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堆肥化できるオムツ「DYCLE」が描く、自然の摂理に従うビジネスデザイン ー 世界を一歩前進させるデザイン #1

感染症の世界的な拡大や年々気候変動が進行しているいま、私たち人間と自然の関係性を問い直す時がきています。ビジネスの文脈でもSDGsやESG投資が注目されはじめ、人間以外の視点を持つことの重要性が増しています。これを表面的なムーブメントに終わらせることなく、ビジネスや日々の生活に根付かせるにはどうすればいいのでしょうか。

2021年9月29日(水)、産総研デザインスクール主催で「Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン」を開催しました。全5回のシリーズのうち初回のテーマは「リジェネラティブ・ビジネスのデザイン」です。

土に還るオムツを生産・販売するベルリン発のスタートアップ「DYCLE(ダイクル)」の共同創業者である松坂愛友美氏をお迎えし、自然の循環と再生を基盤におく「リジェネラティブ・ビジネス」についてお話しいただきました。松坂さんのバックグラウンドであるアート、そしてサイエンスとビジネスの見事な化学反応にも注目です。

ー 松坂 愛友美(まつざか・あゆみ)
DYCLE(ダイクル)共同創業者・代表。在ドイツ。ドイツ、バウハウス大学ワイマール、造形芸術学部修士課程修了。コンセプチュアルアーティストとして、人と自然の関わり方に着目しヨーロッパやアジアをはじめ世界各国で精力的に制作活動を行う。より大きなインパクトを起こすために2015年に有限会社DYCLEをベルリンで設立。DYCLEは、Diaper(=オムツ)とCycle(=循環)を合わせた造語。堆肥化可能なオムツを通した循環型かつリジェネラティブ・ビジネスの普及に取り組む。

パブリックアートの活動から育まれた「土」への興味

今回のシンポジウムのゲストにお迎えした松坂氏は、日本の大学を卒業した後ドイツのバウハウス大学ワイマールにて修士課程を修了。彼女がそこで出会ったのは、市民と作品を共創する参加型アート「パブリックアート」という分野でした。当時のアートプロジェクトを通して得た気づきがDYCLEの活動につながっているといいます。

松坂: 社会で人と自然がどのように繋がることができるのか。この問いをテーマに「パブリックアート」のプロジェクトに取り組んできました。地域に住む人々と共に制作活動をして最後は作品を展示するところまで行います。

パブリックアートの一例として、フィンランドとスペインで実施したプロジェクト「TIME BANK」をご紹介します。地域住民と地元で収穫された果物のジャムをつくり、地域カフェとして銀行に展示しました。ジャムを受け取った人はラベルの内側に”自分の願い”を書き込み、持ち帰る。日々ジャムを消費すると次第にラベルの願いが見えはじめ、食べながらその願いを完成させていくことができるんですね。たとえ銀行口座にお金が入っていなくても身の回りの自然からの恵みで自分の願いを叶える、そんなシステムをつくりました。

その他にも「自分の体から土ができるだろうか。その土から育った野菜を食べたらどんな気持ちになるか」という問いを起点に、土をつくるプロジェクトを始めました。例えば、尿を40リットルほど集めて科学者の先生と堆肥をつくり、約一年半かけて野菜を育てて食べるプロジェクト。2015年には「フューチャー・ビア(未来型ビール)」というタイトルで、ビールテイスティングに招待されたゲストにコンポストトイレで尿を寄付していただき、その栄養素からつくられたビールを数ヶ月後にまた皆で飲むというプロジェクトも展開しました。

私は知らないうちに自分が大きなサイクルの一部であると気づく体験にドキドキしますし、その体験を作り出すことに情熱を燃やすアーティストでした。このようなプロジェクトを何回も何回もやるうちにお母さんやお父さんと出会う機会があり、オムツの大量消費の問題が見えてきたんですね。現に一人の赤ちゃんは約4,500枚のオムツを消費していると言われ、ドイツだけでも毎年50万トンのオムツが捨てられています。オムツ自体を堆肥化できないか、そんな発想でDYCLEを立ち上げました。

私たちDYCLEにとって、赤ちゃんのオムツは良質で安全な土をつくるためのパッケージです。環境に良い商品をつくりたいと考えていますが、それが目的ではありません。「自分たちの手、地域で良質な土をつくる」。これが私たちのビジョンです。

