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理想のライフスタイルと仕事の両立を実現するには? 動かせる家「タイニーハウス」で暮らす相馬由季さんに聞く

昔と比べ、暮らしのあり方や仕事の選び方は、随分と自由になりました。

けれど、自分の望むライフスタイルを実現するのは決して容易なことではありません。大きな変化を伴うからこそ、勇気が出なかったり、漠然とした不安を抱えたりする方も多いのではないでしょうか。

今回お話を伺うのは、自身でゼロから作り上げたタイニーハウス「もぐら号」で暮らしを営む相馬由季さん。会社員としてタイニーハウスの制作や発信に携わる傍ら、自身も望むライフスタイルの実践としてタイニーハウスで暮らしています。

そんな相馬さんに尋ねるのは、「自身の望むライフスタイルと仕事、どのように両立する?」というテーマ。長い時間をかけてライフスタイルを模索してきた相馬さんだからこそ語りかけることのできるメッセージがそこにはありました。

家に対して抱いていた「移動できない」という固定観念をなくしたい

相馬由季(そうま・ゆき) 早稲田大学文化構想学部卒業後、自然派住宅を提案するメーカーで新規事業提案や企画に携わる。現在、タイニーハウスを使った遊休地活用の企画や、暮らしに関わるメディア運営などを行う。

相馬さんは現在、もぐら号で暮らしながら働いていらっしゃいますよね。お仕事はどうされているのですか?

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相馬

今はリモートワークが中心なので、もぐら号のなかで仕事をすることも多いです。週2日で出社、週3日はもぐら号でリモート勤務、というスタイルです。

もぐら号で暮らし始めたのは、2020年末。ちょうどコロナ禍に入った後で、リモートワークを自然に取り入れられました。

部屋は12㎡ほどで、ロフトは5㎡。決して広い家ではありませんが、妥協せずに作ったので意外にも居心地が良くて。気がついたらずっと家のなかにいるんです(笑)。

10個の窓に囲まれた温かくやさしい空間

家の居心地は、暮らしの充実度にもつながりますよね。そもそも「タイニーハウスを作って暮らそう」というアイデアはどういった経緯で生まれたのでしょうか?

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相馬

わたしは大学生になると同時に実家を出て一人暮らしを始めたんですが、そのころから「家」に対する違和感を抱くようになったんです。

自分で家賃・光熱費・食費などの生活費を支払うようになって、暮らすためには膨大なお金がかかることを知りました。そのうえ、食費や交際費は節約しようと思えば切り詰めることができるけれど、家賃はそうはいきませんよね。

家にいる時間が長くても短くても、毎月同じ金額の家賃を支払わなければならないですし、住み続ける限りずっと支払い続けなければならない。そこに違和感がありました。

家賃は決して安くないですし、ましてや自宅を購入する場合、かなり大きな金額を用意する必要がありますもんね……。

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相馬

そうなんです。自分のやりたいことや買いたいものがあったとしても、家賃を含む最低限の生活費を支払わなければ、私たちは自由を手に入れることができない……。そんな状況から脱したいと感じるようになりました。

そういった想いを抱えるなかで出会ったのが、タイニーハウスだったのでしょうか?

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相馬

はい。タイニーハウスの存在を知ったのは2013年頃のことでした。たまたまネットサーフィンをしていたら、アメリカでタイニーハウスに暮らしている人の記事を見つけたんです。

「ああ、自分が家に対して抱いていた違和感を拭い去って暮らしている人が世界にはいるのだな」と気づいて、先駆者である彼らを魅力的だと感じました。

そのときから、自分のタイニーハウスをいつか作ってみたいと思い始めたんです。

移動や買い物などの利便性が高く広い土地を購入し、もぐら号を設置。庭にベンチを置いたり菜園をしたりと自宅の外の空間も有効に活用しているのだそう

「家」を通して自分にとっての幸せを再定義した

相馬さんにとってタイニーハウスで暮らすことが、理想のライフスタイルであり、一つの夢になったのですね。

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相馬

はい。でも、すぐに「よし、自分でもタイニーハウスを作ってみよう」とは思いませんでした。

なぜなら、当時の日本にはタイニーハウスで暮らしている人はほとんどいませんでしたし、実際に暮らしている人がどういう想いでタイニーハウスを選んだのかもわからなかったからです。

