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「ひつじ」のようにふわっとつながる共創。三星グループ・岩田真吾さんが尾州で目指す産地のあり方

中部地方は自動車関連産業をはじめ、古くから繊維、陶磁器、工作機械などのものづくりの力で栄えてきた地域。そんなこの地域らしさの土台になる「ものづくり」の最新事情を、「地域でのサステナビリティ」「これからの学び」「コミュニティづくり」という3つの視点から見つめ直し、レポートしていきます。


岐阜県羽島市と愛知県一宮市をまたがる木曽川流域の「尾州(びしゅう)」は、国内有数のウール素材の産地です。

しかし、長く続く繊維産業も最盛期である1990年代から衰退傾向のまま。一社、また一社……と、ものづくりの息吹が消えていく状況でした。

尾州で130年続く三星グループの跡継ぎである岩田真吾さんは、2010年に5代目に就任。リーマンショック後の事業立て直しに成功するも、新型コロナウイルスの流行によって産地全体が大きな打撃を受けます。

そこで始めたのが、産業観光イベント「ひつじサミット尾州」。「着れる、食べれる、楽しめる。ひつじと紡ぐサスティナブルエンターテイメント」をキャッチコピーに、産地の活性化と作り手と使い手のつながりを生み出しています。

ひつじサミットが生み出した思いがけない効果や産地の企業同士がつながることの大切さ、これからの「共創」のかたちについて伺いました。

岩田真吾(いわた・しんご)
1981年、愛知県一宮市生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、三菱商事株式会社、ボストン・コンサルティンググループに入社。2009年に家業である三星グループに入社し、2010年に同社代表取締役社長に就任。代表発起人として、繊維業の盛んな木曽川流域でひつじの魅力を伝える産業観光イベント「ひつじサミット尾州」を2021年から開催している。こちらの写真は「ひつじポーズ」!

世界有数のウール産地・尾州。ものづくりの課題

「百鼠(ひゃくねずみ)」とも呼ばれるほどにバリエーションが豊かな黒色のウール。異なる色の濃さや質感のウール素材を三星グループでは製造できる。

130年以上の歴史を誇る三星グループ。創業時はどのような仕事をされていたのでしょうか?

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岩田

手で織った和服の生地を石の上に置いて木槌で叩き、表面を滑らかにして艶を出す「艶付け業」を始めました。その頃は綿や絹、麻の生地でした。

最初はウールではなかったんですね。

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岩田

1891年に起きた「濃尾震災」の影響で、この地域で昔から使っていた道具が壊れてしまったんです。その状況からなんとか復興していこうと、西洋から入ってきたばかりの最先端だったウール産業へと切り替えていきました。

創業者は、僕の高祖母である岩田志まさん。今でいう女性起業家ですね。でも「社会を変える」という意識ではなく、「旦那が全然稼いでこないから私が子どもを食わせるわよ!」という肝っ玉母ちゃんみたいな感じだったらしくて。

でも、三星グループでは、今も経営においてはダイバーシティを大事にしています。そのDNAの起源として、すごく誇りに思っています。

岩田代表が5代目として就任する前後、会社はどんな状況でしたか?

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岩田

2009年に東京から戻ってきた頃は、ちょうどリーマンショックの直後。ビジネス的には難しい時期でした。資本主義の考え方ですごく儲けたいだけだったら、さっさと事業をやめた方がいいという状況でした。

けれど、儲けるだけじゃなく、今まで培ってきた伝統やクリエイティビティ方など、他の部分での価値があるなら続けたいと考えました。

それで続けることを選ばれたんですね。その後、すぐに状況は変わったんですか?

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岩田

いえ。僕はそれまで商社やコンサルで働いていたので、ロジカルに考えてやるべきことをやれば業績は良くなると思って、KPIを設定して詰めまくったんです。でも、1年経ったら業績は悪いまま、横ばい。良くならなかった。

おまけに、社員の表情はどんどん暗くなっていて、一体何のために戻ってきたんだろうと考えてしまって。

リーマンショック後なので、その影響も大きいとはいえ、つらいですね……。

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岩田

そこから、ちゃんと汗かこうと思いました。

商社に販売を任せていると、なぜ売れたのかはわかりません。さらに、「なぜ売れなかったのか」という点には重要な情報がある。

そう思って、ヨーロッパのラグジュアリーブランドの世界へ自分たちの商品を直接持って行ってみることにしました。

洋服の世界で一流とされる人たちに、直接見てもらおうと。

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岩田

はい。2012年からパリで開催される展示会「プルミエール・ヴィジョン」へ出展を始めました。

その後、2015年にイタリアのトップブランド・Ermenegildo Zegna(エルメネジルド ゼニア)がMade in Japanのコレクションを作るときに、唯一のウール生地として三星の素材を選んでくれたんです。

自ら世界に売り込みに行き、良い変化が生まれたんですね。その頃、尾州産地ではどんな関係性を築いていたんですか?

