なぜ、わたしたちは共創で疲れてしまうのか? 社内外のチームで「心理的リソース」とうまく向き合うために(コーチェット・櫻本真理さん)
社内外のさまざまな立場の人と関わり、新しい価値を生み出す「共創」。けれど、現場で実際にいろいろな物事を進めると、普段の仕事とは一味違う大変さを感じることがあります。
実は、「共創担当者は、心理的リソースが特に削られやすい立場にある」と話すのは、リーダーとチームの成長を支援する株式会社コーチェット代表取締役の櫻本真理さん。
「心理的リソース」という概念を組織マネジメントの文脈に持ち込んだ先駆者でもあります。
お金や時間と同じく有限なこの心のエネルギーをどう捉え、どう使うか。共創の現場で使える実践的な視点を伺いました。

櫻本 真理(さくらもと・まり)
株式会社コーチェット代表取締役。京都大学卒業後、2005年よりゴールドマン・サックスにて株式アナリストとして勤務。2014年にメンタルヘルスケアサービスを提供する株式会社cotreeを設立。メンタルヘルスケアの課題の解決のためにはリーダーのメンタルヘルスケアと育成が必須と考え、2020年に「チームで成果を出すリーダー」を育てる株式会社コーチェットを設立。リーダー向けのコーチングプログラムを提供している。
2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。
「やる気は無限に湧くもの」という思い込みがチームを疲弊させる
はじめに、「心理的リソース」という言葉について教えてください。


櫻本
物事を考えたり、判断したりする中で、感情や衝動をコントロールしながら合理的に行動するために必要な「心のエネルギー」と定義しています。
気が進まないことに取り組むときには、相応のエネルギーが必要になりますよね。この基盤となるのが、心理的リソースです。
組織においても、メンバーが人間関係の摩擦を乗り越えたり、難易度の高いタスクに向き合ったりする上で、このエネルギーは欠かせません。そして重要なのは、心理的リソースが“有限だという点”です。
櫻本さんは、どうして心理的リソースを有限な資源と捉えるようになったのですか?


櫻本
きっかけは、上司と部下のすれ違いから感じた、2つの違和感でした。たとえば、上司は「もっとやる気を出せ」と言う一方で、部下は「そんなこと言われても……」と思っています。
この背景にあるのが、「やる気とは無限に湧いてくるモノ」という上司の思い込みです。
しかし実際には、心理的リソースは有限で、曖昧な指示や上司の不機嫌さによって、部下のエネルギーはどんどん枯渇しています。この有限性が、双方で共通認識になっていないのです。


櫻本
もう1つの違和感は、マネジメント理論において、人を「性善説」「性悪説」のどちらかに当てはめている点です。でも、人間はそんなにシンプルではありません。
心理的リソースが豊かなときは創造的で柔軟に動ける一方、枯渇すると衝動的になったり、感情的になったりすることがあります。つまり、その人が良い・悪いという話ではなく、心理的リソースの状況によって行動が変わるのです。
この2つの違和感から行き着いたのが、「有限説」という考え方でした。
そうすると、マネジメントを担う、リーダーのあり方も変わってきますよね。


櫻本
はい。
圧力をかけて周囲を動かそうとするのではなく、メンバーの心理的リソースを満たし、主体的に動ける余白を作ることが、これからのリーダーの本質的な役割だと思います。
実際に、心理的リソースが枯渇しているサインには、どのようなものがありますか?


櫻本
頭・心・体、それぞれにサインが出てきます。特に他者や未来のことを考える作業や、自身を客観的に捉えるメタ認知は、心理的リソースを多く使う処理です。
そのため枯渇してくると、複雑な思考ができなくなる、意思決定にバイアスがかかる、感情を抑えられなくなる、といったサインが出てきます。
具体的には、締め切りが守れなくなる、雑談や笑顔が減る、報連相が少なくなるといった行動として現れてきます。これらのサインを放置すると、うつ病や適応障害につながっていく可能性もあるため、早期に気づくことが大切です。

共創の現場でこそ、消耗が起きやすい
WORK MILLでは、社内外のさまざまな人と関わりながらプロジェクトを進める「共創活動」を行っています。
こういったさまざまなバックグラウンドをもつ人との仕事をする機会も増えていると思うのですが、心理的リソースの面ではどう考えればいいのでしょうか?


