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担当者に聞く オープンファクトリーと万博がもたらす、日本のものづくりの未来

2025年に開催を予定されている大阪・関西万博。各国の英知やアイデアが集結する世界的イベントの幕開きまで、あと450日を切りました。

しかし「万博って、結局何をするの?」「自分には関係なさそう」「興味はあるけど、どうやって関わればいいのかわからない……」と、どこか「他人ごと」に捉える人が多いのでは?

その一方、万博に向けて「勝手に」盛り上がり、続々とたくさんの人を巻き込み、共創の渦を生み出しているのが、有志団体「demo!expo」。本連載では、彼・彼女たちが生み出すムーブメントを取材していきます。

自分の住む町の工場で何がつくられているか知っていますか?

工場を地元や外部の人に見てもらい自社の認知度を上げたり、働き手のモチベーションを高めたり、採用にもつなげる取り組み「オープンファクトリー」が全国各地に広がっています。そんなオープンファクトリーと、大阪・関西万博が連携するプログラムがあるのです。

2024年12月20〜21日に開催された万博関連イベント「TEAM EXPO 2025 Meeting(チームエキスポ 2025 ミーティング※)」は、今回が3回目の開催。万博で取り組むオープンファクトリーの概要が説明され、万博の運営参加特別プログラム「Co-Design Challenge(コ・デザイン・チャレンジ/以下、CDC)」への応募が呼びかけられました。 このイベントでは、ほかにもさまざまな形で万博に参加している企業や団体が集結しました。

※公益社団法人2025年日本国際博覧会協会(以下、協会)が実施する、参加型プログラム「TEAM EXPO 2025」の活動紹介イベント。万博のテーマ「いのち輝く未来社会のデザイン」に共感する企業や団体などが共創し、SDGsの達成や未来の産業創出に向けて取り組んでいる

「騒音」と「異臭」が、ものづくりの「音」と「におい」に変わる

イベントでオープンファクトリーについて話すのは、近畿経済産業局の津田哲史(つだ・さとし)さんです。

津田哲史さん。近畿経済産業局地域連携推進課 総括係長。大阪府八尾市の中小企業らが地域貢献する場「みせるばやお」の立ち上げに従事。現在は地域一体型オープンファクトリーのほか、2025大阪・関西万博に向けた中小企業の取り組みに従事

オープンファクトリーはopen(=開く)とfactory(=工場)をつなげた日本独自の造語。

工場見学のことかと思いきや、どうやら少し違うようです。

「オープンファクトリーって、工場見学のことですよね? とよく言われます。そのとおり。一緒なんですけど、実は観光コンテンツとして捉える工場見学は国土交通省 観光庁の管轄なんです。経済産業省が工場見学と呼ぶと、観光庁と仕事が被ってしまって役人目線で考えると違和感が生まれてしまう。また、経済産業省は企業さんたちの成長をお手伝いするのが主な業務なので、行動を起こす人によって表現を分けました。見学者側が工場を見に行く行為を“工場見学”とし、企業側が工場を見せる行為を“オープンファクトリー”と呼ぶことにしました」

立ち見が出るほど、多くの人が集まってプレゼンに聞き入った

今まではスーツを着ている人、作業着の従業員、もしくは年に数回ある社会科見学に来た子どもたちがいるのが、普通の工場見学の風景でした。しかし、オープンファクトリーをきっかけに学生をはじめ私服の人たちを見かけるようになるなど、工場では変化が起こりました。

例えば、工場を訪れた学生が「これは、どのようにつくっているんですか?」とにこやかに職人に話しかけて会話を楽しんだり、「うわ! すごい!」と驚きの声を発することで職人のモチベーションが高まったり、ものづくりの現場体験を通した対話が、日本各地に広がっていったのです。

