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伝統は、革新の連続から成る – 石井酒造・石井誠さん【クジラと考える ー 日本らしい働き方 ー 第伍話】

働く環境、働き方の調査・研究を30年以上続ける業界のレジェンド、鯨井康志による連載「クジラと考える─日本らしい働き方─」。日本の伝統文化に携わるキーパーソンへの取材を通じて、時代に左右されない「日本らしい働き方」の行方を鯨井が探ります。

 

今回訪ねたのは、埼玉県幸手市にある酒蔵、石井酒造。50代60代が多いと言われる酒蔵の代表を26歳で引き継いだ石井誠さんは、日本酒を親しみやすいものにするべく、業界初となることに次々と挑戦してきました。そのお話を通して、伝統をつなぐために今、大切な姿勢を学びます。

 

26歳で酒蔵を継ぐ

「酒蔵」と聞くと、伝統的で硬派な世界をイメージをする方も少なくないと思います。

 

石井酒造は今年で創業181年になる酒蔵です。2013年、その8代目として代表に就任したのは、当時26歳の石井誠さんでした。

 

「引き継いだ当時、20代で酒蔵を継ぐというのは全国的に例がなくて、業界で最年少でした。僕自身は、家業を継ぐことに関してまったく抵抗がなくて。幼稚園の卒業文集に『お父さんの跡取りになる』って書いてあるんです。漠然と、家業をついで日本酒業を営んでいくんだろうというイメージをして育ちました」

 

ー 石井誠(いしい・まこと)石井酒造株式会社 代表取締役社長・8代目蔵元
1987年生まれ、早稲田大学商学部卒。大学卒業後、約3年の修業期間を経て2013年4月に石井酒造に入社。 同年11月に代表取締役社長に就任。業界最年少社長となる。 今しかできないこと、挑戦し続けることをモットーに、今回20代のメンバーだけで挑む“日本酒の、次の扉を開く感動“を提供する「20代の大吟醸プロジェクト」を発足。その後もさまざまな取組みを続け、現在は日本酒YouTube「酔うちゅー部」配信中。

 

酒造りをする職人というより、会社のマネジメントを主な仕事としていたお父さんの背中を見ていた石井さんは、幅広い知識を得ようと大学は商学部に進学、経営学を専攻します。

 

友人に恵まれ、楽しい大学生活を送ったと話す石井さん。社会を知るため企業に就職して2年働いたあと、お父さんが体調を壊したことを機に、世代交代を引き受けます。

 

「20代で若くして社長業に就けるチャンスはそうないだろうと、深く考えずに引き受けてしまったところがあって。社長になればモテるんじゃないかなんて、浅はかに考えていましたね。当時は希望に満ちていたと思います」

 

当時は……と話す石井さん。入社後、さまざまな現実と向き合うことになります。

 

石井さんが戻ってきた日本酒業界は、1978年をピークに出荷量・製造量が年々減少。全盛期では全国で4500社ほどあった酒蔵は、1500社ほどに減っていると言われています。

 

そのような状況のなか、先代であるお父さんも多角化に踏み切り、酒蔵がある敷地内にスーパーマーケットを誘致したり、ゴルフ練習場の経営を始めていました。

 

「僕自身は、基幹産業である日本酒をもっと掘りおこしたいという気持ちがありました。日本酒をもっと日本人に飲んでもらうため、まずはプロダクトをしっかりと改革して、ブランディングしていこうと考えていたんです」

 

伝統的な業界で、若さがあるからできることを

 

日本酒を恒常的に飲んでいるのは50代60代が最も多く、石井さんと同世代となる20代30代は、飲む量が最も少ないと言われる世代のひとつ。石井さん自身も友人と集まる場での日本酒の存在ついて、思うところがありました。

 

「学生のころって、丁寧できれいとはいい難い、破天荒な飲み方をするわけですよ。そこに出てくる日本酒は、終盤に出てきて追い込みをかけ、みんなを泥酔させるような存在で」

 

周りの友人からは、日本酒を飲むことに対して「オヤジ臭いイメージがある」と言われることも。

 

