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稼ぐことを目的にしない。全国72か所に広がった「きんじょの本棚」が体現する、自然体な場所づくり

東京都町田市の住宅街、玉川学園を中心に広がる「きんじょの本棚」。

まちのお店や家々の軒先にある本棚の本は、どこで借りても、どこで返してもOK。それぞれの店舗の店主が自由なスタイルで運営していて、まちを歩く子どもからお年寄りまで、たくさんの人に利用されています。

今では日本全国72か所に広がるこの取り組みは、発案者であるきんじょうみゆきさんの小さなアクションから始まりました。前編に引き続き、後編では「きんじょの本棚」の取り組みを紐解いていきます。

活動による利益は一切なく、目に見える分かりやすいメリットがあるわけでもない「きんじょの本棚」が、なぜこの規模まで拡大したのでしょうか。玉川学園在住の働き方研究者であり、自身も店主として活動するオカムラの池田晃一が、きんじょうさんと語り合いました。

「きんじょの本棚」を訪ね歩いて……

玉川学園のまちを巡り、「きんじょの本棚」の店舗を訪ねてきた2人がこの日、対談場所に選んだのがこちら。

2020年に玉川学園にオープンした「おやつと雑貨 poco a poco」。手作りあんみつとハンドドリップコーヒーが人気のお店です。

そしてここもまた、きんじょの本棚の一つ。その名も「あずき支店」として運営しています。 甘い香りがただよう店内に腰を落ち着けながら、きんじょうさんの思いに耳を傾けました。 

−きんじょうみゆき
民間図書館に勤務するかたわら、「ブックコーディネーター/本等(ほんとう)のプロ」として、本をきっかけに人と人がつながる場づくりを進めています。インスタグラムでは本の紹介も。@32bookcafe_goodday 

−池田晃一(いけだ・こういち)
株式会社オカムラ ワークデザイン研究所 リサーチャー。博士(工学)。場所論を専門とし、2012年からテレワークを含む柔軟な働き方の研究を担当する。日本さかな検定準一級を持ち、「地元の子どもたちにおいしい魚を食べてほしい」という思いから、自宅を拠点に「干物屋」も運営。

最初は「仲間内の盛り上がりだけでいい」と思っていた

池田:きんじょうさんがなぜこの取り組みを始めたのか、あらためて聞かせていただけますか?

きんじょう:普段は民間図書館に勤務していて、そのかたわらで個人活動として古本市などに出ていました。こうした本に関する活動がきんじょの本棚のきっかけになっています。私は昔から本が大好きで、本を読んでいる人を見ているのも好きなんです。そのうちに「みんながどんな本を読んでいるのか知りたいなぁ」と思うようになって。

池田:誰かに本をすすめてもらうと、なんとなくその人のことが分かるような気がしてきますよね。本が人と人をつないでくれるというか。

きんじょう:そうなんです。そんな体験をするたびに「どうすれば本を読む人とたくさん話せるだろう」と考えていました。最初はブックカフェを開きたいと考えたのですが、自宅を大規模に改装するのはさすがにハードルが高いじゃないですか。そこで2018年に、行きつけのコーヒー店に本棚を置かせてもらうことにしました。

池田:それが「きんじょの本棚」1号店になったわけですね。

きんじょう:はい。1カ所だけだと交流がないので、友人が経営する工務店とよく行く美容室、そして自宅の3カ所にも本棚を置きました。最初は純粋に面白がってくれる仲間うちだけで盛り上がっていて、私自身、それで十分だと思っていたんです。

池田:今は72店舗にまで広がっていますが、すべてきんじょうさんが積極的に声をかけて増やしてきたのでしょうか。

きんじょう:10店舗目から先は、私からは声をかけていません。一気に広がったきっかけはコロナ禍でした。あるパン屋さんがテイクアウト待ちのお客さん向けに本棚を置いたところ、本を返すためにお店をリピートしてパンも買ってくれるようになり、「面白いことをやっているね」と評判が広がっていったんです。 

 

池田:こうした取り組みは、誰かに言われて無理に始めても続かないのかもしれませんね。 きんじょう:そう思います。最初は、面白がってくれる身近な仲間だけでいい。そうして活動していくうちに興味を持つ人が増えればいい。そうした人たちと無理をせずに続けていけばいいのだと考え、自然体に構えてきました。

本棚があるからこそ、意図しないつながりが生まれる

きんじょの本棚・あずき店に備え付けのノート。「おやつと雑貨 poco a poco」に訪れたお客様の声と一緒に、本を読んだ感想が並んでいる。

池田:僕がきんじょの本棚を知ったのは、玉川学園の広場(前編で紹介した、三丁目こども広場)で開催された「さくらめぐり・花びら市」というイベントでした。僕たち夫婦が実行委員をしていて、そこにきんじょうさんが本棚カフェ「きんじょ喫茶室」を出店されたんです。

きんじょう:偶然の出会いでしたよね。

池田:「本とコーヒー」を出すと聞いて、最初は「何をやっている人たちなんだろう?」と不思議に思っていたんです。そこで、きんじょの本棚についてフェイスブックなどで調べてみたら、参加者の一人ひとりが楽しみながら続けているのを知って、すぐに「自分も始めたい」と思いました。