工場に足を運ばなくても現場を見られる、バーチャル工場見学を実施する企業も

また企業がオープンファクトリーを実施することで、周辺住民からの興味、関心や理解が得られると津田さんは言います。

「住工混在(工場と住宅地が入り組む)の町では、住居の近所に工場があることは珍しくありません。国内各地方においても公害防止条例が確立されてきたことによって、工場が密閉されていった。もちろん環境面が整備されることは素晴らしいことである一方で、中が見えにくくなった企業とその地域の住人との間に距離ができました。そこで、住民にとって工場がただの『箱』になってしまった。箱から聞こえる音は『騒音』、箱から出るにおいは『異臭』になるんです。でも現場で何をつくっているかを知ると、『ものづくりの音』や『ものづくりのにおい』に変わるんですね。オープンファクトリーがもたらす変化の一例です」

オープンファクトリーは、付加価値を創り出す現場

オープンファクトリーをきっかけに、BtoBがメインだった企業がBtoC向けの新商品開発をはじめたら、一般客が工場へ訪れるようになりました。

服部滋樹(はっとり・しげき)さん(左)

この事例に、grafの代表であり、デザイナーやクリエイティブディレクターでもある服部さんは「オープンファクトリーを機にBtoCに転換する動きが、世界的に巻き起こっている」とコメント。

さらに、オープンファクトリーの先駆けとなったイベント「燕三条 工場の祭典」(新潟県)に訪れたエピソードを津田さんが続けます。

「職場の人たちと、つめ切りの製造メーカーを工場見学したときの話です。見学ルートの最後にファクトリーショップ(工場併設店)があり、1個8,000円のつめ切りが売られていました。高く思うかもしれませんが、この場に参加していたら買ってしまうんです。工場では製造工程を見て、機械音やつくり手の話を聞いて、製品に触れることができます。五感を通して“ものづくり”に触れたからこそ、“もの”に対して価値を感じ、理解して買いたくなる。おもしろいことに、購入した人はそのつめ切りを職場へ持ってきて、1週間くらいひたすら同僚に自慢する(笑)」と自身の職場で起きたことを振り返ります。

今回のプレゼンは、CDCへの参加を企業らに呼びかけることが目的。CDCとは、大阪・関西万博から「これからの日本のくらし(まち)」 を考え、共創により物品やサービスを新たに開発し、万博で実現するプロジェクトです。2023年からはじまり、昨年末からは「CDC2024」の参加募集がスタートしました(現在は応募期間は終了)。

CDCにアドバイザーとして協力した団体「Expo Outcome Design Committee(エキスポ・アウトカム・デザイン・コミティー。以下、EODC)」代表の齋藤精一(さいとう・せいいち)さんも似たような経験をしています。

EODC代表の齋藤さん(左)

「デザインの祭典『ASAHIKAWA DESIGN WEEK(あさひかわデザインウィーク)』もオープンファクトリーだと思うんですよね。1脚20万円の椅子を、お店では買うぞとなかなか即決できないけど、ものづくりの現場に行くことで、どうやって木を切り出して、どういう加工をして、どんな思いでつくって展示しているのかを知ったら、買いたくなる」とオープンファクトリーの良さに共感。

現場を見たからこそ、ものの良さや魅力、つくり手の思いがダイレクトに伝わる。オープンファクトリーは“付加価値を創り出す現場”ともいえそうです。

オープンファクトリー ✕ 万博、大阪から全国へ

商品といった、ものづくりの最終工程を万博会場で展示することは想像ができます。オープンファクトリーはその途中過程であり、万博との関わりが見えづらい気も。どうしてオープンファクトリーが万博とコラボレーションすることになったのでしょうか。

津田さんによると「経済産業省はオープンファクトリーを推奨していますが、残念ながら補助金は出ません。我々の仕事は各地で『自分たちの地域でもオープンファクトリーをやりたい!』と思ってもらえる仕組みづくりをすること。これから実施するCDC2024もその取り組みのひとつであり、ものづくりを発表する場となるのです」

CDC2024のコンセプト/協会公式サイトより

「万博が入り口となり、日本各地のものづくりの現場がある種の“聖地”になるのではないでしょうか。聖地を巡った人たちが地元(自国)に帰り、周りの人に思い出や体験を話す。そして、それを聞いた人たちが日本に来る。万博を起点に、国外から多くの人が日本へ出入りする循環をつくりたいという思いが、協会の目的と重なって、CDC2024がはじまりました」

