産地に「開く文化」を根づかせて。鯖江発オープンファクトリー「RENEW」が描く、11年目の地図
漆器、眼鏡、繊維など、7つの地場産業が息づく福井県・越前鯖江エリア。ここで2015年にスタートしたオープンファクトリーイベント「RENEW(リニュー)」が、2025年で11年目を迎えました。工房を開き、職人と来場者をつなぐこの取り組みは、産地の空気を変え、全国から注目されるモデルへと成長しています。
RENEWを立ち上げた「TSUGI(ツギ)」代表・新山直広さんは、「常に変化し続けた10年だった」と振り返ります。RENEWは、なぜ、どのように生まれ、どこへ向かおうとしているのか。その歩みとこれからを、新山さんに語っていただきました。
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新山直広(にいやま・なおひろ)
1985年大阪府生まれ。京都精華大学デザイン学科建築分野卒業。2009年福井県鯖江市に移住。鯖江市役所を経て2015年にTSUGI LLC.を設立。インタウンデザイナーの提唱者として、産業観光イベント「RENEW」、福井の土産店「SAVA!STORE」など、地域/産業/観光といった領域を横断しながら、これからの時代に向けた創造的な地域づくりを行っている。2022年に越前鯖江地域の観光まちづくりを行う「一般社団法人SOE」を設立。2023年には仲間たちと、これからの地域とデザインを探究する「LIVE DESIGN School」を開校するなど、ものづくり・まちづくり・ひとづくりといった領域で活動している。グッドデザイン賞特別賞、国土交通省地域づくり表彰最高賞など受賞多数。グッドデザイン賞審査員。
鯖江に出会い、大学卒業後に関西から移住
まずは新山さんご自身のことから教えてください。どういった経緯で鯖江市に拠点を移されたのでしょうか。


新山
僕はもともと大阪出身で、京都の大学で建築を学んでいました。
在学中に「河和田アートキャンプ」というプロジェクトに関わったことがきっかけで、この地域に通うようになり、卒業後に鯖江市へ移住したんです。

建築を学んでいた新山さんが、「ものづくりの町」に惹かれた理由は何だったのでしょうか。


新山
この地域に通う中で、ものづくり技術の高さはもちろんなのですが、地域の暮らしや文化と地続きになっていることに強く惹かれました。
単なる「工業製品」ではなく、人の営みと結びついたものづくりだなと感じたんです。
移住後は、行政職員としても働かれていたんですよね?


新山
はい。ものづくりの町を元気にするには、デザインの力が必要なのではないかと考えて、行政職員として鯖江市役所で働き、地域のプロジェクトに関わっていました。
その一方で、移住者の仲間たちとサークル的に始めたのが「TSUGI」です。この活動を、もう少し責任を持って続けていこうということで、2015年に法人化しました。
RENEWが生まれた背景

RENEWは、どのような問題意識から生まれたのでしょうか。


新山
RENEWを始めた約10年前、産地の空気は今とはまったく違っていました。
経済成長期の頃は作れば売れる時代でしたが、その後中国など新興勢力との競争が激しくなり、産地全体で売上は低迷。
産業や町の担い手も減少の一途で、「もうこの町は終わりだ」という言葉が日常的に聞こえてくるような状況でした。

そうした状況の中で、どのようにしてRENEWの構想が生まれたのでしょう?


新山
自分たちの仕事に対する自信や誇りを取り戻すことが大事だと思い、まずはこの町のものづくりの現場を見てもらおうと思いました。
「来たれ若人、ものづくりのまちへ」というコンセプトのもと、2015年からスタートしたのがRENEWです。
周りの反応はいかがでしたか?


新山
もちろん、始める時は反対の声も多かったです。
「工房を公開して技術を盗まれたらどうするんだ」「そんなことをやって儲かるのか」といった厳しい声もたくさんありました。
それでも、「まず一度やってみよう。そこから考えよう」と走り始めることにしました。
立ち上げの際、キーパーソンとなった方はいらっしゃいますか。


新山
河和田地区で代々眼鏡工場を営んできた谷口眼鏡の社長・谷口康彦さんの存在は大きかったですね。自社だけでなく地域全体をどうにかしたいという想いがとても強い方です。
「ものづくりが元気にならないと町も元気にならない」という信念を持っておられて、一緒に地域の工房を一軒ずつ回り、説得してくれました。現在に至っても、RENEWにはなくてはならない存在です。

小さな“お祭り”から、産地の文化へ
立ち上げ当初のRENEWは、どのような雰囲気だったのでしょうか。


新山
最初は工房を開くという文化自体がまだ珍しく、お客様を招く準備も手探りでした。
漆器の町・河和田地区の数社だけで始めた取り組みでしたが、人が訪れるようになったことで、漆器や眼鏡の工房だけでなく、和紙、刃物、箪笥、焼き物、繊維と、7つの地場産業が参画するようになり、工房側の意識も少しずつ変わってきたんです。
どのような変化が産地に生まれたのでしょう。


新山
まずは、事業者が請負中心から“自分たちでつくって売る”方向へと変わっていったことですね。
デザイナーと協業して自社商品や自社ブランドをつくる工房が増え、直営ファクトリーショップが各地に生まれました。RENEWのない時期にも人が訪れるようになったのは、大きな変化だと感じています。

