は、環境や状況に適応しようという基本的な反応なんです。

恥に敏感になれたからこそ、私たちの祖先は集団からはじかれずに生き延びてこられた。そう考えると、「仕事でやらかした後のいたたまれなさ」も環境に適応しようという意欲があるからこその反応だとも言えます。

とはいえ、仕事のミスは組織内でパブリックに可視化されるつらさがあります。

ミス直後の恥ずかしさやみじめさなどの感情は、時間が経つとどう変化するのでしょうか?

Evoto

川﨑

2つの局面があると考えています。まず、恥の感情は身体反応であるため、時間が経てば次第に収まっていく性質があります。

一方で、恥は怒りや不安よりもやや高次な感情です。「自己像(セルフイメージ)」と密接に結びついているのが厄介なところです。なぜ厄介かというと、イメージは持続するため、自分のミスを反芻して何度でも繰り返し落ち込めてしまうからです。

さらに、仕事上のミスであれば他者の記憶にも残るため、そこへ想像を巡らせて持続的にダメージを受け続けることもある。そこがしんどさの正体かもしれません。

確かに、「褒められた」「評価された」などの成功の記憶よりも、「やらかした」のような失敗の記憶のほうが心に強く刻み込まれている気がします。

Evoto

川﨑

ほとんどの人はそうでしょう。「どうすればミスを防げただろう」と脳が改善の糸口を探し続けると、その体験がずっと頭に残り続けるため、思考のループに陥りやすい。

恥は、「自己愛」の反転、つまり自分を大切に思う気持ちの裏返しでもあります。

Evoto

川﨑

恥はいわば「自分を引っ込めたい」という感情です。一方で、人間は「自分を出したい」「他者に受け止められたい」という気持ちも持っている。

自分を出したい、広げたい、他者と親密になりたいという自己愛と、現実でそれが叶わないこと。これらは常に表裏のセットなのです。

立ち直りの第一歩は「話す」こと

では、失敗で自分を責めて落ち込みたくなったとき、どんなアクションが有効でしょうか。

Evoto

川﨑

個人的にいちばん身近で効果的なのは、誰かに話を聞いてもらうことだと思います。

恥の感情がわくと、自分がしでかした「まずいこと」を隠したいという気持ちが出てきます。ただ、隠蔽してしまうと今度は「孤独」が生まれてしまう。そうならないように、まずは身近な誰かに「こんな失敗をやらかしちゃってさ~」と話せるのが理想だと思います。

恥の体験を他者と共有する。これだけでもつながりの感覚が生まれて排斥されていない状態になるため、だいぶ情緒が落ち着くはずです。

打ち明ける相手はどんな人がいいですか?

Evoto

川﨑

そのことについて批判をしてこない相手がいいですね。職場の上司だと評価が挟まるため、かえって話しにくい場合もあるでしょう。他部署の同僚や友人など、対等に話せる相手のほうが打ち明けやすいこともあるかもしれません。

SNSに愚痴をこぼす人も多いですが、最近はAIに失敗談を打ち明けて慰めてもらう人も増えていそうです。

Evoto

川﨑

人間関係のしがらみがなく、否定的に評価される恐れもない。AIは人間に期待も評価もしませんから、壁打ちのようにフラットに使って考えを整理できる、という意味ではAIに聞いてもらって気持ちを整理するのも一つの方法かもしれませんね。

「立ち直りが早い人」の共通項とは?

失敗を引きずって萎縮する人と、「よし、次に行こう」とすぐに切り替えられる人の違いは、どこにあるのでしょうか。

Evoto

川﨑

もちろん性格の個人差もあるとは思いますが、「自分を支えるもののレパートリーが多いか少ないか」という要素は、失敗後の回復姿勢と関係しています。

端的に言うと、仕事での達成や評価が人生のすべてだと考えている人ほど、仕事で失敗したときのダメージも大きい。

対して、仕事の自分、友達といるときの自分、親としての自分など、仕事以外にも複数の側面を持っている人のほうが、仕事で失敗しても他の関係性や役割によって自分を支えやすいという傾向があります。

足場が多いほど、ミスのリカバリーもしやすくなる、というのはわかる気がします。

Evoto

川﨑

自尊心の支え方という意味でも、軸は複数あるほうがいいと思います。

人間には、群れのボスになろうとする「縦」の軸と、群れに受け入れてもらう「横」の軸がありますから。達成や評価という「縦」の軸でくじけても、受け入れてくれる誰かにアクセスする「横」の動きができる人は、自分をうまく持ち直せると思います。

では逆に、失敗から立ち直りにくい人は?