DYCLEのビジネスに根ざす経済モデル「ブルーエコノミー」

パブリックアートのプロジェクトを通して自然のサイクルのなかにある生命と向き合い、オムツの堆肥化という着想を得た松坂氏。現在、DYCLEのビジネスは経済学者のグンター・パウリ氏が提唱する経済モデル「ブルーエコノミー」に立脚しているそうです。

松坂: ブルーエコノミーとは、自然界からインスピレーションを受けた経済のあり方を示しています。 ブルーエコノミーには多くの基本理念が含まれていますが、DYCLEでは特に3つの理念を大切にしています。一つは、自然界の5つの王国を利用してビジネスを行うこと。二つ目はシステミックデザインを用いること。三つ目は自分が持っているものから始めることです。

一つ目は「自然界の5つの王国を利用する」について。生物学者のリン・マーギュリス氏によると、地球はバクテリア、プロティスタ、キノコ類、植物、そして動物の5つの生命から構成される複雑なシステムだといいます。少し乱暴ですが、それぞれ身近なものに置き換えると、納豆、海藻、きのこ、野菜、お肉と言えるかも知れないです。地球はこの5つの王国の住民がコラボレーションをしながら世界をつくっていて、ビジネスも同じシステムに沿って取り組もうという考え方です。

自然の摂理に従い、複数の恩恵を享受する

続いて二つ目の原理「システミックデザイン」は、一つの生産活動でできた製品やエネルギー、破棄されるものは、すべて次のシステムの素材になるべきだという考え方です。松坂氏はDYCLEを例にビジネスにおけるシステミックデザインの活用例、そしてサーキュラーエコノミーとの違いも解説いただきました。

松坂: DYCLEのオムツの生産、消費過程を見ていきましょう。まず、赤ちゃんの便がついたオムツライナーは回収バケツに入れられ発酵が始まります。便は通常ゴミとして扱われますが、自然界では発酵の素材になります。そこに他の王国の住人である微生物を混ぜて分解、発酵を促進させると共に消臭効果をもたらします。赤ちゃんの便には乳酸菌をはじめ良質な菌が含まれているので、微生物が生息する”生きた土”を作るうえで大切な素材なんです。

その後コンポスト会社でミミズによるコンポストを行うと、一年後には上質な堆肥が大量にできあがります。その堆肥を有機農家に持っていき、今度は果実やナッツの木を植える素材として活かす。数年後には実をつけ、ジャムやジュース、離乳食をつくることもできますよね。果実という自然の素材を使って、地域ビジネスも一緒に育っていきます。

自然界のシステムに従うと、単一のものは作られず、多種多様なものが芋づる式につくられます。これが私たちが目指すブルーエコノミーで、サーキュラーエコノミーとも異なる部分です。

サーキュラーエコノミーは本当に世界を変えてくれると信じています。ただ、例えば環境負荷が少ない素材に変更する、コンポスト可能なパッケージに変更するなど「一つのものを置き換える」ことを中心に取り組みがちです。でも自然界ではものの置き換えはほぼ存在しないんです。一つの活動に対して5つの王国の住民たちが相互に作用しあい複数の新しい存在や活動が生まれます。その結果、複数の産物が商品になり得ます。

もちろん一年目からすべて実現するのは難しいですが、自然の摂理に従えば多くの恩恵を受け取ることが可能です。DYCLEでは今、月額制でオムツセットをご家庭に提供するビジネス、有機農園や苗の生産・販売所を対象に堆肥を販売するビジネスの二つを進める準備をしています。

自分が持っているものから始め、周りの夢を巻き込む

DYCLEが大切にする最後のブルーエコノミーの原則は、「自分が持っているものから始める」です。「リジェネラティブなビジネスがいいことはわかった、でも何から始めればいいかわからない」。そんな聴衆の想いに応えるように松坂氏は語りかけ、自身の経験を共有しました。

松坂:  ブルーエコノミーの提唱者であるグンター・パウリ氏は「自分が持っているものから始めよう」、さらには「今持っているものを豊かさに変えよう」と言います。皆さんが今持っているもので、豊かさに変えられるものは何でしょう。どんな自然に囲まれていますか? 皆さんが住んでいる地域には何の特産物がありますか? また皆さんのネットワークや才能、経験で活かせるものは何でしょう。ぜひ考えてみてください。