そうした動きは、産地の人の流れにも影響したのでしょうか。


新山
そうですね。「この地域が面白そう!」と移住してくる若い人が増えました。
特にRENEWの前事務局長だった森一貴さんが空き家を改装してつくったシェアハウスは、移住者にとっての居場所として機能しています。
「あのシェアハウスに行けば誰かがいる」と、初めてこの場所を訪れた人もとけこみやすく、地域に根づくきっかけにもなっていると思います。
移住者の顔ぶれも、多様になってきたと感じますか。


新山
最初は職人を志して来る人が多かったのですが、次第に背景の異なる人も増えてきました。仕事を辞めて一度立ち止まる人、工房を手伝ううちにそのまま就職し暮らし始める人、いろんな工房で引っ張りだこのニートなど、本当にさまざまです(笑)。
でも、人が増えて町が元気になってきたとはいえ、産地の担い手がいなくなる危機感がなくなったわけではありません。
そこで産地滞在型の就労プログラムや合同説明会をスタートし、職人志望の人から、企画や編集、マーケティングといった支える人まで、産地で働く人を増やす取り組みを行っています。

すごい。いろんな受け皿ができているんですね。


新山
あと長年課題だったのが宿です。人は来るけれど、滞在につながる宿が不足していて。
そこでこの秋、和紙の里エリアにある築100年の屋敷を改装し、3室の宿をオープンしました。今後は空き家を活用した分散型の宿を増やし、飲食も町にひらいた形で整えていく予定です。

持続可能な仕組みを目指して
運営面では、どのような課題に向き合ってこられましたか?


新山
当初から運営と資金の問題は常につきまといます。RENEWも長い間ボランティアベースで続けてきました。
地域を動かす熱量と持続性の両立は試行錯誤です。若い人が入ってきたときに、“やりがい搾取”のようになってしまう側面もあったと思います。
その状況を変えるために、どのような一歩を踏み出したのでしょうか。


新山
RENEWをちゃんと仕組み化しようと、2022年に「SOE」という一般社団法人を設立しました。ツーリズムや雇用、移住の領域をSOEの事業として切り分けたんです。


新山
現在はスタッフが約30名体制で運営しており、マネジメントやバックオフィスを担う人材も加わりました。ようやく組織としての安定してきた感覚があります。
オープンファクトリーがつながる「KOGEI COMMONS」
最近は地域の外にも目を向け始めているそうですね。


新山
はい。ここ2年くらいで、オープンファクトリーをやりたいという他の地域へ講演に行かせていただいたり、越前鯖江エリアに視察に来ていただいたりする機会が増えました。
その中で僕達も発見だったのが、自分達の地域だけではなく、日本全体のものづくりが良くなっていかなければいけないということ。そのためにナレッジのシェアは大切だと痛感しました。
そこで、2025年に新たに立ち上げたのが、「KOGEI COMMONS(コウゲイコモンズ)」です。これまでの産地内にとどまらず、全国の工芸産地が持つ「知識」「技術」「運営ノウハウ」を共有するプラットフォームとして動き始めました。

「KOGEI COMMONS」には、どのような思いを込めているのでしょうか。


新山
僕自身がテーマに掲げているのは「勝手に背負う」です(笑)。誰かに頼まれたわけではないけれど、日本のものづくりを持続させるための土台を、自分たちでつくっていく。そんな覚悟を込めています。
変化を止めないから続けてこれた
RENEWが10年以上続いてきた一番の要因は、どこにあると思いますか?


新山
毎年、違うことをやり続けてきたことだと思います。テーマはずっと「持続可能な地域産業をつくる」ですが、そのアプローチは意識的に変え続けてきました。
同じことを繰り返していると、どうしても思考停止が起きてしまう。変化し続けることが、RENEWのDNAだと思っています。
その中で、地域内外の関係にも変化が生まれているのでしょうか。


新山
「KOGEI COMMONS」のように、産地の外へ開く挑戦も始まり、地域内外の交流はさらに加速しています。
イベントのあとには出展者同士の懇親会も開かれ、産地の垣根を越えたネットワークが自然と生まれつつあります。

受け継がれる“開く文化”
11年目を迎えた今、特に意識していることは何でしょうか。


新山
バトンを渡すことですね。RENEWはこれまで、プロジェクトマネジャーが世代交代を繰り返しながら継続してきました。初代の森一貴さんを皮切りに、今は20代の若いメンバーが運営の中心を担っています。
トップも同じ人が10年も立ち続けるのは、やっぱり長すぎると思って。僕自身も、あと数年のうちに次の世代に託したいと思っています。
世代交代も持続可能なオープンファクトリーには欠かせないのでしょうか。


新山
「自分がいなくても動く組織になっていること」。それが、本当の意味での“持続可能性”だと思います。バトンを渡せる体制があることも、RENEWの大きな強みのひとつですから。
最後に、これからのRENEW、そして新山さんご自身の展望を教えてください。


新山
11年目のRENEWは、次のステージに進もうとしているタイミングだと感じています。僕自身は「インタウンデザイナー」として福井に軸足を置きながら、全国各地のオープンファクトリーの支援にも関わっていきたいと思っています。「オープンファクトリーおじさん」として(笑)。
「開く」という姿勢が、これからの産地の力になっていく。そう信じて、これからも変化と対話を続けていきたいと思っています。

2025年10月取材
取材・執筆=石原藍
撮影=江藤海彦
編集=鬼頭佳代/ノオト


