もっと、ぜんぶで、生きていこう。

WORK MILL

EN JP

それは本当に大切なことですか?を常に問いかける。哲学で仕掛ける組織の変化(株式会社ShiruBe・上館誠也さん)

みなさんは「哲学」と聞いて何を思い浮かべますか? 難しい学問、よくわからないから距離をおいている……という人もいるかもしれません。

そんなちょっぴりハードルが高い哲学とビジネスをかけ合わせた“哲学的経営”を推進しているのが、哲学を中心としたコンサル事業を営む株式会社ShiruBe代表の上館誠也さんです。

幼少期から哲学に触れてきたという上館さん。なぜ哲学だざったのか? そして、哲学でどんな変化を起こそうとしているのか? たっぷりとお話を伺います。

上館誠也(かみだて・せいや)
1991年生まれ。幼少期から哲学に触れて育つ。大学卒業後はリンクアンドモチベーションで関西のモチベーションクラウド立ち上げやリクルートで全社オンボーディング統合プロジェクトに携わる。組織開発の経験と自身の哲学の知見を活かし、2022年に株式会社ShiruBeを設立。東京大学や上智大学の哲学者と共に事業を展開している。

小学5年生で出会った・ニーチェの「神は死んだ」

哲学を使ったコンサルティング……と言われても、正直なところなかなかイメージができていません。

まずは、具体的にどんなことをしているのか、教えていただけますか?

上館

私たちの主な事業は、哲学を活用した組織変革コンサルティング事業と事業変革コンサルティングです。

今の時代は便利なモノはすでに飽和していますよね。便利なだけではモノは売れない。たとえば、メーカーだったら「いかにして意味があるものを作っていくか」が課題です。

上館

そういう時代に、組織を変え新しい事業を生み出していくために、多くの方にモヤモヤと対峙できる手段としての「考える」習慣を身につけてほしい。そんな想いから、“哲学的経営”という新しい考え方を推進しています。

これから哲学的経営研究所を設立し、まだ解き明かされていない企業の働き方の課題や理論を作っていこうとしています。

哲学的経営、新しい切り口ですね。上館さんは哲学者なのでしょうか?

上館

哲学者ではありません。

ただ、小学生の頃から独学で哲学に触れてきました。現在は、アカデミックなバックグラウンドを持つ哲学者と共にサービスを提供しています。

小学生の頃に哲学に興味を持つって、珍しいですよね。

上館さんが哲学に興味を持ったきっかけを教えてください。

上館

実は、私の両親は熱心な旧統一協会の信者だったので。

小学2年生の頃に「異性と5メートル以内に近づいてはダメだ」と言われたことが理解できなかったんです。恋心をどうして邪魔されなきゃいけないんだ! と。

それで、反骨心にかられて猛烈に本を読み続けたんですよね。

強烈な体験があったんですね……。

上館

いろんな偉人伝を読んでいくうちに「みんな世界を良くしたいんだ」と思うようになり、宗教も世界を良くするための1個の手段でしかないんだ、とわかりました。

そしてニーチェの『神は死んだ』という言葉と出会い、「よし、それなら僕は宗教とは関係なく生きていける」って思えたんです。

ニーチェの名言とはいつ出会ったのですか?

上館

小学5年生です。

すごい……!

上館

振り返れば、非常に生意気で扱いづらい子どもだったと思いますよ(笑)。

でも、私は哲学に救われたんです。哲学で自分の人生を取り戻すことができた。周りからのマインドコントロールに対しても、「これは違う」と自分で考えてしっかり跳ね返すことができましたから。

数字分析だけでは、大切なナニカを見落としてしまう

哲学と出会うのも必然だったのかもしれませんね。その後、哲学者は目指さなかったんですか?

上館

そうですね。私は大学時代に起業して組織づくりの難しさを体感し、「働く人の心」に目がいくようになりました。

いくつかの企業の組織コンサルを行っていくうちに、「問題が起こる組織は、ある意味でカルト化していく」のを目の当たりにしたんです。

ある一つの強い価値観に縛られてしまうと、組織には問題が起きやすいかもしれませんね。

上館

私が哲学に救われたように、「企業に対しても哲学的なアプローチができれば根本的な解決ができるのではないか? 」と考え、株式会社ShiruBeを創業しました。

独学で学び続けていた哲学と、お仕事の内容がひとつになったわけですか!

一般的な組織コンサルと哲学を使った組織コンサルでの違いはどこにあるのでしょうか?

上館

一般的な組織コンサルティングでは、数値化することが多いんです。

たとえば、「職場の働きやすさについて、5点満点中で点数をつけてください」のようなアンケートをとり、レポートにまとめたり。

社員の声をまとめて、数字で見える化するって確かによく聞きますね。

上館

こういう時、日本人はなんとなく「4」をつける人が多いのです。

でも、もともと5点だった人が4点にするのと、1点だった人が4点にするのでは、同じ「4」でも意味が変わってきます。つまり、数値だけでまとめてしまうと、大事な「個」の意見が削ぎ落とされてしまう。

なるほど……。

上館

一般的な組織コンサルの場合、どうしても数値をあげることが目的になりやすいんです。それで、「本当に大切なことを見落としているのではないか?」と感じるようになりました。

そこで、哲学的なアプローチで見落としがちな部分にフォーカスしたいと考えたのです。

数値化されることが目的になっていたのかもしれませんね。「本当に大切なことを見落としている」なんて気づきませんでした。

上館

そもそも哲学は「問い」を投げかける学問なんです。哲学は、神話から脱却するために始まったとも言われています。

現代で例えるのなら、これまで「いい大学に入って、大企業に就職してこそ幸せになれる」という神話を「本当にそうなのか?」と問い直す時期が来ているとも言えるでしょう。

これからの時代は、自分の物語を自分で作っていかなきゃいけない。そのための哲学なんです。

上館

ただし、哲学は企業や人によっては、薬にも毒にもなると思っています。

だから、両手を上げて「みんなにおすすめ〜」とは言えません。

哲学が毒になるのですか?