Evoto

川﨑

「能力」という概念をどう捉えているか、という認識の違いも失敗後の回復に実は関係していると言われます。自分の能力を「才能や素質で決まっているもの」と捉えるか、「学習で変わっていくもの」と捉えるかで、ストレスへの耐性も実は変わってくるからです。

前者の場合、能力を「持って生まれた固定的なもの」だと捉えるため、失敗やネガティブなフィードバックが能力そのものの否定に直結する危うさがあります。

一方、後者のように能力は「変わっていくもの」だと捉えている人のほうが、つらさはあっても、失敗を糧にできる余地があるんです。

同僚の失敗、フォローするときのコツは?

では、自分ではなく身近な人が「やらかした」ときは、どんな振る舞いをするのが適切でしょうか。

Evoto

川﨑

相手と自分、双方のためにもフォローすることをお勧めします。「やらかした」と落ち込んでいる人をケアすることは、相手自身の慰めになるのはもちろん、自分の心身の安定にもつながります。

ある有名な心理学の実験では、つらそうにしているパートナーの手を握ったところ、握った側の人の脳で報酬系の働きが見られました。

つまり、他者をケアすることが自分の喜びや癒しにもなっている。誰かに親切にすると気持ちよさを感じるのは、ストレス反応が和らぎやすいからだと考えられます。

ケアをすることが癒しにもなるんですね。とはいえ、フォローの仕方によっては良かれと思っての配慮が、逆効果になることもあります。気をつけるポイントはありますか?

Evoto

川﨑

とても難しいことですよね。基本姿勢としては、失敗の内容が何であろうが、「でも、あなたは仲間だ」というメッセージを何らかの形で示しながら励ますのがいいかもしれません。人間の心は、拒絶や排斥に敏感です。

脅威や恥が喚起されると、人は自分を客観的に見る力や、他者の気持ちを想像する力が低下します。だからこそ、「失敗しても大丈夫だよ、一緒にいるよ」と安心感を与えながらフォローすることが重要です。

では、組織として失敗を共有しやすくする風土をつくるには、何が大切でしょうか。

Evoto

川﨑

組織論は私の専門ではないため推測も入りますが、恥や失敗を話せるコミュニティづくりを意識するといいのではないでしょうか。

私がスクールカウンセラーをしていたとき、ある教員の先生が「弱音が言える職員室であってほしい」と話されていました。学校によるとは思いますが、教員の世界も評価が絡むため、職員室でそう気軽に弱音を吐けないつらさもあるそうなんですね。

Evoto

川﨑

でも実は、他人の失敗談ってなぜだか面白いですよね。

たとえば、「こんなミスをしちゃいまして」と先輩に話したとき、「自分も新人の頃、こんなことやらかしてね。辛いよね」と言われたら、気持ちがラクになるし救われる。

失敗談の共有には、そんなふうに連帯を生む力があります。だからこそ、組織のトップや管理職は自分の失敗談を自然体で出したほうがいい。そのほうが組織の安心感も高まると思います。

確かにそうですね。WORK MILLでは社外の人とともに価値を生む「共創」をテーマにしています。

共創では互いの弱みを出して手をつなぐことが重要な側面がありますが、その一歩がなかなか踏み出せない難しさもあります。ここはどう考えればいいでしょうか?