きんじょう:池田さんをはじめ、玉川学園の人たちは、私自身が驚くくらいこの活動にどんどん参加してくれますよね。 

池田:玉川学園って色々なものが「ない」まちなんですよ。でも、何もないまちだからこそ、自分たちの手で何かを手がけたいと思うのかもしれません。僕が干物屋をやっているのも、このまちに魚屋さんがないからなんです。新しいことに興味を持つ人も多いですよ。

きんじょう:若い人たちが新しいことを始めると、それを寛容に見守ってくれる風土がありますよね。自治会の人たちも面白そうなアイデアにはどんどん乗っかってくれるし。

池田:アイデアを聞いて、積極的にやり方を教えてくれる人も多いです。「あの人に聞いてみたらいいよ」「市役所のこの部署に掛け合ったらいいよ」など、たくさんのことを教えていただきました。

きんじょう:みんな親切ですよね。そうしたまちの風土が背景にあるからこそ、本を通じた人と人の交流が生まれているのだと思います。

池田:僕は、自分が働くオカムラのオフィス内にも本棚を置いているんです。漫画の新刊などを並べていると本の貸し借りがどんどん発生して、仕事では生まれないつながりができます。 

オカムラ社内に設置されている本棚

きんじょう:オフィスでも本棚による意図しないつながりを増やしているんですね。

池田:はい。「仕事の話をする場所」ではないからこそ生まれる出会いなのだと思います。まちも同じようなところがありますよね。「このまちについて話すために集まる」のではなく、「それぞれが興味を持って自然と集まる」ことから面白いことが生まれていく。強い意図を持たず、ゆるくつながることに意味があるのだと感じています。 

ノウハウを受け継ぎ、個人の力をもっと活用できる街へ

池田:ところで、ここまで活動の規模が大きくなっているのに、きんじょうさんはお金儲けのことを一切口にしませんよね。

きんじょう:この活動は、報酬を求めてやっているわけではありませんから。ただ、ここまで広がってくると自分1人だけでは立ち行かず、継続のための資金を得る必要も出てきています。そうした手段を一緒に考えてくれる仲間も増えました。今は、新しくスタートする方から3000円だけいただき、説明資料やステッカー用画像など「スターターキット」を提供しています。また、きんじょの本棚公式サイトにも掲載させてもらっています。

公式サイトのスクリーンショット

池田:この公式サイトはとてもシンプルなんですよね。サイトを見れば本棚の場所がすべて分かるわけではなく、自分の足で歩いて探しに行かなければいけないようになっていて。

きんじょう:はい。きんじょの本棚は個人でやっている方も多いので、場所を完全に特定できないようにしている店舗もたくさんあります。自分で探す楽しさも含めて、本のまちを楽しんでほしいと思っています。今後も店舗が増えていくかもしれませんが、あくまでも個人の活動として続けていきたいですね。「稼がなければ」と考え始めたら、一気に楽しくなくなってしまう気がしていて。 

池田:たしかに、ブックカフェや図書館スペースを作ったとして、家賃がかかるから最低月10万円稼がないといけないとなると、それがプレッシャーになって続けられないかもしれませんね。

きんじょう:活動をしていて、強く感じるのは物理的な場所を確保するって、本当に大変なんだなぁということです。もうちょっとみんなで借りるというか、日替わりで「日曜は魚屋さん、月曜はカフェ……」といった場所がまちにあってもいいな、と思うのですが。

池田:僕もまったく同じことを感じています。魚でまちを楽しくする活動をしていても、場所がないとまったく広がらないんです。仕方がないので、自宅を活用した取り組みを増やしていこうかなと小さく始めてみたり。たとえば、まちのいろいろな人を招いて日曜の朝ごはんにおいしい魚を食べながら、そこで話した内容をまとめて『まちの面白い人図鑑』を作っていくとか。

きんじょう:面白いですね! 玉川学園を好きになる人がさらに増えていきそう。

池田:ここまで、このまちの魅力ばかり話してきましたが、一方では課題もたくさんあるんですよ。高齢化に伴って空き家が増えているし、商店街のお店のバリエーションも豊かではない。でも面白いことをやっている人、やりたい人はたくさんいる。ここをうまく結び付けてあげると、もっとまちの困りごとが解決されたり、住んでみたいと感じる人が増えていくんじゃないかなと思っています。 

きんじょう:先ほどの場所の話につながりますが、まちはお役所が作ってくれるものではないし、町内会だけが管理するものではないですよね。そこに住んでいる人たちが楽しみながら負担なく、小さなことでもなにかやっていることから出来上がっている。そういう活動の受け皿になる場所やイベントがあるといいですね。

池田:そうした方々が持っているまちづくりのノウハウを、僕たちの世代がもっと引き継いでいかなければいけませんね。まちづくりや場所づくりは、書面のマニュアルを見るだけではうまくいかないじゃないですか。だからこそ、生きたノウハウを引き継ぎ、僕たちの世代でさらに広げていきたいと考えています。

今回、きんじょうさんのお話を聞いて、きんじょの本棚の活動が玉川学園の文化というかマインドに合致したのがポイントかなと感じました。文化的なものを大事にする。負担なく、自然体で過ごす。ガツガツ稼がないなど。ほかのまちにもそのまちなりの歴史やマインドがあって、それと合致する活動が生まれれば、広がっていく可能性があるんじゃないかなと。その受け皿となる場所の話も、とても勉強になりました。  

2021年10月取材
2021年12月7日更新

テキスト:多田 慎介
写真:宇佐美 亮
撮影協力:おやつと雑貨 poco apoco 
〒194-0041 東京都町田市玉川学園2丁目17-5-1