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地元出身ではない“素人”だから伝えられる、吉野の木の魅力(吉野と暮らす会・吉川晃日さん)

桜の名所・吉野山で知られる奈良県吉野地域は、日本の林業発祥の地として500年の歴史を誇る「木のまち」でもあります。

そんな吉野で木にまつわる暮らしや魅力を発信している「吉野と暮らす会」。吉野材を体感できる施設の運営、地域の子どもたちの木育、木のある暮らしを体験できるイベントの開催など、多彩な活動を行っています。

「吉野と暮らす会」のディレクターを務める吉川晃日さんは、大阪生まれ。吉野というまちに全力でコミットする吉川さんは、どのようにして情熱を注ぎ続けてきたのでしょうか。吉野材を体感できる施設「吉野杉の家」でお話を伺いました。

吉野の人の魅力に惹かれて

吉野川沿いに孤高のように存在する、「吉野杉の家」

建物の中に入ると木の香りがしますね! 木の温もりに身体ごと包まれているような、心地よい空間です。「吉野杉の家」はどういった場所なのでしょうか?

吉川

建築家の長谷川豪さんと、民泊を通じて世界のシェアビジネスをリードする「Airbnb」のコラボレーションによって2016年に生まれた、吉野材を体感できる施設です。1階はスギ、2階はヒノキで作られています。

「コミュニティで運営する」をコンセプトに、「吉野と暮らす会」のメンバーが中心となって管理・運営しています。

2階はゲストが宿泊できる部屋になっている

「吉野と暮らす会」とは、どんなグループなのでしょうか?

吉川

住宅・建築環境や生活様式の変化から木の需要が減っていく中で、「吉野材をPRしたい」「吉野の木にまつわるコトやモノを発信したい」という思いで立ち上げられたコミュニティです。

メンバーは、林業や製材所など、吉野の木の仕事に携わる後継ぎ世代の人たち。2012年に結成し、2020年に一般社団法人として法人化しました。

吉野と暮らす会 メンバーの皆さん

どんな活動をしているんですか?

吉川

「吉野杉の家」の運営のほか、地元の吉野中学校の学習机を製作する「愛・学習机プロジェクト」、木のある暮らしの魅力を体験できるイベント「よしのウッドフェス」などを手がけています。

木育の一環として2014年から始まった「愛・学習机プロジェクト」。吉野のヒノキを使った天板は、脚と分離できる仕組みで、卒業時に生徒と共に巣立っていく

吉川さんは「吉野と暮らす会」のディレクターを務めておられますが、ご自身も吉野出身なんでしょうか?

吉川

いえ、実は出身は大阪市内なんです。

そうなんですね! では、どうしてここまで吉野の活動にコミットされるようになったのでしょうか?

吉川

吉野に関わるようになった最初のきっかけは、兄でした。建築を学んでいた兄が、教授の紹介で吉野の工務店さんとつながりを持ち、吉野でツリーハウスを作ったりイベントを開催したりする活動を始めたんです。

僕は当時、アメリカに留学中でしたが、一方でまちづくりや地域活性化にも関心があって。兄から「吉野はめっちゃ面白いまちやで」とずっと聞いていて、自分も行ってみたいと思っていました。

吉川晃日さん

それで、帰国後に初めて吉野を訪れたんですね。

吉川

はい。大学3年生のときに、「吉野杉の家」のラーニングホリデーに参加しました。吉野について学び、現地の人たちと一緒にホストとしてゲストをおもてなししながら滞在する、というプログラムです。

コロナ禍以前は、「吉野と暮らす会」のメンバーがホストとして出迎え、ゲストと一緒に泊まっておもてなししていたんですよ。その一員として過ごしていました。

え、ホストも一緒に泊まるんですか!?

吉川

そうです。ゲストと一緒にテーブルを囲んでごはんを食べて、ホストのメンバーは1階に泊まって。ゲストも「泊まるんですか?」とびっくりする方が多かったです(笑)。

コロナ禍以降は、一緒に泊まることはなくなりましたが、チェックインのときに必ず最初にメンバーが案内しています。

夕方になると、吉野川と夕陽のマリアージュを楽しむことができる

吉川さんは初めて吉野に来て、このまちのどんなところに惹かれたのでしょうか?