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岩田

当時は、産地の考えは古いから染まってはいけないと思っていたんです。たとえば、長年続く組合の様子を見に行くと、年が上の方ばっかりで。「何年かぶりに新しいのが来たな。青年部に入れ!」と誘われるんです。でも、「そういうのは大丈夫です」と逃げていて……。

海外展開や自社ブランドの立ち上げなど自分たちが新しいことをやっていって、「他の企業が真似したかったら真似してほしい」くらいの考えで。産地の人たちと一緒に何かやるなんて、考えていなかったんですよね。

なるほど。

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岩田

そうは言っても、産地のバリューチェーンはつながっています。

尾州産地は分業制が特徴で。紡績や撚糸(ねんし)で糸を作り、染色して、その糸を使って生地を織って、織ったあとには整理や洗う加工……。それぞれの工程をバラバラの会社が担っているけれど、全てつながっているんです。

どこかが途絶えることで、ものづくりに大きな影響を与えますね。

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1990年代の最盛期には4,000社もあった尾州の繊維関連会社。現在は、人件費の安い海外での大量生産や後継者不足から200社程度に減少。三星グループに置かれている大きな織機も、高齢化のため会社をたたむことにした取引先から受け継いだもの。

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岩田

業績が伸びているときは互いに切磋琢磨すればいい。けれど、生き残りを図るときは一緒にやった方がいいとは思っていました。

とはいえ、別々に100年やってきている会社同士が、なんならライバルみたいな関係性なのに何かを一緒にやるのは簡単なことではない。正直、難しいだろうなと思い、当時は産地の課題は放置していました。

産地への考え方が180度変わった、コロナ禍の危機

現在の活動を知っているので、すごく意外です……! 産地に対する考え方が変わるきっかけがあったんですか?

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岩田

いろいろ考えている最中、コロナ禍に突入しました。何とかしなくてはと不要不急の投資をやめて残すべきところに集中し、銀行と資金繰りの段取りをつけ、新型コロナウイルスの流行が本格化して4カ月後には自社は大丈夫だと思えるようになりました。

でも、周りを見渡すと思ったより大変な状況で。

どういうことですか?

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岩田

コロナ禍では飲食業や観光業への影響が注目されましたが、実はファッション産業も大変な状況で。外出できないとオシャレする気はなくなるし、オフィスに行かなくてもいいならスーツやコートも着ない。

でも、落ち込みが目に見えづらい産業だから政府からの補助も手厚くはありませんでした。

なるほど……。ファッション産業全体として大きな打撃だったわけですね。

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岩田

うちだけ残ったとしても、糸屋さん、整理屋さんがつぶれたら続かない。これはもう「青年部が嫌だ!」なんて言っている場合じゃない。

そこで、180度ガラッと気持ちが切り替わった。パチンという音が聞こえたくらいスイッチが入ったんです。

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岩田

人と会えなくなった反面、人と人のつながりが重要視されて、ものづくりの背景を見たい人が増えていて。たまに人が来てくれていたので、せっかくなら前後の工程も見てもらいたくて他社さんにも連れて行っていました。

うちだけじゃなく、もっと自然に他の会社を見に行ってもらいたい。

お客さんを囲い込むんじゃなくシェアした方がお客さんの良い体験になり、尾州に対する印象が良くなってウールを買ってくれる総量が増えるんじゃないか、と。そこで思いついたのが「ひつじサミット尾州」です。

2021年に動き出した産業観光イベント「ひつじサミット尾州」。参加者は工場見学やワークショップ、ショッピング、食事など尾州地域の面を楽しめる。(提供写真)

なぜ産業観光のイベントが必要だと思ったんですか?

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岩田

地域を盛り上げるとしたら、合同展示会や企業統合、いろいろな方法がありますよね。

だけど、今後のものづくりにおいては、「使う人と作る人が直接つながること」が大事だと思っていて。作り手である自分たちからどんどん情報発信して門戸を開けていかないと、使う人には伝わりません。それなら、産業観光が良いだろうと考えました。

発案してから、どのように仲間を集めたんですか?