上館

根本的に組織を変革していこうとサポートしていくと、結構別の人生を歩み出す人も出てくるんですよね。

哲学は常に問い続けていく物なので、「私はここにいていいのか?」とか「私が本当にすべきことは〇〇なんじゃないか」と、新たな人生の目標を見つけてしまう人も出てくる。

正直、会社によって、業界によって哲学が合う・合わないは出てくると思います。

本音がぽろぽろ出てくる。企業の中での「哲学対話」

現在、どんな企業が哲学コンサルティングを活用されているのでしょうか?

上館

いろんな課題感をもっていらっしゃいますが、あえてまとめるならコミュニケーションに課題を感じている企業さんが多いかもしれません。

本音を言えなくて、忖度して、非効率な働き方になっていると感じている企業さんです。

日本だとよくある課題ですよね……。

どうやって、哲学で解決をしていくんですか?

上館

コミュニタリアニズムとリベラリズムの対立によるコミュニケーションエラーを例にお伝えしましょう。

コミュニタリアニズムとは共同体主義のことで、一致団結とかコミュニティの価値を第一に考える考え方です。経営者層は、一致団結してもらった方が人を動かしやすい。

一方のリベラリズムとは、自由主義のことで、個人の自由を主張する考え方です。現場で働く社員たちは、個人に目を向けてもらった方が働きやすいですよね。

全く別の考え方ですね。

上館

そうなんです。こう考えると、上層部と現場が「お互いにわかってくれない」と感じるのは、構造の問題だということがわかるんです。

だったら、この状態がある上でどうやって間を取るか? そこが決められない組織は、いつまでも平行線をたどってしまうのです。

実際に企業内で開催された哲学対話の様子(提供写真)

よ〜くわかります……。自分自身を振り返ってみても、現場でリベラリズムを貫こうとしていました……。

上館

これは構造の問題だから、食い違うのは仕方ないんです。そんな平行線になっている考え方の人同士を橋渡しするのが哲学者です。

10年ほど前から使われている「哲学対話」という手法を取り入れ、第三者である哲学者がファシリテーターとしてその場に参加し、正解のない問いを語り合います。

たとえば、「正しいとはなんですか?」とか。

哲学対話はよく聞きますが、立場が違う人たちが一緒の場にいて、しかもそんな抽象的な問いがあって……ちゃんと話せるのでしょうか?

上館

めちゃくちゃ本音が出てきますよ。

しかも、「このメンバーだとあんまり盛り上がらないと思いますよ」と事前に言われている回ほど、盛り上がるなんてこともよくあることです。

なぜ、そんなことが?

上館

哲学対話では取り繕うコミュニケーションが通用しないんです。だから、喋るのがうまい・下手は関係ありません。

むしろ一つの問いに対して、考え続けていくことが重要なので、いつも意見を発さずに自分の中でいろいろ考えているタイプの人が多いほど、どんどん意見が出てくるんです。

なるほど。哲学対話をした後、最終的に答えは出るのでしょうか?

上館

答えを出すことが哲学対話の目的ではないので、当日はモヤモヤして帰っていく人たちも多いです。新たなモヤモヤが見つかるのがゴールというのがいいかもしれません。

その代わり、企業さんにはファシリテーターを務めた哲学者による、当日の哲学対話の様子やその議論の構造などを客観的に分析したレポートをお送りしています。

哲学者が作成したレポートの一部(提供画像)

「それは本当に大切なことですか?」を、問うことから始めてみよう

すごく哲学に興味がわいてきました。

個人でも「自分の仕事の中に哲学を取り入れてみたい!」と思ったら何から始めたらいいのでしょうか?

上館

これは初めてお会いする企業さんにもお伝えしているのですが、「それは本当に大切なことですか?」と自分に問いかけてみることですね。

それだけでいいんですか?

上館

はい。たとえば、企業内ではさまざまな研修が行われていますよね。その中には「去年もやったから」という理由で、なんとなく続けているものもあると思うんです。

そういうものに対して、「それは本当に大切なことですか?」を考えてほしいんです。

上館

この問いをされると、一旦立ち止まることができるんです。頭はなんとなく正しいと思っていても、心が大切だと納得できないですから。

テーマは、SNSの投稿から家族・友人のこと、目の前で困っている人を助けるかどうかまで、どんなことでもよくて。

でも、「本当に大切なこと?」と自問することが、考えるきっかけになってくれるはずです。

日常生活の中でついつい目を背けてしまうこともありますからね。

その都度「本当に大切?」と問うことができたら、あらゆることに自信がわいてくる気がします。

上館

哲学対話の場でも「今日はとにかく思っていることを出して」と伝えています。

掘り起こすだけ掘り起こせたら、あとは哲学者のもつノウハウを活かして、構造部分を整理してまとめますから。

心強い!

上館

世の中のあらゆる悩みや課題は、哲学においてはあくまでも一つの「現象」でしかないんです。そう思っていれば案外、ラクに過ごせますよ。

いろいろな失敗、辛いことや投げ出したいことがあっても「一つの現象だ!」って思えたら、あんまり気にしなくなれるかもしれませんね。

上館

とはいえ、実際のところ人間はそんなに割り切れないですよ?(笑)

だからこそ、問いかけつづけることが大切だと思います。

2025年4月取材

取材・執筆=つるたちかこ
写真=塩谷哲平
編集=鬼頭佳代/ノオト