吉川

まず、人の魅力に惹かれました。

最初は「田舎ってクローズドな雰囲気なのかな」というイメージを持っていたけど、吉野の人たちはすごくオープンで。僕が何か提案すると、積極的にサポートしてくれるんです。

外国語大学に通っていたので、留学生たちを吉野に招いて、地元の人の家に泊めてもらったり、田舎の暮らしを体験してもらったりしていましたね。

その後、大学を卒業してからも吉野に関わり続けてきたわけですね。

吉川

はい。実は在学中から東京の会社で、リモートで働いていて。今もその仕事を続けながら、吉野を活動拠点としています。

現在は、主に「吉野杉の家」の海外のお客さまへの対応や、「よしのウッドフェス」のプロジェクト実行責任者を務めています。

若い仲間たちを集め、まちおこしに挑戦

「よしのウッドフェス」は、今やまちをあげての大きなイベントになっているそうですね。

開催することになった経緯を教えてください。

吉川

第1回「よしのウッドフェス」は、吉野町役場が中心となって2019年に開催されました。でもその後は、コロナ禍でストップしてしまって。

一方、僕は「まちおこしに携わりたい」「英語を生かした仕事をしたい」と思って吉野で活動していましたが、コロナ禍で英語を使う機会が減ってしまいました。

「僕は何がやりたかったんだろう」「吉野で自分に何ができるのか」と考えて思い至ったのが、「よしのウッドフェス」を復活させることでした。

吉野のまちおこしを考えた際に、「木」に注目したんですね。

吉川

はい。吉野って桜が有名な印象があると思うのですが、これは地域の人たちがすでに力を入れている分野であり、自分にできることはあまりないのかなと。

一方で、吉野の木には歴史もブランド力もあるにもかかわらず、あまりまちの外にプロモーションできていないと感じて。吉野の木という強みを、自分ならではの目線で生かしていきたいと思ったんです。

吉川さんならではの目線というと?

吉川

吉野の外から来た若者、かつ「木の素人」という立場を生かして、新たなアプローチができるんじゃないかと。

そこで、「吉野と暮らす会」のメンバーに「今回のウッドフェスは若者中心でやらせてください」と提案しました。

吉川さんの他にも若いメンバーがいたんですか?

吉川

いえ、最初は全くいませんでした(笑)。「若者中心でやります」と宣言したものの、そもそも吉野に若者がいないと気づいて焦りましたね。

だからまずは、イベントで出会った地域おこし協力隊のメンバーや、製材所を見学しに来た学生さんなど、若者を見つけたらどんどん声をかけて、仲間を増やしていきました。

今では、ウッドフェスの運営に関わっているメンバーは11人に。ほとんどが吉野出身ではなく、大阪や奈良などに住んでいます。

ウッドフェスの運営メンバーたち(提供写真)

吉川さんと同じで、吉野の外から来た「木の素人」なんですね。

吉川

そうです。僕自身、大阪市内で生活している頃は、都会だから木との暮らしが身近ではなかったし、「日本の森を守らないといけない」というフレーズを耳にしても、正直ピンとこないし、自分ごととして捉えるのが難しかった。他のメンバーも同じだと思います。

だから、木の現状や課題を伝える前に、どうやって木との距離感を縮めるか、木の魅力や可能性をいかにわかりやすく伝えるかが大切だと思っています。

「よしのウッドフェス」では、木の魅力や可能性をどんなふうに体感できますか?

吉川

たくさんありますが、特に皆さんに驚かれるのは、木を切ったときに出る粉を食用パウダーにして、地元のお店とコラボレーションして作った和菓子です。

木の粉って食べられるんですか……?

吉川

はい。でも、おいしくはないですよ(笑)。見た目はきな粉みたいで、木の味や香りはすごく感じると思います。木の粉を使った発酵足浴体験ができるブースもありますよ。年輪数え大会や木の競り体験も人気です。

毎年行っているまちあるきプログラムは、今年は音声ガイドを使って、過去の吉野の風景を感じられるテーマパークのような体験にしたいと思って準備を進めています。

他のイベントでは聞いたことがないような、面白いプログラムがたくさんありますね。

吉川

出展者の皆さんに「木を使って自由に表現してください」と伝えているのも大きいと思います。

僕たちは、「木のまち吉野」を価値が生まれ続ける場所にしたいんです。僕はこれまで、海外のお客さまが吉野の木の魅力に触れて、驚いてくれる姿をたくさん見てきました。その驚きがヒントになっていますし、それこそが価値だと思うんです。

だからウッドフェスでは、驚きの体験を提供したい。訪れる人たちのイメージを覆したいと常に考えていますね

2025年10月に開催された「よしのウッドフェス2025」の様子(提供写真)

地元出身ではない「木の素人」だからこそできること

2023年から新体制での「よしのウッドフェス」をスタートして、2026年10月の開催で4年目を迎えます。これまでの手ごたえはいかがですか?

吉川

毎年来てくれるリピーターの人たちや、イベントで吉野材に触れて「注文してみたい」という人も増えているので、「木のまち吉野」を知ってもらうきっかけづくりはできているんじゃないかと思います。

ウッドフェスで木の魅力や可能性を知った上で、新たな使い方を考えてアウトプットしていく人が今後もっと増えていけばいいなと思いますね。

ウッドフェスを若いメンバーで運営することで、地域や業界にもポジティブな影響を与えているのではないでしょうか?