DYCLEを始める前に私やチームが何を持っていたのか、それをどう活かしたかをお伝えしたいと思います。最初にお話したように、私はアートプロジェクトを通して既に多くの人の排泄物を堆肥化していました。まだチームがない時は一年間一人で黙々とオムツを発酵させ、その写真をグンター・パウリ先生に送りつけていました(笑)。臭くなってきた、ベトベトしてきたなど嗅覚と視覚を使って観察すると、何が成功するか失敗するかが分かるようになります。自分が持つ感覚を掘り下げると面白い方向に発展していきますし、新しいことに取り組むうえで大切だと思います。

DYCLEでチームを組んだあとは、とにかくワークショップやハッカソンを開きました。参加したい市民は誰でも歓迎し、手をつかって一緒に考えます。アーティストやファッションデザイナー、科学者や工学部の学生、よくわからないけど興味がある人……いろんな人たちを巻き込んでDYCLEのオムツを作っています。

周りの人の協力を得るためには、具体的に「こういう社会をつくりたい!」と公言することが大切です。私はビジュアルで表現することが好きで、共同創業者のクリスチャンとビジョンボードを作りました。自分たちがやりたいこと、実現したいイメージをプリントアウトして貼り付けるのですが、面白いのはビジョンボードにオムツが入っていないこと(笑) 私たちはオムツが作りたいのではなく、その先にある社会だと事あるごとに人々に伝えていきました。そうやって多くの人の夢を巻き込んでいくことをDYCLEでは大事にしています。

毎日取り組んでいることの中から、小さな気づきに問いを持つ

松坂さんによるプレゼンテーションの後は、産総研デザインスクール事務局の大本綾氏がモデレーターとなり、パネルディスカッションと質疑応答を展開しました。パネルディスカッションでは、産総研デザインスクールの2期生でAGC株式会社の河合洋平さんがご登壇。二人の掛け合いを通して、松坂さんの信念に深く触れる時間になりました。

河合: はじめまして、河合と申します。AGC株式会社では協創の部署に所属し、他社と一緒にものづくりをして新しい事業を興すことに取り組んでいます。元々は技術者としてガラスのコーティングをしていましたが、機能的な部分を追い求めすぎると行き詰まりを感じ、今はデザインやアートなどの視点を取り入れた協創プロセスを探求しています。

大本 : 松坂さんもオムツの機能以上にその先にある社会を描き、それに対して市民の人たちからの共感を得たとお話しされていましたね。

河合: サーキュラーエコノミーやサステナブルという言葉をトレンドとして捉えてしまう企業は多いと思うのですが、松坂さんは「自分たちの手で良質な土をつくりたい」という想いが先にありますよね。その起点が大事だと感じました。私もガラスという素材を機能的に捉えるだけでなく、新しい価値を生み出したいという想いから各地域でとれる砂を使ってガラスをつくる活動をしています。地域ごとにできるガラスは異なり、それぞれの価値が出てくると感じています。

松坂さんの「良質な土をつくりたい」という起点から、排泄物に注目したきっかけは何だったのでしょう。

松坂: 個人的な体験、日々取り組んでいることの中で得た気づきがプロジェクトのきっかけになることは多いと思います。私の場合はフィンランドでジャムのプロジェクトに取り組んでいた際、友人のコンポストトイレを使用した時の体験がきっかけです。

友人宅のコンポストトイレを掃除して排泄物を捨てに行くと、その場所にブルーベリーがなっていました。友人の家族がよくブルーベリーを食べていたのを思い出して。ブルーベリーの種が消化されない形で排出され、新たに土に芽吹いたブルーベリーを今私が食べているんじゃないだろうか。自分から土がつくれるのでは? そんな子どものような疑問が生まれた瞬間でした。

おそらく戦前は普通にやっていたことなんですが、私からすると鳥肌ものだったんです。かなり個人的な体験から始めています。

河合: その気づきから行動を起こしたことが素晴らしいですね。一方で自分の想いとは裏腹に人からの評価や受け入れがたい部分もあったかと思いますが、今まで事業を継続できた理由をうかがいたいです。