CDC2024では椅子、テーブルなど万博の展示スペースに設置される予定の物品開発をする企業や団体を募集しています。応募条件には、つくり手の工場や工房を一般公開し、来場者にものづくりを体感してもらう取り組み、つまりオープンファクトリーの開催案が含まれています。

採用された企業の物品は、万博でおもに「フューチャーライフエクスペリエンス」と「TEAM EXPO パビリオン」の2つの会場に設置される

物品開発のアドバイザーでもある齋藤さんは、「せっかく国内外から多くの人が大阪に来るのだから、物品を開発しただけで終わるのではもったいない。来場者に物品を見てもらって、つくられた場所を知り、産地に行ってみたいと思ってもらいたいですよね。もちろん産地は関西だけではないから、万博効果を全国に波及できたらいいなと思っています。CDC2024には、それを実現できるポテンシャルを感じています」と期待を寄せます。

「CDC2024は十数社しか選ばれない狭き門。しかし皆さんには『応募しない理由はない!』とお伝えしたい。視点を工場のある地域の役所に移してみてください。自分たちの地域で採用されたら、行政機関は全力で支援しますよ。見方を変えれば、CDC2024を後ろ盾にすれば、企業は行政機関に強く協力を要請できるし、行政機関にとってもその企業(事業)を応援する理由が生まれるということです。さあ、応募しないことには何もはじまりません」と津田さんは力強いエールを送り、登壇を終えました。

工場が見えるのは当たり前 津田さんに聞く未来の日本

CDC2024の企画に携わった津田さん。万博会場から日本各地にどのように人が動いていくのか、万博後に日本がどのように変化していくのかなどの予想を伺いました。

ご登壇、お疲れ様でした。万博会場である大阪に来た人たちが、他県の産地に足を運ぶのは物理的距離はハードルになりませんか?

津田

正直、その心配はしてないですね。海外から万博へ来た人たちは、何時間もかけてわざわざ大阪に来てくれるわけです。大阪から他県への移動時間は、数時間かかったとしても感覚的に「近い」と思ってもらえるはず。

僕たちが海外旅行に行くときと同じ感覚だと思いますよ。日本からフランスへ12〜13時間かけて行って、パリ市内からモン・サン=ミシェルまでバスで3時間はかかります。でも、その3時間の移動は遠いとは感じないでしょう?

要は、産地側が「時間がかかってでも行きたい」と思える場所になるように準備することが大切です。逆に距離が問題だと思うのなら、そのプランは考え直したほうがいいと思います。

昨年11月30日に開催されたイベント「まちごと万博カーニバル」では、オープンファクトリーの取り組みとしてドア型の「ヘンな『ただいま』博」を展示。訪れた人が体験して楽しんだ

オープンファクトリーの推奨は、万博会期後も続けていくのですか?

津田

もちろんです。ただ、「続けねばならない」という使命感で気を張ってもらうような取り組みではなく、文化として自然と根付かせるのが理想ですね。

無理に続けなくても、オープンファクトリーは万博後の日本に浸透するのでしょうか?

津田

2050年頃には、工場の内部が誰からも見えるのは当たり前になっている状態が、理想的だと思っています。むしろ万博以降、それが普通だという意識に変わっていたら、僕らとしては成功したと言える。

会場では、さまざまな企業が新しい技術やサービスを紹介していた

ものづくりが身近にあって普通だという意識とは、例えばどういうものでしょうか?