吉川

そうですね。20~30代のメンバーが中心になって運営しているので、大学生などさらに若い世代が関わりやすくなっていると思います。

また、フットワークの軽い若手メンバーが、企業訪問やピッチ登壇などで新たなつながりを作り、外から人を呼び込んだりスポンサーを集めたり、という広がりも見せています。

やはり「吉野と暮らす会」のメンバーは本業が忙しく、営業やPRに時間を割くのが難しいので、役割分担がうまくできているのかなと思いますね。

でも、本業が忙しいのはウッドフェスの若いメンバーも同じかもしれないですよね。そこまでして運営にコミットするモチベーションの源は何でしょうか。

吉川

何でしょうね。1つの目標に向かってみんなで作り上げる、部活みたいな楽しさがあるのかな。今ではプライベートの時間も一緒に過ごせるような、いい仲間になっていますね。

それに、誰かがやりたいことがあれば、形にするためにみんなでサポートするから、1人ではできなかったことも一歩踏み出せるのかもしれません。

心強い仲間たちですね。地元の人からの反発など、これまでに苦労したことは?

吉川

ないですね。時には批判的な声が耳に入ることもありますが、あまり気にしていません。

僕たちは吉野出身ではないので、地域の慣習やしがらみにとらわれることがない。それが外から来た人間の強みかもしれないですね。

背景にあるストーリーを知れば、人生がより豊かになる

吉野出身ではない吉川さんが、このまちのためにこれほど頑張ることができるのは、どうしてなのでしょうか?

吉川

僕は別に「まちのため」とは思っていなくて、自分がいいと思うことをやりたいだけなんですよね。

「木のまち吉野」の魅力や価値があって、でもそれがうまく伝わっていないという課題がある。この課題を解決することと、僕のやりたいことが、たまたま合致している。たとえば、英語やまちおこしなど。

それこそ、英語を話せる人はたくさんいるけど、木のことを英語で伝えられる人ってなかなかいないので。だから、自分にしかできないことができているという自負があります。

自分の強みである英語を生かして、まちおこしに携わるという、学生時代からの思いを叶えられる場所が吉野だったんですね。

吉川さんにとっての吉野の木の魅力について、改めて教えていただけますか?

吉川

まっすぐで節がなく、年輪が細かくて、色つやがいい」といった質の良さ。そして、やっぱりその背景にあるストーリーやロマンも魅力です。

吉川

木は植えられたら、100年かけて育っていきます。その木を切って使う頃には、植えた人はもうこの世にいない。そんな植林の営みを500年ほど前からずっと続けてきて、日本林業の礎となったわけです。

歴史の深さこそ、「木のまち吉野」にしかない価値だと思っています。

吉野材の品質の高さは、「密に植える(密植)」「成長する木を残し、周りの木を伐る(多間伐・長伐期)」といった丁寧な山仕事に支えられている
吉野林業地域の川上村を案内してくれた「吉野と暮らす会」の辻健太郎さん。家業である製材所の仕事の傍ら、担い手不足が深刻な林業にも携わる
「吉野と暮らす会」代表の石橋輝一さん。吉野の木材を製材する「吉野中央木材」の代表取締役。「この10年ほどで木育の取り組みが広がり、木への理解が進んでいる」と語る
石橋さんが代表を務める吉野中央木材では、吉野の木の持ち味を生かしながら、暮らしの中で使えるよう製材している

今日は「吉野杉の家」、川上村、製材所を案内していただいて、吉野の木の魅力に触れることができました。

吉川

美術館でアート作品を観るのと同じで、やっぱり背景を知ると見方が変わるし、人生がより豊かになるんじゃないかなと思いますね。

本当にそうですね。吉野で今後さらに力を入れていきたいことはありますか?

吉川

今年から本腰を入れて、海外向けのPRに取り組んでいます。英語版のWebサイトを自分で作って、「吉野杉の家」に泊まってくれた海外のゲストの皆さんにメールで送っているんです。

それがきっかけで、カナダに「吉野杉の家2」を建てることが決まりました。現在、プロジェクトが進行中です。

すごい! 楽しみですね。今日は貴重な機会をありがとうございました!

前田 英里
前田 英里

【編集後記】
吉野川沿いの製材団地に降り立つと、ふわりと漂う木の香り。吉野中央木材さんの製材所では、所狭しと積まれた木材に囲まれながら、製材の流れや吉野材の特徴について丁寧に教えていただきました。そして川上村では、驚くほど奥深い山の中で、何十年、何百年という時間をかけて育った木々の存在感を肌で感じました。正直なところ、わたし自身「木の素人」であり、木製の家具や内装を使っていても、その背景を意識することはほとんどありませんでした。だからこそ、実際に見て、聞いて、触れることで、「見方が変わる」さまを実体験できたように思います。吉川さんが伝え続けているように、背景にある人や歴史、ストーリーを知ることで、見える景色は豊かになる。そんな当たり前だけれど大切なことを教えてもらった取材でした。(株式会社オカムラ 前田英里)

2026年4月取材

取材・執筆=藤原朋
写真=古木絢也
編集=桒田萌(ノオト)