松坂: 私はビジネスを勉強したわけではないので、アートからビジネスを始めるときにはやはり足りない部分が多くありました。でも会社をやっていると毎週のように問題は出てくるわけです。状況が変わった、コロナ禍に入った、予定していたものが出来なくなった……そんな時にチームの存在が大切になります。

DYCLEのラッキーな点は、問題が出たらそれを解決してくれる人が出てきてくれること。困ったときは正直に周りに話すと、ありがたいことに助けてくれる人たちがいます。だからDYCLEは”私の”ビジネスではなくて、周りの人たちと一緒に前に進んでいるビジネスなんです。

日本には豊かな素材があふれている

河合:  一人の想いからみんなの想いに変化しているんですね。松坂さんの起点にある想いや、本当に世の中に必要とされるんだという確信に多くの人が共感し、集まってくるのだなと感じました。

アートという切り口でもぜひ聞いてみたいのですが、松坂さんが取り組まれてきたパブリックアートは”美しいものを鑑賞する”ためのアートではなく、”市民と一緒につくりながら、それぞれの想いを込める”ためのアートである印象を受けました。オムツの取り組みも含めて、アートという形で表現する意義をお聞かせいただきたいです。

松坂:  誤解のないようにお伝えすると、DYCLEはアートプロジェクトではなくビジネスです。その前提のもとで、アーティストの役割は社会に存在する夢や「もっとこうなったらいいな」という沸々とした想いを掬いあげ、形にすることだと考えています。大切なのは規定の枠から少し視点を外して、想像すること。アーティストは職業ですが、実はコミットメントの問題で、誰でもアーティストになれます。

河合: アートは作品そのものに限らず、想像力や探究心、自分の想いに従って探索する姿勢がアートなのだろうと感じています。やはり研究開発や企業の活動にも密接に通じる部分がありそうです。 日本ではサステナビリティの文脈でまだ浸透していない部分もあると思いますが、日本にはどのような障壁や可能性があると思いますか。

松坂:  日本にいる皆さんがよくご存知だと思いますが、日本の自然の豊かさは素晴らしいです。日本のスーパーに行けば自然界の5つの王国の住人も全部揃いますし、本当に多様性に溢れています。ベルリンには納豆も海藻もありませんよ。

日本には自然の素材が揃っていて、そこから既に様々な商品ができているじゃないですか。今持っているものをどう転用させたら20年、30年後も豊かになるのか。日本が持つ自然に対して探究心をもって、生まれてきたアイデアをぜひ実験してみてください。

大本: 日本には豊かな素材がたくさんある。それをもう一度見直してみることが自分と世界を前進させる第一歩になりそうだと感じました。 最後に松坂さんが20年、30年後に実現したい社会について、教えてください。

松坂: 後世の人にとって、排泄物を土に返して木を植えること、そこで実った果実から新しいビジネスを始めることが普通な営みであってほしいです。コミュニティのみんなで100本の木を植えられたらすごいじゃないですか! 

DYCLEが自然の循環をすべて成し遂げるまでには10年、20年単位で時間がかかるかもしれません。まだ成長過程ではありますが、今日一つでも皆さんの参考になることがあれば嬉しいです。

Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン とは

産業技術総合研究所が企画運営する産総研デザインスクールの主宰で、「Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン」と題する全5回のオンラインシンポジウムを開催します。今日よりも明日、今年よりも来年、その先の未来を少しでもよりよい世界にするためのデザインを探求していきます。ここで用いる「デザイン」は見た目の美しさを表す意味にとどまらず、システムの設計、社会の構想にいたる広義のデザインを意味しています。

本シンポジウムでは、毎回異なる領域「X(エックス)」で活躍するゲストをお招きし世界を一歩前に進めるための実践知を共有いただきながら、ゲストや参加者の皆さまと共にこれからの時代のあり方を探っていきます。

全5回の Designing “X”

『Designing X ━ 世界を一歩前進させるデザイン』第2回目は、2021年10月14日(木)に開催されました。テーマは「意味のイノベーションのデザイン 」です。ゲストスピーカーに意味のイノベーションの提唱者であるロベルト・ベルガンティ氏、意味のイノベーションの解説・普及に活躍する安西洋之氏をお招きし、意味のイノベーションの全体像とその実践に関する理解を深めます。次回のレポートもお楽しみに。

2021年9月取材
2021年10月20日更新

テキスト:花田奈々
グラフィックレコーディング:仲沢実桜