櫻本
一般的に社内でのコミュニケーションは、心理的リソースの消耗が少ないんです。言葉の意味も組織の文化も、ある程度分かる前提で話せますから。
対して、社外の人と一緒に取り組む共創活動では、その前提を一度外さなければなりません。相手の文化や判断基準はもちろん、お互いに何が見えていないのかにも、常に意識を向け続ける必要があります。
そこが大きな違いであり、心理的リソースの消耗にもつながります。
しかも、そこに「外の人だから言いづらい」などの、遠慮まで加わってきますよね……。


櫻本
そうですね。
対話は必要だと分かっていても、短期的にはエネルギーを使うため、どうしても後回しになりがちです。それが結果的にさらなる消耗につながります。
心理的リソースの消耗を防ぐために、共創プロジェクトの立ち上げ段階でやっておくべきことはありますか?


櫻本
共通のゴール・役割・プロセスを、最初に合意しておくことです。
特に大切なのはゴールの共有で、誰かが「自社のメリット」を優先し始めると、チームの向かう方向がバラバラになってしまいます。
加えて、関係性の土台を作っておくことも重要です。互いに信頼感があってはじめて、予期せぬ局面でも対話しながら前に進めます。
信頼関係を築くために、どんな方法が有効でしょうか?


櫻本
有効なのは、自己開示です。大きく2つの方法があります。
1つは「自分が何を大事にしているか」。つまり、どんな願いを持ってこのプロジェクトに臨んでいるのかを伝えることです。
もう1つは、「自分が何を持っているか」。得意なことや考えのクセに加えて、苦手なことや消耗しやすいことも含めて共有することです。
弱みを見せることに抵抗を感じる人もいると思いますが、強みだけを前に出すと相手が距離を感じてしまうこともあります。弱さがあることで「支え合おう」という気持ちが自然と生まれ、その方が他者とつながりやすいんです。
一見、無駄に見えることがサイパを高める
櫻本さんは、心理的リソースの効率を表す概念として「サイコロジカル・リソース・パフォーマンス(以下、サイパ)」を提唱されていますよね。これはどういった概念なのでしょうか?



櫻本
簡単に言うと、心理的リソースの利用効率のことです。投下した心理的リソースに対して、どれくらいのリターンが得られているか、あるいはどれだけ無駄な消耗が生まれているかをはかる考え方です。
たとえば、上司がメールの返信を遅らせると、待つ側のメンバーは「何か気に入らなかったのかな」「期限を間違えたかな」と不安にエネルギーを使い続けます。
上司には小さなことかもしれませんが、チーム全体で見る負荷がかかりますよね。


櫻本
こういった時は、サイパが悪い状態と言えますよね。
また、短期的な効率だけを追う人は、サイパを下げていることが多いです。「自分は正しいことをしている」という前提で動きながら、気づかないうちにメンバーのリソースを枯渇させているケースはよくあります。
では、反対にサイパがいい状態とは、どういうことでしょうか?


櫻本
逆説的なんですが、「一見無駄に見えるコミュニケーション」は、実はサイパが高いといったケースがあります。
メンバーへのちょっとした声がけや、あまり関係なさそうな交流会への参加など、短期的には心理的リソースを使うように見えますが、信頼関係や新しいアイデアという形で、長期的なリターンをもたらしてくれますから。
なるほど……。では、サイパを上げるために、今日からできることはありますか?


櫻本
どんな時に自分の心理的リソースが増えて、どんな時に消耗するかを知ることです。
世の中には「こうすればいい」というアドバイスがたくさんあります。カフェで気分転換する、交流会に参加する、早起きする……。でも、それが自分に合っているかどうかは別の話。同じ「人と会う」という行動でも、エネルギーが湧く人もいれば、消耗する人もいます。
また、誘われたから断れずにランチへ行く、なんとなく夜更かしをするなど、何気ない日々の行動や習慣で、知らないうちにリソースを削られていることも多いです。自分の心理的リソースの使われ方を理解することで、対処法は変わってきます。

消耗は悪いことではない。カギを握るのは「リーダー自身」
一方、心理的リソースの消耗を避けすぎると、成長の機会を逃すことがあるのでは……と思ってしまうのですが、どうでしょうか?


櫻本
消耗そのものを避けようとすると、「今が楽かどうか」だけで判断するようになってしまいます。大切なのは、「この心理的リソースを使うことが、どんな価値につながるのか」をセットで考えることです。
締め切りに追われて大変な時期でも、それが将来の成功や自分の成長につながっているなら、今は意図的に投下すべき時期かもしれませんよね。
では、適切な消耗かどうかは、どう見極めればいいのでしょう?


櫻本
「意図的なリソースの投下であるかどうか」です。
わけもわからず消耗させられている受け身の状態ではなく、目的を自覚した上で心理的リソースを使っているかどうかで、意味は変わってきます。
心理的リソースの消耗をチームで扱うには、どんなアプローチが有効かを教えてください。


櫻本
まず消耗は、「最近こういうことに削られている」と言葉にするだけで、かなり軽くなることがあります。そういった言葉を出せる関係性を作ることが、チームにおいては重要です。
その上で、消耗の背景にある要因を深めるステップに進みます。個人的な要因なのか、関係性の要因なのか、構造的な要因なのかを分解した上で、チームとして優先順位をつけて対処していくことが大切です。
この『共有する』『深める』『対処する』というループを回せるチームほど、サイパを高めつつ、成果につなげていけると思います。
ちなみに、社内外を巻き込む共創プロジェクトならではの消耗はありますか?


櫻本
やるべきことも含め自分たちで考えていく共創プロジェクトでは、「分からなさ」が消耗の大きな原因になります。その分からなさをチームで共有する場をつくるだけで、状況はかなり変わります。
この時リーダーに求められるのは、消耗を防ぐことだけではなく、いかにチームのエネルギーを生み出せるかです。ワクワクするゴールを描き、メンバーが自分の強みを活かしたいと思える関係性をつくることがリーダーの役割だと思います。
リーダーに求められることは本当にたくさんあるんですね。


櫻本
そうなんです。リーダー自身の心理的リソースが枯渇していると、それがそのままチームに伝わってしまい、それがメンバーの心理的リソースをすり減らすことにもつながります。
まず自身のリソース状態を把握し、満たせるようにしておくことが、チームをつくるための最初の一歩です。
AI時代における心理的リソースの考え方
最後に、AI時代における働き方の話を聞かせてください。AIの普及で、心理的リソースのあり方はどう変わりそうですか?


櫻本
AIは、心理的リソースの節約に大きく貢献しています。
情報の検索や文書の整理、繰り返しの判断をAIが代替することで、これまでそこに使っていた心のエネルギーが浮いていくからです。


櫻本
では、余ったリソースをどこに向けるのか? そこで重要になるのが、身体を通じた体験や自分の価値観から生まれる「個人の希少性」です。
AIが思考や判断の希少性を下げていく時代だからこそ、その人にしか生み出せないエネルギーの源泉が、人間の価値として残っていくと思っています。
一方で、AIを活用して心理的エネルギーを生み出している人もいると聞いたことがあります。


櫻本
AIに人格を見出して相談をすることで勇気づけられる人もいますし、AIが情報を整理してくれることで「自分の願いが実現できるかもしれない」という希望が生まれ、エネルギーが湧いてくる人もいます。
AIの存在によって自分が拡張された感覚を持てれば、それ自体がリソースの源泉になるのではないでしょうか。
ただ、AIが何かを代わりにやってくれるとしても、「自分はどこにいたいのか」「何からエネルギーが湧くのか」を知っておかないと、大きな流れに飲み込まれてしまいます。自分のエネルギー源を意識しておくことが、AI時代においてもより大切になってくるはずです。
AI時代だからこそ、チームで心理的リソースと向き合う意味はより大きくなりそうですね。


櫻本
誰かと共創をしていくことは、本質的に心理的リソースを必要とする営みです。
ゴールもプロセスも確固たるものがない中で、さまざまな人と一緒に何かを生み出していくからこそ、リーダーには「チームの心理的リソースがどういう状態にあるかを観察するレンズ」を常に心に持ってほしいと思います。
関係性を円滑にするためだけにエネルギーを消耗し続けているチームと、創造的な活動にリソースを向けられているチームでは、成果は大きく変わります。
このレンズをリーダーが持てるかが、成果を生み出すチームへの一歩になるはずです。

【編集後記】
働き方や働く場において共創という言葉や活動を頻繁に目にするようになりました。けれど実際の現場では、立場も組織文化も異なる人たちと向き合うたびに、少しずつ心がすり減っていくこともあります。今回、櫻本さんのお話を伺いながら、その見えにくい消耗に対して「心理的リソース」ということを認識する大切さを感じました。やる気や根性で乗り切るのではなく、有限な心のエネルギーとして丁寧に扱うこと。本当の新しい価値は、誰かの無理の上には育たない。だからこそ、お互いの余白を守りながら進むこともまた、これからの共創に欠かせないスキルであり、知性なのだと思います。
(WORK MILL/山田 雄介)
2026年3月取材
取材・執筆=スギモトアイ
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代/ノオト


