日本のブランド力のリアルってどう調べればいい?エスノグラフィーで見えた日本の隠れた文化資本(戦略デザイナー・佐宗邦威)
戦略デザインファームBIOTOPEを経営し、「戦略デザイナー」として働いている佐宗邦威さん。戦略デザイナーの目線には、世界がどのように映っているのでしょうか。佐宗さんが仕事や普段の暮らしの中で見えたこと、考えていることを手帖を見せてもらうようにカジュアルに公開していくビジネスエッセー連載です。
P&Gで体感した「エスノグラフィー」の価値
僕の最初のキャリアは、P&Gのマーケターだった。ファブリーズやレノア、ジレットなどのブランドを担当し、消費者がまだ言葉にしていないインサイトをいかに引き出し、それをマーケティング戦略立案やTVCMづくりなどの広告宣伝に活かすかという仕事をしていた。
思えば僕が戦略デザイナーになる入り口はこの頃、デザイン思考の実践の中の大きなピースの一つであった「エスノグラフィー(参与観察)」と出会ったことにある。
エスノグラフィーは「リサーチャーが調査対象者の生活の場に実際に身をおき、共に行動をしながら観察・記録する調査手法」である。エスノグラフィーによって、インタビューやアンケートでは掴み切れない「調査対象者自身も言語化できない文脈や背景」について深く理解することを目指している。
僕が働いていた2005年時点で、P&Gは本社の役員・事業部長レベルが、スタンフォード大学や後に僕が留学に行くことになるイリノイ工科大学から、エスノグラフィーをすでに学んでいた。
そして、実際のドラッグストアなどの小売店を模したテスト棚を作り、実際に買い物をしてもらう様子や消費者のお宅へ実際に訪問をして商品を使っているのかを観察・調査しながら、パッケージを考えていたのだ。
デザイン思考はまさにユーザー観察から始まる。徹底的にユーザーを観察することで、自分たちが持っている社会に対するバイアスを壊し、新しい常識になりうる視点を得るという目的で行うことが多いのだ。
つまり、P&Gは大手企業の中では早いタイミングで全社にデザイン思考のエッセンスを活用したマーケティングプロセスを現場に取り入れ、実践した会社ということになる。
その後、ソニーに入社し、デザイン思考を日本企業で実践する機会を探っていた僕は、まず「ソニーとしてのターゲットユーザーの設定のためにエスノグラフィーという方法を取り入れないか」というところからスタートした。
そして、ソニー流DXとも言える統合UXという活動が始まった2011年頃から、サンフランシスコ、上海、インドネシアの3都市でエスノグラフィーを使った調査を行い、ソニーのターゲットユーザー像をペルソナとして定義し、商品やサービス戦略に活かしていく取り組みを行った。
世界一周での気づきから「日本のブランド力」調査へ
エスノグラフィーの醍醐味。僕にとってはなんと言っても、グローバルでの調査だ。特にお宅訪問などを実際にやってみると、インタビューで何を語るか以上に、そのお宅の環境下で、その人が何に課題を感じているのか、何に突き動かされているのか、などを全身で感じられ、自分自身の思い込みがボロボロとはぎ落ちていくのである。
最近、そういう目線で久しぶりに大規模なグローバルのエスノグラフィーを自らリードし、成果を発表したプロジェクトがある。それが経済産業省クールジャパン政策課とともに実施した「国際競争力強化に向けた日本ブランド力に関する調査」だ。
この調査では、ニューヨーク、ロンドン、パリ、ベルリン、シンガポールの5都市に住んでいる生活者が、日本や日本文化をどのようなブランドイメージで捉えていて、そのイメージがどのように形成されているのか?について、エスノグラフィーの手法を活用して深掘りした。
これを始めたのには理由がある。2023年7月、コロナが5類感染症に指定され、本格的にポストコロナが訪れることを実感した。そんな僕が、最初に衝動的にやったのが、世界一周航空券を買っての世界一周旅行だった。コロナ禍で長く海外に出られない鎖国状態だった日本にいる中で、海外から見た日本、海外から見た自分を見てみたかったのだ。
