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合理的に説明できない自分の「衝動」を知る方法(哲学者・谷川嘉浩さん)

「ワクワクしながら仕事がしたい」「本当に自分のやりたいことって、なんだろう?」――そう考えながら仕事をしている人は多いのではないでしょうか。

そこでキーワードになるのが「衝動」。京都市立芸術大学講師であり哲学者の谷川嘉浩さんは、著書『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(筑摩書房)で、理屈では説明できない熱量や欲求について述べています。

自分の情熱を掻き立てる衝動の見つけ方や、その熱を仕事に活かすにはどうすればいいのか。谷川さんに、ヒントを伺いました。

谷川嘉浩(たにがわ・よしひろ)
哲学者。京都市立芸術大学美術学部講師。これまでの著書に、『スマホ時代の哲学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『鶴見俊輔の言葉と倫理』(人文書院)、『信仰と想像力の哲学』(勁草書房)などがある。

非合理性の高い「衝動」とは?

改めて「衝動」とはどんなものなのか、教えてください。

谷川

モチベーションなどの合理的な言葉では説明しきれない、心の奥底から沸々と湧いている欲望のことを「衝動」と定義づけています。

「感情の昂り」のような瞬発的で持続しないものではなく、どうしてかわからないけれど、自分を長く導いてくれる力であるともいえます。

衝動というと、「どうしても感情が抑えきれず、やってしまった」といった目に見えやすい激しい欲求のことを想像していました。

谷川

そうですね。著書のタイトルが『人生のレールを外れる衝動の見つけ方』なので、「今すぐ仕事をやめて、やりたいことをやりましょう」といった衝動の話かと勘違いされてしまいがちで……。

実は、私も最初はそうだと思っていました……!

谷川

衝動は、「うっかり」といった突発的なものではなく、個人の中に潜在的に潜んでいるものであると考えていいでしょう。

潜在的ということは、探してもなかなか見つけられない人もいるのでしょうか?

谷川

おそらく読者の中にも、就職活動で自己分析をしたり、いま流行しているMBTI性格診断をやってみたりした人もいるでしょう。

でも、これでは限られたパターンの中に自分を当てはめるだけ。すでに把握している範囲での自分を再認識するツールにすぎません。

衝動は静かにうごめいているものなので、目立つところを探しても見つからないんですよね。自分が無意識に「やってしまっている」ことに注目する必要がある。

それでは、自分の衝動を知るためには、一体どうしたらいいのでしょうか?

谷川

一つの方法として、「セルフインタビュー」があります。

これは、「好き」や「嫌い」の感覚で立ち止まらずに、時間をかけて質問を重ねることで、その理由や招待に迫るものです。

多角的な質問?

谷川

たとえば、数学の時間を退屈に感じている学生にセルフインタビューする場合は、次のような質問が考えられます。

・どうして数学の時間が苦手なのか
・先生のダラダラした話し言葉を聞いていると苦痛に感じるのか
・教室で他の学生との距離が近くて気持ちが落ち着かないのか
・黙々と問題を解くのではなく、他の人たちと意見を交わしたいのか
・方程式より物語が聞きたいのか

自分の価値観を知る作業になりますね。

谷川

そうですね。こうしたセルフインタビューは、組織の中で働く上でも大切になってくるのではないかと思います。

……というと?

谷川

誰かと働いていると、同じチームの中でも、

「この人といると自由に言葉が出てくるな」
「なぜかこの人の前ではうまく言葉が出てこないな」

という感覚ってありますよね。それを掘り下げていけば、自分の過ごしやすさやこだわりの解像度が上がってくる。

それを、「好き」「嫌い」というざっくりした言葉で理解していると、もったいないのではないかと思います。

確かに、なんとなくこの人が好き、というだけで留まってしまいます。

谷川

その人といると、なぜ言葉が出てきたり、働きやすさを感じたりするのか。苦手な場合、どうして苦しくなったり嫌になったりするのか。

人間は誰しも、何かしらの偏りを持っているものです。自分の偏りと相手の偏りの組み合わせによって、うまくいったりいかなかったりするものだと思うんです。

どちらかが悪いわけじゃなくて、組み合わせのせいなんですね。

谷川

だから、うまくいかない場合に「この人が嫌い」と判断するのはもったいない。

もしかすると、ガヤガヤしている場所で会うことが多かったから、たまたま苦手だと思ったのかもしれないんですよね。

自分の直感や感覚で立ち止まらず、セルフインタビューで掘り下げてみる。そうすることで、自分がどんな人とどんなふうによりよく働けるのか、見えてくるのではないかと思います。