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岩田

まずは同世代で仲のいい跡継ぎ2人に声かけて、名古屋のジンギスカン屋に誘って羊を食べながら「ひつじサミットをやりたい」と話しました。

すると、「まさにそういうのが必要だと思っていた。やりましょう!」と言ってくれて。最終的には11人が発起人となり、実行委員会が立ち上がりました。

目的を絞らず、ふわっとつながる。概念としての「ひつじ」への思い

産業観光イベントに感じない「ひつじサミット」というかわいいネーミングが印象的です。

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岩田

ありがとうございます。イベント名にはめちゃくちゃこだわっています。「尾州サミット」「繊維サミット」じゃ誰も来ない。

「ひつじ」くらいがちょうどいい。かつ、ひらがなにこだわっているんです。「ひつじ」は、僕の中ではコンセプトそのものなんですよ。

コンセプト?

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岩田

ひらがなの「ひつじ」には「ふわふわ」というイメージがありますよね。そこで、イベントの目的もふわっとゆるくつながるイメージで設定しました。

その目的が、

・産業観光で使い手と作り手がつながる
・繊維業だけじゃなく地域の企業同士がつながって地域共創をする
・ウールを中心にサステイナビリティを発信する
・事業承継のイメージをかっこよくする
・跡継ぎじゃなくても新しい担い手を育成する

の5つです。

たくさんありますね……!

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岩田

昔のマーケティング理論でいくと、目的は1個に絞り込むべきだし、ターゲットを絞らないと刺さらないという考えが主流です。

しかし、当時はコロナ。そんな人が集まりにくい状況で行う新たなイベントだからこそ、5つのうち1つでも共感してくれたらあなたは仲間です、と伝えたかったんです。

さまざまな人や企業を巻き込める包容力がありますね。

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岩田

あとは、誰でも来やすいようにグルメやエンターテインメントも必要。羊飼いさんにも声をかけたので、来場者は羊にも会える。

また、食育を目的に会社の庭で羊の丸焼きをして、育てた人と直接話したり、食べたり。

だから、「着れる、食べれる、楽しめる、ひつじと紡ぐサスナブルエンターテイメント」。それが、ひらがなの「ひつじサミット」です。

「羊まるごと研究所」所長・酒井伸吾さんと一緒に、ひつじの丸焼きをさばきながらのトークショーなども。(提供写真)

2021年と2022年に開催して、手応えは感じられましたか?

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岩田

お客さんが「ウールがこんなにサスティナブルとは知らなかった」「子どもの教育に良かった」「地元に誇りが持てました」とすごく喜んでくれました。

まさに、今まで作り手としてはつながる機会がなかった人たちの声ですね。

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岩田

予想外にうれしかったのが、「これどうやってやるんですか?」「すごいですね!」というお客さんの声に対して、現場の職人がうれしそうに語り出すシーンが尾州中で見られたことです。

経営者である僕たちが、もっとも恐れていたのは現場がしらけること。「また社長がバカなこと言ってるぞ」とか「社長は言うだけだからいいよな」みたいな雰囲気になってほしくなかった。

でも、やってみたら現場の人たちから「社長、次はいつやるんですか?」「次やる時はこういう工夫をしましょう!」という声が聞こえてきたんです。

現場の人も楽しめると、仕事に対する意識も変わりそうですね。

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岩田

僕たちは素材メーカーなので、普段お客さんが工場に来ることは少なくて。アパレルメーカーの方がいらっしゃるのもクレームがある時だったりして。

同じ1時間の労働でも、ありがとうが循環する1時間と、そうじゃない1時間では働く意味が違う。もちろん時給そのものも上げていきますが、並行してありがとうの循環も生み出したい。

2015年に始めた自社ブランド「MITSUBOSHI 1887」。衣服を着ている23時間を快適にすることを目指し、最上級メリノウールを使った商品も。

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岩田

服を買う人にとっても、服の新しい価値を感じられるのは楽しいですよね。

たとえば、何も知らないワインを飲むより、産地やブドウの品種、適した飲み方などを知ると同じ一杯のワインに感じる価値が上がるじゃないですか。

確かに、全然違って見えますよね。

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岩田

そんなふうに、作り手のことを知れば一枚の服だって価値が上がるはず。

ありがとうの循環が回ることによって、作り手にとっての仕事の価値も、使い手にとっての服の価値も上がる。ひつじサミットで、その循環が生まれていると感じます。

ひつじサミットから広がる、新しい共創のかたち

産地の活性化に挑んでいる地域はたくさんあります。地域の企業が横断で共創するときのポイントも教えてもらえますか?

