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余白があるから、クリエイティブになれる。VIVISTOP NITOBEの山内佑輔さんが子どもたちと一緒に見つけたもの

「忙しいからあとで」「この仕事が落ち着いたらやろう」「年が明けたら」……。そうこうしているうちに次から次へと新しい仕事が降ってきて、余裕がなくなっていく経験はありませんか?

仕事のみならずプライベートでも、SNSや映像コンテンツ、お買い物サイトが次々に「おすすめ」を紹介してくれる時代です。余白を持つことは、難しくなってきました。

山内佑輔さんは余白を大事にしながらさまざまな活動をしている、学校の先生です。2021年には、「VIVISTOP NITOBE FURNITURE DESIGN PROJECT」でキッズデザイン賞最優秀賞を受賞。

余白をもつことの意味、余白とクリエイティビティの関係について、山内さんと考えます。

山内佑輔(やまうち・ゆうすけ)
新渡戸文化学園 VIVISTOP NITOBEチーフクルー。プロジェクトデザイナー。東京造形大学非常勤講師。大学職員、公立小学校の図工専科教員を経て、2020年4月に新渡戸文化学園へ着任。VIVITA JAPAN株式会社と連携しVIVISTOP NITOBEを開設。2021年「VIVISTOP NITOBE FURNITURE DESIGN PROJECT」がキッズデザイン賞最優秀賞内閣総理大臣賞受賞。2021年3月からPodcast「山あり谷あり放送室」を配信し、第3回JAPAN PODCAST AWARDSベストウィルビーイング賞ノミネート。

1万個の紙コップで余白をつくる

今日の取材場所は、東京・東高円寺にある新渡戸文化学園にある「VIVISTOP NITOBE」。新渡戸文化学園は、1927年に女子経済専門学校として創立された。初代校長は新渡戸稲造。現在は、子ども園(幼保園)から小中高、短大まで男女共学の総合学園として運営されている。

今日はよろしくお願いします。

山内さんが余白の大切さに気づいたきっかけはなんだったのでしょうか? やはり、図工の授業ですか?

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山内

そうです。

実は、僕はもともと「図工の先生になろう」と思っていたわけではなくて。美術を専門的に学んだ経験もなかったんです。だから、「図工の専科教員をやってください」と言われたときは、もう青天の霹靂で。

山内

ドキドキしながら始めたわけですが、そんななかで最初に実施したのは、1万個の紙コップでつくる授業(※)でした。

ペンはなくて描けない、ハサミもなくて切れないという状況を作って、「紙コップで何をしよう?」と子どもたちに問いかけました。

(※)プログラム提供:山添joseph勇(深沢アート研究所)

子どもたちは、どう反応したんですか?

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山内

最初は「つまらなそう……」という表情をします。でも、1万個の紙コップをいざ披露すると、子どもたちの表情は一変しました。その後は止まることなく、積極的にいろんな実験をして、作っていました。

2014年4月に実施した授業の様子(提供写真)

山内

お互いに「はじめまして」の状態で始まった授業でしたが、「なんじゃこりゃ」とポジティブに驚いてくれたり、「来週も楽しみ」と言って教室に帰って行ったりするんです。嬉しかったですね。

今この授業を振り返ると、子どもたちにとって余白がたくさんある授業だったと感じます。

そこで余白が出てくるんですね。

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山内

そうですね。2020年にコロナ禍になり、改めて自分の授業を俯瞰してみたときに、「子どもたちが自分で決めて、自分で動く時間が大事なんだ」と思ったんです。

つまり、最初から手順が決まっていて、プラモデル的に作っていけばある程度見栄えの良いものができあがる「授業」や「ワークショップ」もあります。

それはそれで大事なのですが、子どもたちのクリエイティビティは発揮されにくいんです。

学校のなかにある余白

ここ、「VIVISTOP NITOBE」もまさに余白のような場所と伺いました。

改めて、どんな場所か教えてください。

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山内

教室や教科、学年、先生と子どもたちの上下関係を飛び越えて、ともにつくり、ともに学べるスペースです。

学内にある施設だが、土曜日は一般公開され、会員であれば誰でも利用できる。

山内

授業でも使っていますが、休み時間でも放課後でも、子どもたちの「もっと知りたい」「もっとやってみたい」「もっと作りたい」といった思いを持ってこられる場所というイメージです。

担任の先生に尋ねても、「VIVISTOPに行ってみたら良いんじゃない?」と言われる場所、といいますか。

僕たちVIVISTOPのクルーは、その思いを受け止めて、「ちょっと一緒に考えようか」「それ面白いね」と応えます。

まさに、学校のなかにある余白のような場所なんですね。

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山内

はい。「VIVISTOP」という「何をする場所なのかすぐにはわからない名前」がいいなと思っていて。

もし「デジタル工作室」なら、デジタル工作をやりたい子どもたちしか来ない。でも、ここには恋愛相談からデジタル工作まで幅広いニーズをもった子が来られます。

いろいろな道具が置いてあって、ワクワクします。これはなんですか?