すべてを自分の衝動を自然と結びつける

ほかに、「衝動」はビジネスの現場でどう活かせるのでしょうか。

谷川

衝動を活かせる職種と、そうでない職種があると思います。

たとえば、お金の管理をしないといけない経理の担当者や、製造ラインなどで細かい組み立てを任されている人は、決められた作業を決められた通りにやる必要がある。そういう場面では、自分固有の欲求としての衝動は邪魔になるかもしれません。

一方、企画や営業など、ある枠の中で裁量が与えられたり、自由に力を発揮したりできる仕事だと衝動が活かしやすいのではないかと思います。

たとえば、どんなふうに活かせそうでしょうか?

谷川

衝動は、自分でも気づかないくらいに細かすぎて、他人に共有しづらいこだわりみたいなものです。

たとえば、同じ「野鳥観察が好き」でも、野鳥を見るより聴くことが好きなのと、実際の森の中で見えにくい鳥の姿を探すことが好きなのとは、全然違います。

そういう欲求やこだわりの個人性と、目の前の業務との接点を探し、どうにか創意工夫して仕事を楽しむということはあっていいと思うんです。

自分に与えられた課題を、無理矢理にでも自分の衝動につなげる感覚ですか?

谷川

衝動を持っている人は、やってきたボールと自分のやりたいことを結びつける瞬間に、「試されている」といった感覚を覚えるんだと思います。

コロナ禍で、誰も正しい行動のとり方がわからない中で、自分のやりたいことをその状況に結びつけた人がいましたよね。

たとえば、あるホテル経営者は、DVなど様々な事情で家に居づらい人向けにホテルを格安で開放しましたし、ある出版関係者は、本屋での現地イベントができなくなったからオンラインで講座を企画しました。

こういう取り組みは、衝動と現在の課題の接点をうまく探せた結果だと思うんですよね。

ルールが変わったときは、衝動を発揮しやすいわけですね。

谷川

はい。それに、その人がどんな衝動を持っているのかによっても、どう結びつけるのかはまったく異なると思います。

たとえば私は、自分で物語を思い浮かべるストーリーテリングが好きなんです。特に、ある制約の中で物語を考えることが好きで。

だから、あるお題を与えられて何かを企画をしたり、状況に合わせてプレゼン方法を変えて説得したりするのが楽しい。自分の衝動を結びつけることができるからです。

なるほど。

谷川

苦手なことから衝動を探ることもできます。

たとえば、プレゼンや企画が苦手だと感じているとします。でも深掘りすると、「資料作りや企画の完成は苦手だけど、発想を膨らませるディスカッションは好き」かもしれない。

それをさらに掘り下げると、もしかすると他者との密なコミュニケーションが好きで、特にディスカッションの中で相手の表情がころっと変わる瞬間が好きなのかもしれない――。

「ディスカッションが好き」ではなく、「ディスカッションで相手の表情が変わるのが好き」くらいまで、自分の満たされる瞬間を細かく把握するんですね。

谷川

それくらい自分の欲求への解像度が上がれば、自分に向いている働き方を見つけたり、今の仕事に結びつけたりできるかもしれません。

とはいえ、自分の衝動や欲求がわかり、「やっぱり今の仕事が向いていないな」と思ったとしても、まずは1年などと期間を決めてがんばってみてもいいと思います。

なぜですか?

谷川

人間は、「これが苦手だ」と思うと、それが苦手だと思う理由を次々と発見していき、自己暗示のように陥ることもあるからです。

もしExcelの作業が苦手だと思っていたとしても、ただ単に慣れていないだけかもしれない。

確かにそうですね。

谷川

続けてみて、ルーティーンとしてこなせるようになってもやっぱり苦手だと思うのか。そこで判断してもいいかもしれません。数字のような明快なものを扱うのは案外好きだと感じるかもしれないですよね。

早い段階で安易に「これは嫌だ」と思っても、「いや、本当にそうなのかな」と問いかける。自分の思い込みを恐れる癖をつけた方がいいと思います。

「自分の衝動はこれだ」と決めつけないことも大切

つまり、自分の感情や感覚を信じ過ぎてもいけない、ということでしょうか。

谷川

はい。ここまで衝動について掘り下げる方法を紹介しましたが、何かわかった感じがしても、「自分の衝動はこれだ」「自分はこれがやりたいに違いない」と決めつけない方がいいと思っています。

どうしてでしょうか?