これは理屈ではない、自分の衝動的な欲求だった。欧州、北米、南米の世界10都市を旅する中で、僕は日本国内と海外での強烈な文脈の違いに気づいた。それは10年前にアメリカのシカゴに留学したときの感覚と比較して、海外で「日本文化が知られているし、高く評価されるようになっている」という実感だった。
国内にいるとは、日本はGDPが世界4位に落ちる、人口減少や担い手不足、空前の円安など、日本の上がり目は全くなく、停滞した文脈にいると感じることが多い。しかし、海外に出てみると、むしろコロナ禍でいい感じに醸された日本文化は非常に高く評価されるようになっている。日本旅行がしやすくなり、その実態を多くの人が知ることになったことも追い風だ。
僕は思った。このギャップを、日本国内でも絶対に知ってもらわないといけない。でも、「機会がある!」とただ連呼するだけでは絶対に伝わらない。こういう時こそ、エスノグラフィーの出番だ。
その頃、たまたま経済産業省のクールジャパン政策課が、海外の需要拡大のための調査事業を実施しようとしていた。そこで、「世界の4都市に住むデザインリサーチャーと共にエスノグラフィーを行い、生の知見を共有すれば、今後の日本の新たなチャンスを照らし出す希望の物語になるのではないか?」と僕は考え、プロジェクトへの入札を入れて、錚々たる戦略コンサルファームと競合の末にリサーチを実施するチャンスを勝ち取ることができた。
最終的には12人の専門家インタビュー、22人のユーザー調査、17拠点の日本文化伝播施設の観察調査を行った。実際やってみると、グローバルプロジェクトは非常に大変だった。
各都市の文脈は当然異なるし、物理的にロケーションの違うところに住んでいるメンバーが得たインサイトを共有することも、大量の情報をまとめ整理するにも手間がかかった。
調査でわかった日本のブランドイメージと自分自身の変化
詳しい調査結果はレポートを読んでいただきたいのだが、一つだけポイントを挙げると、「日本のイメージは今、ハイテク製品やアニメ漫画ゲームから、食や工芸、道具、スピリチュアリティ、自然などが想起される方向へ変化している。
たとえば、
- バラエティ豊かな遊び心のある体験
- 心が落ち着く体験
- 健康な暮らし
- 丁寧な生き方
という新たな生活価値を外国人に与えられる国になっている。
そして、インバウンドの旅行客が増加する中で、リアルな都市や地方の日本人の生活や精神性に触れた外国人は、日本文化の中に、これからの彼ら彼女らの生活を豊かにするヒントを着実に見出している。下手したら、日本人以上にその価値を発見しているかもしれない。
今回、エスノグラフィーでの調査をやる中で、外国人が外国のことにもかかわらず、日本文化への熱や可能性を熱っぽく語る体験に触れて、自分自身の意識にも変化が起こってきた。
今まで日本は独自のガラパゴス状態になっていて、世界のスタンダードに合わせられない国だと思っていた。しかし、これからは自分たちがガラパゴスだからこそ、ユニークな体験や価値を提供できるのだ、と。
何より自分たちの足元に存在する文化に、もっと誇りを持ち、それを外国人に向かって体現し、語り伝えていかないといけないなと思うようになった。
良いエスノグラフィーは、プロジェクトに関わっている自分たちの思い込みを剥がし、新たな価値観が生む。そして、今回、コロナ明けで久しぶりにやった海外でのエスノグラフィーは、まさにそういう調査プロジェクトだった。
今だからこそ、海外に出よう。そして、海外で得たものを日本に持ち込むだけではなく、海外に向かって自分たちが持っているものを発信することが大事だ。今までは知見を得るために海外に行ってそれを日本に持ち帰るというのが僕らの当たり前だったが、これからは、日本にあるいいものやそのストーリーの発信の仕方を考えに海外に行くことが必要な時代なのだと思う。
アイキャッチ制作=サンノ
編集=鬼頭佳代/ノオト