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山内

製本機ですね。学校ではたくさん裏紙が出るので、活用して自分たちでノートを作れたらいいな、と思って。

小学校低学年の子どもたちとオリジナルの本・ノートを作るワークショップも実施した(提供写真)

山内

3Dプリンターもあります。ただ、印刷に時間がかかることもあって、稼働率はレーザーカッターのほうが高かったりします。子どもたちがいろんなかたちを考えて、ぱぱっとレーザーカッターで切っていますね。

山内

カッティングプロッターではシールを作ることができて、高校生たちが文化祭で売るマフィンの袋に貼るシールを作ったりしています。

すごい……。

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山内

最近は、ミシンも頑張りたいなと思って、ちょうどチャレンジしているところです。奥には簡単な木工道具や塗装ブースもあったりして、ひと通りのものはここで作れます。

クリエイティビティはプロセス

山内

先日、エストニアへ出張したとき、ある脳科学者の方の講演を聞くことができました。「クリエイティビティとはプロセスだ」と話してくださったのが、腹落ちしたんです。

たとえば、レゴブロックを積み重ねるときに、「どういう風にくっつけよう」「この色にしようかな」と考えながら作る、その一連の行為そのものがクリエイティビティであるということです。

山内

だからこそ、余白が大切です。余白を持つことによって、プロセスに目を向けられます。

その場で「偶然そうなってしまう」という瞬間を逃さない。実験、挑戦、即興、縁起……。多分、余白なしには乗っかれないですよね。

キッズデザイン賞最優秀賞を受賞した「VIVISTOP NITOBE FURNITURE DESIGN PROJECT」も、この場所で生まれた活動ですよね。

まさに子どもたちがプロセスにしっかりと浸っている印象でした。改めて、これはどんなプロジェクトでしたか?

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山内

小学5年生の子どもたちが、高知県佐川町のデザイナーと一緒に、高知の木材とデジタル工作機械を活用して椅子を作ったプロジェクトです。

実はこの企画は、VIVISTOP NITOBEを立ち上げてから最初の取り組みで。白紙の状態から、人とのご縁もあって、即興的に作っていきました。

VIVISTOP NITOBEには、プロジェクトで制作した椅子が並ぶ。

山内

僕は、教科を決め打ちしたくなくて。もともと学びには余白があるし、教科の名前で切り分けられるものばかりじゃないですよね。

椅子を通して、国語や社会の学習も織り混ぜながら、プロジェクトを進めていきました。

子どもたちの作った椅子、どれも個性的でおもしろいです。

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山内

今日は、好きなものに座ってくださいね。

この椅子づくりの活動も、あらかじめ大人が決めた流れで進んだものではなく、関わる大人と子どもたちが一緒になって悩み、考え、決断し、情熱をもってこのプロジェクトに参画していたわけです。

僕が尊敬する上田信行先生(※)は、やはり「パッションだ」とか「即興的な対応が必要だ」といったことをずっとおっしゃっています。

(※)上田信行さん……同志社女子大学名誉教授。楽しさの中にこそ学びの本質があるという「プレイフルラーニング」を提唱する。

山内

僕は理論を知っていて即興的な授業をしていたのではなく、たまたま偶然が重なった部分があって、振り返ると「あ、理論で証明してくれてんじゃん」みたいな(笑)。

大人が余白をつくるためには

私たち大人は、特に余白をなくしがちだと感じます。

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山内

余白や余裕がなくて、大人の方が疲弊していますよね。意識しないと、余白を持つのは本当に難しい……。

僕自身もいろんな活動をするのが多分好きなんでしょうね。だから、余白を作るのは苦手で。それがわかっているので、意識的に作るようにしています。

お忙しいと思いますが、どのように余白を作っていますか?

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山内

「予定を入れない」という予定をカレンダーに入れてブロックしたりすることもあります。

その時間に、散歩をして観察スケッチを描いたり、友人とPodcast「山あり谷あり放送室」を配信したりもしています。小さなことですが、夜に子どもたちを寝かせたあと、妻と2人でテレビを観たり。

放っておくと余白がなくなるので、本当にそこは気を付けています。

改めて、余白の意義について教えてください。

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山内

授業でも仕事でも、目的や目標が与えられ、それを達成するための課題が降りてきて、最短距離で行かなければならない……。そんな世界に僕らは生きていますよね。

この最短距離で向かう練習を、僕たちはずっとしてきている。僕が授業で「くだらないものを作ろう」といった課題を出すと、子どもでも迷ってしまうことがあります。

中学2年生の授業で、ある生徒がまったく嫌味なく「これ何の意味があるんだろう」と呟いたんですよ。

あぁ……。

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山内

「目的のために一直線に進む方法もあるけど、正解のない時代には、無駄だと思うようなことを楽しむ力を忘れないことも大切だと思う」と伝えたら、笑顔で頷いてくれました。

山内

無駄だと思っていたことから、ふとしたときにブレイクスルーが生まれることがあります。世界をひっくり返すようなアイデアが出るのは、決められたゴールに向かうほうではなく、絶対に「無駄なこと」や「ウロウロする」の文脈だと思っていて

これは、余白がないと絶対できないですよね。

大人になるにつれて、難しくなっていくような気もします。

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山内

こういうことは教えるものではなくて、就学前の子どもたちはめちゃくちゃ得意で、みんなやっています。だから、忘れないためにやっているんだと最近は思っています。

もちろんゴールに向かって最短距離で進むのも大事です。でも、そちらは今の世界を生きていれば勝手に強化されていく力でもあります。

だから、無駄なことやくだらないこと、あそびを通してウロウロして、「時間の無駄だ、無意味だ」を焦るのではなく「これでもいいんだ」と思えることは、とても大事だろうなと思います。

余白を思い出すために、大人はどのようにアクションすることができるでしょうか?

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山内

子どもと一緒に何かプロジェクトをやるのはおすすめです。大事なのは、大人が上、子どもが下の関係にしないこと。教えてあげる必要はありません。大人が変わることを意識してみてください。

まず目の前にいる子どもと一緒に考えていくスタンスになってみて、ゼロから一緒に歩き始める

そういったマインドセットでいれば、おのずと余白ができて、クリエイティビティが高まると思います。

2023年3月取材

取材・執筆=遠藤光太
撮影=小野奈那子
編集=鬼頭佳代/ノオト