このままだと、日本酒業界は小さくなっていくばかり。社長という立場になった石井さんは、その現状を知るなかで、危機感を感じるようになっていきます。

 

「将来を考えても、20代30代に向けた需要喚起が必要になってくるだろうと思いました。自分が酒蔵を継いだからには、同世代の人にも味わって、楽しんでほしい。若い世代に対してどうアプローチすればいいのかを考えるようになりました」

 

「レガシーな業界なので、若手の声が通りにくいところがあるんですね。そこに風穴を開けていかないと、新陳代謝が生まれないだろうと感じていました。当時、そのときにしかない若さを活かそうと思って取り組んだのが、20代だけで日本酒をつくるプロジェクトです」

 

酒造りをする職人も、デザインやPRに関わる人も、すべて20代でチームを編成。それぞれに得意なことを活かしながら、2014年に「二才の醸」という日本酒を生み出しました。

 

 

資金集めとPRのために活用したクラウドファンディングでは、支援してくれた200名のうち、8割は20代30代だったそう。これを機に日本酒に関心を持ってくれた人もいて、今でもお付き合いが続いている人も多いそうです。

 

「結果的に大きな反響をいただくことができました。その後『二才の醸』は、僕らが30代になったタイミングで、銘柄自体を20代で酒造りができる酒蔵に譲渡したんです。ちょうど今朝(取材当日の4月中旬ごろ)、4代目の『二才の醸』ができたと連絡をもらったところです」

 

 

「銘柄を引き継ぐだけで、味やつくりかたは任せています。伝統的なことが多い業界のなかで、『二才の醸』だけは若手がなにをやっても許される銘柄になればいいと思っていて。若手がチャレンジできる土台をつくっていけたらと考えています」

  

仲間に支えられ、挑み続ける

大きな話題となった「二才の醸」プロジェクト。前例のないことに取り組むなかで、周囲からはさまざまな意見があったそう。そのなかでも大変だったことのひとつが、20代30代に向けてアプローチするためのPRの手段として使ったクラウドファンディングでした。

 

「当時はクラウドファンディングが一般的なものではなかったこともあり、業界内外からさまざまなご意見を頂戴しました。特に父とは喧嘩状態で。お金に困って資金調達をしてると思われるんじゃないかという懸念から、かなり反対されました。説明したんですが理解してもらえず、社長という立場で押し切って遂行したんです」

 

その後も石井さんは、石井酒造のブランディング、そして若い世代に日本酒を親しんでもらうために、さまざまな挑戦を続けます。

 

石井酒造のある埼玉県は、日本酒の製造量が全国4位。酒どころと言われる秋田や新潟では自県の消費量が70%を超える一方、埼玉は20%未満という数値に着目しました。

 

2015年には、埼玉県の人たちに地酒があることを知ってもらおうと「埼玉SAKEダービー」を企画。隣の久喜市にある寒梅酒造とともに、同じ条件で酒を造り、おいしさを競い合うイベントを開催しました。

 

 

このイベントも業界初の試みとしてさまざまなメディアに紹介されたり、多くの応援の声が届いたそうです。

 

「僕としては、埼玉にもうまい酒があることを知ってもらうことが目的だったんです。ただ、酒は嗜好品だから比べるものじゃないというお叱りをいただいたり、対決して負けたらどうするんだという心配の声をいただいたりもしました」

 

「勝手にやっているようで、僕自身疲弊もしたし、イライラしていた時期でした。結果、プロダクトに対しても中途半端なアプローチにならざるを得なかった部分もありました」

 

「いろいろなことに挑戦していくうちに、僕もマインドセットが変わっていったように思います。新卒のサラリーマンとして働いていた時には、指示を受けたことを誠実に実行することがひとつの仕事の形でした。社長という立場になり、全方位を俯瞰し、時には接写して考えないといけない状況になったとき、不必要に気を使いすぎないよう過剰に悩むことをやめたんです」

 

伝統ある業界のなかで新しい挑戦をしていくとき、心配や反対の声があがるのは、仕方のないことなのかもしれません。そこまでして道を切り開き続ける石井さんの力は、どこから湧いてくるものなのでしょうか。

 

 