谷川

そもそも基本的に我々人間は「ざっくり」でしか物事を把握できないと思うんですよ。

私が普段多く接している10〜20代の学生も、「Netflixが好き」「YouTubeが好き」といった具合で、自分の好きなものを語るのにどこかざっくりしているんですよね。

でも、本当の欲求を知るには「この監督や投稿者が好き。なぜなら……」と掘り下げる必要がある。「こうに違いない」と決め打ちしたら、それ以上深く掘れなくなってしまうんです。

谷川さんは著書でも、「深さのある欲望を捉えようとするのは、喩えるなら、海面から底の方をのぞき込んで、海底の岩や砂粒を押しのけて漏れ出してくる微かな気泡を見つけるようなものです」とおっしゃっていましたね。

谷川

衝動って、それくらい目立たないし、把握しにくいものだと思っておいた方がいいと思うんです。

あと「これが嫌いだ」と思っていたものをより深く知ることで「実はこんないい面があったんだ」と考えが変わることも往々にしてあります。

「好き」「嫌い」「これがやりたい」と簡単に言葉で把握しきれないところに、その人の欲求や個性は表れるものです。それを簡単に把握できるものだとは思わない方がいいと思います。

他者の力を借りながら衝動を見つけるには

谷川

あと、「衝動が知りたい」と思っても、あまり自分の内面だけに意識を向けない方がいいと思います。

というのは?

谷川

自分のことを掘り下げるという行為は、「自分は自分の衝動を自覚しているはずだ」という考えが前提にあります。

でも、自分だけで自分を掘り下げようとしても、やはり自分が経験したことのあることでしか答えは導き出せないと思うんです。

衝動を見つけるの、本当に大変ですね……。挫けてしまうかもしれません。

谷川

そういう時こそ、他者の視点を借りることも大切です。

他者から「いや、あなたは案外こうなんじゃない?」「こっちの方がいいと思う」などと言われてみることで、何か発見があったり、衝動に気づいたりすることもあるわけです。

たとえば、自分ではコミュニケーションが苦手だと思っていても、他者から「あなたは人の話を聞くのが上手」と言われ、聞き手として優れていることに気づくかもしれません。

自分だけで考えず、他者の考えにも触れてみる。

谷川

他にも、新しいスキルを身につけたり、本を読んだり、何かのチャレンジを始めたりすることも一手だと思います。

知らない世界に触れることですね。

谷川

誰かにフォーカスしたドキュメンタリーをみるのも良い方法かもしれません。

他人の衝動や情熱に触れて「この人はすごいな」と感じて刺激を受けることってありますよね。

衝動を活かして動き回っている人を見ることで、自分の情熱や、意識していなかった衝動を認識する、というか。

確かに、ふとみたドキュメンタリーや伝記に、グッとくる瞬間があります。

谷川

ただし、スティーブ・ジョブズのドキュメンタリーを読んで感銘を受けたとして、コンピューター産業に飛び込んだり、Appleに転職したり、彼のルーティーンを真似したりすべきかどうかは別だとも思います。

「好き」「嫌い」「やりたいこと」といった言葉で簡単に把握しきれないところに、その人固有の衝動が表れるので、そんな単純な話はできないからです。

衝動を仕事に結び付けている彼のたたずまいに学ぶものがあると思った方がいいんじゃないですかね。

誰かに強制されない、湧き上がる衝動で人生を楽しむ

改めて、衝動をみつけるとどんないいことがあるのかを教えてください。

谷川

やはり衝動があった方が、人生が楽しいですよね。

数学が好きな人は、周囲から数学を強制されたり、「良い成績をとれば良い大学に行けるから」と無理やり勉強したりしているわけでない。

むしろ、「授業の進捗や成績はどうでもいい。でも、問題を解く瞬間が楽しいんだ!」と自分なりの理由で熱中している。

確かに!

谷川

そんなふうに、周囲や外部から動機をお膳立てされるのではなく、他人が用意したものでもなく、自分のだけの理由を持っているかどうかだけで、仕事や生活は楽しくなると思います。

何しろ仕事は生活の3分の1を占めるもの。ぜひ、自分の衝動と向き合って、活かせるポイントを探ってみてほしいですね。

今日はありがとうございました。

2024年5月取材

取材・執筆=桒田萌/ノオト
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト