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ゼロカーボン社会というムーンショットのコ・デザイン | 八木橋パチの #混ぜなきゃ危険

バックキャスティングとムーンショット

「あだち環境ゼミナール」という、月に1度、環境問題について講義とグループディスカッションを行う、東京都足立区主催の区民向け勉強会に参加しています。

先月開催された第8回では、前半で地域行政や国が地球温暖化対策として行っていることが紹介され、後半は「2050年のゼロカーボン社会を実現するために、私たちは何を、どのように変えればいいのか」についてディスカッションしました。

そこで語られたことの1つが、望ましい未来の姿を思い描きそこから逆算する「バックキャスティング」の大切さであり、バックキャスティングを現実へと変える「ムーンショット」の重要さでした。

  • バックキャスティング(Backcasting)は、現在の延長線上で未来を考えるのではなく、未来のあるべき姿を定義し、そこを起点として現在へとつながる道すじを考え、今すべきことやこれからのステップを施策していく思考法のこと。
  • ムーンショット(Moon Shot)は、元々は第35代アメリカ大統領J.F.ケネディが「ぶち上げた」1960年代の有人月面着陸ロケットプロジェクトのこと。転じて、人びとを壮大な挑戦へと駆り立てる挑戦的で大胆な目標・計画を「ぶち上げる」ことを指す。

バックキャスティングもムーンショットも、ここ数年メディアで頻繁に紹介される言葉なので、きっと皆さんも聞いたことがあるのではないでしょうか。今では内閣府のホームページにも「ムーンショット型研究開発制度」という国家研究プログラムが紹介されています。停滞感の漂う日本においては、国が先導してその意義を伝えて人びとを鼓舞し、より明るい未来に向かって挑戦させようとしているようです。

ゼロカーボンとは | カーボンニュートラルやネットゼロとは違うもの?

ここで、「ゼロカーボン社会」についても簡単に説明しておきます。ゼロカーボンとは、主要な温暖化ガスである二酸化炭素の排出を実質ゼロにする(排出量−吸収量=0)ことで、ゼロカーボン社会はそれが実現されている社会(市区町村や国、世界)のことです。

「カーボンニュートラルやネットゼロは知っているけれど、ゼロカーボンは初めて目にする」という方もいるかも? 私もずっと「ゼロカーボン…カーボンニュートラル…ネットゼロ……。違いはなに?」と疑問に思っていました。そこで改めて今回調べてみたところ……環境省に問い合わせをした結果が下記のページに書かれていました(2021年に公開された記事のようなので、ひょっとしたら現在は変わっているかもしれません。でも、神経質に気にする必要はなさそうです)。

何が違うの?カーボンニュートラルとカーボンゼロ、他カーボン用語を解説!

Q:【カーボンニュートラル】や【ネットゼロ】の意味は違いますか?場面によって使いわけていますか?
A: 明確な区別や、使いわけはしていません。

それでは具体的に、どうすればゼロカーボン社会を実現できるのでしょうか。社会ではいろいろな考え方やアプローチが紹介されていますが、どんなアプローチにも必ず含まれているのが「化石燃料からの脱却」です。

二酸化炭素の排出は人が生きていく上で避けられないことですが、ここ日本ではその排出源は「燃料の燃焼」が圧倒的で、95%近くを占めています。そしてここ数十年の大気中の二酸化炭素濃度の増加の75%以上は、こうした石炭・石油などの化石燃料の燃焼によるものです。再生可能エネルギーへの移行が急がれているのが理解できますね。

ムーンショットが社会を分断する!?

用語の説明はここまでにして、あだち環境ゼミナールでの「ムーンショット」に戻りましょう。

  • 「江戸時代を手本にした、完全な循環型社会実現したクリーンで活気ある暮らし。」
  • 「プラごみゼロの海と山に囲まれた地方と、便利な都会を行き来する複数拠点の生活。」
  • 「再生可能エネルギーとベーシックインカムで、心も自然も豊かな暮らしを実践している社会。」

―― 「美しい理想の姿を話すのはそりゃぁ気持ちいいよね〜。でも、はたして実社会ではどれだけの人がその話を「自分ごと」として受け止めて、共感してくれるもんかねぇ…。」私は、そんな捻くれた思いを持ちながら、他の参加者や講師の方が話す「ムーンショット」の話を聞いていました。

実は普段、私も、バックキャストやムーンショットの重要さについて人に説明したり語ったりすることが少なくないんです。でも、最近は「そう話してはいるけどさ、Howを伴わない大胆なムーンショットって、むしろ多くの人を遠ざけてしまっているんじゃないだろうか?」と、心のどこかで疑いながらしゃべっていることが多くなっていました。

こうした気持ちが強くなったのは、昨年読んだとある本に書かれていた分析 ―― 「アメリカのトランプ支持者とイギリスのブレグジット支持者に共通するのは、「自分たちだって大変な目に遭っているのに、もうこれ以上、自分たちの取り分を余所ものに分け与えたくない(もうこれ以上は失いたくない)。」 ―― そんな、被害者意識と未来への不安が入り混じったものが、国論を見事なまでに二分し国家を分断させたものの正体ではないかというものでした。

この見立てはストンと私の腹に落ちました。そしてここ日本においては、「2050年ゼロカーボン社会」へのアプローチを間違えてしまうと、ここ数年酷くなっていると言われている「社会の分断」を決定的なものにしかねないのではないか? と、強い危惧を覚えたのです。

なぜなら、「ゼロカーボン社会」の裏には、「そのとき、現在のエネルギー産業と高消費社会にガッチリと結びついている自分たちの生活はどうなるのか?」という不安を感じる人は少なくないだろうと思うからです。とりわけ、自身や身の回りの人たちの仕事が化石燃料と結びついている人たちは、「暮らしをどう守ればよいのか」と強い危機感を覚えるだろうし、そうした人たちが賛同の側ではなく「抵抗」の側に強く惹かれるのではないかと思ったからです。

「日常生活の危機」を煽りかねないテーマに対しては、ムーンショットはふさわしくない? でも、じゃあどうしたらいい?

挑戦的も大胆も、たくさん並べば中庸になる

そんな疑問を感じながら第8回のあだち環境ゼミナールを終えたのですが、翌日、宿題の「自分が今後しようと思うこと」をまとめるレポートを書いていたら、ふと頭に浮かんだのです。「挑戦的とか大胆とかいわれているムーンショットだけど、それって相対的なものじゃない?」と。

挑戦的なものがその場に1つしかなければそれは「大胆なもの」となるけれど、それと同じかもっと挑戦的なものがたくさん並んでいたら、それは大胆なものではなく中庸なものになるんじゃないか?

ムーンショットが「挑戦的だけどキレイごと」だったり、「非現実的な大胆さ」だったりに感じて応援しづらい、共感しにくいと感じてしまうときは、さらに挑戦的で大胆なものをどんどん場に並べていけばいいのかもしれない。そうしたら、(自分を含めて)抵抗感を覚えた人も、他と比較しているうちに「それほど極端で非現実的なものじゃない」と感じてくるかもしれません。

これは単なる思いつきに過ぎないのかもしれません。自分でも確信はありません。ただ、大胆なチャレンジが必要とされているのに八方塞がりだったり、多くの人たちの支持が必要なのに新たな分断が生みだされてしまいそうなときには、人びとがみんなでムーンショットを作ったり選んだりするためのやり方が必要なんじゃないでしょうか。そして「コラボレーション・エナジャイザー」を名乗るのであれば、そこで私にもできることがあるのではないでしょうか。

宿題のレポートには、そんな話を書きました。以下、一部を抜粋します。

ムーンショットのコ・デザイン

2050年ゼロカーボン社会に向け、世の中にたくさんのムーンショットが溢れ出て、みんながそれを一緒に育てていこうと行動するようになるには、多くの人に自ら大胆な理想や挑戦的なアイデアを考えてもらう必要がありますよね。それにはまず、そうした創案イベントに足を運んでもらったり、アイデア創発に時間を費やしてもらえなければなりません。

私は、そうした未来について考え対話しアイデアを出す場や時間が楽しく魅力的だという認識が広がるように、私自身が積極的に出向き、主催者をサポートして、場をかき混ぜて盛り上げていこうと思います。

ただ、皆さんも経験あるんじゃないでしょうか。「どんなアイデアでも構わないので、どんどん発言してください」と言われても、みんなやたらと周囲の空気を読み過ぎて、無難なアイデアばかりが重ねられていく…なんて場面を。人が集まっても、その場で多様な意見が出てこなければ本当に大胆で挑戦的なムーンショットは生まれません。そうしたことが起きないよう、私は、自ら率先して大胆な意見を発信していこうと思います。

そうやって、反対意見や別のアイデアも含めたいろんな人の声を聴きながら、みんなでムーンショットを作り上げていく。そういう「ムーンショットのコ・デザイン」や「ムーンショットの民主化」とでも呼ぶべき取り組みを、私は支援していきます。

ということで、今年はこれまでよりももっとゼロカーボン社会とムーンショットを意識し、いろいろな機会に足を運ぼうと思っています。皆さんをお誘いさせていただくこともあると思いますので、その際はよろしくお願いします。

Happy Collaboration!

著者プロフィール

八木橋パチ(やぎはしぱち)
日本アイ・ビー・エム株式会社にて先進テクノロジーの社会実装を推進するコラボレーション・エナジャイザー。<#混ぜなきゃ危険> をキーワードに、人や組織をつなぎ、混ぜ合わせている。2017年、日本IBM創立80周年記念プログラム「Wild Duck Campaign - 野鴨社員 総選挙(日本で最もワイルドなIBM社員選出コンテスト)」にて優勝。2018年まで社内IT部門にて日本におけるソーシャル・ビジネス/コラボレーション・ツールの展開・推進を担当。 twitter.com/dubbedpachi

2023年2月1日更新