「今までやったことがないとか、まだ誰も見ていない景色みたいなところに興味があるというか。そこに挑戦することにモチベーションが湧くんです。YouTubeを始めようと誘われたときも、酒蔵がYouTuberになるなんて聞いたことがなかったので、やることを決めました」

 

石井さんは仲間とともに「酔うちゅー部_日本酒」というYouTubeチャンネルで、日本酒の知識やさまざまな酒蔵へのインタビューなどを発信。最近はオンラインサロンを立ち上げ、コミュニティづくりにも挑戦しています。

 

同世代に向けた話題づくりのため、さまざまな取組みを積極的に行っている石井さん。そのアイデアは、周りにいる人たちからヒントを得て生まれることが多いそうです。

 

「唯一自分について自慢できるのは、友人や周りにいる人に恵まれていることです。最初につくった『二才の醸』も、友人が”酒払い”という形で、いろいろ協力してくれたんです。大学時代、サラリーマン時代に出会った友人と触れるなかで生まれた企画もたくさんあります」

  

伝統を守るために、革新を続ける

 

新たな手法やアイデアを取り入れて、今まで誰もやったことがないことに挑戦していく。その過程では、必ずしもすべてが上手くいくとは限りません。

 

新しいことを取り入れるなかで、日本酒づくりで代々培われてきたものを損ねてしまうようなことはなかったのでしょうか。

 

「伝統というのは、革新の連続だと考えています。淘汰が進む中で、革新を続けてきた結果が伝統になっていく。なにか守らないといけないというよりは、時代に適応して革新を続けたからこそ、結果的に伝統が築かれていくのではないかと思うんです」

 

こだわりを持ちすぎることで、廃れてしまったもの、なくなっていったものは数多くあるという石井さん。自分たちの在り方を時代に適応させていくことが、伝統になっていくことにつながると話します。

 

「いろいろな試みをしながら、お酒を嗜好品の枠から飛び越えて、エンターテイメントにしていくことが必要だと考えています。飲むものというより、飲むという体験をもっと提案してく。そこで幸福度を感じてもらうことができれば、日本酒をもっと身近に感じてくれる方が増えていくんじゃないかと思うんです」

 

 

最近は、オンラインサロンのメンバーが日本酒づくりに参加できるプロジェクトを企画しているそう。酒造りの現場に来て、実際に手を動かし、自分の酒をつくるという体験をしてもらうことで、日本酒をより身近に感じてほしいといいます。

 

「代表になった当時、僕が抱いていた日本酒に対するネガティブなイメージは、だいぶ薄れてきたように感じています。一方で、日本酒を飲む機会が多いかと言うとそうでもない。まだまだ、いろいろなことをやり続ける必要があると思っています」

  

マメな日本人だからつくれる酒

さまざなことに革新的に取り組んでいる石井さん。世代交代してから7年のうちに、新たな銘柄の日本酒もつくり続けています。

 

 

「酒造りの面でいうと、技術革新が進んで新たな手法や機械もつくられています。ただ、生き物を扱う発酵というものは、技術の先をいっていると思っていて。おそらくまだ解析されていないものが、複合的に絡み合ってお酒ができる。非常に神秘的な部分があります。そこに関しては先代、先々代から引き継がれてきたものを、継承していかなければならないと考えています」

 

技術革新が行われているとはいえ、基本的な日本酒づくりの方法は江戸時代初期からほとんど変わっていないそう。

 

石井さんはその行程を「日本人らしい」という言葉で表現していました。

 

「米のデンプンを糖分に変えるために麹を加え、麹菌とアルコールを並行して発酵させていく。おそらく、寝ずに観察しないとこの行程は確立できなかったと思うんですね。本当に奇跡的なことが重なって日本酒をつくっていく。そのマメさや緻密さは、とても日本人らしいものだと思います」

 

 

「職人や杜氏さんが、酒造りのことを『娘を育てるように』って言うんです。発酵の現場では、数値では問題ないけれど、見た目で調子の悪さがわかることがあったりします。手をかけただけ旨くなるわけではないけれど、手を抜いた分だけまずくなる。寒い時期を活かす作業は外気温が一番冷える時間に行うので早朝6時なら6時に、麹づくりは夜間ほとんど寝ずに管理を行う必要があるため、深夜3時なら3時に作業をするなど、昼夜問わずマメに作業をしている姿には、僕も頭が下がります」