Evoto

川﨑

大前提ですが、やはり、場の安心感を大切にすることではないでしょうか。一歩踏み出すというのは、いわば「探索」です。幼い子どもが新しい遊びを始められるのは、親という「何かあったら戻ってこられる安心基地」があるからです。

同じように、失敗しても責められない、という土台があって初めて、私たちは小さな行動を始められる。だから背中を押すだけでなく、身体レベルで安心を感じてもらうことが大事です。

場で発言するのは、勇気のいる「探索」ですよね。その発言を歓迎し、肯定的に返す。その積み重ねによって安心感は育っていきますから、その地道なコミュニケーションを継続していくことが「共創」の一歩になるのではないでしょうか。

失敗の反応にはその人自身が出てくる

ちなみに、先生ご自身は、「仕事のやらかし」で落ち込んだとき、どんな行動をされていますか。

Evoto

川﨑

私の場合はとりあえず、妻に話しています。そんなに真剣には聞いてくれませんが(笑)、ちょっと言うだけでも、とりあえず少し心がラクになる実感はありますね。

とはいえ深刻な失敗は、言葉にして外に出せるようになるまで長い時間がかかることもあります。

Evoto

川﨑

そのとおりですね。自分の中で少し処理して、温度が下がり、外に出せるようになるまでには時間がかかる場合もあるでしょう。

人に話す、ということは簡単なようでとても高次で難しい作業です。特に、失敗の直後は、身体も脅威反応でいっぱいで、自分を振り返る力も低下しています。まずは、安全な場所で体と気持ちを休めて、言葉になるのを待つような姿勢も大事かもしれませんね。

失敗をきっかけに、自分の適性や働き方そのものを見直す局面もありそうです。

先生はメンタルヘルスの不調からの復職に関する研究もされていますが、復職支援に携わって見えてきたことはありますか?

Evoto

川﨑

休職から復職するとしても、全員が同じ会社に戻るわけではありません。ただ、多くの方は「自分は何のために働くのか」を素朴に考え直し、周りや評価のためという他人軸ではなく、自分の軸で仕事と向き合っておられました。

また、「出力調整」というスキルを身につけて、変化していく人も多いです。これは自分のコンディションをモニタリングし、消耗しすぎないように、疲れすぎない範囲で力を調整する、というやり方です。燃え尽きる前に、少し早めにブレーキをかけるイメージですね。

Evoto

川﨑

支援する側は、「仕事にしがみつくのをやめよう」という言い方はしません。そうではなく、その人がなぜそうなったのかを一緒に理解していく。

うまくいかないのは、これまでたくさん傷ついてきたから、感情の和らげ方を習えなかったからです。「あなたのせいじゃない、それが精一杯だったんだ」という認識を共有することが、とても大事だと思います。

失敗が起きたときも、「失敗そのものをどう処理するか」という実務的な処理と、「その事実を自分の中でどう扱うか」は、別ものだと捉える意識が大切ですね。

Evoto

川﨑

そうですね。職場でミスをしてしまったら、まずはやるべき応急処置や緊急対応に向き合うことは大切ですよね。いわゆるホウレンソウ(報告・連絡・相談)をして、人とつながりを持ちながら、状況の安全性を確保することが、最優先になると思います。それに、外向きの行動にフォーカスするほうが、結果的に気持ちが楽になることも多いですから。

その後に、他人に打ち明けて聞いてもらうことで「自分の中での扱い方」が見つかっていくといいですよね。誰かに話して笑ってもらえたら、その時点で「恥ずかしい自分」ではなく「面白い自分」や「味のある自分」になることもあるでしょう。

成功への反応は誰しも似通っていますが、失敗や恥にどう反応するかは個人差が出ます。そこにこそ、その人自身が表れてくる。失敗とどう向き合うかは、生き方そのものなのかもしれません。

前田 英里
前田 英里

【編集後記】
取材では、質問に対して川﨑先生が一つひとつ丁寧に言葉を紡いでくださり、私自身にとっても学びの多い豊かな時間となりました。
これまで私は、「恥ずかしい」という感情を、とても個人的なものとして捉えていました。しかしお話を伺う中で、そもそも恥を感じること自体が人間の社会性と深く結びついていること、そして恥によるダメージから回復するためにも、他者とのつながりが大きな役割を果たしていることを知り、「恥」という感情を関係性の中で捉え直す視点に強く惹かれました。
恥は、できれば避けたい感情です。それでも、人との関わりの中で生きる以上、切り離すことはできません。だからこそ、その感情とどう付き合っていくのかを考えることは、自分自身だけでなく、他者との関係性を見つめ直すことにもつながるのではないかと感じています。(株式会社オカムラ 前田英里)

企画・取材・執筆:阿部花恵
撮影:渡邉茂樹
編集:鬼頭佳代(ノオト)