そこで、次にタイニーハウスの生まれの地であるアメリカに渡りました。タイニーハウスで暮らしている人々に会い、彼らがどういった想いを持っているのか、どうやって家を作ったのかなどを尋ねたかったんです。

アメリカに渡りタイニーハウスで暮らす人と出会い、作り方や生活などについて尋ねたという(写真提供:相馬さん)

すごい行動力ですね。アメリカで実践している人にお会いしてみていかがでしたか?

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相馬

自分自身の気持ちを見つめる大切な時間が得られました。というのも、タイニーハウスで暮らしている人はみんな、自分の人生をより良いものにするためにタイニーハウスという選択肢を選んでいたからです。

アメリカには広大な土地があるので、以前は「庭付きの戸建てに暮らすこと=幸せなこと」という価値観が定着していたそうです。

その従来の価値観に疑問を抱き、自分らしい幸せを追いかけてたどり着いた暮らし方だった。つまり、彼らは自分にとっての本当の豊かさを考え続けてタイニーハウスを選んだのです。

タイニーハウスで暮らすことが目的なのではなく、幸せに生きることに妥協したくないからこそ、タイニーハウスを選んだということですね。

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相馬

そうですね。彼らと話をしたことが「じゃあ、自分にとっての幸せとはなんだろう?」と、改めて考えるきっかけになりました。

相馬さんお気に入りの雑貨がお部屋にはたんまり

相馬さんにとっての幸せは、すぐに見つかりましたか?

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相馬

はっきりと見つかるまでには時間がかかりました。

家賃という固定費を支払うことなく暮らしたい想いはずっと心のなかにあったので、タイニーハウスで暮らすイメージは湧いたんです。

ただ、広い家ではない分、家のなかに詰め込めるものには限りが生まれる。そういった、自分の暮らしにとって必要なものを選別するために費やした時間がとても長かったです。

限られた場所のなかに何を残すのか。その対話はとても難しく、繊細な悩みのように感じられます。

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相馬

人によって、その答えは大きく異なりますからね。今は夫と暮らしているので、二人一緒にタイニーハウスで快適に暮らすためには……と試行錯誤を重ねました。

例えば、夫は料理がとても好きなので、なるべく広いキッチンをほしいと願っていたし、わたしは仕事をしたり、リラックスできるスペースにも妥協したくありませんでした。

作業スペースも確保された使い勝手抜群のキッチン。もぐら号のおしり側にガスや給湯器などが整備されており、電気も使用可能。家がコンパクトな分、水道光熱費は必要最小限に留まるので経済的
仕事終わりの団らんの際には大きなスクリーンに映画などを投影して観ているのだそう

相馬

でも、あれもこれもと詰め込めないからこそ、本当に大切なものを見つけることができる。タイニーハウスを作る過程で自分やパートナーと向き合った、その時間こそがかけがえのないものだったと感じています。

時間がかかっても大丈夫。想いさえ持ち続けていれば

今暮らしているもぐら号は、約2年かけて制作したものだそうですね。

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相馬

はい。アメリカに渡ったことでタイニーハウスを作りたいという気持ちが一層高まりましたが、家をゼロから作るためには時間もお金も必要です。そのため、準備に多くの時間を当てましたね。

もぐら号では、構想と資金集めに5年以上、制作に2年の時間を費やしました。

もぐら号の制作期間は、仕事とはどうやって両立していたのでしょうか?

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相馬

家を作っている2年間のうち、1年は会社を退職して制作に専念していましたが、もう1年は復職して仕事と両立しました。

午前中は家を作りながら仕事、午後はカフェでミーティングをして……みたいな生活の繰り返しで。体力的にも精神的にも本当に大変でしたね(笑)。

もぐら号制作の様子(写真提供:相馬さん)

会社員として朝から晩まで働くだけでも休息が必要なのに、そのうえ家作りは力仕事ですからね……。途中で諦めそうになることはなかったのですか?