津田

「子どもには大企業に就職してもらったほうが安心する」という親の考え方って、未だにあると思うんですよ。やっぱり大企業って、自分が勤めていない会社でも聞いたことがあったり、何かしら「知っている」ことが多いですよね。

でも、オープンファクトリーを通して地域企業の価値が当たり前に伝わるような社会になれば、むしろものづくりをする中小企業に関わったり、技術を極める職人になってほしいと考えはじめるかもしれない。やっぱり、「知っている」と「知らない」の違いは大きいですよね。

将来どこかのタイミングで、「(ものづくりの)現場で働くことがかっこいい!」って考え方に変わったのが万博の頃くらいからだったよね、あれが企業を見る目線が変わるターニングポイントだったよね、って今の取り組みに関わっているさまざまな方々と、酒を飲みながら語らえたらサイコーやなって思っています。

オープンファクトリー開催で働き手のモチベーションが上がった

オープンファクトリーを実践している人たちに、感想を聞いてみました。 1人目は、和歌山県のオープンファクトリー関連イベント「和歌山ものづくり文化祭」で実行委員長を務める菊井健一(きくい・けんいち)さんです。

菊井鋏製作所の3代目である菊井さん(右)

「紀州・木の国」とも呼ばれる和歌山県は、木工をはじめ漆芸、金属加工、繊維など、ものづくりが盛んな地域。「和歌山ものづくり文化祭」では、伝統産業などの製造業企業が一堂に集い、各社の技術をその場で体験できます。

菊井鋏製作所では、理美容師が使うハサミを創業以来70年以上つくり続けている。コバルト基合金を使用しており、鉄をほとんど含まないためさびることがなく、切れ味が長続きする

「来場者にものづくりの現場を見てもらうことで、自分たちの魅力に気づかされました。普段自分たちがなんてことないと思っていた作業を、来場者は目を輝かせて興味を持って体験してくれる。職人は自分の技術が誇らしくなり、働くモチベーションも上がったと思います」と、オープンファクトリーはつくり手にもいい影響を与えたそうです。

2人目は、大阪府東大阪市のオープンファクトリーイベント「こーばへ行こう!」に参画する関西オカムラの福田義幸(ふくだ・よしゆき)さんです。

株式会社 関西オカムラ 管理部・人事総務課の福田さん

オカムラの共創空間“bee”を通して他社からオープンファクトリーを一緒にやらないかと声をかけられたことが、参加のきっかけでした。

関西オカムラは事務家具をメインとしたオカムラ製品を製造する。

関西オカムラは自動化が進んでいる工場なので、製品加工の曲げる・溶接といった工程の一部は機械が担うそうです。オープンファクトリーに参画した1年目は、その様子を見学してもらったとのこと。

2021年の「こーばへ行こう!」では、スチール加工技術でカードケースをつくるワークショップが行われた。仕上げにシールを貼って、自分ならではのデコレーションができると好評

「作業場へ来場者を案内すると、皆さんが目を見張っていました。私たちの技術力の高さを、改めて実感するきっかけになったんです。オープンファクトリーを機に『将来の夢が変わった』とか『ここで働きたい!』などうれしい声ももらいました」と満足げに語ってくれました。1年目の来場者からの反応が良かったために、その後も継続。年々、参加人数が増えているそうです。

「こーばへ行こう!」(オカムラウェブサイトへ)

万博がつくり出す取り組みが全国を盛り上げる

万博会場だけでなく全国各地を盛り上げようとしているCDC2024。「万博を自分ごと化する」をスローガンに掲げる、demo!expoと同じ志を持っています。

自社でオープンファクトリーを実施したいけど、一社だけでは難しいと諦めてしまうのはもったいないことです。万博を「言い訳」にしたら、今まで協働したことがない人や企業と一緒に、新しいことに挑戦できる。そんな、めったにないチャンスが今、到来しています。誰かの挑戦が、きっと種となり、芽吹いて周りにも影響し、やがて全国に広がるのでしょう。その第一歩として、CDC2024があるのではないでしょうか。

最初はどこか遠くのことと感じていた万博でしたが、間近で本気で取り組む人たちを見ているうちに、「熱」が私の中にも生まれました。こうして少しずつ影響を広げる、「全国を盛り上げたい」という熱い思いが伝わったイベントでした。

2023年12月取材

取材・執筆:宮田寅成
撮影:後田琢磨
編集:かとうちあき(人間編集部)