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岩田

オススメは、同じ日に工場見学を行う「オープンファクトリー」です。最初はちょっとした売り上げしかでないだろうし、もしかしたら人も少ししか来ないかもしれません。

だけど、工場を見せ合うと、作り手同士のつながりが生まれるんですよね。

ひつじサミット尾州のメインコンテンツの工場見学。機械稼働をしているところをなかなか見られない染色工場など、尾州に点在する工場の中を見学できる。(提供写真)

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岩田

これは、思った以上に心理的安全性が保たれます。だって理由もなく工場を見せないじゃないですか、特に同業者には。だけど、一般人が混ざったら見せざるを得ない。

確かに!

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岩田

私たちも最近は、企業横断で経営的な相談もできるようになりました。たとえば、「実はまだ母親がノートに会計帳簿をつけていて、どうしようか悩んでいる」みたいなリアルな相談も共有できたり。

他社を知ることで、ようやく自社の課題を認識できることもありそうです。

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岩田

そうなんです。DX推進は産地の大きな課題ですが、小さい会社はデジタル人材なんて採用できないですよ。話を聞くと、みんな苦労している。それを後押ししたいとは考えていました。

そういう話を周りにしていたら、地域でDXのコミュニティを作って促進する補助金があると教えてもらって。申請したら通ったんです。

この取り組みを「ひつじDX」(尾州・繊維産業DX推進コミュニティ)と名付け、2023年5月にキックオフミーティングを開催しました。


ひつじサミット尾州をきっかけに繋がった会社が集まったことで、銀行やメディア企業が支援できる地域コミュニティとなった。(提供写真)

ひつじサミットを契機に、産地の具体的な課題にも着手できるようになったんですね。

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岩田

もちろん産地をDXさせたくて、ひつじサミット尾州を始めたわけじゃありません。

でも、後から考えると、スティーブ・ジョブスの「コネクティング ザ ドッツ」を思い出すほど、すごくきれいにストーリーがつながったな、と。

産業観光だけに留まることなく、広がりを生み出しているんですね。

最後に、2023年から始まった「アトツギ×スタートアップ共創基地 TAKIBI & Co.(タキビコ)」についても聞かせてもらえますか。

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岩田

そもそも三星という会社は、しなやかな変化をし続けている会社です。その中でベンチャー型事業承継やアトツギベンチャーも大きい柱の一つだなと思っていて。

ベンチャー型事業承継やアトツギベンチャーにおいて必要なのは、「マッチング」じゃなく「クロッシング」だと思うんです。

マッチングは、そのタイミングでサービスがハマらないとうまくいかないし、乗るか反るかになると、いずれ疎遠になる。

「アトツギ×スタートアップ共創基地 TAKIBI & Co.(タキビコ)」(提供写真)

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岩田

だから、とりあえず知り合う、クロッシングできる場に価値があるはず。

だったらスタートアップとアトツギが交わるコミュニティを東海・中部地域でつくろうと。

スタートアップとアトツギが交わる機会は、まだまだ少ないですよね。

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岩田

さらに都市圏とは異なる軸でのコミュニティの価値を考えた時に、三星グループが大切にしてきた庭を活用しようと思いつきました。岐阜はアウトドアの県なので条例を調べたらキャンプファイヤーができる。なので、池の横で焚き火を囲む企画にしました。

焚き火って、薪をクロッシングさせているじゃないですか。そんな焚き火をみんなで囲んで、「想い」に火をつける。

提供写真
三星グループの敷地には大きな庭があり、実際に焚き火ができる。2022年には、全国みどりの工場大賞も受賞した。

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岩田

最初はパートナー企業を自社も含めて14社に絞りました。業種がバラバラの方が面白いので、現段階では繊維企業は入っていません。

この14社で1年かけていろんなイベントやリサーチツアー、相互の工場見学をしていくことを考えています。この尾州地域から、新しい共創のかたちを生み出していきたいですね。

2023年5月取材

取材・執筆=笹田理恵
撮影=かとうなをこ
編集=鬼頭佳代/ノオト