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相馬

しんどかったのですが、作ることを止めようと思ったことは一度もありませんでした。

時間をかけてタイニーハウスと向き合い、中途半端な気持ちで作り始めたわけではないという確固たる気持ちがあったからこそ、諦めるなんてできなかったんですよね。もはや、執念というほうが近いのかもしれませんが(笑)。

それに、アメリカでタイニーハウス暮らしをしている人に話を聞いたときも「完成までは本当に長い道のりだし、パートナーとも喧嘩をするよ」と教えてもらっていたんです。そういう経験者の苦労話を聞いていたおかげで、ある程度覚悟ができていたのかもしれません。

「急がば回れ」という言葉の通り、すぐに制作に着手するのではなく、じっくりと情報収集を重ねたことが良い結果をもたらしてくれたのですね。

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相馬

そう思います。ただし、ゆっくりと夢を叶えるなら、その夢を抱いた瞬間の気持ちを忘れないことが大切です。

わたしは初めてタイニーハウスを知ったときの高揚感がずっと忘れられませんでした。暮らしの概念を覆す、当時の衝撃や喜びは今でも鮮明に覚えています。だからこそ、長い年月をかけて向き合うことができたのだろうなと思うんです。

「やりたいと思ったときが始めどき」だなんて言葉もありますし、そういう考えも正しいと思います。ただ、フットワーク軽くは動けない瞬間もあるでしょう。

それでも大丈夫です。そういった心が動いた瞬間のことを忘れなければ。どれだけ時間が経ってしまっても、夢と向き合うことができるはずですから。

「好きなことを仕事にする」からこそシームレスに付き合いたい

相馬さんはお仕事でもタイニーハウスを扱っていたり、遊休地の活用に従事されたりしていますよね。好きなことを仕事にするのは楽しい反面で逃げ場がなくなってしまう瞬間もあるのではないかと思うのですがいかがですか?

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相馬

今のところ「逃げ場がない」と感じることなく、うまく両立できています。というのも、仕事で扱うタイニーハウスと、自分がゼロから構想して作ったもぐら号は、それぞれの目的があり良い意味で別物という感覚があるんです。

ただ、もちろんもぐら号を作る際に得た知見は今の仕事にも活かせていますし、自分自身のライフスタイルに悩んだ人が「実際に暮らしを見てみたい」ともぐら号に遊びに来てくれる機会も多くて。

そういった意味では、仕事とか趣味と線引きをすることなく、シームレスに付き合えているのかなと思います。

相馬さんご自身の体験があるからこそ、伝えられるメッセージがきっとありますよね。

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相馬

ちょうど今、もぐら号のお隣にカワウソ号という別のタイニーハウスを設置しようと思っているんです。そこはタイニーハウスを体験したい人が宿泊できる空間にしたいと考えています。

タイニーハウスを含め、新しい住空間やライフスタイルの選択肢を増やすことがわたしの務め。そのために、もぐら号での暮らしをわたし自身がなにより楽しみたいですし、同じように暮らしのあり方を考え直している人の支えにもなりたいですね。

相馬さんが暮らすもぐら号のそばには海岸が。「ここでのんびり海を眺めている時間が好きなんです」と相馬さん

相馬さんの淀みない真っ直ぐな生き方が人々を勇気づけるのではないかなと感じました。今日はありがとうございました!

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相馬

わたしはたまたま望む生き方を叶えるためにタイニーハウスを選択しましたが、考えた結果ならその答えは転職でも移住でもなんでも良いと思います。

自分にとっての幸せを考えるきっかけとして、「タイニーハウス」という生き方を見つめてもらえたら嬉しいです。

2022年8月取材

取材・執筆・撮影=鈴木詩乃
編集=鬼頭佳代/ノオト