 

酒造りの話をしているとき、職人や杜氏など現場で働く人たちに対して、石井さんが敬意を持って話をしているのがとても印象的でした。

 

積み重ねてきたもの、そこに関わる人たちに対して信頼があるからこそ、石井さん自身は新たなことに挑戦し続けられるのだと思います。

 

「酒蔵だけでみると8代目というのは珍しいことではないけれど、一般的にみたら、創業180年はすごいことですよね。これまで培ってきた酒造りのバトンは、引き継ぐべき大切な文化です。これからもいろいろな挑戦を続けていきたいと思います」

 

今回のキーワード「日本酒を楽しむコト」

店頭の看板、近所に配るチラシ、新聞、雑誌、ラジオ、テレビ、パソコン、スマホ。商品やサービスを顧客に訴求する手段は時代と共に拡充されてきました。これに伴って情報を広げる範囲が拡大し、広げるスピードが速くなったことは言うまでもありません。でも、これまで私たちが手にしてきたこれらの発信媒体で伝えられるのは視覚情報と聴覚情報が中心。ですから石井酒造のところのような伝統ある酒蔵がどんなに旨い酒を造っても、その味を消費者に理解させ良さを実感してもらうことは今のところとても難しい。そこで石井さんは良質なプロダクトの開発を続ける一方で、日本酒のあるライフスタイル、日本酒を中心に繰り広げられる体験を世の中に提案し始めています。つまり「体験価値」を提供しようとしているのです。

 

体験価値(CX:カスタマー・エクスペリエンス)は、ご承知のとおり、商品の性能や価格などの機能的な価値ではなく、その商品を通じて得られる喜びや感動、ワクワク感、幸福感といった心理的な価値のことです。モノが行き渡り他の商品との差別化が難しくなった現代、モノの消費からコトの消費への転換が必要になってきたことを背景に考えられた価値基準です。

 

日本人らしいきめ細かな感性や丁寧さが生み出し造り続けられてきた日本酒。石井さんが先代から受け継いだそうした感覚や配慮を活かして多くの人たち(特に若い世代)に体験価値を伝えていけば、きっと新たな顧客を掘り起こすことができるはず。そして日本酒を囲む幸せな体験をしたその人たちは必ずやリピーターになり、その体験を仲間に紹介することで日本酒がとりもつ人の輪は広がっていく。石井さんが目指しているのは日本酒の単なる復権ではなく、新しい日本酒文化の醸成であり新しい体験価値の創出なのです。それは、車座で一升瓶を回し飲みしていた世代の古臭く荒んだ体験などではなく、もっと豊かで心躍る素敵なものになる。頑張れ石井さん!酒好きの私は個人的にそして全面的に石井さんの取り組みを応援し続けます。

ー鯨井康志(くじらい・やすし)
オフィスにかかわるすべての人を幸せにするために、はたらく環境のあり方はいかにあるべきかを研究し、それを構築するための方法論やツールを開発する業務に従事。オフィスというきわめて学際的な対象を扱うために、常に広範囲な知見を積極的に獲得するよう30年以上努めている。主な著書は『オフィス事典』、『オフィス環境プランニング総覧』、『経営革新とオフィス環境』、『オフィス進化論』、『「はたらく」の未来予想図』など。

 

■クジラと「日本らしい働き方」を考えるシリーズ 過去掲載記事
【第壱話】イノベーションは成長ではなく変化 ー 能楽師・安田登さん
【第弐話】日本人はもっと、自由でいていい ー 着物デザイナー・キサブローさん
【第参話】「徒弟制」から「チームワーク」へ ─ 錦山窯・吉田幸央さん
【第四話】無駄が多いから、おもしろい − 八清・西村孝平さん

2021年5月27日更新
2021年4月取材

テキスト:中嶋希実
写真 : 小野瑞希
イラスト:うにのれおな
写真提供:石井酒造株式会社

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